敬語って難しい?大丈夫、大切なのは「心」です!~気持ちが伝わる言葉づかいのヒント~

はじめに

「敬語って、なんだかむずかしい…」 ビジネスシーンでは特に、言葉遣いに気を使う場面が多いですよね。「お客様に失礼がないように」「上司にきちんと報告しなければ」と意識すればするほど、頭が真っ白になったり、かえって回りくどい言い方になってしまったり…。そんな経験、ありませんか?

インターネットで「敬語 使い方」と検索すれば、たくさんのルールやマナーが出てきます。尊敬語、謙譲語、丁寧語…。「これは二重敬語?」「この場合はどの言葉が正しいの?」と、考えれば考えるほど混乱してしまう方もいらっしゃるかもしれません。企業の研修で敬語を学んだはずなのに、いざ実践となると自信が持てない、という声もよく耳にします。

でも、安心してください。完璧な敬語を使いこなせる人なんて、そうそういません。もちろん、正しい敬語を知り、使う努力は大切です。しかし、それ以上に重要なのは、**相手への敬意や思いやりを伝えようとする「心」**なのです。

このコラムでは、敬語の難しさの正体や、多くの人が陥りがちな「丁寧すぎる」言葉遣いについて触れながら、本当に大切なコミュニケーションのあり方について考えていきたいと思います。この記事を読み終える頃には、敬語に対する肩の力が少し抜けて、「もっと気軽に、気持ちを込めて話してみよう」と思っていただけたら嬉しいです。

「丁寧に、丁寧に」が逆効果?よくある敬語の落とし穴

「お客様には、とにかく丁寧に接しなければ!」 その一心で、言葉を選びに選んだ結果、なんだかおかしな日本語になってしまった…なんて経験はありませんか?良かれと思って使った言葉が、実は相手に違和感を与えていたり、かえって分かりにくくなっていたりするケースは少なくありません。

代表的なのが、いわゆる「二重敬語」や「三重敬語」です。これは、同じ種類の敬語を重ねて使ってしまうことで、過剰な表現になってしまう状態を指します。

例えば、こんな言葉遣いを見聞きしたことはないでしょうか。

  • 「社長がおっしゃられていました
    • 「言う」の尊敬語は「おっしゃる」です。それに尊敬の助動詞「~られる」が付くと二重敬語になります。正しくは「社長がおっしゃっていました」あるいは「社長がおっしゃいました」ですね。
  • 「資料をご覧になられましたでしょうか?」
    • 「見る」の尊敬語は「ご覧になる」です。「なられました」と重ねることで、これも二重敬語。「資料はご覧になりましたか?」で十分丁寧な印象です。
  • 「〇〇様でいらっしゃいますでしょうか
    • これは、相手が誰かを確認する際によく使われがちな表現ですが、「いらっしゃる」は「いる」「来る」「行く」の尊敬語、「ます」は丁寧語、「でしょう」も丁寧な推量、「か」は疑問の終助詞と、丁寧さが幾重にも重なっています。シンプルに「〇〇様でいらっしゃいますか」あるいは状況によっては「〇〇様ですか」でも失礼にはあたりません。

なぜ、このような過剰な敬語を使ってしまうのでしょうか。 多くの場合、「相手に失礼な印象を与えたくない」「できる限り丁寧な言葉遣いをしなければ」という強い思い込みが原因です。特に、お客様や目上の方に対しては、「これで十分だろうか」「もっと敬意を示さなければ」と不安になり、ついつい言葉を重ねてしまうのかもしれません。

しかし、あまりに丁寧すぎる言葉遣いは、聞いている側に「ちょっと堅苦しいな」「回りくどくて分かりにくい」「なんだか距離を感じる」といった印象を与えてしまうこともあります。まるで、何枚も厚着をしすぎて動きにくくなっているような状態、と言えるかもしれません。

昔から「過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)」ということわざがありますが、敬語もまさにこれに当てはまります。相手を敬う気持ちはもちろん大切ですが、それが過剰な表現となって相手に負担を感じさせてしまっては、本末転倒ですよね。

その敬語、本当に「心」がこもっていますか?

正しい敬語を使うことは、もちろん大切です。しかし、言葉の形だけを整えても、そこに心がこもっていなければ、相手にはかえって冷たい印象や、場合によっては「慇懃無礼(いんぎんぶれい)」だと感じさせてしまうことさえあります。

例えば、こんな経験はありませんか?

