「私」から「私たち」へ。強い組織は「主語」が変わる瞬間から生まれる

はじめに

「うちのチームは、一人ひとりは優秀なのに、なぜか大きな成果に繋がらない」 「メンバーは自分の仕事はしっかりこなすけれど、隣の部署が困っていても関心がないようだ」

企業の経営者やマネージャーの方々とお話をしていると、このようなお悩みを聞くことがよくあります。メンバーはそれぞれ真面目に働き、個々のタスクはきちんと完了している。それにもかかわらず、組織全体として見たときの一体感や、目標に向かって一丸となって進むエネルギーが感じられない。これは多くの組織が直面する、根深く、そして非常に重要な課題です。

この課題の根っこにあるのは、多くの場合、社員一人ひとりの仕事における「主語」の問題です。

は、自分の目標を達成した」 「の仕事は、ここまでです」

このように、仕事の主語が「私」になっている状態は、組織が「個人の集まり」に留まっているサインかもしれません。一方で、成長し続ける強い組織では、ごく自然に、社員の言葉の主語が「私たち」に変わっていきます。

私たちのチームで、この目標を達成しよう」 「私たちの会社として、お客様のこの課題を解決したい」

この「私」から「私たち」への主語の変化は、単なる言葉遣いの違いではありません。それは、社員の意識が個人から組織へと広がり、チーム全体で成果を出すというマインドセットが根付いている証拠です。

では、どうすれば社員の主語を「私たち」へと自然に転換させ、個々の力を結集して大きな成果を生み出す「本物の組織」を構築できるのでしょうか。本日は、そのための具体的な考え方とアプローチについて、掘り下げていきたいと思います。

主語が「私」の組織で起こりがちなこと

まず、社員の主語が「私」に偏っている組織で、具体的にどのような問題が起こるのかを整理してみましょう。一見、個々が自立して仕事をしているように見えても、その裏側では組織の成長を妨げる様々な事象が発生しています。

1. 知識やノウハウの属人化 「その件は、〇〇さんしか分からない」。これは、多くの職場で聞かれる言葉です。特定の業務を特定の個人が長く担当することで、その人の頭の中にしか情報が存在しない状態、いわゆる「属人化」が起こります。主語が「私」である社員は、「自分の仕事」の範囲で知識を深めますが、それをチーム全体に共有し、誰でも対応できる状態にしようという意識が働きにくい傾向があります。結果として、その人が異動や退職をした途端に業務が滞り、組織として大きなリスクを抱えることになります。

2. 部分最適の横行 自分の部署や自分の担当領域の目標達成だけを考えて行動する「部分最適」も、主語が「私」の組織でよく見られる光景です。例えば、営業部門が「私の部署の売上目標」を達成するために、製造部門の生産キャパシティを考えずに大きな案件を受注してしまう。あるいは、開発部門が「私の担当機能」の完璧な実装にこだわり、全体のリリーススケジュールを遅らせてしまう。それぞれが「自分の仕事」に誠実であるからこそ、組織全体としては不利益な結果を招いてしまうのです。

3. 協力体制の欠如とセクショナリズム 「それは私の仕事ではありません」。この一言は、組織内の協力体制を蝕む強力な言葉です。主語が「私」の意識が強いと、自分の担当範囲外の出来事に対して無関心になりがちです。隣のチームがトラブルで困っていても、「自分の仕事が忙しいから」と手を差し伸べない。部署間での情報連携がうまくいかず、お互いをライバルのように見なす「セクショナリズム」が蔓延します。これでは、組織の総合力を発揮することはできません。

4. イノベーションの停滞 新しいアイデアやイノベーションは、異なる知識や視点が交わるところから生まれます。しかし、社員が「私」の殻に閉じこもっている組織では、この化学反応が起こりません。自分の専門領域以外の情報に触れる機会が少なく、他部署のメンバーと雑談を交わす中で新しいビジネスのヒントを得る、といったことも期待しにくいでしょう。組織は変化に対応できず、徐々に活力を失っていきます。

このように、社員の主語が「私」である状態を放置することは、組織の成長にとって静かですが確実なブレーキとなります。

主語が「私たち」に変わると、組織はどうなるか?

