「手塩にかけて育てたつもりだったのに、また営業担当者が辞めてしまった…」 「ようやく採用できた新人が、戦力になる前に退職を申し出てきた」
経営者や営業責任者の皆様にとって、営業人材の流出は、深刻な経営課題の一つではないでしょうか。「また採用活動か…」「引き継ぎはどうする」「顧客との関係が途切れてしまう」といった、目の前の対応に追われるだけでなく、残った社員の負担増やモチベーションの低下、そして何より、採用と育成にかけたコストが水泡に帰すという事実に、頭を悩まされているかもしれません。
給与や待遇面での不満が理由である場合も、もちろんあるでしょう。しかし、もし退職が特定の部署、特に営業部門で連続しているのであれば、それは「辞めた個人の問題」や「昨今の若者の気質」といった一言で片付けられるものではなく、組織の「仕組み」や「環境」そのものに原因が潜んでいる可能性があります。
営業担当者が「ここで働き続けたい」「この会社で成長したい」と思えない組織には、いくつかの共通する特徴が見受けられます。本日は、多くの企業様を見てきた中で感じた、「人材が定着しない営業組織」に共通する5つの点について、その背景と対策の方向性を考察します。
共通点1:成果(数字)が全て、という評価制度
営業職である以上、売上や契約件数といった「数字」で評価されることは当然です。しかし、その「数字」だけが評価の全てになってはいないでしょうか。
例えば、月間の目標を達成した社員だけが称賛され、達成できなかった社員は、そのプロセスがいかに努力に満ちたものであっても、一切評価されない。このような環境では、社員は常に「売れなければ、ここに居場所はない」というプレッシャーに晒されます。運良く成果が出ている間は良くても、市場環境の変化や、担当顧客の事情で一時的に数字が落ち込んだ時、彼らの心の支えは一気になくなります。
さらに深刻なのは、この評価制度が「短期的な成果」のみを追求させる点です。本来、営業活動とは、顧客との長期的な関係を築き、将来の売上につなげていく地道な活動も含まれるはずです。しかし、「今月の数字」だけを問われ続ければ、顧客のためにならない無理な押し売りや、手間のかかる関係構築を避けるといった行動に走りかねません。
その結果、本質的な営業スキルが身につかず、「自分は成長している」という実感も得られません。「数字」という結果だけでなく、そこに至るまでの「行動」や「プロセス」(例えば、質の高い提案を行った回数、新規顧客との面談数、顧客からの信頼を示すフィードバックなど)も評価の対象に加え、日々の努力が報われる仕組みを作ることが、社員の安心感と成長実感につながります。
共通点2:「見て学べ」式のOJTと、場当たり的な育成
「営業は現場で覚えるものだ」「先輩の背中を見て盗め」。これは、一昔前の営業組織では当たり前の光景だったかもしれません。しかし、この「OJT(On-the-Job Training)任せ」の育成スタイルは、現代において多くの問題を生み出します。
最大の問題は、育成の質が「教える側の先輩社員」のスキルと熱意に完全に依存してしまうことです。優秀な先輩が付けば良いですが、そうでなければ、新人は基本的なビジネスマナーや商品知識すら曖昧なまま、いきなり現場に放り出されることになります。
「何から学べば良いか分からない」「質問したいが、先輩も忙しそうで聞けない」「同じ失敗をしても、A先輩とB先輩で言うことが違う」。こうした環境では、新人は常に不安を抱え、「自分は放置されている」という孤立感を深めます。
「成長実感」は、働く上での重要な動機づけの一つです。自分が何をできるようになるべきか、そのために今何を学ぶべきか、そして実際にできるようになったか、というステップが明確であってこそ、人は成長を実感できます。
育成を個人の感覚に委ねるのではなく、組織として「一人前の営業になるまでに習得すべき知識やスキル」を明確にし、体系的な研修と、現場でのOJTを計画的に連動させる仕組みが必要です。誰が教えても一定のレベルで育成できる「標準化」こそが、新人の不安を取り除き、早期の戦力化と定着を促します。
共通点3:情報がブラックボックス化し、個々が孤立している
あなたの会社には、特定の「トップセールス」と呼ばれる社員がいて、その人の売上に組織全体の業績が左右されている、といった状況はありませんか。
もちろん、高い成果を出す社員は称賛されるべきです。しかし、問題は、その「トップセールスがなぜ売れるのか」というノウハウが、その人個人の頭の中にしかなく、組織全体で共有されていないことです。
顧客情報、商談の進捗、成功した提案資料、あるいは失注した理由。これらが共有されず、個々の営業担当者が自分だけの情報で戦っている組織は、非常に脆いものです。メンバーは「助けてもらえない」「自分だけが苦労している」と感じやすくなります。
