「我が社の営業チームは、どうも一体感に欠ける」 「もっと活発に意見交換をして、新しいアイデアを出してほしいのだが…」 「個々のメンバーは優秀なのに、組織としての相乗効果が生まれていない」
経営者の皆様であれば、一度はこのような課題意識を持たれたことがあるのではないでしょうか。特に、営業組織においては、個人のスキルや経験に依存する場面が多く、情報が共有されずに各々が孤立してしまう「サイロ化」が起こりがちです。
こうした状況を打破しようと、会議のやり方を変えたり、新しい情報共有ツールを導入したりと、様々な施策を試みてこられたかもしれません。しかし、それでもなお組織の空気が変わらない、本質的な議論が生まれないと感じているのであれば、見直すべきは「仕組み」や「ツール」以前の、もっと根本的な部分にあるのかもしれません。
その根本的な部分とは、一見すると非生産的に思える「雑談」です。
「雑談なんて、仕事の邪魔になるだけだ」「無駄話をしている暇があったら、一件でも多く顧客にアプローチしろ」。そう思われるかもしれません。しかし、実は、継続的に高い成果を出し続ける強い営業組織には、質の高い「雑談」が活発に行われているという共通点があります。
本稿では、「雑談」がなぜ営業組織の成果に繋がるのか、そして、単なる無駄話で終わらせない、生産的なコミュニケーションが生まれる環境をいかにして構築していくかについて、具体的にお伝えします。この記事を読み終える頃には、自社の会議室の空気や、社員同士の何気ない会話を見る目が、少し変わっているはずです。
なぜ今、営業組織に「雑談」が必要なのか?
かつてのオフィスでは、給湯室や喫煙所、あるいはデスクの隣で、自然発生的な会話が生まれていました。「〇〇社の件、ちょっと行き詰まってて」「あの新機能、お客様にこう説明したらすごく反応が良かったですよ」。こうした何気ないやり取りが、思わぬ解決策のヒントになったり、チーム全体の知識レベルを引き上げたりしていました。
しかし、リモートワークの普及や働き方の多様化により、このような偶発的なコミュニケーションの機会は激減しました。予定された会議と、業務連絡のためのチャット。コミュニケーションは効率化されましたが、その代償として、私たちは組織の活力を支える重要な何かを失ってしまったのかもしれません。
雑談がもたらす効果は、単なる「ガス抜き」や「情報共有」に留まりません。組織の成長にとって、極めて重要な3つの土台を構築する役割を担っているのです。
1. 信頼関係を育み、「心理的安全性」の土台を築く
近年、組織開発の文脈で頻繁に語られる「心理的安全性」という言葉があります。これは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態を指します。つまり、「こんな初歩的な質問をしたら、能力が低いと思われるのではないか」「この提案は、突拍子もないと笑われるかもしれない」といった不安を感じることなく、誰もがのびのびと意見を言える環境のことです。
この心理的安全性が低い組織では、メンバーは失敗を恐れるあまり、新しい挑戦を避けたり、問題を抱え込んでも誰にも相談できずに事態を悪化させたりします。特に営業現場では、市況の変化や顧客の多様なニーズに迅速に対応する必要があるため、心理的安全性の欠如は、組織の成長にとって致命的な足かせとなり得ます。
では、どうすれば心理的安全性を高めることができるのでしょうか。その答えが「雑談」にあります。
仕事の話だけをしている間は、相手の「役割」や「役職」しか見えません。しかし、趣味の話、家族の話、週末の過ごし方といった雑談を通じて、私たちは相手の意外な一面や価値観、人柄に触れることができます。こうした人間的な側面の理解が、少しずつ信頼関係を育んでいくのです。