  • マニュアル通りの謝罪:何かトラブルがあった際、コールセンターに電話をしたら、オペレーターの方が非常に丁寧な言葉遣いで対応してくれた。しかし、その言葉はまるで録音された音声のように抑揚がなく、本当に申し訳ないと思っているのか伝わってこなかった…。
  • 表情のない「ありがとうございます」:お店で商品を購入した際、店員さんは「ありがとうございました」と言ってくれたものの、目は全くこちらを見ておらず、次の作業に取り掛かっていた。言葉は丁寧でも、感謝の気持ちは少しも感じられなかった…。

これらは、言葉の形としては「正しい敬語」を使っているのかもしれません。しかし、そこには相手への配慮や誠意といった「心」が感じられず、コミュニケーションとしてはいささか寂しいものがあります。言葉は丁寧なのに、なぜか心が通い合わない、むしろ壁を感じてしまう…そんな状況は避けたいものです。

一方で、こんな経験はどうでしょうか。

  • 一生懸命な新入社員:新しく配属されたばかりの営業担当者が、慣れないながらも一生懸命、自社の製品について説明してくれた。言葉遣いは時折たどたどしく、敬語も少し間違っていたかもしれない。しかし、その真摯な態度や「なんとかお役に立ちたい」という熱意はひしひしと伝わってきて、思わず応援したくなった。
  • 心からの「ありがとう」:道に迷っていたら、通りすがりの人が親切に道を教えてくれた。その人は、ごく普通の言葉遣いだったけれど、笑顔で「お気をつけて」と声をかけてくれ、その温かい気持ちがダイレクトに伝わってきて、とても嬉しかった。

多少言葉遣いが拙かったり、敬語が完璧でなかったりしても、相手を思う気持ちや一生懸命さが伝われば、人は悪い気はしないものです。むしろ、形ばかり整った無機質な言葉よりも、少しくらい不格好でも心がこもった言葉の方が、人の心を動かすのではないでしょうか。

つまり、敬語はあくまで**コミュニケーションを円滑にし、相手への敬意を伝えるための「手段」**であって、それ自体が「目的」ではないのです。

敬語で本当に伝えたいのは「あなたを大切に思っています」という気持ち

では、敬語を使う上で本当に大切なことは何でしょうか? それは、「相手を尊重し、大切に思っていますよ」という気持ちを伝えることです。

言葉は、人と人との間に橋を架けるものです。敬語は、その橋をよりスムーズに、そして心地よく渡るための潤滑油のような役割を果たします。相手に不快な思いをさせず、気持ちよくコミュニケーションを取りたい。そのために、私たちは敬語を使います。

そう考えると、どの言葉を選ぶか、というテクニック論以上に、**「どうすれば、この気持ちが相手に伝わるだろうか?」**と考えることの方が、ずっと重要だということが分かります。

例えば、お客様に何かを説明する場面を想像してみてください。 「専門用語を並べて、流暢に説明すること」が必ずしも良いとは限りません。もちろん、正確な情報提供は必要です。しかし、それ以上に、「お客様が何を知りたいのか」「どう説明すれば分かりやすいか」「不安に思っていることはないか」といった相手の立場に立った配慮が大切です。

その配慮の気持ちがあれば、自然と声のトーンや話すスピード、表情も変わってくるはずです。たとえ敬語が少しぎこちなくても、「この人は、自分のことを考えてくれているな」と感じてもらえれば、信頼関係は深まります。

言葉(バーバルコミュニケーション)だけでなく、表情や声のトーン、話す態度といった非言語(ノンバーバル)コミュニケーションも、相手への敬意を伝える上で非常に大きな役割を担っています。「目は口ほどに物を言う」と言いますが、まさにその通り。どんなに美しい敬語を使っても、無表情で早口では、相手に良い印象は与えられませんよね。

「この人に気持ちよく話を聞いてもらいたい」「この人に信頼してもらいたい」という純粋な気持ちが、最適な言葉遣いや態度を引き出してくれるのです。

間違いを恐れないで!大切なのは「伝えようとする姿勢」

「でも、やっぱり敬語を間違えたら恥ずかしい…」 「間違った敬語を使うと、相手に失礼だと思われるんじゃないか…」 「評価が下がってしまうかもしれない…」

そういった不安から、どうしても敬語に対して臆病になってしまう、という方もいらっしゃるでしょう。特に、ビジネスの場では、言葉遣い一つで相手に与える印象が大きく変わる可能性があるため、慎重になるのは当然です。

しかし、少し考えてみてください。あなたの周りに、完璧な敬語を常に使いこなしている人がどれだけいるでしょうか? アナウンサーや一部の専門職の方を除けば、日常生活やビジネスシーンで、誰もが敬語に迷ったり、時には間違えたりしながらコミュニケーションを取っているのが実情ではないでしょうか。

実は、多少の敬語の間違いは気にしない、という人も意外と多いのです。特に、相手が一生懸命伝えようとしていたり、誠実な態度で接してくれたりすれば、言葉遣いの細かなミスはそれほど問題視されないケースがほとんどです。

むしろ、間違いを恐れるあまり、口数が少なくなってしまったり、自信なさそうに話したりする方が、コミュニケーションとしてはマイナスに働く可能性があります。黙り込んでしまっては、せっかくのあなたの思いや考えも相手に伝わりません。

