経営者の皆様は、日々、売上と向き合い、頭を悩ませていることと存じます。「今月も目標に届かなかった」「期待していた大型案件が、最後の最後で失注してしまった」「営業担当者は毎日忙しく動いているのに、なぜか成果に結びつかない」。こうした課題感は、多くの企業に共通するものです。
特に深刻なのは、「なぜ失注したのか」の本当の理由がわかっていないケースです。
営業担当者からの報告は、「価格が合わなかった」「競合に負けた」「時期尚早だった」といったものが大半を占めていないでしょうか。もちろん、それらも事実の一側面ではあるでしょう。しかし、それを鵜呑みにして「仕方ない」と諦めていては、営業組織の成長は止まってしまいます。
「価格で負けた」のは、価格以上の価値を伝えきれなかったからではないでしょうか。「競合に負けた」のは、競合よりも深く顧客の課題を理解できていなかったからではないでしょうか。「時期尚早だった」のは、相手の決裁プロセスや導入スケジュールを正確に把握できていなかったからではないでしょうか。
このように、失注の原因の多くは「顧客側」にあるのではなく、「自社側」の営業活動のプロセスに潜んでいます。
この「自社側の課題」を、感覚や経験則ではなく、客観的な事実に基づいて特定し、改善活動につなげる。そのために非常に有効な手法が「営業ファネル分析」です。本日は、このファネル分析を用いて、いかにして失注原因を突き止め、改善につなげていくかについて解説します。
営業ファネル分析とは何か?
すでにご存知の経営者様も多いかと存じますが、改めて確認します。「営業ファネル」とは、顧客が自社の商品やサービスを認知してから、最終的に契約に至るまでのプロセスを、段階ごとに図式化したものです。その形状が漏斗(じょうご、ファネル)に似ていることから、こう呼ばれます。
一般的なBtoB営業であれば、以下のような段階に分けられます。
- リード獲得(問合せ、資料請求、名刺交換など)
- 初回アプローチ(電話・メールでのコンタクト、アポイント設定)
- 初回商談・ヒアリング(顧客の課題やニーズの深掘り)
- 提案・デモンストレーション(具体的な解決策の提示)
- 見積・交渉(価格や条件のすり合わせ)
- クロージング・契約(受注)
ファネル分析の基本は、まず、この各段階に「何件の案件が存在し」「次の段階に何件進んだか(移行率)」「どの段階でどれだけ離脱したか(離脱率=失注)」を、数字で正確に把握することです。
例えば、ある月のデータが以下のようだったとします。
- (1) リード獲得:100件
- (2) 初回アプローチ(アポ獲得):50件(移行率50%)
- (3) 初回商談・ヒアリング:40件(移行率80%)
- (4) 提案:30件(移行率75%)
- (5) 見積・交渉:10件(移行率33%)
- (6) 契約:5件(移行率50%)
この数字を眺めて、皆様はどの段階に最も大きな問題があると感じるでしょうか。
数字が示す「売上の壁」=ボトルネック
上記の例で言えば、(4)提案から(5)見積・交渉への移行率が33%と、極端に低いことがわかります。提案した30件のうち、実に20件が次のステップに進まずに離脱(失注)しているのです。
ここが、この営業組織における「ボトルネック(最も流れを滞らせている箇所)」である可能性が極めて高いと言えます。
多くの企業では、「(6)契約数」という最終結果、あるいは「(1)リード獲得数」という入口の数字ばかりに注目しがちです。しかし、本当に改善すべきは、最も案件が漏れ出している、このボトルネックです。
もし、この(4)→(5)の移行率を、他の段階と同等の75%に改善できたとしたらどうでしょうか。 (4)提案30件 → (5)見積・交渉 22.5件(約22件)→ (6)契約 11件 となり、最終的な契約数は5件から11件へと、倍増する計算になります。
このように、営業プロセス全体を数字で「見える化」することで、感覚論ではなく、「今、組織として最優先で手をつけるべき課題はどこか」を客観的に特定できます。
「なぜ」を深掘りする重要性
さて、ファネル分析で「どこで失注しているか(Where)」はわかりました。しかし、これだけでは改善は始まりません。最も重要なのは、「なぜそこで失注しているのか(Why)」を深掘りすることです。
先ほどの例で言えば、「提案段階での失注が20件」という事実に対して、営業担当者からは「価格が見合わなかった」「競合のA社に決まった」という報告が上がってくるかもしれません。
しかし、経営者や営業責任者がそこで思考停止してはいけません。 なぜ、価格で折り合えなかったのか。提案内容が、顧客の期待する価値や費用対効果を十分に示せていなかったのではないでしょうか。 なぜ、競合A社に負けたのか。A社は提示できて、自社が提示できなかった「何か」があったのではないでしょうか。