「A部長は厳しい人だと思っていたけれど、実は大の猫好きらしい」「Bさんはいつも冷静沈着だけど、休日はアクティブに活動しているんだな」。こうした小さな発見の積み重ねが、「この人になら、少し困っていることを打ち明けても大丈夫かもしれない」「このチームなら、自分の意見を受け止めてくれるはずだ」という安心感に繋がります。
雑談は、組織における人間関係の潤滑油であり、メンバーが本音で語り合い、互いに助け合える文化を醸成するための、すべての始まりなのです。
2. 組織の壁を溶かし、知識や経験を循環させる
営業組織が陥りがちな問題の一つに、知識やノウハウの「属人化」があります。特定の優秀な営業担当者だけが成果を上げ、その成功の理由が他のメンバーに共有されない。結果として、その人が異動したり退職したりすると、チーム全体の売上が大きく落ち込んでしまう。これは、多くの経営者が頭を悩ませる問題です。
公式な報告書や週報だけでは、成功の裏にある細かな工夫や、失敗から得た生々しい教訓といった「暗黙知」までを共有することは困難です。しかし、雑談の中では、こうした貴重な情報がごく自然な形で交換されます。
「先日訪問したお客様、実は担当者の方が〇〇の出身で、その話で一気に盛り上がって…」 「新しい提案資料、少しデザインを変えてみたら、いつもよりお客様の反応が良かった気がするんだよね」 「C社へのアプローチ、過去にこんな失敗をしたことがあるから、そこだけは気をつけた方がいいかもしれない」
こうした会話は、他のメンバーにとって、自分の活動を改善するための具体的なヒントとなります。あるメンバーの成功体験が別のメンバーの成功を生み、あるメンバーの失敗談がチーム全体のリスクを回避させる。雑談は、組織内に点在する知識や経験を繋ぎ合わせ、チーム全体の営業力を底上げする、見えないパイプラインの役割を果たすのです。
さらに、この効果は営業チーム内だけに留まりません。開発部門のメンバーとの雑談から製品改善のヒントが生まれたり、マーケティング部門との雑談から新たなリード獲得のアイデアが生まれたりと、部署の垣根を越えた連携を促進し、組織全体の力を高めるきっかけにもなり得ます。
3. 新しいアイデアやイノベーションの「種」が生まれる
創造的なアイデアというものは、整然とした会議室の机の上で生まれるとは限りません。むしろ、全く異なる領域の知識や情報が、ふとした瞬間に結びつくことで生まれることの方が多いのではないでしょうか。
雑談は、まさにこの「意図せぬ結びつき」を生み出す絶好の機会です。
例えば、ある営業担当者が顧客から聞いた「最近、キャンプにハマっていて…」という何気ない一言。それを雑談の中で共有したところ、別のメンバーが「それなら、うちの製品はアウトドアでも活用できるかもしれない」と気づく。そこから新しい活用シーンの提案が生まれ、これまでアプローチできていなかった市場の開拓に繋がるかもしれません。
このようなひらめきは、「新規市場開拓のためのアイデア出し会議」といった格式張った場では、なかなか出てこないものです。リラックスした雰囲気の中で、何の制約もなく自由に言葉を交わすからこそ、常識の枠を越えた発想が生まれやすくなります。
雑談の中で交わされる、一見すると本筋とは関係のない無駄話にこそ、ビジネスを大きく飛躍させる可能性の「種」が隠されているのです。経営者やマネージャーは、その種の存在を信じ、芽吹くのを辛抱強く待つ姿勢が求められます。
「無駄話」で終わらせない。成果に繋がる「質の高い雑談」とは?
