「うちのAさんは、本当に優秀なのになぜか成果に繋がらないんだよな…」 「スキルも知識も申し分ないのに、どうして期待したパフォーマンスを発揮してくれないんだろう?」
経営者やマネージャーの皆様なら、一度はこのような悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。経歴もスキルも素晴らしく、周りからの評価も高い。それなのに、なぜか営業成績が伸び悩んだり、プロジェクトがうまく進まなかったりする。そんな「もったいない社員」の存在は、組織にとって大きな課題です。
研修を受けさせたり、新しいツールを導入したり、様々な手は打ってみた。しかし、状況は一向に改善しない。それはもしかしたら、問題の根本的な原因を見誤っているからかもしれません。能力やスキルといった目に見える部分ではなく、その土台となる「社員の心」に目を向ける必要があるのではないでしょうか。
この記事では、なぜ能力が高いにもかかわらず成果を出せない人がいるのか、その背景にある「働く幸せ」という視点から問題を解き明かし、社員一人ひとりが持つ力を最大限に引き出し、組織全体の成長に繋げるための具体的な考え方とアプローチをご紹介します。
第1章:成果が出ない「もったいない社員」が生まれる背景
能力と成果が必ずしも比例しない。この事実は、多くのビジネス現場で見られる光景です。では、そのギャップは一体どこから生まれるのでしょうか。考えられる要因をいくつか見ていきましょう。
1. 見えない「心のブレーキ」
能力というアクセルを全力で踏み込んでいるつもりでも、本人が気づかないうちに「心のブレーキ」を踏んでいるケースがあります。
- 失敗への過度な恐れ: 「失敗したら評価が下がる」「完璧な状態でなければならない」というプレッシャーから、新しい挑戦や大胆な決断をためらってしまいます。結果として、行動量が減り、大きな成果を得るチャンスを逃してしまうのです。
- やらされ感: 会社の目標や上司からの指示が、本人の意思や価値観と結びついていない場合、「自分の仕事」ではなく「やらされている仕事」になってしまいます。これでは、仕事に対する情熱や創意工夫は生まれません。最低限のタスクをこなすだけになり、プラスアルファの成果は期待できなくなります。
- 正当に評価されていないという不満: 「こんなに頑張っているのに、誰も見てくれていない」「自分の成果が正しく評価されていない」という感情は、社員のモチベーションを著しく低下させます。認められていないと感じる環境で、高いパフォーマンスを維持することは非常に困難です。
これらの「心のブレーキ」は、社員から主体性や意欲を奪い、本来持っている能力に蓋をしてしまうのです。
2. 組織の中での「孤立」
どんなに優秀な個人でも、一人で出せる成果には限界があります。組織の中で力を発揮するためには、周囲との連携が欠かせません。
- コミュニケーション不足: 特に、上司とのコミュニケーションが不足していると、社員は孤立しやすくなります。「困ったことがあっても相談しにくい」「自分の意見を言っても聞いてもらえない」という状況では、問題を一人で抱え込み、解決が遅れてしまいます。また、チーム内での情報共有が不足していると、認識のズレが生じ、無駄な手戻りや対立が発生することもあります。
- 心理的な安全性の欠如: 「こんなことを言ったら、馬鹿にされるかもしれない」「否定されたらどうしよう」といった不安を感じる職場では、社員は本音を話すことができません。率直な意見交換や建設的な議論が生まれず、組織としての学習や成長が妨げられます。結果として、個々の能力が有機的に結びつかず、チームとしての相乗効果が生まれません。
人間は社会的な生き物です。安心して所属できる、頼れる仲間がいるという感覚は、人が力を発揮するための基本的な条件と言えるでしょう。
3. 目指すゴールの「ズレ」
会社が示す大きな目標と、社員個人が描くキャリアや人生の目標。この二つのベクトルが大きくずれている場合も、成果は出にくくなります。
例えば、会社は短期的な売上拡大を最優先しているのに、社員本人は顧客との長期的な信頼関係を築くことにやりがいを感じているとします。この場合、社員は会社の求める行動(例えば、強引な売り込みなど)に抵抗を感じ、仕事への意欲を失ってしまうかもしれません。
自分の仕事が、自分の信じる価値観や将来の目標に繋がっているという感覚。これこそが、困難な仕事にも粘り強く取り組むためのエネルギー源となります。この繋がりが見出せないとき、人は働く意味を見失い、パフォーマンスが低下していくのです。
これらの要因はすべて、社員一人ひとりの「働く幸せ」を損なうものです。つまり、能力が高いのに成果が出ない問題の根っこには、社員が仕事に対して幸せを感じられていない、というシンプルな事実が横たわっているのかもしれません。
第2章:「社員の幸せ」とは何か?ビジネスにおける再定義
「幸せ」と聞くと、プライベートな事柄や、曖昧で主観的なものだと感じるかもしれません。しかし、ビジネスの文脈における「社員の幸せ」は、もっと具体的で、組織が意図的に作り出せるものです。それは、給料が高いとか、福利厚生が充実しているといった待遇面だけを指すのではありません。もちろんそれらも重要ですが、人が仕事を通じて心から満たされるためには、もっと内面的な要素が大きく関わってきます。
