はじめに:組織の”要”である中堅社員が抱える、見えにくい課題
経営者の皆様は、自社の営業組織を眺めた際に、このように感じたことはないでしょうか。
「入社当初はあれほど意欲的だったA君、最近どこか元気がないように見える」 「チームのリーダーを任せているBさん、プレイヤーとしては優秀だったが、管理職になってから苦労しているようだ」 「若手とベテランの間にいる中堅社員たちが、どうも停滞しているように感じる…」
かつてはエースとして最前線で活躍し、豊富な経験とスキルで会社を支えてきた中堅社員。彼らは、経営層の理念を理解し、現場の若手を指導する、まさに組織の「背骨」とも言える重要な存在です。しかし、その重要な中堅社員たちが、ある時期を境に輝きを失い、モチベーションを低下させてしまうケースは、多くの企業で共通して見られる根深い課題です。
この問題は、単に一個人のやる気の問題として片付けられるものではありません。中堅社員のモチベーション低下は、本人だけでなく、周囲の社員にも波及し、チーム全体の生産性、ひいては会社全体の業績にまで深刻な影響を及ぼす可能性があります。
本コラムでは、なぜ中堅社員のモチベーションが低下してしまうのか、その構造的な原因を深掘りし、彼らが再び情熱を取り戻し、組織の成長エンジンとして活躍してもらうための具体的なアプローチについて、経営者や営業責任者の皆様と共に考えていきたいと思います。
第1章:なぜ、中堅社員は「燃え尽き」てしまうのか?モチベーション低下の5つの構造的要因
中堅社員が直面するモチベーションの壁は、複合的な要因によって形成されています。彼らが抱える閉塞感の正体を理解することが、解決への第一歩となります。
1. 「キャリアの頭打ち感」という見えない壁
新人の頃は、日々新しいことを学び、スキルが向上していく実感がありました。一つ一つの契約が自信につながり、明確な成長を感じることができたでしょう。しかし、中堅と呼ばれる立場になると、営業としてのスキルはある程度完成され、日々の業務がルーティン化しがちです。
「これ以上、自分は何を目指せば良いのだろうか?」 「今の仕事を続けていても、大きな成長は見込めないのではないか?」
役員への道は遠く、かといって現場の第一線で輝き続けることにも限界を感じる。明確なキャリアパスが見えない中で、将来に対する漠然とした不安が、日々の業務への情熱を少しずつ蝕んでいきます。特に、ポスト不足に悩む企業では、この「キャリアの頭打ち感」が深刻な問題となりがちです。
2. 「プレイングマネージャー」の功罪と役割の混乱
多くの企業では、優秀なプレイヤーが昇進し、マネージャーになるというキャリアパスが一般的です。しかし、これが大きな落とし穴となることがあります。自身の営業成績でチームを牽引してきた中堅社員が、マネジメントという全く異なるスキルを求められる立場になり、戸惑うのです。
- 個人の成果が出せないジレンマ: チームの管理業務に時間を取られ、自分が得意としてきた営業活動に注力できない。結果として、自身の数字が上がらず、評価されないことに不満を感じる。
- 育成の難しさへの直面: 自分が「見て覚えろ」「感覚で掴め」と教わってきたため、部下に対して何をどのように教えればよいのかわからない。部下が成果を出せないと、「自分がやった方が早い」と仕事を抱え込んでしまい、悪循環に陥る。
- 役割期待の曖昧さ: 会社からは「チームの数字」と「個人の数字」の両方を求められ、一体どちらを優先すれば良いのか分からなくなる。結果として、どちらも中途半端になり、疲弊してしまう。
プレイヤーとしての成功体験が、かえってマネージャーとしての成長を阻害してしまう。この「役割のコンフリクト(葛藤)」が、大きなストレスとなります。
3. 増える「責任」と、伴わない「権限」のアンバランス
中堅社員は、上司からはより高い成果を、部下からは適切な指導やサポートを求められる「板挟み」の状態にあります。組織の目標達成に対する責任は年々重くなる一方で、予算や人事に関する権限は十分に与えられていないケースが少なくありません。
「新しい施策を試したいが、決裁を得るのに時間がかかりすぎる」 「部下のモチベーションを上げるためにインセンティブを与えたいが、自分の一存では決められない」
「責任」だけが大きくなり、「権限」が伴わない状況は、自律的に動こうとする意欲を削ぎます。「どうせ自分が何を言っても変わらない」という無力感を学習し、次第に指示待ちの姿勢になってしまうのです。