この「なぜ」を解明するために必要なのが、SFA(営業支援ツール)やCRM(顧客管理システム)に蓄積された「活動履歴」の分析と、現場の営業担当者との「対話」です。
提案段階で失注した20件の案件について、以下のような情報を確認します。
- 提案前に、顧客の「本当の課題」や「決裁者の関心事」を、どれだけ深くヒアリングできていたか。
- 提案書の内容は、顧客の課題に対する「解決策」になっていたか。それとも、単なる「自社製品の機能説明」に終わっていなかったか。
- 提案の場には、誰が出席していたか。キーパーソン(決裁者)は含まれていたか。
- 失注の連絡を受けた際、担当者は「なぜ競合が選ばれたのか」「自社に足りなかった点は何か」を具体的にヒアリングしているか。
1on1で「失注の質」を高める
こうした「なぜ」の深掘りは、営業マネージャーが担当者と行う定期的な1on1(1対1の面談)の場でこそ、真価を発揮します。
1on1の目的は、単なる進捗確認や「頑張れ」という精神論の注入ではありません。マネージャーが「伴走者」として、担当者が見落としている視点や、直面している課題を一緒に整理し、次への具体的な行動を導き出す場です。
「この案件、提案で終わってしまったけど、お客様は提案のどこに一番興味を持っていた?」「ヒアリングの時、相手が一番困っているようだったのはどんな点だった?」「もしもう一度提案できるとしたら、どこを変える?」
こうした対話を通じて、「なんとなく失注した」をなくし、「次につながる失注(=学びのある失注)」に変えていくのです。
この「なぜ」の深掘りができていない組織では、営業担当者は失注理由を「価格」や「競合」といった外部要因に求めがちです。それは、その方が精神的に楽だからです。しかし、それでは組織としての学びは一切蓄積されません。
マネージャーが1on1を通じて、失注の「本当の理由(=自社の活動の不備)」に目を向けさせ、それを「個人の失敗」として責めるのではなく、「組織の改善点」として一緒に考える。この繰り返しが、営業担当者一人ひとりの成長を促し、組織全体の営業力を底上げします。
改善は「プロセス」で行う
ボトルネックが特定され、「なぜ」の仮説が立ったら、次はいよいよ「改善(How)」です。
「提案の質が低い」ことが問題なのであれば、その原因は「提案書作成のスキルが低い」ことかもしれませんし、それ以前の「ヒアリングのスキルが低い」ことかもしれません。
もし「ヒアリング」に課題があるとすれば、営業担当者任せにするのではなく、組織として「ヒアリングシート」を標準化する、商談のロールプレイングを強化する、といった「仕組み」や「育成」で解決を図ります。
特定のトップセールスだけが知っている「顧客のニーズを引き出す質問集」があるのであれば、それを皆が使えるように整理し、共有することも重要です。個人の能力に依存した状態から、組織の「仕組み」として誰もが一定の成果を出せるように整えていくのです。
改善活動は、壮大な計画を立てる必要はありません。まずは「次の商談では、この質問を必ずしてみよう」「提案書には、必ず費用対効果のシミュレーションを入れよう」といった、小さな行動改善から始めます。
そして、その行動の結果どうだったかを、また数字(ファネル)と1on1で振り返る。この「見える化」→「振り返り」→「改善」のサイクルを回し続けることこそが、営業組織を継続的に強くする唯一の方法です。
まとめ
営業成果が上がらない時、我々はつい「営業担当者の数が足りない」「製品力が弱い」「市場が冷え込んでいる」といった、すぐには変えられない要因に目を向けがちです。
しかし、その前にやるべきことがあります。それは、自社の営業活動を「ファネル」という客観的な物差しで切り分け、数字で分析することです。
- どこで最もお客様が離れているのか?(ボトルネックの特定)
- なぜそこで離れているのか?(活動内容と対話による深掘り)
- どうすれば離れなくなるか?(プロセスと仕組みの改善)
この問いを自らに突きつけ、一つひとつ実行に移すこと。それが、感覚的な営業から脱却し、データに基づいた「強い営業組織」を作り上げる確実な道筋です。
貴社の営業ファネルには、まだ見過ごされている「改善のヒント」が必ず眠っています。まずは、自社の営業プロセスを数字で描き出すことから始めてみてはいかがでしょうか。
「自社の営業のどこに問題があるのか、客観的に把握できていない」 「失注の根本的な原因がわからず、具体的な打ち手が見つからない」 「営業担当者の育成や、組織的な営業の仕組みづくりに悩んでいる」
もし、そうしたお悩みを抱え、自社だけでの分析や改善に限界を感じていらっしゃるようでしたら、一度、客観的な視点を持つ専門家に相談してみるのも一つの選択肢かもしれません。