大切なのは、完璧な敬語を話すことよりも、「相手に何かを伝えよう」とする前向きな姿勢です。 もし、うっかり間違った敬語を使ってしまったとしても、それに気づいた時点で「失礼いたしました」「勉強不足で申し訳ありません」と素直に認め、次に活かせば良いのです。その謙虚な態度は、かえって相手に好印象を与えることさえあります。

「まだ敬語に自信がないのですが、一生懸命ご説明します」といったように、自分の今の状態を正直に伝え、誠意を持って接することも、時には有効なコミュニケーション手段となります。

間違いを恐れすぎて萎縮してしまうよりも、多少拙くても、自分の言葉で、自分の気持ちを伝えようとすること。その方が、ずっと建設的で、相手との距離も縮まるはずです。

気持ちを込めて、少しずつステップアップ!「伝わる敬語」を目指しましょう

ここまで、敬語において「心」が大切であることをお伝えしてきました。では、具体的にどのように敬語と向き合っていけば良いのでしょうか。最後に、相手への気持ちを大切にしながら、無理なく「伝わる敬語」を身につけていくためのヒントをいくつかご紹介します。

  1. まずは「相手を尊重する気持ち」をしっかりと持つ
    • 全ての基本は、やはりこれです。「この人に敬意を払いたい」「気持ちよくコミュニケーションを取りたい」という気持ちがあれば、自然と丁寧な言葉遣いを心がけるようになります。テクニックに走る前に、まずは自分の心に問いかけてみましょう。
  2. よく使う敬語から、少しずつ正しい使い方を意識してみる
    • いきなり完璧を目指す必要はありません。まずは、日常業務でよく使う言葉やフレーズから、正しい敬語の使い方を少しずつ意識してみましょう。
    • 例えば、「です・ます」といった丁寧語を基本に、相手や状況に応じて「お(ご)~する(いたす)」といった謙譲語や、「~(ら)れる」「お(ご)~になる」といった尊敬語を少しずつ取り入れてみるのです。
    • ビジネスシーンで頻出する「承知いたしました」「かしこまりました」「恐れ入りますが」「お手数をおかけしますが」といったクッション言葉などを、適切な場面で使えるように意識するのも良いでしょう。
  3. 周囲の人の「上手な言葉遣い」を参考にしてみる
    • あなたの周りに、「この人の言葉遣いは素敵だな」「聞いていて心地よいな」と感じる人はいませんか? その人がどんな場面で、どんな言葉を選び、どんな話し方をしているのかを観察してみましょう。上手な人の言葉遣いを真似ることは、敬語上達の近道の一つです。
    • ただし、丸暗記するのではなく、「なぜこの人はこの言葉を選んだのだろう?」「どんな気持ちで話しているのだろう?」と考えながら参考にすることが大切です。
  4. もし間違えてしまったら…素直に認めて、次に活かせばOK!
    • 誰にでも間違いはあります。もし敬語の使い方を間違えてしまったり、後で「ああ言えばよかった」と気づいたりしたとしても、過度に落ち込む必要はありません。
    • 大切なのは、その経験から学び、次に活かすことです。「次はこう言ってみよう」と前向きに捉え、少しずつ改善していけば大丈夫です。
  5. 「勉強中です」という素直なスタンスも時には有効
    • 特に新しい環境で働き始めたばかりの時や、敬語に自信がない場面では、「まだ不慣れで、言葉遣いが行き届かない点もあるかと存じますが、一生懸命努めます」といったように、正直に自分の状況を伝え、学ぶ姿勢を示すことも、相手に好感を持ってもらえることがあります。謙虚さと向上心は、いつだって大切です。

敬語は、決してあなたを縛るためのルールではありません。相手との関係をより良くし、コミュニケーションを豊かにするための「道具」の一つです。難しく考えすぎず、まずは相手を思う気持ちを一番大切にしてください。

おわりに:言葉は、人と人とを繋ぐためにある

敬語は、日本の文化の中で育まれてきた、相手への敬意や配慮を示すための美しい言葉遣いです。しかし、その使い方に悩み、コミュニケーションに臆病になってしまっては、元も子もありません。

一番大切なのは、「相手に気持ちよく過ごしてほしい」「スムーズに意思疎通を図りたい」「良好な関係を築きたい」という、あなた自身の温かい気持ちです。その気持ちがあれば、たとえ言葉遣いが少し拙くても、きっと相手に伝わるはずです。

もちろん、正しい敬語を身につける努力は、あなたのコミュニケーション能力をさらに高めてくれるでしょう。しかし、それはあくまで「心を伝える」ための手段の一つ。言葉の正しさだけに囚われることなく、あなたの心からの思いを、あなたらしい言葉で伝えてみてください。 敬語は、あなたと相手との間に、心地よい橋を架けてくれるはずです。自信を持って、日々のコミュニケーションを楽しんでいきましょう。