はじめに
「うちのメンバーは、言われたことしかやらない」 「もっと自分で考えて動いてほしいのに…」
多くのマネージャーやリーダーが、一度はこのような悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。メンバーが主体的に動いてくれない「指示待ち」の状態は、チームの生産性を停滞させるだけでなく、マネージャー自身の業務負担を増大させ、本来注力すべき戦略的な仕事から時間を奪っていきます。
なぜ、メンバーは「指示待ち」になってしまうのでしょうか。 それは、本人の能力や意欲だけの問題ではないかもしれません。実は、私たちマネージャーが日々行っている「指示の出し方」に、その原因が隠されていることが多いのです。
この記事では、メンバーが「指示待ち」の状態から脱却し、自ら考えて行動する「自走するチーム」へと変わるために、マネージャーが今日から実践できる、非常にシンプルでありながら効果的なアプローチについてお話しします。それは、単に「作業」を指示するのではなく、その指示に「意味」を持たせることです。
1. 「指示だけ」のマネジメントが引き起こす、見えないコスト
まず、従来の「指示だけ」のコミュニケーションが、チームにどのような影響を与えているかを見ていきましょう。
ケーススタディ:2つの「資料作成」指示
あなたはマネージャーとして、部下のAさんにこんな指示を出したとします。
指示1:「Aさん、このデータを使って、明日の朝までに顧客向けの提案資料を作っておいてください。」
この指示は、やるべきこと(What)と期限(When)が明確で、一見すると分かりやすい指示に思えます。Aさんは指示通りに資料を作成し、期限内に提出するでしょう。業務は滞りなく進んでいるように見えます。
しかし、このコミュニケーションにはいくつかの問題が潜んでいます。
- 思考の停止: Aさんの頭の中は「指示された通りの資料を、間違いなく作ること」でいっぱいになります。なぜこの資料が必要なのか、この資料で何を達成したいのかという目的が共有されていないため、指示の範囲を超える工夫や改善提案は生まれにくくなります。
- モチベーションの低下: Aさんにとって、この仕事は「言われたからやる作業」となりがちです。自分の仕事が会社の目標や顧客の喜びにどう繋がっているのかが見えないため、やりがいや貢献実感を得にくく、「自分は歯車の一つに過ぎない」と感じてしまうかもしれません。
- 応用力の欠如: もし、作業の途中で予期せぬ問題(データの不足など)が発生した場合、Aさんはどうするでしょうか。目的を理解していないため、自分で判断して代替案を考えることができず、「どうすればいいですか?」と再び指示を仰ぐことになります。つまり、マネージャーの手が離せない状態が続いてしまうのです。
- 成長機会の損失: 指示されたことをこなすだけでは、問題解決能力や戦略的思考は育ちません。Aさん自身の成長の機会を奪っているとも言えます。
このように、「指示だけ」のマネジメントは、短期的には業務が回っているように見えても、長期的にはメンバーの主体性を奪い、チーム全体の成長を阻害する「見えないコスト」を支払っている状態なのです。
2. 指示に「意味」を持たせると、チームはどう変わるか?
では、先ほどの指示を少し変えてみましょう。 今度は、指示に「意味」を添えて伝えます。
指示2:「Aさん、少し時間いいかな。今度、我々が長年アプローチしてきたB社との重要な商談があるんだ。B社は特に導入後のサポート体制を重視している。そこで、Aさんがまとめてくれたこの導入後アンケートのデータが、B社の不安を払拭し、契約への最後の一押しになるはずなんだ。このデータを活用して、我々のサポートがいかに手厚いか伝わるような提案資料を、明日の朝までに作成してもらえないだろうか。」
いかがでしょうか。 やるべき作業内容は同じ「資料作成」です。しかし、Aさんが受け取る情報量は全く違います。
この指示には、以下の要素が含まれています。
- 背景(Why): なぜこの仕事が必要なのか(B社との重要な商談のため)
- 目的(What for): この仕事で何を達成したいのか(B社の不安を払拭し、契約を後押しするため)
- 期待(For whom): あなたの仕事が誰にどんな価値をもたらすのか(Aさんの資料が決め手になることへの期待)
このように「意味」が加わることで、Aさんの仕事への向き合い方は劇的に変わります。
- 当事者意識の芽生え: 「B社との契約」という大きな目的の一部を自分が担っていると理解することで、「ただの作業」は「重要なミッション」に変わります。どうすればもっとB社に響く資料になるだろうか、と自ら考え始めるでしょう。
- 創造性の発揮: 「サポートの手厚さが伝わるように」という目的を達成するためなら、グラフの見せ方を変えたり、お客様の喜びの声を引用したりと、指示された以上の工夫を凝らすかもしれません。
- 自律的な問題解決: 作業途中で問題が起きても、「目的はB社の不安払拭だ」という軸があるため、「このデータが使えないなら、こちらの成功事例を使おう」といった代替案を自分で考え、行動できるようになります。
- 成長実感とモチベーション向上: 自分の仕事がチームや会社の成果に直結していると実感できるため、大きなやりがいを感じます。成功すれば自信になり、次の仕事への意欲も高まります。これは、社員育成の観点からも非常に重要です。
指示に「意味」を添える。たったこれだけのことで、メンバーは「作業者」から、目的を共有する「パートナー」へと変わっていくのです。
3. 今日からできる、「意味づけ」マネジメントの具体的なステップ
「意味づけが重要なのは分かった。でも、具体的にどうすればいいの?」 ここからは、日々の業務の中で「意味づけ」を実践するための具体的なステップをご紹介します。