4. 経営層との「期待値のズレ」とコミュニケーション不足
経営層は、中堅社員に対して「会社の将来を担う幹部候補生」として、高い視座とリーダーシップを期待しています。一方で、中堅社員自身は、日々の業務やチームの問題解決に追われ、短期的な視点に陥りがちです。
このギャップを埋めるためのコミュニケーションが不足していると、 「経営陣は現場のことを何も分かっていない」 「なぜ、あの中堅社員はもっと広い視野で物事を考えられないのか」 といった相互不信が生まれます。
会社のビジョンや戦略が自分事として捉えられず、ただ上から降ってくる「やらされ仕事」をこなすだけになってしまい、仕事への意味や意義を見出せなくなってしまうのです。
5. 「孤独感」と心理的安全性の欠如
若手時代のように、気軽に同僚と悩みを相談し合う機会は減ります。一方で、管理職として部下の前で弱音を吐くこともできません。上司に相談しようにも、「そのくらい自分で解決しろ」と思われないかという不安がよぎる。
誰にも本音を話せず、一人で問題を抱え込んでしまう「管理職の孤独」は、精神的に大きな負担となります。さらに、失敗が許されないようなプレッシャーの強い職場環境(心理的安全性が低い状態)では、新しい挑戦を避け、現状維持に甘んじるようになります。これが、組織全体の停滞感へと繋がっていきます。
第2章:中堅社員のモチベーション低下が組織にもたらす深刻な影響
この問題を「個人の問題」として放置すると、組織全体に静か、しかし確実に悪影響が広がっていきます。
- 業績の鈍化・悪化: 組織のエンジンであるべき中堅層が失速すれば、チーム全体のパフォーマンスは低下します。彼らがこれまで培ってきたノウハウや顧客との関係性が十分に活かされず、売上目標の未達が常態化する恐れがあります。
- 若手社員への負の連鎖: 最も身近なロールモデルである中堅社員が、疲弊していたり、会社の愚痴をこぼしていたりする姿を見て、若手社員はどう思うでしょうか。「この会社にいても、将来はああなってしまうのか…」と、将来への希望を失い、成長意欲が削がれてしまいます。結果として、若手の早期離職にも繋がりかねません。
- キーパーソンの流出: モチベーションが低下し、この会社での成長に見切りをつけた優秀な中堅社員は、より良い環境を求めて外部へと流出していきます。彼らが抜ける穴は大きく、長年かけて培ってきた知識や経験、顧客という無形の資産が一瞬にして失われることになります。
- 組織文化の硬直化: 中堅社員が挑戦を諦め、現状維持を望むようになると、組織全体から活気が失われます。新しいアイデアは生まれず、変化を恐れる「事なかれ主義」が蔓延し、企業は市場の変化に対応できなくなっていきます。
このように、中堅社員のモチベーション低下は、組織の活力を奪い、持続的な成長を阻む、静かなる「病」なのです。
第3章:輝きを取り戻すために。中堅社員を活性化させる4つのアプローチ
では、どうすれば中堅社員のモチベーションに再び火を灯し、組織の原動力として再生させることができるのでしょうか。特効薬はありませんが、経営者や管理職が意識的に取り組むべき、具体的なアプローチが存在します。
アプローチ1:役割の再定義と「期待」の可視化
まず取り組むべきは、中堅社員に求める「役割」を明確に再定義し、会社からの「期待」を具体的に伝えることです。
「君には、トッププレイヤーであり続けることだけを求めているわけではない。君の経験を活かして、チーム全体の成果を底上げすること、そして、後進を育成することを期待している」
このように、単なる売上数字だけでなく、「チームへの貢献」や「部下の育成」といった、これまで評価されにくかった活動の重要性を明確に言語化して伝えます。そして、その新しい役割に対する評価基準を具体的に設定し、共有することが重要です。
例えば、「部下の成功事例をいくつ創出できたか」「チームの営業プロセスをどれだけ改善できたか」といった指標を評価に組み込むことで、中堅社員は「何をすれば評価されるのか」を正しく理解し、安心して新しい役割に挑戦することができます。
アプローチ2:キャリアの選択肢を増やし、成長の道筋を示す
管理職への道だけがキャリアパスではありません。専門性を極める「スペシャリストコース」や、特定のプロジェクトを牽引する「プロジェクトリーダー」など、多様なキャリアの選択肢を提示することが有効です。
