「うちの社員は、もっとポテンシャルがあるはずなのに、どうも活かしきれていない」 「トップセールスのやり方を真似させても、他のメンバーはなかなか成果が上がらない」 「部下面談で何を話せばいいのか、正直なところ毎回悩んでいる」
企業の経営者や営業責任者である皆様は、日々、このような歯がゆさを感じていらっしゃるのではないでしょうか。感覚や経験則に基づいたマネジメントには、どうしても限界があります。熱意を持って指導しても、部下の心に響かなければ、それは一方的な押し付けになってしまいかねません。結果として、メンバーのモチベーションは低下し、最悪の場合、貴重な人材の離職に繋がってしまいます。
では、どうすれば一人ひとりの力を最大限に引き出し、組織全体の成果へと繋げることができるのでしょうか。その答えは、非常にシンプルです。まずは、メンバー一人ひとりを「正しく知る」ことから始める必要があります。
本コラムでは、勘や経験といった曖昧なものに頼るのではなく、客観的な事実に基づいて個々の才能を伸ばし、自律的に成長する営業チームを育てるための「メンバーの見える化」について、3つのポイントに絞って具体的に解説していきます。
なぜ今、「メンバーの見える化」が重要なのか?
かつての営業組織では、一人のエースプレイヤーが全体の売上を牽引する、というモデルが通用した時代もありました。しかし、市場環境が複雑化し、顧客のニーズも多様化する現代において、そのやり方はもはや通用しません。加えて、働き方に対する価値観も大きく変化し、若手社員は金銭的な報酬だけでなく、仕事を通じた自己成長や貢献実感といった要素をより重視するようになりました。
このような状況下で、画一的な成功法則を全員に当てはめようとしても、うまく機能しないのは当然と言えるでしょう。ある人にとっては最適なアドバイスが、別の人にとっては全く響かない、ということは日常的に起こり得ます。
ここで重要になるのが「メンバーの見える化」です。 「見える化」とは、メンバーの能力、行動、意欲、個性といった、これまでマネージャーの頭の中にしかなく、感覚的に判断されがちだった要素を、客観的に把握できる形にすることです。
「見える化」を進めることで、以下のようなメリットが生まれます。
- データに基づいた的確な育成: 「なんとなく」の指導ではなく、「このスキルが不足しているから、この研修を受けさせよう」といった、根拠に基づいた育成プランを立てられます。
- 納得感のある人員配置: なぜ自分がこの役割なのか、メンバー自身が納得できるため、仕事への当事者意識が高まります。
- コミュニケーションの質の向上: メンバーの価値観や考え方を理解した上で対話できるため、1on1ミーティングなどがより有意義なものになります。
- 離職率の低下と定着率の向上: 会社が自分のことを見て、理解してくれている、という感覚は、エンゲージメントを高め、人材の定着に繋がります。
つまり、「メンバーの見える化」は、個々のパフォーマンスを最大化するだけでなく、変化に強く、持続的に成長できる強固な組織基盤を築くための土台となるのです。
個の力を引き出す「メンバーの見える化」3つのポイント
それでは、具体的に何を「見える化」すれば良いのでしょうか。ここでは、特に重要となる3つのポイントをご紹介します。
ポイント1:スキルと行動の見える化 – 「できること」と「やっていること」を正確に把握する
まず基本となるのが、各メンバーが持つ「スキル」と、日々の「行動」を客観的に把握することです。
何を「見える化」するのか?
- スキル: 商品知識、業界知識、ヒアリング能力、提案力、クロージング力、関係構築力など、営業活動に必要なスキルを項目ごとに評価します。自己評価と上司評価を組み合わせることで、認識のギャップも明らかになります。
- 行動: SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理システム)を活用し、日々の活動量(架電数、訪問数、商談数など)や、商談化率、受注率といった数値をデータとして把握します。また、可能であれば商談の録音・録画データを活用し、「何を」「どのように」話しているのか、その内容まで確認できるとより効果的です。
なぜそれが必要なのか?
「頑張っているのに成果が出ない」メンバーがいるとします。感覚的なマネジメントでは「もっと頑張れ」「気合が足りない」といった精神論に陥りがちです。しかし、行動データを分析すれば、「アポイントの数は多いが、商談化率が極端に低い」という事実が見えるかもしれません。さらに商談内容を確認すると、「ヒアリングが不十分で、顧客の課題を特定できないまま提案に入ってしまっている」という具体的な課題が浮かび上がってきます。
ここまで分かれば、指導内容は明確です。「とにかくアポを取れ」ではなく、「次の商談では、まず顧客の課題を3つ聞き出すことに集中してみよう」という、具体的で実行可能なアドバイスができます。このように、スキルと行動を「見える化」することで、育成の精度は飛躍的に向上します。
ポイント2:モチベーションの見える化 – 「何が彼らを動かすのか」を理解する
営業は、精神的な負担も大きい仕事です。メンバーが高いパフォーマンスを維持するためには、内面から湧き出る「やる気」、すなわちモチベーションの源泉を理解することが欠かせません。
何を「見える化」するのか?
- 動機の源泉: 何にやりがいを感じるのか(例:顧客からの感謝、目標達成の喜び、金銭的報酬、チームへの貢献、自己成長の実感など)。
- キャリアへの志向: 将来的にどのような仕事に挑戦したいか、どのようなポジションを目指しているか。
- 承認欲求の種類: 結果を褒められたいのか、プロセス(努力)を認められたいのか。大勢の前で評価されたいのか、個別に静かに称賛されたいのか。
なぜそれが必要なのか?