もちろん、全ての雑談が成果に繋がるわけではありません。他人の悪口や愚痴、根拠のない噂話ばかりでは、かえって組織の雰囲気を悪くしてしまいます。では、生産的な「質の高い雑談」と、そうでない「無駄話」は、一体何が違うのでしょうか。
それは、根底にある「意識の方向性」です。
質の高い雑談が生まれる組織には、メンバーの中に「チームの成果をより良くしたい」「お客様にもっと貢献したい」「自分自身も成長したい」といった、前向きな意識が共有されています。この共通認識があるからこそ、個人の話が自然と仕事の話へと繋がり、ポジティブな化学反応が起きていくのです。
例えば、個人のプライベートな話題が、仕事のヒントに繋がる瞬間があります。
「最近、子供のプログラミング教室の送り迎えが大変で…」 →(それを聞いたマネージャーや同僚が)「なるほど。子育て世代のお客様は、時間的な制約に大きな課題を感じているのかもしれない。我々のサービスで、その課題を解決できるような提案はできないだろうか?」
「週末に読んだ歴史小説が面白くて」 →「その話、面白いね。歴史上の人物のリーダーシップの取り方は、現代のチームマネジメントにも通じる部分があるかもしれない。今度、少し詳しく教えてくれないか?」
このように、メンバーの個人的な経験や関心事を、ビジネスの視点や自己成長の機会として捉え直す。こうした会話のキャッチボールが、雑談を「質の高い雑談」へと昇華させます。
マネージャーが果たすべき役割
この「質の高い雑談」が生まれるかどうかは、マネージャーの振る舞いにも大きく左右されます。特に、メンバーとの定期的な1on1ミーティングは、その絶好の機会となります。
多くの1on1は、進捗確認や目標設定といった業務上の話に終始しがちです。しかし、本当に重要なのは、そうした「What(何をしたか)」の確認だけではありません。むしろ、業務から少し離れた雑談を通じて、メンバーの価値観やコンディション、キャリアに対する考えといった「How(どう感じているか)」や「Why(なぜそう思うか)」を理解することにあります。
マネージャーが「あの件、どうなった?」と問い詰めるのではなく、「最近、何か面白いことあった?」「今、一番関心があることは何?」といったオープンな質問を投げかける。そして、メンバーの話に真摯に耳を傾け、決して否定せずに受け止める。この姿勢が、メンバーとの信頼関係を深め、「この人には何でも話せる」という安心感を生み出します。
1on1で築かれた信頼関係は、日常のコミュニケーションにも良い影響を与えます。メンバーは、マネージャーに対して些細なことでも報告・連絡・相談がしやすくなり、問題の早期発見・解決に繋がります。また、マネージャーは、雑談から得たメンバーの個性や強みを把握し、それを活かせるような仕事の割り振りや、成長を促すための的確なアドバイスができるようになります。
1on1は、管理のための時間ではありません。メンバー一人ひとりのパフォーマンスを最大化し、自律的な成長を促すための「育成」の時間なのです。そして、その土台となるのが、心を開いた対話、すなわち「質の高い雑談」なのです。
雑談が生まれる「環境」を意図的に作る方法
ここまで、雑談の重要性について述べてきましたが、「さあ、今日から雑談しなさい」と号令をかけたところで、活発なコミュニケーションが生まれるわけではありません。大切なのは、雑談が自然発生するような「環境」を、会社として意図的にデザインすることです。それには、「物理的」「時間的」「文化的」という3つの側面からのアプローチが考えられます。
1. 物理的な仕掛け:偶発的な出会いの場を作る
人は、動線が交わる場所に集まります。オフィスの中に、社員が目的なく立ち寄れるような「ハブ」となる空間を作ることは、雑談を生むための有効な手段です。
- コミュニケーションスペースの設置: 本格的なカフェスペースでなくても構いません。少し質の良いコーヒーメーカーを置いたり、お菓子を用意したりするだけでも、人は自然とそこに集まります。テーブルや椅子を配置し、立ったままでも座っても気軽に話せるような空間を意識すると良いでしょう。
