「最近の若手は、どうも失敗を恐れているように見える」
経営者や管理職の方々とお話をしていると、このような声を耳にする機会が少なくありません。慎重で真面目、与えられた仕事は丁寧にこなす。その一方で、新しいことへの挑戦や、自らリスクを取って何かを始めようという姿勢が見えにくい。そんな若手社員の姿に、もどかしさを感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「私たちの若い頃は、もっと無鉄砲に挑戦したものだ」「失敗を恐れていては成長できない」といった声も聞こえてきそうです。しかし、彼ら・彼女らを単に「意欲が低い」「覇気がない」と片付けてしまうのは、あまりにも早計かもしれません。
なぜなら、彼らが「失敗したくない」と感じるのには、彼らが生きてきた時代ならではの、そして、私たち企業側にも関わる、根深い理由があるからです。このコラムでは、若手が失敗を恐れる背景を多角的に掘り下げ、彼らの内に秘めた可能性を最大限に引き出し、組織全体の力に変えていくための具体的なアプローチについて、皆様と一緒に考えていきたいと思います。
若者たちが「失敗」を過度に恐れるようになった背景
彼らがなぜそこまで失敗を避けようとするのか。その理由は一つではなく、育ってきた環境、社会経済の状況、そして企業側の要因が複雑に絡み合っています。
1. デジタルネイティブ世代の「正解探し」
今の若手社員の多くは、物心ついた頃からインターネットやスマートフォンが当たり前に存在する「デジタルネイティブ」世代です。彼らにとって、情報は「探して見つける」ものです。分からないことがあれば、すぐに検索して答えにたどり着くことができます。最短ルートで「正解」を見つけることに慣れているため、仕事においても、まず「正しいやり方」や「失敗しない方法」を探そうとする傾向があります。
さらに、SNSの普及も大きな影響を与えています。FacebookやInstagram、X(旧Twitter)などを通じて、同世代の友人や知人の「キラキラした」姿が常に目に入ってきます。華々しい成功体験や充実した日常が次々と流れてくる一方で、泥臭い努力の過程や失敗談が共有されることは稀です。他人の成功が可視化されやすい環境は、無意識のうちに自分と比較してしまい、「自分も失敗できない」「格好悪い姿は見せられない」というプレッシャーを生み出しています。失敗が、かつてないほど「恥ずかしいこと」として強く認識される時代になったのです。
2. 変化する教育と、社会とのギャップ
かつての画一的な教育から、近年は「個性を尊重する」教育へとシフトしてきました。先生から一方的に知識を教わるのではなく、生徒が主体的に学ぶアクティブ・ラーニングが重視され、他人との比較よりも、一人ひとりの良いところを伸ばそうという風潮が強まっています。
これは素晴らしい変化ですが、一方で社会に出た瞬間に大きなギャップに直面することにもなります。学生時代は「褒められて伸びる」環境だったのに、ビジネスの世界では、結果に対して厳しい評価やフィードバックがなされます。プロセスがいかに良くても、成果が出なければ評価されない。この厳しい現実に戸惑い、自分のやり方に自信が持てなくなり、叱責されることを恐れて行動が萎縮してしまう若手は少なくありません。
3. 経済的な不安とキャリアへの意識
「失われた30年」とも言われる経済の長期停滞の中で育ってきた彼らは、将来に対する漠然とした不安を抱えています。右肩上がりの経済成長を知らず、安定志向が強いのは自然なことかもしれません。リスクを取って大きなリターンを狙うよりも、堅実に、失敗しない道を選びたいと考える傾向があります。
また、終身雇用という価値観が過去のものとなり、転職が当たり前になったことも影響しています。一つの会社に骨を埋めるという考え方が薄れ、誰もが「自分のキャリアは自分で築く」ことを意識する時代です。だからこそ、自身の市場価値を下げかねない「失敗」という経歴を残したくない、という気持ちが強く働くのです。安易な挑戦による失敗は、キャリアにおける「傷」になりかねないと捉えています。
4. 効率を求めすぎる企業文化
若手だけの問題ではありません。私たち企業側にも、彼らを挑戦から遠ざけている要因はないでしょうか。
