西郷隆盛「功ある者には禄を、徳ある者には地位を」|次世代リーダーを育てる人材登用の考え方
「成果を出している社員を、次のリーダーに据えるべきだろうか」。組織を率いる立場になったとき、多くの経営者が一度は悩む問いです。
特に、次の世代を担うリーダーや社長の右腕を育てたい会社では、売上や実務能力だけで登用を決めると、現場との関係がぎくしゃくしたり、組織全体が短期的な成果ばかりを追う空気になったりすることがあります。
西郷隆盛の言葉として広く知られる「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」は、こうした人材登用の本質を考えるうえで、今も大きな示唆を与えてくれます。この一節の原典は中国の古典『書経』に由来するという説明もありますが、ここでは、成果への報いとリーダーへの登用を同じ基準にしないという考え方に注目します。
この記事では、この言葉を手がかりに、成果と人間性の両方を見ながら、次世代リーダーを育てるための考え方、見極め方、90日間の進め方を整理します。
この記事で分かること
・成果を出す人と、組織を率いる人を同じ基準で選ばない理由
・次世代リーダー候補を見極める5つの観点
・候補者へ役割を任せるときの90日間の進め方
・登用で失敗しやすい4つのパターン
・社長の右腕を育てるために、今日から始められること
「功」と「徳」は、どちらも大切だが役割が違う
「功」は、目に見える成果や貢献です。難しい案件をまとめる、顧客から信頼される、数字をつくる、利益を生み出す。こうした力は、組織にとって欠かせません。成果を出した人へ報酬や評価を与えることは、努力を正当に認める意味でも重要です。
一方で、より大きな役割を任せるときには、「徳」も見なければなりません。ここでいう徳とは、立派な人柄という抽象的な話だけではありません。周囲への敬意を持てるか。自分と異なる意見を受け止められるか。失敗した人を責めるだけでなく、次に活かせる形へ導けるか。自分の成果だけではなく、組織全体の成果を考えられるか。こうした日々の振る舞いに表れます。
成果を出した人へ報酬や評価を与えることと、より大きな権限を持つリーダーに任命することは、分けて考える必要があります。両方を同じ基準で決めると、短期的には納得感があっても、長期的には組織を支える人材が育ちにくくなります。
成果を出す人を、次のリーダーにすればよいのか
目に見える成果を出している人を評価することは、もちろん大切です。難しい仕事をやり遂げた、顧客との関係を築いた、目標を達成した。こうした力は、組織にとって欠かせません。
一方で、個人として優秀であることと、周囲を動かせるリーダーであることは同じではありません。自分だけで成果を出せる人が、他者の成長を待てず、情報を抱え込み、異なる意見を受け止められないまま権限を持つと、組織はかえって弱くなることがあります。
人を登用するときに必要なのは、「今、この人がどれだけ成果を出しているか」だけではありません。「この人がより大きな役割を担ったとき、周囲の力を引き出し、組織を前に進められるか」という視点です。
次世代リーダー候補を見極める5つの観点
1. 自分の成果を、チームの成果へ変えられるか
優秀な人は、自分で仕事を進められます。リーダー候補にはさらに、自分のやり方を言葉にし、他者が再現できる形にする力が必要です。
「自分ならできる」だけではなく、「他の人ができるようになるには何が必要か」を考え、教え、任せ、振り返れるかを見てください。個人の成功を、チームの成功へ広げられる人は、組織の力を大きくします。
2. 厳しい場面で、他者を尊重できるか
順調なときだけでは、人の本質は分かりにくいものです。予定どおりに進まないとき、部下が失敗したとき、意見が対立したときに、どのような言葉を使うかを見てください。
問題を放置しないことと、人を傷つけることは違います。事実と行動を見ながら改善を促し、相手の尊厳を守れる人は、信頼を積み上げられます。組織を預ける人には、この姿勢が欠かせません。
3. 社長の考えを、自分の言葉で現場へ伝えられるか
右腕や次世代リーダーは、社長の言葉をそのまま繰り返す人ではありません。会社がどこへ向かうのかを理解し、現場の仕事や日々の判断に結び付けて伝えられる人です。
社長が方針を話したあとに、その人がチームへどのように説明するかを見てください。社員が「自分たちは何を変えればよいのか」を理解できる形にできるなら、リーダー候補として大きな可能性があります。
4. 自分の限界を認め、助けを求められるか
大きな役割を任せると、すべてを一人で抱え込む人もいます。しかし、組織で成果を出すリーダーに必要なのは、何でもできることではありません。自分だけでは判断できない場面で周囲の力を借り、情報を共有し、より良い結論をつくる力です。
自信がある人ほど、素直に相談できるかを見てください。自分の弱さを認められる人は、他者の成長も支えやすい人です。
5. 会社全体の最適を考えられるか
部署の数字だけを守ることと、会社全体を強くすることが一致しない場面はあります。たとえば、他部門への協力、後輩育成、顧客情報の共有は、短期的には自分の負担を増やすかもしれません。しかし、長期的には会社全体の力になります。