- 複線型キャリアパスの導入: 管理職を目指す「マネジメントコース」と、高度な専門知識で貢献する「エキスパートコース」などを設け、本人の希望や適性に応じて選択できるようにします。
- 挑戦的なアサインメント: 新規事業の立ち上げや、困難な顧客の攻略、業務改善プロジェクトなど、ルーティンから脱却できるような挑戦的な役割を与えることで、新たな学びの機会と成長実感を提供します。
大切なのは、「会社は君の今後のキャリアについて真剣に考えている」というメッセージを伝え、本人が主体的にキャリアを考えるきっかけを与えることです。
アプローチ3:責任に見合う「裁量権」の委譲
「責任」と「権限」のバランスを取り戻すことも不可欠です。中堅社員を信頼し、一定の裁量を与えることで、彼らの当事者意識と責任感は大きく向上します。
「この予算の範囲内であれば、君の判断で自由に使っていい」 「チームの営業戦略については、君に最終決定権を任せる」
もちろん、丸投げではいけません。しかし、結果責任を問う以上は、プロセスにおける自由度も認めるべきです。失敗を過度に恐れる必要はありません。むしろ、失敗から学び、次に活かすプロセスこそが、本人と組織を成長させます。経営者や上司は、挑戦を奨励し、万が一の際には責任を取るという覚悟を示すことで、中堅社員が安心して挑戦できる「心理的安全性」の高い環境を育むことができます。
アプローチ4:対話による「内省」と「気づき」の促進(1on1の戦略的活用)
そして、これら全てのアプローチの土台となるのが、質の高いコミュニケーションです。特に、上司と部下が1対1で定期的に行う「1on1ミーティング」は、中堅社員のモチベーションを再生させる上で非常に有効な手段となります。
ただし、単なる進捗確認の場であっては意味がありません。中堅社員の活性化を目的とした1on1では、以下の点を意識することが重要です。
- 話す場ではなく「聴く」場: 上司はアドバイスをするのではなく、まず本人の話にじっくりと耳を傾けます。仕事の悩み、キャリアへの不安、組織に対する課題意識など、普段は言えない本音を引き出すことに徹します。
- 「未来」に焦点を当てる: 「過去」の失敗を責めるのではなく、「これからどうしたいか」「どうすればもっと良くなるか」といった未来志向の対話を心がけます。本人が自ら課題を発見し、解決策を考える「内省」を促すのです。
- 定期的な継続: 1回きりでは意味がありません。週に1回30分、あるいは隔週に1回でも構いません。定期的に継続することで信頼関係が構築され、徐々に深い対話が可能になります。
こうした対話を通じて、中堅社員は「自分は会社から期待されている」「自分のことを気にかけてくれている」と感じることができます。そして、上司との対話の中で自身の考えを整理し、自らモチベーションの源泉を見つけ出すことができるようになるのです。これは、社員育成の根幹をなす活動と言えるでしょう。
むすび:中堅社員の再生は、持続可能な組織成長の礎
中堅社員のモチベーション低下は、放置すれば組織を蝕む深刻な問題ですが、決して解決不可能な課題ではありません。
彼らが抱える閉塞感の正体を理解し、 「役割を再定義し、期待を明確に伝え」 「新たな成長機会とキャリアの道筋を示し」 「責任に見合う裁量権を与え」 「対話を通じて、内なる声に耳を傾ける」
こうした地道な取り組みを継続することが、彼らの失われた輝きを取り戻すための唯一の道です。
活性化した中堅社員は、自身の経験と情熱をもって若手を導き、チームを牽引し、経営層と現場をつなぐ強力なパイプとなります。彼らの再生は、一人の社員の復活に留まらず、営業組織全体の生産性を向上させ、ひいては企業の持続的な成長を実現するための、揺るぎない礎となるのです。
まずは、皆様の会社の中堅社員一人ひとりの顔を思い浮かべてみてください。そして、彼らの声に真摯に耳を傾けることから、始めてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、組織全体の大きな変革へと繋がるはずです。
もし、自社の状況を客観的に把握し、具体的な打ち手を考える上で、外部の専門的な視点が必要だと感じられた際には、いつでもご相談ください。貴社の課題解決に向けた、最適な道筋を共に考えさせていただきます。