「やらされ感」が「達成感」に変わる。営業メンバーが自ら走り出す目標設定と1on1の技術

はじめに

「今期の目標は、売上〇〇億円だ。各自、達成に向けて全力を尽くすように。」

期初に、経営者や営業責任者である皆様が力強く目標を掲げたにもかかわらず、現場の営業メンバーの顔がどこか曇って見える。会議が終わると、「また高い目標が降ってきたな…」というため息が聞こえてくる。

このような状況に、心当たりはないでしょうか。

営業は、企業の成長を牽引する重要なエンジンです。しかし、そのエンジンであるはずの営業メンバーが、目標に対して「やらされ感」を抱いていては、その性能を最大限に発揮することはできません。結果として、目標未達が続き、優秀な人材が離れていくという悪循環に陥ってしまうことも少なくありません。

一方で、メンバー一人ひとりが目標達成に意欲を燃やし、自律的に行動する、活気あふれる営業組織も存在します。この両者の違いは、一体どこにあるのでしょうか。

それは、営業メンバーの才能や個人の資質の問題だけではありません。実は、多くのケースで、その原因は**「目標設定の仕方」と、日々の「コミュニケーションの質」**にあります。

本稿では、営業メンバーのモチベーションを最大化し、彼らが自ら走り出す組織を作るための、効果的な目標設定と1on1の方法について、具体的かつ論理的に解説していきます。トップセールスの個人的な能力に依存するのではなく、チーム全体で成果を出し続けるための組織作りのヒントがここにあります。

なぜ、従来型の目標設定ではモチベーションが上がらないのか?

多くの企業で採用されている目標設定には、メンバーの意欲を削いでしまう、いくつかの共通した問題点が存在します。

1. 会社からの一方的な「結果目標」の押し付け

最も典型的な例が、会社や上層部で決定された売上目標や契約件数といった「結果目標(KGI)」が、そのまま個人の目標として割り振られるケースです。

経営視点で見れば当然の目標も、現場のメンバーにとっては、その数字がどのような根拠で設定されたのか、自分自身の活動とどう結びつくのかが見えにくいものです。これでは、目標は単なる「ノルマ」となり、「会社から与えられた、達成すべきタスク」という認識しか生まれません。

結果として、メンバーは「どうすれば達成できるか」を主体的に考えることを放棄し、「達成できなくても仕方ない」という思考に陥りがちです。これこそが、「やらされ感」が生まれる最大の原因です。

2. 評価とペナルティへの過度な恐怖

目標の達成度が、給与や賞与、人事評価に過度に直結している場合も注意が必要です。もちろん、成果に応じた正当な評価は重要です。しかし、「目標を達成できなければ評価が下がる」という恐怖が先行すると、メンバーは本来の目的である「顧客への価値提供」や「自己の成長」ではなく、「いかにして目標をクリアするか」という点にのみ意識が向いてしまいます。

その結果、達成できそうな低い目標を自ら設定したり、失敗を恐れて新しい挑戦を避けたり、短期的な売上を優先してお客様との長期的な関係構築を疎かにしたり、といった本末転倒な行動を引き起こしかねません。

3. 目標達成までの道のりが見えない

「売上〇〇円」という壮大なゴールだけを示されても、そこにたどり着くまでの具体的な道のりがイメージできなければ、メンバーは何から手をつけていいか分からず、途方に暮れてしまいます。

特に、経験の浅いメンバーにとっては、あまりに遠いゴールは、モチベーションを高めるどころか、かえって行動へのブレーキとなってしまうのです。日々の活動が最終的なゴールにどう繋がっているのかを実感できなければ、やりがいを感じることは難しいでしょう。

メンバーが自ら走り出す「目標設定」3つの考え方

では、どうすればメンバーの主体性を引き出し、モチベーションを高める目標設定ができるのでしょうか。重要なのは、「管理のための目標」から「成長と貢献のための目標」へと、その目的を転換することです。

1. 「結果」から逆算して「行動」に落とし込む

まず、会社が掲げる売上などの「結果目標(KGI)」を、より具体的で、日々の活動に直結する「行動目標(KPI)」に分解します。

例えば、「四半期で売上1,000万円」という結果目標があったとします。 これを達成するためには、平均単価が100万円であれば、10件の契約が必要です。そして、過去のデータから契約率が20%だと分かっていれば、50件の商談が必要になります。さらに、アポイント獲得率が10%であれば、500件の電話やメールが必要になる、という計算が成り立ちます。

この「50件の商談」や「500件の電話」が、具体的な「行動目標」です。

重要なのは、この行動目標を設定するプロセスに、メンバー自身を関与させることです。上司が一方的に「今月は50件商談しろ」と指示するのではなく、「売上1,000万円を達成するために、君の強みを活かすと、どんな行動計画が立てられそうか?」と問いかけ、対話を通じて一緒に考えるのです。

自分で考え、納得して設定した行動目標は、「やらされるノルマ」ではなく、「自分で決めた約束」に変わります。

2. 「自分でコントロールできること」に集中させる

「契約を取る」という結果は、最終的にはお客様の判断に委ねられるため、営業担当者が100%コントロールすることはできません。市況や競合の動向にも左右されます。

しかし、「1日に20件、質の高い電話をかける」や「週に3件、新しいお客様への提案を行う」といった行動は、本人の意思で100%コントロール可能です。

自分でコントロールできる行動目標に焦点を当てることで、メンバーは他責にすることなく、日々の活動に集中できます。そして、行動目標を一つひとつクリアしていくことで得られる小さな達成感が、モチベーションを維持し、大きな結果へと繋がっていくのです。

