はじめに:お客様は、あなたの会社の話を本当に理解できていますか?
経営者や営業責任者の皆様は、日々、自社の製品やサービスの価値をいかにお客様に届け、業績を向上させるかについて腐心されていることと存じます。素晴らしい製品、革新的なサービス、そして熱意ある営業担当者。成功のための要素は揃っているはずなのに、なぜか商談の成約率が上がらない。お客様からの反応が芳しくない。もし、そのような課題を感じているのであれば、一度、営業担当者が商談の場で「どのような言葉を使っているか」に注目してみてはいかがでしょうか。
「うちの営業は、製品知識も豊富で、しっかり説明できているはずだ」 「ロジカルに、専門的な情報も交えて話せる優秀な人材だ」
そのように思われているかもしれません。しかし、その「豊富すぎる知識」や「専門的な言葉」が、かえってお客様との間に見えない壁を作り出し、ビジネスチャンスを遠ざけているとしたらどうでしょうか。
多くの場合、営業がうまくいかない根本的な原因は、商品やサービスの魅力不足ではなく、単純にその魅力が「お客様に伝わっていない」というコミュニケーションの問題に起因します。そして、その中心にあるのが「言葉選び」です。
本稿では、営業担当者のレベルを「言葉の使い方」という観点から三段階に分け、なぜ専門用語や難しい言葉が成果を遠ざけるのか、そして、真に顧客の心を動かし、成果を出し続ける一流の営業はどのような言葉を使うのかについて、具体的な事例を交えながら深く掘り下げていきます。この記事が、貴社の営業組織が一段上のステージへ上がるための、考えるきっかけとなれば幸いです。
三流の営業:お客様を置き去りにする「専門用語」の罠
まず、最も改善が必要なのが「専門用語」を多用する営業担当者です。彼らは、自社の商品や業界に関する深い知識を持っていること自体は素晴らしいのですが、その知識をそのままお客様にぶつけてしまいます。
例えば、ITソリューションを販売する営業担当者が、ITに詳しくない中小企業の経営者に対して、次のように話している場面を想像してみてください。
「今回のシステム導入のメリットですが、まずAPI連携によって既存のSFAとのシームレスなデータ同期が可能です。また、サーバーは冗長化構成をとっており、SLAは99.9%を保証します。フロントエンドはReactで構築しており、UXの向上にも寄与します。」
この説明を聞いて、ITに詳しくない経営者はどう感じるでしょうか。「よくわからないが、なんだかすごそうだ」と漠然と思うかもしれませんが、心の中では「何一つ理解できない」「話についていけない」と強い疎外感を抱いています。
なぜ専門用語は嫌われるのか?
- 思考停止を招く: 人間の脳は、理解できない情報に接すると、それを処理することを放棄します。つまり、お客様は話を聞くのをやめてしまい、その後のどんなに素晴らしい提案も耳に入らなくなります。
- 劣等感や不快感を与える: 誰も、自分が無知だと感じさせられる状況を好みません。「こんなことも知らないのか」と思われているのではないか、という不安や不快感は、営業担当者への不信感に直結します。
- 自己満足と受け取られる: お客様の視点に立てば、専門用語を並べる営業担当者は「自分の知識をひけらかしたいだけ」「こちらのことを理解しようとしていない」と映ります。これは、ビジネスにおいて最も重要な信頼関係の構築を著しく阻害します。
このような営業担当者は、無意識のうちに「知っている自分」と「知らない相手」という上下関係を作り出してしまいます。彼らの目的は、お客様の課題を解決することではなく、自分の知識を披露することにすり替わってしまっているのです。これでは、お客様が心を開き、自社の本当の課題を話してくれるはずがありません。結果として、商談は表面的なやり取りに終始し、失注という形で終わるのです。
貴社の営業担当者は、お客様が頻繁に「?」という表情を浮かべていないでしょうか。もし心当たりがあるなら、それは「三流の罠」に陥っている危険なサインかもしれません。
二流の営業:伝わっているようで伝わらない「難しい言葉」の壁
次に、三流よりは一歩進んでいますが、まだ成果を最大化するには至らないのが「難しい言葉」を使う営業担当者です。彼らは、あからさまな専門用語は避けるものの、ビジネス書やニュースで使われるような、一見知的で説得力がありそうな小難しい表現を好んで使います。
例えば、以下のような話し方です。
「本件を導入いただくことで、貴社の既存業務の是正に繋がり、オペレーショナル・エクセレンスを可及的速やかに実現可能です。それにより、今後の事業展開におけるイニシアチブを確保し、サステナブルなグロースの礎を築くことができます。これは、経営アジェンダの中でもプライオリティが高い課題解決にコミットするものです。」
専門用語ほどではないにせよ、この説明もまた、すんなりと頭には入ってきません。「是正」「オペレーショナル・エクセレンス」「可及的速やかに」「イニシアチブ」「サステナブルなグロース」…。一つひとつの単語の意味は分かったとしても、文章全体として何を言いたいのかを理解するためには、お客様側で一度「翻訳」する作業が必要になります。
なぜ難しい言葉も避けるべきなのか?