例えば、チームの目標達成に貢献することに大きな喜びを感じるメンバーに対して、個人のインセンティブ(金銭的報酬)だけを強調しても、心には響きにくいでしょう。むしろ、「君のこの動きが、チーム全体の目標達成に繋がった。本当にありがとう」と伝える方が、彼のモチベーションを大きく引き上げます。
逆に、自身のスキルアップや市場価値を高めることに意欲的なメンバーには、少し難易度の高い案件を任せ、「この経験は、君のキャリアにとって必ずプラスになる」と伝えることで、主体的な挑戦を促すことができます。
これらの内面的な要素は、日々の業務観察だけではなかなか見えてきません。ここで重要になるのが、定期的な1on1ミーティングです。1on1は、業務の進捗確認の場ではありません。メンバー自身がキャリアや仕事に対する価値観について語り、マネージャーがそれを真摯に聴く対話の場です。
「最近、仕事で一番うれしかったことは何?」 「今後、どんなスキルを身につけていきたい?」
このような問いかけを通じて対話を重ねることで、彼らのモチベーションの源泉が少しずつ「見える化」されていきます。この地道なプロセスこそが、信頼関係を築き、メンバーの主体性を引き出す上で極めて重要なのです。
ポイント3:個性の見える化 – 「得意な戦い方」を見極める
メンバーは一人ひとり、異なる個性や特性を持っています。全員を同じ型にはめようとすると、その人本来の良さが失われ、窮屈さを感じさせてしまいます。個性を「見える化」し、それを活かすことで、チーム全体の戦い方はより多様で強固なものになります。
何を「見える化」するのか?
- 思考の特性: 直感的・感覚的に物事を捉えるタイプか、論理的・分析的に考えるタイプか。
- コミュニケーションスタイル: 雑談を交えながら関係を築くのが得意か、要点をまとめて簡潔に話すのが得意か。
- 得意な状況: 新規の顧客に物怖じせず飛び込んでいけるタイプか、既存の顧客とじっくり関係を深めていくのが得意なタイプか。
なぜそれが必要なのか?
例えば、データ分析や緻密な資料作成を得意とする論理的なメンバーに、「とにかく情熱で押せ!」と指導しても、おそらくうまくいきません。彼には、競合他社との詳細な比較データを盛り込んだ説得力のある提案資料の作成を任せた方が、その能力を最大限に発揮できるでしょう。
一方で、人と会って話すことが好きで、相手の懐に飛び込むのが得意なメンバーには、新規開拓のフロントラインを任せたり、顧客との会食の席をセッティングさせたりすることで、チームに大きく貢献してくれるはずです。
このように、個性を「見える化」し、それぞれの「得意な戦い方」を見極めることで、適材適所が実現します。これは単なる役割分担ではありません。メンバーが自身の強みを活かして活躍できる環境を整えることで、彼らは仕事に楽しさや自己表現の喜びを見出し、より高いパフォーマンスを発揮するようになるのです。
「見える化」の先へ – 育成と組織の成長に繋げるために
重要なのは、「見える化」はゴールではなく、あくまでスタート地点であるということです。スキル、モチベーション、個性が見えてきたら、次に行うべきは、それらの情報を基にした**「対話」と「機会の提供」**です。
1on1の場で、「データを見ると、君にはこういう強みと、こういう課題があるように見える。自分ではどう思う?」と、客観的な事実を基に対話を促します。一方的に指摘するのではなく、本人に「気づき」を与え、自ら改善策を考えさせるプロセスが、自律的な成長を促します。
そして、「君のこの強みを活かして、次のプロジェクトでリーダーをやってみないか?」と、少し挑戦的な機会を提供します。成功体験は自信に繋がり、失敗したとしても、それは次への貴重な学びとなります。
マネージャーの役割は、ティーチング(教える)だけでなく、コーチング(引き出す)へとシフトしていきます。メンバー一人ひとりの「見える化」された情報という地図を手に、彼らが自らの力で目的地にたどり着けるよう、伴走し、支援する。この繰り返しが、個人を成長させ、ひいては組織全体を強くしていくのです。
まとめ
本コラムでは、営業メンバー一人ひとりの力を最大限に引き出すための「メンバーの見える化」について、3つのポイント(スキルと行動、モチベーション、個性)から解説しました。
- ポイント1:スキルと行動の見える化 → 勘ではなくデータに基づいた的確な指導を可能にする
- ポイント2:モチベーションの見える化 → 1on1を通じて内なる動機を理解し、主体性を引き出す
- ポイント3:個性の見える化 → 強みを活かす適材適所を実現し、自己表現の場を創出する
部下の才能が見抜けていないと感じるのは、決してマネージャーであるあなたの能力が低いからではありません。ただ、彼らを正しく「見る」ための方法や視点が、これまで組織になかっただけなのかもしれません。
「メンバーの見える化」は、一見すると手間がかかるように思えるかもしれません。しかし、この取り組みを通じて得られる部下への深い理解と信頼関係は、どんな営業テクニックにも勝る、強力な武器となります。そして、メンバー一人ひとりが生き生きと自分の能力を発揮し、互いに尊重し合う組織文化こそが、これからの時代を勝ち抜く、本質的な競争力となるはずです。
もし、自社だけでこれらの「見える化」や、その先の育成・仕組みづくりを進めることに難しさを感じていらっしゃるようでしたら、一度、外部の専門家の視点を取り入れてみるのも一つの有効な選択肢かもしれません。客観的な分析や体系化されたノウハウは、皆様の課題解決を加速させる一助となることでしょう。