3. 個人の「成長したい姿」と会社の目標を結びつける

人は、自分の成長や自己実現に繋がると感じられることに、最も強いエネルギーを発揮します。

目標設定の面談では、単に数字の話をするだけでなく、そのメンバーが将来どうなりたいのか、どんなスキルを身につけたいのか、といったキャリア観にも耳を傾けることが重要です。

そして、「この目標を達成するプロセスを通じて、君が望んでいる『課題解決型の提案スキル』が身につくはずだ」とか、「多くの顧客と接することで、将来マネージャーになった時に役立つ人間理解が深まるよ」というように、会社の目標達成と個人の成長を結びつけてあげるのです。

自分の仕事が、会社の業績に貢献するだけでなく、自分自身の未来にも繋がっていると実感できた時、メンバーは初めてその目標を「自分ごと」として捉えることができます。

目標達成を力強く後押しする「1on1」の具体的な進め方

適切な目標設定ができたとしても、それだけでメンバーが走り続けられるわけではありません。日々の活動の中で生じる迷いや困難を乗り越え、確実に成長を後押しするためには、上司による定期的なコミュニケーション、すなわち「1on1」が不可欠です。

しかし、多くの現場で1on1が「ただの進捗確認会」や「上司からの説教の場」になっているのが実情ではないでしょうか。効果的な1on1は、「管理」の場ではなく、「支援」の場であるという認識を持つことが出発点です。

ステップ1:心理的安全性を確保する(話せる場づくり)

まず最も重要なのは、メンバーが安心して本音を話せる環境を作ることです。1on1の冒頭で、「この時間は、君のための時間だ。うまくいっていないことや困っていることを正直に話してほしい。一緒に解決策を考えよう」というメッセージを明確に伝えましょう。

上司は「評価する人」ではなく、「支援する人」というスタンプを明確にすることが、質の高い対話の土台となります。

ステップ2:傾聴と質問で「内省」を促す(考えさせる技術)

1on1の主役は、あくまでメンバーです。上司が話す時間は全体の3割程度に抑え、残りの7割はメンバーの話を聴くことに徹します。

そして、単に進捗を聞いて「なぜできていないんだ?」と詰問するのではなく、気づきを促す質問を投げかけます。

  • うまくいったことについて:
    • 「素晴らしい成果だね。成功した一番の要因は何だったと思う?」
    • 「そのやり方を、他の案件でも再現できそうかな?」
  • うまくいかなかったことについて:
    • 「今回は残念だったけど、この経験からどんなことが学べたかな?」
    • 「もし、もう一度同じ状況になったら、次はどうする?」
    • 「私が何か手伝えることはある?」

このように、答えを教える(ティーチング)のではなく、**質問を通じてメンバー自身に考えさせ、答えを導き出させる(コーチング)**アプローチが、メンバーの主体的な思考力を育てます。

特に、設定した行動目標(KPI)の進捗を客観的なデータに基づいて振り返り、「なぜ計画通りに進んだのか」「なぜ進まなかったのか」を共に深掘りするプロセスは、感覚的な反省会を防ぎ、次の一手を具体的にする上で非常に有効です。

ステップ3:次の行動を明確にし、承認して終える(次へ繋げる)

1on1の最後には、必ず「では、次回の1on1までに、具体的に何に取り組んでみようか?」と問いかけ、小さな行動計画(ネクストアクション)を本人の口から言ってもらうようにします。

そして、「君ならできると信じているよ」「今日の話を聞いて、君の成長を改めて感じたよ」といった承認や期待の言葉をかけて締めくくります。このポジティブな締めくくりが、メンバーが前向きな気持ちで明日からの仕事に取り組むためのエネルギーとなるのです。

まとめ

営業メンバーのモチベーションは、精神論やインセンティブだけでコントロールできるものではありません。それは、日々の業務の中で、「自分で決めた」という主体性と、「着実に前に進んでいる」という成長実感、そして**「上司や会社が見てくれている」という安心感**によって育まれていくものです。

今回ご紹介した、

  • 結果から逆算し、メンバー自身が納得する「行動目標」を設定すること
  • 1on1を通じて、メンバーの内省を促し、成長を「支援」すること

この2つを実践するだけでも、組織の空気は大きく変わるはずです。

メンバーが「やらされ感」から解放され、一人ひとりが自らの成長と会社の貢献に喜びを見出すようになった時、あなたの会社の営業組織は、特定の誰かに依存することなく、チームとして継続的に成果を出し続ける、真に強い組織へと変貌を遂げていることでしょう。

まずは、次の目標設定面談や、来週の1on1から、この記事でお伝えしたことを一つでも試してみてはいかがでしょうか。

もし、自社だけでの実践に難しさを感じたり、何から手をつければ良いか分からなかったりする場合には、外部の専門家の客観的な視点を取り入れることも有効な選択肢です。皆様の組織が、より一層輝くための一助となれば幸いです。