多くの企業にとって、新規顧客の開拓は永遠の課題です。市場の競争が激化し、顧客の財布の紐が固くなる中で、新しい契約を一本取るためのコスト(CPA)は年々上昇傾向にあります。
こうした状況下で、経営者や営業責任者の皆様が注目すべきは、単月の売上数字だけではありません。一人の顧客が取引期間を通じて企業にもたらす利益の総額、すなわち**LTV(顧客生涯価値)**です。
しかし、「LTVが重要だ」と頭では理解していても、実際の現場では目先の「契約数」や「今月の売上」ばかりが優先されていないでしょうか。実は、この目先の数字への偏重こそが、組織の成長を阻害し、現場を疲弊させる要因になり得ます。
今回は、LTVを最大化するために、営業組織がどのように「契約率」と「解約率」向き合い、データを活用し、そして人材を育成すべきかについてお伝えします。
「契約率が高い」は本当に良いことなのか?
営業会議で、契約率(成約率)が高いメンバーが称賛されるのは日常的な光景です。確かに、商談の確度が高く、効率よく受注できることは素晴らしい能力です。しかし、ここに一つの落とし穴があります。
もし、その高い契約率の裏で、契約後の「解約率」も同様に高かったとしたらどうでしょうか。
「とにかく数字を作らなければ」というプレッシャーから、顧客の課題と自社のサービスが完全には合致していないにもかかわらず、強引に契約を結んでしまう。あるいは、実現不可能な期待値を顧客に抱かせて(オーバープロミス)、受注してしまう。これらは、短期的な売上にはなっても、中長期的には大きなマイナスです。
早期解約は、獲得コストを回収できないだけでなく、「期待外れだった」というネガティブな評判を市場に広めるリスクさえあります。つまり、「LTVを考慮しない高い契約率」は、将来の利益を先食いし、焼畑農業のように市場を荒らしている可能性があるのです。
経営者が見るべきは、単なる契約率ではなく、「継続率とセットになった契約の質」です。
解約率は「商品」ではなく「営業」の通信簿
一方で、「解約率が高いのは、商品やサービスに問題があるからだ」と考える営業担当者も少なくありません。もちろん、商品力の向上は必要です。しかし、初期段階での解約の多くは、実は営業プロセスに起因しています。
- ターゲットではない顧客に売っていないか
- 顧客の課題解決に繋がらない提案をしていないか
- 契約後の運用イメージを正しく伝えられているか
これらはすべて、営業担当者のコントロール下にある問題です。解約率とは、商品そのものの評価である以前に、「事前の期待値調整(握り)」が適切に行われたかを示す、営業活動の通信簿なのです。
解約率を分析する際は、単に「何%か」を見るのではなく、「誰が売った案件が、どのタイミングで、なぜ解約になったのか」を個別に紐解く必要があります。そうすることで、特定の手法やトークが、将来の解約予備軍を生み出していないかが見えてきます。
データを活用し、組織の「当たり前」を変える
LTVを最大化する組織に変わるためには、まずは現状を正しく把握することから始めます。どんぶり勘定ではなく、プロセスごとの数字を明確にします。
具体的には、営業担当者ごとに以下の指標を追跡します。
- 商談からの契約率
- 契約後の継続期間(または早期解約率)
- 顧客ごとの収益性
これらを可視化すると、意外な事実が判明することがあります。 例えば、「エースだと思っていたトップセールスマンは、実は解約率が高く、会社に利益をあまり残していなかった」一方で、「地味に見える中堅メンバーは、契約数は爆発的ではないが、顧客満足度が高く、LTVが極めて高い」といったケースです。
この事実が明らかになれば、組織として評価すべき行動や、共有すべきノウハウが変わります。トップセールスの強引な手法を真似させるのではなく、中堅メンバーの「顧客の課題を深掘りし、納得感を持って契約してもらうプロセス」こそが、組織全体の標準となるべきだと判断できるでしょう。
1on1で「数字」ではなく「顧客」について語る
データの可視化ができたら、次はそれを人材育成に落とし込みます。ここで重要になるのが、上司と部下で行う定期的な1on1ミーティングです。
LTVを重視する組織における1on1は、単なる案件の進捗確認(ヨミ管理)の場ではありません。「あと何件取れるのか?」と詰めるだけの時間は、メンバーを精神的に追い込み、前述した「質の悪い契約」を誘発するだけです。
代わりに、以下のような対話を取り入れてみてください。
- 「今月契約したお客様は、なぜうちの商品を選んでくれたと思う?」
- 「そのお客様が長く使い続けてくれるためには、我々は何をすべきだろう?」
- 「逆に、お断りした(失注した)お客様がいるとしたら、それはなぜ『合わない』と判断したのか?」
このように、「売上」という結果の手前にある「顧客との関係性」や「提案の質」に焦点を当てた問いかけを行います。
上司がこうした関心を持って接することで、メンバーは「とにかく売ればいい」という思考から、「顧客にとって価値ある提案ができているか」という思考へとシフトします。また、自分の営業活動が顧客の成功に貢献しているという実感(貢献実感)を得やすくなり、それが仕事を楽しむ姿勢や、自律的な成長意欲へとつながります。
「断る勇気」が利益を生む
LTV最大化の究極の形は、自社に合わない顧客には「お役に立てません」と正直に伝えられる営業組織になることです。
「売らない」という判断は、一見すると機会損失に見えます。しかし、合わない顧客への対応に費やすリソースを、自社の商品で本当に幸せになれる顧客へのサポートに充てることで、結果として顧客満足度は上がり、解約率は下がり、紹介やアップセルが増え、LTVは向上します。
こうした判断ができるようになるには、個人のスキル頼みではなく、組織としての明確な判断基準と、それを支える仕組みが必要です。 「誰に売るべきか」「誰に売らないべきか」が言語化され、共有されていること。そして、その基準に基づいて行動したメンバーが正当に評価されること。これが、組織として強くなるための条件です。
営業組織の変革は、一日にして成らず
契約率と解約率を正しく分析し、LTVを最大化する体制を作ることは、一朝一夕にはいきません。 これまでの「売上至上主義」の文化を変え、地道なデータの収集と分析、そして一人ひとりのメンバーと向き合う粘り強い育成が必要です。
しかし、この取り組みを進めることは、外部環境の変化に左右されにくい、筋肉質な経営体質を作ることと同義です。 社員が疲弊して辞めていく組織ではなく、顧客に感謝されながら、社員自身も成長を感じられる組織へ。
貴社の営業組織は今、目先の数字だけに追われていないでしょうか。 そして、社員一人ひとりのポテンシャルを、正しい方向へ導けているでしょうか。
もし、現状の営業プロセスや人材育成に課題を感じ、どこから手をつけるべきか迷われているのであれば、一度、外部の視点を入れて現状を整理してみるのも一つの手段です。客観的なデータと事実に基づいた分析は、貴社の営業組織が次なるステージへ進むための確かな道筋を示してくれるはずです。
貴社の現在の「契約率」と「解約率」の相関関係や、営業メンバーごとのLTVへの貢献度について、一度フラットな視点で分析してみませんか?現状の課題を整理するだけでも、打つべき施策は大きく変わります。