ここでは、社員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)を高める上で特に重要となる、4つの「幸せの要素」をご紹介します。
要素1:成長しているという実感
人は、昨日よりも今日、できることが増えたり、新しい知識が身についたりすることに喜びを感じます。「自分は成長している」という実感は、仕事へのモチベーションを高める強力なエンジンです。
- 新しいスキルの習得: 難しい課題に挑戦し、それを乗り越えることで得られる達成感。
- 視野の拡大: 様々な経験を通じて、物事を多角的に見られるようになる喜び。
- 自己肯定感の向上: 成長を通じて「自分ならできる」という自信が深まる感覚。
逆に、毎日同じことの繰り返しで、自分の成長が感じられない環境は、人の意欲を少しずつ削いでいきます。優秀な人ほど、成長の機会がないことに物足りなさを感じ、活躍の場を求めて組織を去ってしまう可能性もあります。
要素2:誰かの役に立っているという貢献感
自分の仕事が、誰かの役に立っている、チームや会社、ひいては社会に貢献できているという実感は、働く意味そのものを与えてくれます。
- 顧客からの感謝: 「ありがとう」という一言が、何よりの報酬になることがあります。
- チームへの貢献: 自分の働きによって、同僚が助かったり、チームの目標が達成できたりする喜び。
- 会社のビジョンとの繋がり: 自分の日々の業務が、会社の大きな目標達成の一端を担っているという誇り。
人は、自分の仕事の価値を実感できたときに、もっと頑張ろう、もっと良い仕事をしようという意欲が湧いてきます。自分の働きが、何に繋がっているのかが見えない状態では、やりがいを見出すことは難しいでしょう。
要素3:安心して関われる良好な人間関係
職場で過ごす時間は、人生の中でも大きな割合を占めます。その場所が、心理的に安全で、互いに尊重し合える人間関係に恵まれていることは、心の安定にとって非常に重要です。
- 信頼できる上司・同僚: 困ったときに助けを求められ、成功を共に喜べる仲間がいること。
- 心理的安全性: 自分の意見や考えを、否定される心配なく安心して表明できる環境。
- 健全なチームワーク: 足の引っ張り合いではなく、互いの強みを活かし、弱みを補い合える関係。
人間関係のストレスは、心身の健康を損なうだけでなく、仕事のパフォーマンスにも直接的な悪影響を及ぼします。逆に、良好な人間関係は、社員の定着率を高め、創造的なアイデアが生まれやすい土壌を作ります。
要素4:自分で考えて決められるという自己決定感
誰かから指示されたことをただこなすのではなく、自分の頭で考え、工夫し、仕事を進めていく。この「自己決定感」は、仕事への当事者意識を高める上で欠かせない要素です。
- 裁量権: ある程度の範囲で、仕事の進め方や優先順位を自分で決められること。
- 意見の尊重: 自分のアイデアや提案が、ただ聞き流されるのではなく、真剣に検討されること。
- 責任と権限のバランス: 任された仕事に対して、必要な権限が与えられていること。
もちろん、すべてのことを個人が好き勝手に決めて良いわけではありません。しかし、「自分でコントロールできている」という感覚は、仕事への満足度を大きく左右します。マイクロマネジメントのように、細かすぎる指示や過度な管理は、社員の主体性を奪い、自ら考える力を衰えさせてしまいます。
これらの4つの要素は、互いに深く関連し合っています。例えば、良好な人間関係があるからこそ、安心して挑戦でき、成長に繋がります。そして、成長を実感できるからこそ、より大きな貢献ができるようになり、それがさらなる自己決定の機会を与えられるきっかけにもなるのです。
社員の幸せを追求することは、決して単なる理想論ではありません。これらの要素を満たしていくことこそが、社員のエンゲージメントを高め、結果として組織全体の生産性を向上させる、極めて合理的な経営戦略なのです。
第3章:社員の幸せを育み、成果を引き出すための具体的なアプローチ
では、どうすれば社員一人ひとりの「働く幸せ」を育み、彼らが持つ能力を最大限に引き出すことができるのでしょうか。特別な制度や多額の投資が必要なわけではありません。大切なのは、日々のコミュニケーションと、成長を支える仕組みづくりです。ここでは、明日からでも始められる具体的なアプローチをご紹介します。
アプローチ1:すべての土台となる「質の高い対話」を増やす
多くの問題は、コミュニケーションの不足や質の低さから生じます。社員が何を感じ、何を考え、何に悩んでいるのか。それを知らずして、適切なサポートはできません。そのために最も有効なのが、上司と部下による定期的な「1on1ミーティング」です。
ただし、これは単なる業務の進捗確認会議ではありません。主役はあくまで部下です。上司は「聞く」ことに徹し、部下が安心して本音を話せる場を作ることが重要です。
効果的な1on1のためのポイント:
- 頻度と時間を決める: 例えば「週に1回、30分」など、定例化することで、お互いに心の準備ができます。「何かあったら声をかけて」というスタンスでは、部下は遠慮してしまいがちです。