それでは逆に、社員の主語が「私たち」になった組織は、どのように変わっていくのでしょうか。そこには、企業の持続的な成長につながる、たくさんのポジティブな変化が生まれます。

1. 自律的なコラボレーションの発生 主語が「私たち」になると、社員はチームや会社の目標を「自分ごと」として捉えるようになります。そのため、誰かに指示されなくても、「この課題は、私たちで解決すべきだ」と考え、自律的に協力し始めます。営業担当者が、お客様から聞いた製品への要望を開発チームにフィードバックし、開発チームはそれを受けて次の改善計画を練る。こうした部門を超えた連携が、日常的に、そしてスムーズに行われるようになります。

2. 集合知による問題解決力の向上 一人の人間が持つ知識や経験には限界があります。しかし、主語が「私たち」の組織では、困難な問題に直面したとき、「みんなの知恵を借りよう」という発想が自然に生まれます。「私たちは、この問題をどう乗り越えるか?」という問いのもと、多様なバックグラウンドを持つメンバーがそれぞれの視点から意見を出し合うことで、一人では到底たどり着けないような質の高い解決策を見出すことができます。これが「集合知」の力です。

3. 変化への対応力とレジリエンスの強化 ビジネス環境が目まぐるしく変化する現代において、組織の「変化への対応力(レジリエンス)」は非常に重要です。主語が「私たち」の組織は、このレジリエンスが高いと言えます。なぜなら、特定の誰かに依存するのではなく、「私たち」というチームで仕事を進める仕組みができているからです。急な市場の変化や、メンバーの突然の離脱といった予期せぬ事態が起きても、残されたメンバーが「私たちでなんとかしよう」と協力し、お互いの役割をカバーし合うことで、組織としてのダメージを最小限に食い止め、乗り越えていくことができます。

4. ポジティブな連鎖と成長の加速 「私たち」で成功を掴む経験は、チームに大きな自信と一体感をもたらします。「あの時の成功は、私たちみんなで頑張ったからだ」という共通の記憶は、次のさらなる挑戦への強力なエネルギー源となります。成功が次の成功を呼び、チームが良い雰囲気の中で学習と成長を繰り返していく。そんなポジティブなサイクルが生まれ、組織全体の成長が加速していくのです。

では、どうすれば主語は「私たち」に変わるのか?

ここまで、主語が「私」の組織と「私たち」の組織の違いを見てきました。では、社員の意識を「私」から「私たち」へとシフトさせるためには、具体的に何をすればよいのでしょうか。それは精神論やスローガンだけでは実現できません。日々の業務の中に組み込まれた、意図的な「仕組み」と「働きかけ」が大切になります。

ここでは、そのための4つのポイントをご紹介します。

ポイント1:会社の「向かう先」を、誰もがわかる言葉で示す 社員が「私たち」という意識を持つための大前提は、「私たち」がどこに向かっているのかを全員が共有していることです。会社のビジョンやミッション、中期的な目標といった「向かう先」が、一部の経営層だけのものではなく、現場で働く一人ひとりの社員にまで、具体的で分かりやすい言葉で浸透している必要があります。

例えば、「3年後に業界No.1を目指す」という目標だけでは、社員は具体的に何をすればいいのか分かりません。そうではなく、「私たちは、〇〇という技術で、これまで解決できなかったお客様の△△という悩みを解消する。その結果、3年後にはこの分野で最もお客様から『ありがとう』と言われる会社になる」というように、ストーリーや情景が浮かぶような言葉で語りかけることが大切です。

そして、この「向かう先」は、一度伝えて終わりではありません。朝礼や週次ミーティング、社内報など、あらゆる機会を通じて繰り返し、一貫したメッセージを発信し続けることが、社員の心に深く刻み込むことにつながります。

ポイント2:一人ひとりの仕事と、チームの目標をつなげる 全体像が見えても、自分の日々の仕事がその大きな絵のどの部分を担っているのか分からなければ、貢献実感は湧きません。ここで重要になるのが、マネージャーの役割です。

マネージャーは、会社の大きな目標を、自分のチームの具体的な目標へと翻訳し、さらにそれをメンバー一人ひとりの役割やタスクにまで落とし込んで説明する「翻訳家」であるべきです。

この翻訳作業に非常に有効なのが、定期的な1on1ミーティングです。1on1は、単なる進捗確認の場ではありません。メンバーの業務が、チームや会社全体の目標達成にどう貢献しているのかを具体的に伝え、その重要性を認識してもらう絶好の機会です。