候補者が、自分の部署や自分の成果を超えて、会社にとって何がよいかを考えられるかを見てください。この視点を持つ人は、経営と現場をつなぐ役割を担いやすい人です。
登用で失敗しやすい4つのパターン
パターン1:数字だけで昇格させる
トップ営業を管理職にすれば、チームの売上も上がるとは限りません。本人が持っていた知識や関係を、他者へ渡す力があるかを確認しないまま昇格させると、本人もチームも苦しくなることがあります。
パターン2:肩書きだけ渡して、役割を渡さない
管理職にしたのに、重要な判断はすべて社長が行う。会議では発言を求められるのに、決める権限はない。この状態では、候補者は育ちません。肩書きとともに、どの範囲で判断してよいかを渡す必要があります。
パターン3:任せた後に、振り返らない
任せることは大切です。しかし、任せた後に「結果はどうだったか」だけを確認しても、次の成長にはつながりません。何を考えたのか、どこで迷ったのか、次ならどうするのかを一緒に振り返る時間が必要です。
パターン4:一人の候補へ期待を集中させる
右腕候補を一人に決めることは必要な場合もありますが、早い段階から一人へ期待を集め過ぎると、本人にも周囲にも負担がかかります。複数のメンバーへ小さな役割を任せ、対話を重ねながら、候補を見極めていく方が組織は安定します。
次世代リーダーを育てる90日間の進め方
最初の30日:役割と判断基準を共有する
まず、社長が抱えている仕事の中から、候補者に任せたい役割を一つ選びます。役割を渡すときは、「何をするか」だけでなく、「どのような状態を目指すのか」「何を大切に判断してほしいのか」「どの場面では相談してほしいのか」を言葉にします。
例として、営業会議の進行を任せるなら、単に時間どおり進めることではなく、「案件の課題が共有され、次の行動と支援が決まる状態をつくる」と共有します。
次の30日:小さく任せ、週次で振り返る
候補者へ実際に役割を任せます。途中で手を出したくなっても、まずは本人が何を考えているかを聞いてください。
週に一度、15分から30分で構いません。うまくいったこと、迷ったこと、次に変えたいことを聞きます。社長は答えを急がず、判断基準を確認しながら支援します。
最後の30日:役割を少し広げ、周囲を巻き込む
最初の役割に慣れてきたら、次は他者を巻き込む役割を渡します。たとえば、会議で出た課題について関係部署と調整する、後輩へ仕事の進め方を共有する、チームの改善案をまとめるといった役割です。
この段階で、候補者が周囲をどう見ているか、どのように言葉をかけるかが見えてきます。成果だけでなく、組織を前へ進める姿勢を確認してください。
登用は「選ぶこと」ではなく「育てること」
次世代リーダーは、ある日突然完成するものではありません。候補を決めたら、少し背伸びが必要な役割を任せ、定期的に振り返り、次の課題を一緒に考える。その積み重ねによって、本人も周囲も新しい役割に慣れていきます。
このとき、社長がすべてを細かく決めてしまうと、候補者は判断する力を育てられません。一方で、何も支えずに任せると、失敗を恐れて動けなくなります。目指す状態と任せる範囲を共有し、途中で対話を重ねながら、少しずつ責任を広げていくことが大切です。
今いるメンバーから右腕を育てる方法も、あわせてご覧ください。
よくある質問
Q. 成果はあるが、周囲への配慮が足りない人を管理職にしてもよいですか
役割と育成の設計次第です。成果を認めることと、すぐに大きな人事権を渡すことは分けて考えてください。まずは小さなチーム運営や後輩育成を任せ、対話や他者への関わり方を振り返る機会をつくることが有効です。
Q. 右腕候補が社内にいない場合はどうすればよいですか
最初から完成した右腕を探す前に、今いるメンバーの中で「周囲から信頼されている人」「会社全体を見ようとする人」「学ぶ姿勢がある人」を探してください。小さな役割を任せる中で、候補が見えてくることがあります。
Q. 古参社員と若手の間で、登用への不満が出たらどうすればよいですか
人事の結論だけを伝えるのではなく、どのような役割を期待しているのか、何を基準に育成しているのかを日頃から共有することが重要です。年齢や在籍年数ではなく、会社の未来に必要な役割と行動で判断する姿勢を一貫させてください。
まとめ:成果だけでなく、組織を前へ進める人を育てる
「功」と「徳」のどちらか一方だけで、人の登用を決めることはできません。成果を出す力は重要です。一方で、他者を尊重し、現場の声に耳を傾け、周囲の力を引き出せる人でなければ、より大きな権限を持ったときに組織を強くすることは難しいでしょう。
次世代リーダーや社長の右腕を育てるためには、候補者を早く決めることよりも、社長が何を大切にし、どんな組織をつくりたいのかを共有し、少しずつ任せ、対話を重ねることが欠かせません。
自社でどのような人材を次のリーダーとして育てるべきか迷う場合は、2代目・3代目社長のための組織課題チェックリストで、まず現状を整理してみてください。