- 話すテーマは部下に委ねる: 業務の課題はもちろん、キャリアの悩み、プライベートとの両立、最近関心があることなど、テーマは自由です。上司は、部下が今何を大切にしているのかを理解する機会と捉えましょう。
- 傾聴と質問を使い分ける: まずは部下の話を遮らずにじっくりと聞きます(傾聴)。その上で、「どうしてそう思うの?」「もし〜だとしたら、どうする?」といった質問(コーチング)を通じて、部下自身が考えを深め、答えを見つける手助けをします。
- 約束と振り返り: 対話の中で出てきた課題や次のアクションプランは、小さなことでも必ず記録し、次回の1on1で一緒に振り返ります。これにより、部下は「自分の話を真剣に受け止めてくれている」と感じ、信頼関係が深まります。
このような質の高い対話を継続することで、上司は部下の「心のブレーキ」や「孤立」にいち早く気づくことができます。また、部下の価値観や目標を理解することで、会社の目標と本人の目標をすり合わせ、仕事への意味付けをサポートすることも可能になります。これが、前章で述べた「貢献感」や「自己決定感」を育む第一歩となるのです。
アプローチ2:「成長」を実感できる仕組みを作る
「成長している実感」は、放っておいて自然に生まれるものではありません。組織として、成長を可視化し、後押しする仕組みが必要です。
- 小さな成功体験をデザインする: 最初から高すぎる目標を与えるのではなく、少し頑張れば達成できる「ストレッチ目標」を設定します。小さな成功を積み重ねることで、自信と次への意欲が生まれます。
- 具体的なフィードバックを習慣化する: 年に1、2回の評価面談だけでは不十分です。日々の業務の中で、「あの時のプレゼン、顧客の反応がとても良かったよ。特に〇〇という点が響いていたようだね」「この資料、もう少し△△の視点を加えると、もっと説得力が増すと思うよ」といったように、良かった点も改善点も具体的に、タイムリーに伝えます。フィードバックは、成長のための貴重な情報源です。
- 挑戦を歓迎し、失敗から学ぶ文化を作る: 新しい挑戦には失敗がつきものです。失敗したこと自体を責めるのではなく、「その挑戦から何を学んだか」「次にどう活かすか」を一緒に考える文化を醸成しましょう。安心して挑戦できる環境こそが、社員と組織の成長を加速させます。
アプローチ3:「貢献」を伝え、可視化する
自分の仕事の価値は、案外自分では気づきにくいものです。だからこそ、周りがその「貢献」を具体的に伝え、可視化してあげることが重要です。
- 感謝の声を共有する: 顧客から届いたお礼のメールや、他部署からの協力への感謝などを、本人だけでなくチーム全体に共有します。これにより、本人のモチベーションが高まるだけでなく、チーム全体で互いを称賛する文化が育ちます。
- 仕事の全体像を見せる: 営業担当者であれば、自分が獲得した契約が、その後の開発やカスタマーサポートの現場でどのように顧客の成功に繋がっているのか。事務担当者であれば、自分の正確な業務処理が、いかに組織全体の円滑な運営を支えているのか。自分の仕事が大きな流れの中でどのような役割を果たしているのかを伝えることで、貢献感を深めることができます。
これらのアプローチは、どれも「社員一人ひとりに向き合う」という姿勢が基本にあります。画一的なマネジメントではなく、個々の状況や価値観を理解し、それぞれに合ったサポートを提供すること。その積み重ねが、社員の「働く幸せ」を育み、結果として能力が最大限に発揮される組織風土を作り上げていくのです。
結論:社員の幸せこそが、持続的な成長の源泉となる
「能力が高いのに成果が出ない」 この根深い問題の答えは、最新の経営理論や複雑なフレームワークの中にあるわけではありません。答えはもっとシンプルで、私たちの身近なところにあります。それは、社員一人ひとりが「この会社で働けて幸せだ」と心から感じられているかどうか、という点に尽きます。
成長を実感でき、自分の仕事に意味を見出し、信頼できる仲間と共に、主体的に働くことができる。そんな「働く幸せ」に満たされたとき、人は自ずと持てる力を最大限に発揮し始めます。心のブレーキが外れ、孤立感が解消され、会社の目標が自分自身の目標と重なったとき、これまでくすぶっていた才能が一気に開花し、想像以上の成果を生み出すのです。
そのための第一歩は、社員の声に真摯に耳を傾けることから始まります。定期的な1on1などを通じて対話を重ね、彼らが何を感じ、何を望んでいるのかを深く理解しようと努めること。そして、彼らの成長と貢献を心から願い、それを支える環境を整えること。
社員の幸せを追求することは、決して遠回りではありません。むしろ、変化の激しい時代において、企業が持続的に成長し続けるための最も確実な道筋です。社員が幸せな会社は、顧客を幸せにし、そして社会全体にも良い影響を与えていく力を持っています。
あなたの会社の「もったいない社員」は、本当に能力が足りないのでしょうか。 もしかしたら、彼らはただ、輝くきっかけを待っているだけなのかもしれません。 今こそ、一人ひとりの「心」に目を向け、対話を通じて、彼らの、そして会社の未来を切り拓いてみてはいかがでしょうか。