「君が作成してくれたこのレポートのおかげで、私たちは次の戦略を正確に立てることができた。これは、会社全体の売上目標達成に向けた、本当に大きな一歩なんだ。」

このような言葉をかけられることで、社員は自分の仕事の価値を再認識し、「私は、私たちというチームの役に立っている」という感覚を持つことができます。この感覚の積み重ねこそが、社員の育成につながり、主語を「私たち」へと変える原動力となります。

ポイント3:「私たち」で成功体験を積む「仕組み」をつくる 意識を変えるには、行動を変え、そして成功体験を積むことが一番の近道です。意図的に「私たち」で取り組まざるを得ない、そして「私たち」で成功を喜べるような「仕組み」を設計することが求められます。

例えば、以下のような取り組みが考えられます。

  • チーム単位での目標設定と評価: 個人の目標達成度だけでなく、チーム全体の目標達成度を評価の重要な要素として組み込む。これにより、「自分の目標さえ達成すれば良い」という考えから、「チームでどう目標を達成するか」という思考への転換を促します。
  • 情報共有の透明化: 各部署の目標や進捗状況、課題などを、誰もがアクセスできるツール(チャットツールや社内Wikiなど)でオープンにする。他のチームの状況が見えることで、「あそこが困っているなら、私たちのチームで何か手伝えることはないか」という発想が生まれやすくなります。
  • チームの成功を称賛する文化: 個人MVPだけでなく、「今月のベストチーム賞」のような形で、チームでの成功を公式に称賛する場を設ける。成功事例を全社で共有することで、「私たちもあのチームのようになりたい」というポジティブな目標が生まれます。

こうした仕組みは、自然と社員の目線を個人からチームへと向けさせ、協力せざるを得ない環境を作り出します。

ポイント4:失敗を許容し、誰もが発言できる空気をつくる 最後に、そして最も土台となるのが、「心理的安全性」の高い職場環境です。心理的安全性とは、このチームの中では、自分の意見を言ったり、ミスを報告したりしても、罰せられたり恥をかかされたりすることはないと、メンバー全員が感じられる状態のことです。

なぜこれが主語を「私たち」に変える上で重要なのでしょうか。 それは、心理的安全性が低い職場では、社員は自分を守るために「私」の殻に閉じこもってしまうからです。「余計なことを言って睨まれたくない」「失敗を責められたくない」という恐怖が、他者への関心や協力の意欲を奪います。

逆に、心理的安全性が確保されていれば、社員は安心して新しい挑戦ができます。「私たちのためになるなら、言ってみよう」「たとえ失敗しても、チームで乗り越えればいい」と思えるようになります。

マネージャーは、メンバーの意見を否定せずにまずは受け止める、ミスが起きたときには個人を責めるのではなく「私たちで次にどう活かすか」を議論する、といった姿勢を率先して示すことが大切です。誰もが安心して「私たち」の一員でいられる空気感こそが、強い組織の土壌となります。

まとめ

組織を、単なる「個人の集まり」から、一つの生命体のようにしなやかに、そして力強く成長する「チーム」へと変える。その変化は、社員一人ひとりの口から発せられる「主語」が、「私」から「私たち」へと変わる瞬間に始まります。

この変化は、自然に起こるものではありません。

  1. 会社の「向かう先」を、誰もがわかる言葉で示し、共有する。
  2. 日々のコミュニケーション、特に1on1などを通じて、個人の仕事と全体の目標をつなげる。
  3. チームでの成功を促す「仕組み」を意図的に設計し、運用する。
  4. 誰もが安心して発言・挑戦できる、心理的安全性の高い空気をつくる。

これらの地道で継続的な取り組みが、社員一人ひとりの心の中に「私たち」という主語を育てます。

そして、社員が「私たち」という言葉を当たり前に使うようになった時、あなたの組織は、個人の能力の総和をはるかに超える大きな力を手に入れているはずです。それは、目先の目標を達成する力だけでなく、未来の予測困難な変化をも乗り越えていける、持続可能な成長の力に他なりません。

自社の組織を振り返ったとき、社員たちの会話の「主語」は何になっているでしょうか。一度、耳を澄ませてみてはいかがでしょうか。そこに、あなたの組織がさらに飛躍するためのヒントが隠されているかもしれません。