毎月の営業会議、あるいは週次ミーティングでの光景を思い浮かべてみてください。
目標数字に対して未達の報告が続く中、部屋の空気が重くなる。「なぜ達成できなかったんだ?」「次はどうするんだ?」という上司からの問いかけに対し、部下は俯きながら「行動量が足りませんでした」「次はもっと頑張ります」と答える。 しかし翌月も、また同じような会話が繰り返される――。
もし、貴社の組織でこのような場面が常態化しているなら、それは「振り返り」の方法を変えるだけで劇的に改善する可能性があります。
多くの企業で、真面目な社員ほど陥りやすい罠があります。それは、「振り返り」を「反省」や「懺悔」と混同してしまうことです。しかし、ビジネスにおいて必要なのは、個人の心情を吐露することではなく、次の成果につなげるための再現性のある「改善」です。
本コラムでは、多くの現場で導入されている「KPT法」だけに頼らない、より科学的で、かつ人材育成にも直結する「振り返り」のフレームワークと、その運用方法について解説します。精神論から脱却し、組織として勝ち続けるための思考法を手にれてください。
「反省」と「振り返り」の決定的な違い
まず、言葉の定義を明確にしておきましょう。 日本人の気質として、うまくいかなかった時に「反省」することを美徳とする傾向があります。 「申し訳ありません」「気が緩んでいました」「次は死に物狂いでやります」 こうした言葉は、責任感の表れとしては評価できるかもしれません。しかし、ビジネスの改善プロセスという視点で見ると、実はあまり価値を生まないことが多いのです。なぜなら、これらは「感情」や「決意」の話であって、「事実」や「構造」の話ではないからです。
私たちが目指すべきは「リフレクション(振り返り)」です。 リフレクションとは、起きた事象を客観的な事実として捉え、そこから学びを抽出し、未来の行動を変えるプロセスのことを指します。
「頑張ります」という精神論ではなく、「Aというアプローチが機能しなかったので、次はBという手法を試す」という仮説検証のサイクルを回すこと。これこそが、営業組織を強くするために欠かせない要素です。
KPT法が陥りやすい「マンネリの罠」
振り返りの手法として最もポピュラーなのが「KPT法」です。 Keep(良かったこと・続けること)、Problem(悪かったこと・課題)、Try(次にやること)の3つを出す手法で、シンプルで使いやすいフレームワークです。
しかし、長期間運用していると、多くの組織で形骸化が進みます。よくある失敗パターンは以下の通りです。
- Keepが精神論になる: 「元気に挨拶できた」「諦めなかった」など、具体性に欠ける内容ばかりになる。
- Problemが「できない言い訳」大会になる: 「競合が強かった」「忙しくて時間がなかった」など、解決困難な外部要因ばかりが挙がる。
- Tryが具体的でない: 「訪問件数を増やす」「意識を変える」といった、行動変容につながらないスローガンで終わる。
KPTは優れた手法ですが、「現状維持」や「不満の吐き出し」に終始してしまうリスクがあります。そこで、視点を変えてより深く、かつ前向きに改善を進めるための別のフレームワークを2つご紹介します。これらは特に、部下の育成や組織の仕組み化において大きな威力を発揮します。
1. 経験を「学び」に変える「YWT法」
一つ目は、人材育成や1on1ミーティングと非常に相性が良い「YWT法」です。 これは、日本能率協会コンサルティングが提唱した日本発のフレームワークで、以下の3つの頭文字をとっています。
- Y:やったこと(Yatta)
- W:わかったこと(Wakatta)
- T:次にやること(Tsugi)
KPTとの最大の違いは、「Problem(悪いこと)」に焦点を当てず、「Wakatta(わかったこと・気づき)」を重視する点です。
営業活動において、結果が失敗だったとしても、そこには必ず「経験」が残ります。 「このトークをしたら顧客の反応が鈍った」「資料のこのページを見せた時に興味を持ってもらえた」 こうした日々の活動の中に埋もれている事実を掘り起こし、言語化させるのがYWTの狙いです。
1on1での活用イメージ
例えば、部下との1on1でこのように使います。
上司: 「今週のA社への提案、どうだった?(Y:やったこと)」 部下: 「受注には至りませんでしたが、決裁権者が実は部長ではなく、現場の課長にあることがわかりました。(W:わかったこと)」 上司: 「それは大きな発見だね。じゃあ、その課長にアプローチするためにどう動く?(T:次にやること)」 部下: 「まずは現場の困りごとをヒアリングするアポイントを取ります。(T:次にやること)」
このように、「わかったこと」を深掘りすることで、失敗体験ですら「貴重なデータ」に変わります。 特に若手やスランプに陥っている営業社員は、「Problem」ばかりを問われると萎縮してしまいますが、「わかったこと」であれば前向きに話すことができます。 「経験学習」のサイクルを回し、個人の成長を促すためには、このYWT法を用いた対話が非常に効果的です。日々の業務日報にこのフォーマットを取り入れるだけでも、社員が「ただ作業をする」状態から「考えながら動く」状態へと変化していくでしょう。
2. 客観的事実で差分を埋める「AAR」
二つ目は、より戦略的・組織的な改善に向いている「AAR(After Action Review)」です。 もともとはアメリカ陸軍が開発した手法で、以下の4つの問いを順に行います。
- 本来の目的・目標は何だったか?(What was supposed to happen?)