多くの企業では、生産性向上や効率化が叫ばれています。無駄な時間やコストを徹底的に排除し、最短距離で成果を出すことが求められる。こうした環境は、ともすれば「失敗は許されない」という無言のプレッシャーを生み出します。新しい挑戦には試行錯誤がつきものであり、当然失敗も伴います。しかし、効率を重視するあまり、そうしたプロセスを「無駄」と捉えてしまう空気が、若手の挑戦意欲を削いでいる可能性はないでしょうか。
さらに、プレイングマネージャーの増加も一因です。自身の業務に追われる管理職が増え、部下一人ひとりとじっくり向き合う時間が確保しにくくなっています。若手からすれば、「何かあっても、上司は忙しそうで相談しにくい」「失敗しても十分にフォローしてもらえないかもしれない」という不安が、行動のブレーキになっているのかもしれません。
「失敗したくない」気持ちの光と影
若手の「失敗したくない」という気持ちは、決して悪いことばかりではありません。物事には必ず光と影があります。
光の部分:慎重さと責任感
失敗を避けたいという気持ちは、仕事の丁寧さや慎重さにつながります。事前にリスクを洗い出し、入念な準備を怠らない。その結果、ケアレスミスが少なく、安定したパフォーマンスを発揮することができます。また、与えられた役割を確実に果たそうとする責任感の強さも、この気持ちの裏返しと見ることができるでしょう。
影の部分:成長機会の損失
しかし、その影の部分は深刻です。失敗を恐れるあまり、自分の能力で確実にこなせる範囲の仕事しか引き受けようとしなくなります。未知の領域や困難な課題への挑戦を避けるため、大きな成長の機会を自ら手放してしまいます。
また、「正解」を求めるあまり、指示待ちの姿勢にもなりがちです。「どうすればいいですか?」と常に上司の判断を仰ぎ、自分で考えて行動することをためらいます。これでは、いつまで経っても自律的な人材には育ちません。
そして最も懸念されるのが、打たれ弱さです。失敗しないように細心の注意を払ってきた分、いざ壁にぶつかった時の精神的なダメージが大きくなります。一度の失敗で自信を完全に失ってしまい、立ち直るのに時間がかかったり、挑戦すること自体に臆病になったりしてしまうのです。
組織全体で見たとき、社員の失敗恐怖症は、イノベーションの停滞を意味します。誰もが安全な道ばかりを選ぶ組織からは、画期的なアイデアや新しいサービスが生まれることはありません。現状維持は、変化の激しい現代においては、すなわち衰退を意味するのです。
若手の「挑戦したい」気持ちを引き出す、企業ができること
では、どうすれば若手の「失敗したくない」という気持ちに寄り添いながら、彼らが持つ本来の力を引き出すことができるのでしょうか。必要なのは、精神論で「挑戦しろ」と檄を飛ばすことではありません。若手が安心して一歩を踏み出せるような「環境」と「仕組み」を、企業側が意図的に作り出すことです。
1. 「失敗しても大丈夫」という空気をつくる
何よりもまず大切なのが、組織の「心理的安全性」を高めることです。心理的安全性とは、「この組織の中では、自分の考えや気持ちを安心して発言できる」と感じられる状態を指します。失敗を恐れずに挑戦するためには、この心理的安全性が土台となります。
そのために、経営層や管理職が率先して「失敗は悪いことではない。むしろ、挑戦した証であり、学びの機会だ」というメッセージを、言葉と行動で示し続けることが重要です。朝礼や会議の場で、繰り返し伝えましょう。
さらに効果的なのが、上司や先輩が自らの「失敗談」をオープンに語ることです。輝かしい成功体験だけでなく、「若い頃にこんな大失敗をした」「あんな挑戦をして、結局うまくいかなかった」といった話を共有することで、若手は「なんだ、偉い人でも失敗するんだ」「失敗しても、こうして笑い話にできるんだ」と安心感を覚えます。失敗に対する過度な恐怖が和らぎ、「自分も挑戦してみようかな」という気持ちが芽生えやすくなるのです。
2. 小さな成功体験を積ませる仕組み
いきなり「大きな山に登れ」と言われても、誰だって尻込みしてしまいます。大切なのは、最初の一歩を踏み出させること。そして、その一歩が成功につながる体験をさせてあげることです。
例えば、目標設定の際に、最終的な大きなゴールの手前に、少し頑張れば達成できる「スモールステップ」をいくつも設定します。一つひとつのステップは小さくても、クリアするごとに「できた!」という達成感が得られます。この小さな成功体験の積み重ねが、自信を育み、「もっと難しいことにも挑戦してみよう」という意欲の源泉になります。