- 相手に思考の負担を強いる: シンプルなコミュニケーションが「キャッチボール」だとすれば、難しい言葉を使うコミュニケーションは、相手に「重たい鉄の球」を投げているようなものです。受け取る側は、その球をキャッチするだけで精一杯になり、中身について考える余裕がなくなります。
- 質問のハードルを上げる: お客様は「こんな基本的な言葉の意味を聞いたら、レベルが低いと思われるのではないか」と感じ、疑問点を解消できないまま話が進んでしまいます。理解が不十分なままでは、当然、導入や契約といった次のステップに進む決断はできません。
- 結局は「自分本位」のコミュニケーション: 難しい言葉を選ぶ背景には、「知的だと思われたい」「論理的に見せたい」という営業担当者側の欲求が隠れています。これもまた、ベクトルがお客様ではなく自分に向いている証拠です。本当にお客様のことを考えるなら、いかに相手に負担をかけずに理解してもらうかを最優先するはずです。
二流の営業は、お客様を置き去りにこそしませんが、手をつないで一緒に歩くのではなく、数歩先を歩いてお客様を引っ張ろうとします。お客様は必死についていこうとしますが、そのプロセスで疲れ果ててしまい、最終的には「この人と一緒に進むのは大変そうだ」と感じてしまうのです。良かれと思って使っている「知的風」な言葉が、実は成約への道を険しくしていることに、彼らは気づいていません。
一流の営業:誰にでもわかる「シンプルな言葉」で心を動かす
では、お客様から絶大な信頼を得て、安定的に高い成果を出し続ける一流の営業は、どのような言葉を使うのでしょうか。その答えは、驚くほど単純です。彼らは、**「小学生でも理解できるような、シンプルで分かりやすい言葉」**を一貫して使います。
彼らは、複雑な事象を複雑なまま話すことを良しとしません。自らの頭の中で情報を完璧に咀嚼し、お客様が最も理解しやすい形に「再構築」してから言葉を発するのです。
先ほどのITソリューションの例で言えば、一流の営業はこう話すでしょう。 「このシステムは、一言でいえば『会社の情報を整理してくれる、とても優秀な秘書』のようなものです。今、別々のソフトで管理されている顧客リストや売上の記録を、この秘書が全部まとめて、ボタン一つで最新の状況をグラフにして見せてくれます。ですので、会議のたびに色々な資料を集める手間がなくなります。」
経営アジェンダの話であれば、こうです。 「社長が今、一番解決したいと考えていらっしゃる『業務の無駄をなくして、社員がもっと大事な仕事に集中できるようにする』という課題。これを、私たちは最も得意としています。この仕組みを導入すれば、毎日の単純作業が自動化され、時間もコストも削減できます。そうして生まれた余裕を、新しい商品の開発など、会社の未来を作るための活動に使っていくことができます。」
いかがでしょうか。専門用語も難しい言葉も一切使っていませんが、サービスの価値や導入後の未来が、具体的かつ魅力的に伝わってこないでしょうか。
なぜ「シンプルな言葉」はこれほど強力なのか?