- 実際には何が起きたか?(What actually happened?)
- なぜその差(ギャップ)が生まれたのか?(Why was there a difference?)
- 次はどうするか?(What are we going to do next time?)
このフレームワークの肝は、冒頭で「本来の目標」を再確認することと、3番目の「なぜ」を徹底的に客観視することにあります。
営業現場では往々にして、当初の目的を見失いがちです。 「とにかく売上を上げる」という漠然とした目標ではなく、「今週中にB社の課題ヒアリングを完了させ、見積もり提示の承諾を得る」といった具体的なマイルストーンがあったはずです。それに対して、実際はどうだったのか。
ここで重要なのは、「人」ではなく「コト(プロセス)」に焦点を当てることです。 「〇〇さんの押しが弱かったから」という属人的な理由で終わらせてはいけません。 「ヒアリングシートの項目に抜け漏れがあり、顧客の真の課題にたどり着けなかった」「競合との比較資料を提示するタイミングが遅かった」というように、仕組みやプロセスの欠陥として捉えます。
AARを繰り返すことで、組織の中に「勝ちパターン」や「避けるべき失敗パターン」が蓄積されていきます。これが、特定のトップセールスがいなくても成果を出せる組織への移行を助けます。
科学的な振り返りには「見える化」が必要
YWTやAARといったフレームワークを機能させるために、どうしてもなくてはならない前提条件があります。 それは、判断材料となる「事実」が見えていることです。
「たしか、そんな感じだったと思います」「なんとなく、感触は悪くなかったです」 といった曖昧な記憶や感覚頼りの情報をもとに議論をしても、正しい改善策は導き出せません。
- どのプロセスで顧客が離脱したのか
- 商談数は足りていたのか
- アプローチのタイミングは適切だったか
これらを数字やデータとして客観的に把握できる状態(見える化)をつくっておくことが、科学的な改善のスタートラインです。 事実に基づかない振り返りは、単なる「感想の言い合い」になってしまいます。逆に言えば、プロセスさえ可視化されていれば、マネージャーは部下を感情的に叱責する必要がなくなり、一緒にデータを見ながら「どこを調整すればうまくいくか」を建設的に話し合うことができるようになります。
「小さな改善」を高速で回す
改善というと、何か大規模な改革や、劇的な手法の変更をイメージされるかもしれません。しかし、本当に強い組織が行っているのは、「微修正」の積み重ねです。
「トークスクリプトの導入部分を1行だけ変えてみる」 「提案資料の構成を前後入れ替えてみる」 「メールの件名を変更してみる」
こうした小さなアクションプラン(Baby Step)を、YWTやAARによって導き出し、翌日からすぐに実行する。そして数日後にまた結果を見て振り返る。このサイクルの回転数こそが、組織の成長速度そのものです。
壮大な計画を立てて満足するのではなく、明日からできる小さな変化を具体的に決め、実行させること。マネージャーの役割は、部下がその一歩を踏み出しやすいように背中を押し、その結果をまた一緒に確認してあげることです。
自走する組織への転換点
営業組織の理想形は、マネージャーがあれこれ指示しなくても、メンバー一人一人が自ら課題に気づき、考え、改善行動をとれる状態、すなわち「自走する組織」です。
そのためには、上司が答えを教えるのではなく、今回ご紹介したようなフレームワークを用いて「問いかける」ことが重要です。 「今回の商談で、君が一番『わかった』ことは何?(YWT)」 「当初の想定と違った結果になったのは、プロセスのどこに要因があると思う?(AAR)」
こうした問いかけを繰り返すことで、社員の中に「振り返る習慣」と「改善する思考回路」が育まれます。これこそが、一時的な売上アップではなく、長期的に安定して成果を出し続ける組織を作るための土台となります。
組織全体で「振り返り」の文化を作る
最後に、これらの手法を導入する上で最も大切なことをお伝えします。 それは、**「失敗を正直に話せる場(心理的安全性)」**を確保することです。
失敗を報告すると怒られる、評価が下がる、という空気が蔓延している組織では、正確な事実がテーブルに上がってきません。「うまくいったように見せる」ための報告が横行し、真の課題が見えなくなってしまいます。
経営者やマネージャーが率先して、「失敗は改善の種である」「事実を隠すことより、早く共有して対策を打つことが評価される」というメッセージを発信し続ける必要があります。
「今週の失敗から、私たちは何を学べるか?」 そんな前向きな言葉から会議を始めてみてはいかがでしょうか。 科学的なフレームワークと、それを支える対話の文化。この両輪が揃ったとき、貴社の営業組織は、環境の変化に負けない強靭なチームへと進化を始めるはずです。
日々の業務に追われる中で、こうした仕組みをゼロから構築し、定着させることは容易ではないかもしれません。しかし、まずは今週のミーティングで、たった一つ「問いかけ」を変えることから始めてみてください。その小さな変化が、やがて大きな成果の違いとなって現れるでしょう。