そして、そのプロセスをしっかりと評価してあげることが大切です。結果が出なかったとしても、「あの情報収集は素晴らしかった」「果敢にアプローチした姿勢は評価できる」というように、行動そのものや努力の過程を認め、具体的にフィードバックします。そうすることで、若手は「自分の行動を見てくれている」と感じ、次への挑戦につながるエネルギーを得ることができます。
3. 「対話」で育む信頼関係と成長支援 ~1on1ミーティングのすすめ~
若手の挑戦を後押しする上で、非常に有効な手段が「1on1ミーティング」です。これは、上司と部下が1対1で定期的に行う対話の場のこと。週に1回、あるいは隔週に1回、30分程度の時間を確保し、継続的に行うことが理想です。
重要なのは、1on1を単なる業務の進捗確認や指示伝達の場にしないことです。主役はあくまで部下。上司は「聞く」ことに徹し、部下が考えていること、感じていることを引き出す場と位置づけます。
「今、仕事でどんなことに面白さを感じてる?」 「逆に、何か不安に思っていることや、やりにくさを感じていることはない?」 「将来的には、どんなスキルを身につけて、どんな仕事をしてみたい?」
このような問いかけを通じて、部下の価値観やキャリア観、抱えている悩みなどを深く理解します。評価や判断を一旦横に置き、一人の人間として向き合う。この対話の積み重ねが、上司と部下の間に強固な信頼関係を築きます。
「この上司は、自分のことを理解しようとしてくれている」 「この人になら、失敗や弱みも安心して話せる」
こうした信頼関係があれば、若手は挑戦する中で壁にぶつかった時、一人で抱え込まずに「ちょっと相談してもいいですか?」と声を上げることができます。「いつでも相談できる相手がいる」という安心感こそが、失敗への恐怖を乗り越え、未知の領域へ踏み出すための最大のセーフティネットになるのです。
また、1on1は部下の成長を促す絶好の機会でもあります。対話の中で見えてきた本人の強みや課題に対して、「次はこんな仕事に挑戦してみないか?君の〇〇という強みが活かせると思うんだ」と、次のステップを具体的に提示してあげることができます。本人の意向と会社の期待をすり合わせながら、成長への道筋を一緒に描いていく。この伴走支援こそが、若手の主体的な成長を力強く後押しします。
4. 挑戦を応援する評価制度へ
挑戦を促す文化や仕組みを整えるなら、評価制度も連動させる必要があります。言葉では「挑戦しろ」と言いながら、評価は結果(売上や達成率など)だけ、というのは矛盾しています。
例えば、評価項目の中に「挑戦目標」といった項目を設けるのは一つの手です。期初に、本人の能力よりも少し高いレベルの目標を設定し、その達成度合いだけでなく、挑戦したプロセスや姿勢そのものを評価の対象とします。たとえ結果的に目標未達に終わったとしても、そこから何を学び、次にどう活かそうとしているのかを評価することで、「失敗しても大丈夫なんだ」というメッセージを制度として示すことができます。減点方式ではなく、挑戦したことをプラスに評価する加点方式の考え方を取り入れることが大切です。
まとめ:若手の成長こそが、会社の未来をつくる
「今の若手は失敗したくない気持ちが強い」。この言葉の裏には、彼らが生きてきた特有の時代背景と、私たち企業側が作り出してきた環境があります。彼らの慎重さは、見方を変えれば、変化の激しい時代を生き抜くための防御反応なのかもしれません。
その気持ちを否定するのではなく、まずは「そうだよな」と受け止め、共感することから始めましょう。その上で、彼らが安心して失敗できる、挑戦できる環境を整えていく。それが私たち経営者や管理職の役割ではないでしょうか。
失敗を許容する文化を醸成し、小さな成功体験を積ませる仕組みをつくる。そして、1on1のような対話を通じて一人ひとりと真摯に向き合い、信頼関係を築き、挑戦を後押しする。こうした地道な取り組みが、若手社員の心に火を灯します。
最初は小さな一歩かもしれません。しかし、その一歩を踏み出した若手は、失敗と成功を繰り返しながら、やがて自律的に考え、行動する人材へと成長していくはずです。そして、一人の挑戦が、二人、三人と組織全体に伝播した時、会社は変化に対応できるしなやかで強い組織へと生まれ変わります。
若手の成長は、会社の未来そのものです。一人ひとりの社員が持つ可能性を信じ、その力を最大限に引き出すための投資を惜しまないこと。それこそが、これからの時代を勝ち抜くための、最も確実で価値ある戦略と言えるでしょう。