- 理解が瞬時に行われる: 分かりやすい言葉や例え話は、お客様の脳に負担をかけません。すっと心に入り込み、瞬時に「なるほど、そういうことか」という納得感を生み出します。
- 本質的な対話が生まれる: お客様が内容を理解することにエネルギーを使う必要がないため、「それによって、うちのこの問題は解決するのか?」「具体的に、コストはどれくらい下がるんだ?」といった、より本質的で具体的な対話に時間を使うことができます。
- 信頼関係が深まる: 「この人は、私の目線に立って、分かりやすく話そうと努力してくれている」。その姿勢がお客様に伝わったとき、初めて強固な信頼関係が生まれます。安心感があるからこそ、お客様は自社の内情や本当の悩みを打ち明けてくれるようになります。
- 意思決定を後押しする: 人は、自分が完全に理解し、納得できたものに対してしか、お金を払うという重要な決断を下せません。シンプルな言葉による分かりやすい説明は、お客様の「わからない」という不安を取り除き、スムーズな意思決定を促すのです。
一流の営業は、「何を話すか」と同時に、いや、それ以上に「どう話せば伝わるか」を徹底的に考えています。その根底にあるのは、深い知識やロジカルシンキング能力だけではありません。お客様に対する深い敬意と、「相手を理解したい、そして理解してもらいたい」という真摯な姿勢なのです。
組織で実践する「シンプルな言葉」への転換と人材育成
「なるほど、シンプルな言葉が重要なのは分かった。しかし、それを営業担当者一人ひとりに徹底させるのは難しい」 そう思われた経営者の方もいらっしゃるかもしれません。その通りです。言葉選びは個人の癖や能力に依存しがちで、属人化しやすい領域です。だからこそ、個人の努力に任せるだけでなく、組織全体で「分かりやすく話す文化」を醸成し、それを支える「仕組み」を構築することが極めて重要になります。
では、具体的に何をすればよいのでしょうか。
1. 営業トークの「翻訳」トレーニング まずは、自社でよく使っている専門用語や難しい言い回しをリストアップします。そして、それらを「小学生でも分かる言葉に翻訳するとどうなるか?」を、営業チーム全員で考えるワークショップを実施します。 例えば、「アセット」「KPI」「シナジー効果」といった言葉を、具体的な業務内容やお客様のメリットに結びつけて言い換える練習です。このトレーニングは、営業担当者が「お客様目線」で物事を考える癖をつけるための、非常に効果的な第一歩となります。
2. ロールプレイングの質的転換 多くの企業でロールプレイングは行われていますが、その評価基準を見直す必要があります。「流暢に話せたか」「情報を網羅できていたか」だけでなく、**「お客様役が、一切のストレスなく内容を理解できたか」「専門用語を分かりやすく言い換えられていたか」**を最重要の評価項目に設定します。お客様役を他部署の社員に依頼するなど、業界知識のない人を相手に練習するのも有効です。
3. 「1on1ミーティング」での対話を通じた育成 この仕組みを定着させる上で、上司と部下の定期的な1on1ミーティングが大きな役割を果たします。日々の営業活動について振り返る中で、上司は部下に対して次のような問いかけをしてみてください。
- 「今日の〇〇様への説明、すごく良かったけど、あの専門用語を使わずに言うとしたら、どんな言葉で伝えられるかな?」
- 「お客様が少し難しい顔をされた瞬間があったと思うんだけど、どの言葉が伝わりにくかったんだと思う?」
- 「このサービスの価値を、一言で例えるとしたら何になるだろう?一緒に考えてみよう」
このような対話は、単なるダメ出しではありません。部下自身に「伝わっているか?」という視点を持たせ、自分の言葉を客観的に見つめ直し、言語化能力を磨くための絶好の育成機会となります。上司が答えを与えるのではなく、問いを通じて部下の思考を促す。この積み重ねが、自ら考えて分かりやすく話せる人材を育てるのです。
言葉選びは、単なる営業テクニックではありません。それは、貴社の営業組織の「文化」そのものです。お客様の立場に立ち、徹底的に分かりやすさを追求する。その姿勢を組織全体で共有し、日々の活動の中で実践し続ける仕組みを作ること。それこそが、特定のスタープレイヤーに依存しない、持続可能な強い営業組織を構築するための基礎となります。
おわりに:言葉が変われば、組織が変わる
本稿では、営業における「言葉選び」の重要性について掘り下げてきました。
- 三流の営業は、専門用語でお客様を置き去りにする。
- 二流の営業は、難しい言葉でお客様を疲れさせる。
- 一流の営業は、シンプルな言葉でお客様の心を動かし、信頼を勝ち取る。
貴社の営業組織は、今どの段階にあるでしょうか。
もし、多くの営業担当者がお客様に「伝える」ことの本当の意味を理解せず、自己満足な説明に終始しているとしたら、それは非常にもったいない状況です。そこには、埋もれたままの大きな成長の機会が眠っています。
明日からできることは、非常にシンプルです。まずは、営業担当者がお客様への提案で使っている言葉を一つだけ、「もっと分かりやすく、シンプルな言葉に言い換えられないか?」と考えてみることです。その小さな変化が、お客様の反応を劇的に変えるかもしれません。
言葉遣いという、コミュニケーションの根本を見直すこと。それは、小手先のテクニックの導入ではありません。お客様と真摯に向き合うという、ビジネスの原点に立ち返る行為です。そして、その姿勢を個人の資質に頼るのではなく、組織としての仕組みや文化にまで昇華させることができたとき、貴社の営業力は飛躍的に向上し、お客様から選ばれ続ける強固な組織へと進化していくことでしょう。
自社の営業担当者の言葉遣い、そして、それを改善し、組織全体で標準化していくための仕組みづくり。もし、そこに課題を感じていらっしゃるのであれば、一度立ち止まり、その根本原因と真剣に向き合ってみることを強くお勧めします。その一歩が、貴社の未来を大きく変えることになるかもしれません。