優秀な社員ほど、「この組織にいても、他の人から学べるものがない」と感じ、より良い環境を求めて転職していくかもしれません。一方で、成果が出せない社員は、成功のヒントを得られないまま「自分には才能がない」と諦め、辞めていってしまいます。
成功事例だけでなく、「なぜあの商談は失注したのか」という失敗事例こそ、組織の貴重な財産です。こうした情報をオープンに共有し、チーム全体で「どうすれば次は上手くいくか」を議論する文化と、それを支える情報共有の「仕組み」を作ることが、組織全体の営業力を底上げし、社員の孤立感を防ぎます。
共通点4:マネージャーが「最強のプレイヤー」になっている
特に中小企業において、営業マネージャーが自身の個人売上目標も持ちながら、部下のマネジメントも行う「プレイングマネージャー」であるケースは非常に多いです。
マネージャー自身が営業として優秀であることは素晴らしいことですが、その比重が「プレイヤー」に偏りすぎている組織は危険です。マネージャーが自分の数字に追われ、部下の育成や日々のフォローアップに時間を割けていない場合、メンバーは放置されていると感じてしまいます。
- 部下が商談で悩んでいても、相談する時間がない。
- 部下の日報や報告書を見ている時間がなく、適切なフィードバックができない。
- 部下一人ひとりのキャリアや将来について、ゆっくり話す機会がない。
こうした状況が続けば、部下は「この上司は自分のことを見てくれていない」「この会社で将来のキャリアを描けない」と感じるようになります。
ここで重要になるのが、マネージャーと部下との定期的なコミュニケーション、例えば**「1on1ミーティング」**のような機会です。マネージャーの役割は、自分が売ることではなく、「チーム(部下)に売らせること」「チーム(部下)を成長させること」であると再定義し、そのための時間を意図的に確保する仕組みが必要です。
たとえ週に30分でも、上司が部下の話に真剣に耳を傾け、その成長や悩みに寄り添う時間を持つこと。この積み重ねが、部下の「貢献実感」や「成長実感」を育み、組織への信頼関係を築くのです。
共通点5:営業活動の「目的」や「全体像」が共有されていない
「今月の目標はあと〇〇万円だ。とにかくアポを取れ!」 「理屈はいいから、訪問件数を増やせ!」
こうした指示が飛び交う営業組織では、社員は疲弊しがちです。もちろん目標達成は重要ですが、その「数字」がどのような意味を持つのかが共有されていなければ、日々の営業活動は単なる「ノルマをこなす作業」になってしまいます。
- なぜ、今月はこの数字を達成する必要があるのか?
- その数字は、会社のどの戦略と結びついているのか?
- 自分の日々の活動が、会社の成長や社会にどう「貢献」しているのか?
こうした「目的」や「意味」が見えないまま働かされると、人はやりがいを見失います。特に、新規開拓で断られ続けたり、クレーム対応に追われたりした時、「自分は何のためにこんなに辛い思いをしているのだろう」と、心が折れてしまいやすくなります。
経営者やマネージャーが伝えるべきは、「What(何をやるか)」や「How(どうやるか)」だけではありません。最も重要なのは、「Why(なぜやるのか)」です。
会社の理念やビジョン、今期の経営戦略、そして、その中での営業部門の「役割」。こうした全体像を、言葉を変えて繰り返し伝えることが不可欠です。自分の仕事が、会社の大きな目標の達成に貢献しているという「貢献実感」こそが、困難な状況でも社員を踏みとどまらせ、主体的に行動する意欲を引き出します。
まとめ:個人の頑張りに依存する組織から脱却するために
「成果(数字)偏重の評価」「場当たり的な育成」「情報のブラックボックス化」「マネージャーの機能不全」「目的の不共有」。
これら5つの共通点に根差しているのは、営業活動を**「個人の資質や頑張り」に依存させ、「組織として勝つための仕組み」**が整備されていない、という事実です。
人材の定着は、単に給与や福利厚生を改善するだけで実現できるものではありません。社員が「この場所で成長できる」「自分の仕事が役に立っていると実感できる」「仲間と協力して働ける」「正当に評価してもらえる」と感じられる環境、すなわち「仕組み」を整えることが、何よりも重要です。
貴社の営業組織には、今回挙げたような共通点はありませんでしたでしょうか。
もし、自社の営業組織の課題がどこにあるのか、何から手をつければ良いか分からないと感じていらっしゃるならば、まずは自社の営業活動の現状を客観的に見つめ直し、課題を整理することから始めてみてはいかがでしょうか。そこが、社員が定着し、育ち、そして成果を出し続ける「強い営業組織」を築くための第一歩となるはずです。
もし自社だけでの課題特定や解決が難しいと感じられる場合は、外部の客観的な視点を取り入れ、組織の健康状態を診断してみることも、解決への近道となるかもしれません。