- ホワイトボードの活用: 執務エリアや廊下など、人目につく場所にホワイトボードを設置し、誰でも自由に書き込めるようにします。「今、こんなことで困っています」「〇〇という面白い記事を見つけました」といった書き込みが、新たな会話のきっかけになります。
2. 時間的な仕掛け:「雑談しても良い」というメッセージ
「業務時間中に雑談をするのは、サボっているようで気が引ける」。多くの真面目な社員は、そう感じています。だからこそ、会社として「雑談は歓迎する」という明確なメッセージを発信することが重要です。
- 会議の冒頭に雑談タイムを設ける: いつもの定例会議の冒頭5分間を、「チェックイン」と称して、仕事以外の近況報告の時間にあてます。最初は戸惑うかもしれませんが、継続することで、チームの相互理解を深め、会議本体の議論を活性化させる効果があります。
- 意図的な「雑談の場」を作る: 週に一度、部署を横断したメンバーでオンラインランチ会を実施したり、月末の金曜日の午後を社内交流の時間としたりするなど、公式に雑談を推奨する時間を作ります。これは、「雑談は無駄ではなく、組織にとって必要な投資である」という経営からのメッセージにもなります。
3. 文化的な仕掛け:最も重要で、最も難しい挑戦
物理的、時間的な仕掛けは、あくまで雑談を生むための「きっかけ」に過ぎません。最も本質的で重要なのは、雑談を歓迎し、促進するような「組織文化」を醸成することです。
- 経営者や管理職が自ら実践する: 上司がいつもデスクで難しい顔をしていては、部下は気軽に話しかけることができません。経営者や管理職こそが、積極的にメンバーに声をかけ、自らのプライベートな話も交えながら、雑談を楽しむ姿勢を見せることが何よりも大切です。上司の振る舞いは、組織の空気感を決定づけます。
- 失敗を許容し、挑戦を称える: 雑談から生まれた突飛なアイデアを、「そんなのできるわけないだろう」と一蹴してしまえば、二度と誰も新しいことを口にしなくなります。たとえ実現可能性が低いアイデアであっても、まずは「面白いね」「どうすれば実現できるか考えてみようか」と前向きに受け止める。そして、そのアイデアを元にした小さな挑戦を許可し、たとえ失敗に終わったとしても、その行動そのものを称える文化が、心理的安全性を高め、自由な発想を後押しします。
- 対話と振り返りを尊重する: 雑談から生まれたアイデアを実行してみた後には、必ずチームでその結果を振り返る機会を設けることが重要です。「なぜ上手くいったのか」「次はどうすればもっと良くなるか」。この対話のプロセス自体が、メンバーの「貢献実感」や「成長実感」に繋がり、次の挑戦への意欲を引き出します。これは、メンバーが自ら考え、行動する「自走する人材」を育てる上で、欠かすことのできないステップです。
おわりに
本稿では、強い営業組織の共通点として「雑談」の重要性を挙げ、成果に繋がるコミュニケーションが生まれる環境づくりについてお伝えしてきました。
雑談は、決して無駄な時間ではありません。それは、組織に信頼関係という血を通わせ、知識や経験という栄養を循環させ、イノベーションという新しい命を育むための、不可欠な営みです。静かで、黙々と各自が作業に集中している組織は、一見すると生産性が高いように見えるかもしれません。しかし、長期的に見て、市場の変化に対応し、持続的に成長し続けることができるのは、一見無駄話が多いように見えても、活気に満ち、メンバーが生き生きと対話している組織ではないでしょうか。
もちろん、ここで述べたような環境づくりは、一朝一夕に実現できるものではありません。それぞれの企業の歴史や文化、メンバーの特性によって、最適なアプローチは異なります。大切なのは、まず自社のコミュニケーションの「量」と「質」が、現在どのような状態にあるのかを客観的に見つめ直してみることです。
「自社の組織コミュニケーションに、漠然とした課題を感じている」 「何から手をつければ良いのか、具体的な方法が分からない」 「組織を変えたいという想いはあるが、社内だけの力では限界を感じている」
もし、経営者の皆様がそのようなお悩みをお持ちでしたら、一度、私たちにそのお話をお聞かせいただけないでしょうか。外部の専門家の視点から、皆様の組織が抱える課題を整理し、次の一歩を踏み出すためのお手伝いができるかもしれません。
