社員が「この会社で成長したい」と心から思う。営業の定着率を高める秘訣

はじめに

「やっと採用できた営業担当者が、なかなか定着しない」 「時間とコストをかけて育成しても、一人前になる前に辞めてしまう」 「営業チーム全体の活気がなく、目標達成への意欲が感じられない」

経営者や営業責任者の皆様とお話していると、このようなお悩みを頻繁に伺います。営業は事業成長のエンジンであり、その最前線を担う人材の離職は、単なる欠員補充の問題ではすみません。採用コストの増大、育成にかけた時間的投資の損失、残された社員の負担増、そして何よりも、組織全体の士気の低下という、目に見えない大きな損失につながります。

多くの企業が、この「営業の定着率」という根深い課題に対し、給与やインセンティブ、福利厚生といった待遇改善で対応しようと試みます。もちろん、それらも重要な要素の一つです。しかし、もし様々な手を尽くしても状況が改善しないのであれば、問題の本質は別の場所にあるのかもしれません。

社員が会社を去る本当の理由は、もっと内面的な、「働きがい」に関わる部分にあるのではないでしょうか。特に、日々の活動の中で顧客と向き合い、成果を求められる営業職にとって、「この会社で働き続けることに、どんな意味があるのか」「自分はここで成長できているのか」という実感は、待遇以上に重要な要素となり得ます。

本コラムでは、なぜ優秀な営業人材ほど離職してしまうのか、その根本的な原因を深掘りし、社員が「この会社で成長したい」と心から願い、自発的にパフォーマンスを発揮するような組織をどのようにつくっていくべきか、その具体的な考え方とアプローチについて解説していきます。

なぜ、社員の心は会社から離れてしまうのか?

社員のエンゲージメントが低下し、離職に至る組織には、いくつかの共通した特徴が見られます。それは、社員から「働く喜び」を奪ってしまう構造的な問題です.

1. 「成長実感」の欠如

人は、昨日できなかったことが今日できるようになる、新しい知識やスキルが身につく、といった「成長実感」を得ることで、仕事へのやりがいを感じます。しかし、多くの営業組織では、この成長実感が得られにくい状況にあります。

  • 日々の業務がルーティン化している: 毎日同じリストに電話をかけ、同じような提案を繰り返すだけ。自分の介在価値を感じられず、「このままで自分の市場価値は上がるのだろうか」という不安が募ります。
  • キャリアパスが不明確: 今の仕事を続けていった先に、どのような役割やポジションが待っているのかが見えません。数年後の自分の姿を想像できず、将来への希望を持てなくなってしまいます。
  • フィードバックがない、または一方的: 上司からは「もっと数字を上げろ」という結果に対する要求ばかり。自身の営業活動のどこが良くて、どこを改善すればよいのか、具体的なフィードバックがなければ、成長の方向性を見失ってしまいます。

このような環境では、社員は自らの成長機会を求めて、別の会社へと目を向けるようになってしまいます。

2. 「貢献実感」の欠如

自分の仕事が、誰かの役に立っている、会社の成長に貢献できているという「貢献実感」は、働く上での大きなモチベーションとなります。

  • 自分の仕事の意義が見えない: 目の前の数字を追いかけることだけが目的化し、その数字が顧客にどのような価値をもたらし、会社の未来にどう繋がっているのかを実感できません。「自分はこの会社にとって、単なる駒の一つなのではないか」という無力感に苛まれます。
  • 顧客のためにならない営業活動への葛藤: 会社の方針として、顧客のニーズよりも自社の都合を優先した商品を売らなければならない。このような状況は、誠実な社員ほど良心の呵責に苦しみ、仕事への誇りを失う原因となります。昔ながらの、自社の利益だけを考えた強引な営業スタイルは、もはや現代の市場では受け入れられず、社員の心をも疲弊させるだけです。

3. 組織・上司との関係性の問題

どんなに仕事内容が魅力的でも、組織の風土や上司との関係性が悪ければ、社員は定着しません。

  • 個性の軽視と画一的な指導: 過去のトップセールスのやり方だけが唯一の正解とされ、個々の社員が持つ性格や強みを無視した画一的な指導が行われる。これでは、社員は自分の良さを活かせず、窮屈さを感じるだけです。成功体験の再現性は低く、多くの社員は「自分には無理だ」と自信を失ってしまいます。
  • 心理的安全性の欠如: 失敗を過度に恐れる文化、上司に気軽に相談できない雰囲気は、社員の挑戦する意欲を削ぎます。営業活動で生まれた疑問や課題を一人で抱え込み、孤立感を深めてしまうのです。

これらの問題が複合的に絡み合うことで、社員のエンゲージメントは徐々に蝕まれ、「この会社にいても未来はない」という結論に至ってしまうのです。それは、決して個々の社員の意欲や能力の問題ではなく、社員の成長を阻害し、やりがいを奪う組織の仕組みそのものに問題があると言えるでしょう。

社員が「成長したい」と願う組織への転換

では、どうすれば社員が定着し、自ら意欲的に成長しようとする組織をつくることができるのでしょうか。その答えは、企業が主語の「管理」から、社員が主語の「支援」へと、育成の考え方を根本的に転換することにあります。

目指すべきは、社員一人ひとりが「主役」となり、日々の仕事を通じて成長を実感できる環境を、会社が仕組みとして提供することです。

ステップ1:出発点は「個」への深い理解

組織づくりの第一歩は、画一的な物差しで社員を評価するのではなく、一人ひとりの個性や価値観、強みを深く理解することから始まります。

人はそれぞれ、得意なことも、仕事に求めることも、目指したいキャリアも異なります。ある人にとっては、ロジカルに製品の魅力を伝えることが得意かもしれません。またある人は、顧客との関係構築に長けているかもしれません。