ステップ1:指示の前に「10秒」考える癖をつける
指示を出す前に、一呼吸おいて、次の3つを頭の中で整理してみましょう。
- この仕事の「背景」は何か? (例:競合が新しいサービスを出した、顧客からクレームがあった)
- この仕事の「目的」は何か? (例:市場での優位性を保つ、顧客満足度を回復する)
- この仕事は、チームや会社の「どの目標」に繋がっているか? (例:今期の売上目標達成、ブランドイメージ向上)
これを毎回完璧にやる必要はありません。まずは「なぜ、今、この仕事をこのメンバーに頼むのか?」を自分自身が理解することが第一歩です。
ステップ2:「5W1H」に「Why」を加えて伝える
指示を出す際には、一般的に「5W1H」(When, Where, Who, What, How, How much)が重要だと言われます。ここに、**「Why(なぜ)」**を意識的に加えてみてください。
- 悪い例: 「このリストの顧客に、明日中に全部電話しておいて。」
- 良い例: 「(Why)最近、解約を検討するお客様が少し増えているんだ。(What)そこで、このリストの長期利用のお客様に、こちらから変わりがないか伺う電話をかけたい。(How)まずは感謝を伝えて、何か困っていることがないかヒアリングする形で、明日中に全員にお願いできるかな?」
背景と目的を伝えることで、メンバーは単なる「テレアポ部隊」ではなく、「顧客との関係を守るための重要な役割」を担っていると認識できます。電話口での対応も、より丁寧で心のこもったものになるでしょう。
ステップ3:「あなただから、お願いしたい」という期待を添える
人は誰でも、誰かの役に立ちたい、認められたいという気持ちを持っています。その気持ちを、マネジメントに活かさない手はありません。
- 「〇〇さんの丁寧な分析力を見込んで、この調査をお願いしたいんだ。」
- 「〇〇さんはお客様との対話が上手だから、今回のヒアリングはぜひお願いしたい。」
- 「この前のプロジェクトでの粘り強さを見ていたよ。今回の難しい交渉も、〇〇さんならきっとやり遂げてくれると信じている。」
このように、相手の強みや過去の実績に触れながら期待を伝えることで、メンバーは「自分は信頼されている」「期待に応えたい」と感じ、仕事への熱意が高まります。これは、メンバーの自己肯定感を育む上でも非常に効果的です。
4. 「寄り添うマネジメント」としての1on1の活用
「意味づけ」をさらに効果的に、そして継続的に行うための絶好の機会が**「1on1ミーティング」**です。
多くの会社で導入されている1on1ですが、単なる進捗確認や業務報告の時間になってしまってはいないでしょうか。それは非常にもったいないことです。
1on1は、マネージャーとメンバーが対等な立場で対話し、信頼関係を築くための時間です。この時間を活用して、日々の業務の意味づけを、より深く、より個人的なレベルで行うことができます。
1on1で話すべき「意味づけ」のテーマ
- 業務と個人の成長を結びつける: 「今やってもらっている〇〇の業務、大変だと思うけど、将来的にはリーダーを目指したいって言ってたよね。この経験は、プロジェクト全体を見る視点を養うのにすごく役立つと思うんだ。」 このように、現在の仕事が本人のキャリアプランや目標達成にどう繋がるのかを一緒に考えることで、日々の業務に新たな意味が生まれます。
- チームや会社のビジョンを共有する: 「会社が今、こういう方向を目指しているんだけど、〇〇さんはどう思う?」 「私たちのチームがこの目標を達成できたら、会社にとってどんなインパクトがあると思う?」 大きな視点での対話を通じて、メンバーは自分の仕事がより大きな物語の一部であると感じることができます。
- 仕事の「手触り感」を共有する: 「〇〇さんが作ってくれたあの資料、お客様がすごく褒めてたよ。『ここまで分析してくれるなんて』って感動してた。」 自分の仕事が、誰かを喜ばせ、誰かの役に立ったという具体的なフィードバックは、何よりのモチベーションになります。マネージャーは、そうした「ポジティブな反響」を積極的に集め、メンバーに届けるアンテナであるべきです。
1on1は、マネージャーがメンバーに寄り添い、その仕事と成長に意味を与えるための最高の舞台です。定期的な対話を通じて、「指示する人」と「される人」という関係性を超えた、共にゴールを目指すパートナーとしての信頼関係を育んでいきましょう。
まとめ:チームを動かすのは「指示」ではなく「物語」
ここまで、メンバーの主体性を引き出し、「自走するチーム」を作るための「意味づけ」の重要性についてお話ししてきました。
「指示待ち」のメンバーに、「もっと考えろ」「主体的に動け」と精神論をぶつけるだけでは、状況は変わりません。人は、納得感のない命令では動けず、心が動かされる物語によって、自ら走り出す生き物だからです。
マネージャーの役割は、個々のタスクを割り振る「司令官」であること以上に、チームが進むべき道のりを示し、メンバー一人ひとりの仕事がその道のりの中でいかに重要であるかという「物語」を語るストーリーテラーであることなのかもしれません。
「なぜ、私たちはこの仕事をするのか?」
この問いを、マネージャー自身が深く理解し、自分の言葉でメンバーに語りかけること。 その日々の小さな積み重ねが、メンバーの中に当事者意識を芽生えさせ、チームに一体感を生み、やがては大きな成果へと繋がっていきます。
今日、あなたがメンバーにかける言葉を、少しだけ変えてみませんか? 「これ、お願い」の一言に、あなたの想いという「意味」を添えるだけで、チームの未来はきっと、もっと明るい方向へと動き出すはずです。