これらの個性を無視して、「全員が同じやり方でトップを目指せ」と指導しても、効果は限定的です。むしろ、多くの社員が自分の良さを発揮できずに苦しむことになります。

ここで有効なのが、定期的な**「1on1ミーティング」**の導入です。 ただし、これは単なる進捗確認や業務報告の場ではありません。上司と部下が対等な立場で対話し、社員のキャリアプランや価値観、今抱えている課題などを共有するための時間です。

  • 「仕事を通じて、どんな自分になりたいか?」
  • 「今、どんなことにやりがいを感じ、どんなことに悩んでいるか?」
  • 「あなたの強みを、もっと活かすためにはどうすれば良いと思うか?」

このような対話を通じて、上司は部下の内面を深く理解し、一人ひとりに合った目標設定やサポートを行うことができます。社員もまた、会社が自分のキャリアに真剣に向き合ってくれていると感じることで、組織への信頼感を深めていくのです。この地道な対話の積み重ねこそが、エンゲージメントの土台となります。

ステップ2:成長を「見える化」する仕組みづくり

個々の社員への理解が深まったら、次はその成長を後押しし、「見える化」するための具体的な仕組みを構築します。

  • 個人の成長に繋がる目標設定: 会社が掲げる売上目標はもちろん重要です。しかし、それだけでは社員は「やらされ感」を拭えません。会社の目標(KGI/KPI)に加えて、個人の成長に繋がる行動目標(KPA:Key Performance Action)を設定することが効果的です。 例えば、「新規提案の質を高めるために、顧客の課題に関する仮説を3つ立ててから商談に臨む」「顧客満足度向上のため、担当顧客から月2件『ありがとう』の言葉をいただく」といった、具体的な行動レベルの目標です。こうした目標は、日々の行動を変え、成功体験に繋がりやすく、社員の成長実感を高めます。
  • 結果だけでなく「プロセス」を評価する文化: 受注できたか、できなかったか。営業の世界では結果が全てとされがちです。しかし、たとえ失注したとしても、そのプロセスの中に賞賛すべき行動や、次に繋がる学びがあったはずです。 顧客の潜在的なニーズを的確に引き出せたこと、難しい質問に対して真摯に対応したことなど、成果に至るまでのプロセスを具体的に評価し、フィードバックする文化を醸成しましょう。これにより、社員は失敗を恐れずに挑戦できるようになり、一つ一つの商談から学びを得ようと努力するようになります。
  • 小さな成功体験を積み重ねる: いきなり大きな目標を掲げても、達成できなければ自信を失うだけです。1on1などを通じて、少し頑張れば達成できるような小さな目標を一緒に設定し、その達成を共に喜ぶ。この「小さな成功体験」の積み重ねが、社員の自己効力感を高め、「もっとできるかもしれない」という次への挑戦意欲を引き出します。

ステップ3:個人の成長を「チームの力」に変える

社員一人ひとりの成長を、チーム全体の力へと昇華させる仕組みも不可欠です。個人の成果を称賛しつつも、チームで協力して目標を達成する喜びを共有できる環境をつくります。

  • 成功事例・失敗事例の共有:

特定の個人の成功体験を「あの人は特別だから」で終わらせてはいけません。なぜその商談がうまくいったのか、どのような準備やトークが有効だったのかをチーム全体で共有し、分析します。逆に、失敗事例からも「なぜうまくいかなかったのか」「どうすれば防げたのか」という貴重な学びを得ることができます。 こうした知見を個人の中に留めず、チームの誰もが活用できる「形式知」として蓄積・共有する仕組みがあれば、チーム全体の営業レベルが底上げされます。これは、属人化を防ぎ、組織として安定的に成果を出すための重要な仕組みです.

  • 顧客中心の価値観を共有する:

自分たちの仕事が、顧客のビジネスをどう良くするのか、顧客の課題解決にどう貢献できるのか。この「顧客への貢献」という共通の目的をチーム全体で常に意識することが、貢献実感に繋がります。 目先の受注だけでなく、顧客の成功を長期的に支援することで、結果として解約率は下がり、安定的な収益基盤が築かれます。社員は、自社の利益だけでなく、社会に価値を提供しているという誇りを持って仕事に取り組むことができるようになります。

このような仕組みを通じて、社員は「自分の成長がチームの力になり、会社の成長に繋がり、そして顧客の成功に貢献している」という一連のストーリーを実感できるようになるのです。

おわりに

営業の定着率を高めるということは、単に離職者を減らすという守りの施策ではありません。それは、社員一人ひとりが仕事に誇りを持ち、自らの成長と会社の成長を重ね合わせながら、生き生きとパフォーマンスを発揮する組織をつくるという、極めて積極的な経営戦略です。

「この会社で成長したい」 社員が心からそう思える環境は、一朝一夕には築けません。しかし、本コラムでご紹介したように、まずは社員一人ひとりと真摯に向き合い、その声に耳を傾けることから始めることができます。

  • 自社の営業組織は、社員の成長を支援する仕組みになっているだろうか?
  • 日々のコミュニケーションは、一方的な指示になっていないだろうか?
  • 社員は、自分の仕事に誇りを持ち、貢献を実感できているだろうか?

もし、これらの問いに対して少しでも懸念を感じるのであれば、それが組織変革の第一歩です。社員の定着率が向上し、一人ひとりが輝き始めるとき、貴社の受注率は自ずと高まり、顧客との関係性も強化され、持続可能な成長の軌道に乗ることができるはずです。

会社の未来を創るのは、製品やサービスだけではありません。そこで働く「人」そのものです。社員の成長という最も価値ある資産に投資することが、これからの時代を勝ち抜くための最良の選択となるでしょう。