「うちの社員は、いつになったら育つのだろう?」その問いを持つ経営者・管理職の皆様へ

「最近の若手は打たれ弱い」「言われたことしかやらない」「もっと自発的に動いてほしい」

経営者や管理職の皆様とお話をしていると、このようなお悩みを伺うことがよくあります。会社の未来を担う社員の成長は、いつの時代も経営の大きなテーマです。しかし、心の中では「昔はもっとハングリーな若者が多かった」「見て盗んで、勝手に育っていったものだ」と感じ、今の状況に少しばかりの戸惑いや苛立ちを覚えていらっしゃるかもしれません。

ですが、一度立ち止まって考えてみていただきたいのです。社員が育たないのは、本当に社員だけの問題なのでしょうか。

本日は、多くの企業が直面している「人材育成」というテーマについて、少し視点を変えて考えてみたいと思います。結論から申し上げますと、現代において**「社員は、会社が育てようと意図的に関わらない限り、育ちにくい」という事実です。そして、その取り組みは「いつかやろう」と先延ばしにするのではなく、「今すぐ」始める必要があります。

この記事が、皆様の会社の人材育成に対する考え方をアップデートし、組織を次のステージへと進めるための一助となれば幸いです。

なぜ、社員は「育てようとしないと育たない」のか?

「昔は放置していても育ったのに」という感覚は、決して間違いではありません。しかし、それは「昔の社員が優秀だったから」という単純な話ではなく、社員を取り巻く「環境」が劇的に変化したことに起因します。

1. 働く「常識」の変化

まず、ビジネスパーソンを取り巻く環境が、この20〜30年で大きく変わりました。

かつては、終身雇用や年功序列が当たり前の時代でした。一度会社に入れば、よほどのことがない限り定年まで勤め上げる。会社という村の中で、先輩や上司の背中を見ながら仕事を覚え、年齢と共に役職と給料が上がっていく。キャリアパスはある意味で画一的でしたが、将来の見通しが立てやすく、「この会社で頑張り続ければ大丈夫だ」という安心感がありました。

このような環境では、「見て学べ」「背中から盗め」という育成方法が機能しました。社員も、その会社で長く働くことが前提ですから、時間をかけてじっくりとスキルを習得することに合理性があったのです。厳しい指導にも耐え、飲み会でのコミュニケーション(いわゆる飲みニケーション)を通じて、仕事の進め方や人間関係を学んでいきました。

しかし、現代はどうでしょうか。終身雇用は崩壊し、転職は当たり前の選択肢となりました。一つの会社でキャリアを終える人は少数派になり、社員一人ひとりが「自分自身のキャリアをどう築いていくか」を常に考える時代です。

彼らが会社に求めるのは、安定した給与だけではありません。「この会社で働き続けることで、自分は成長できるのか?」「市場価値の高いスキルを身につけられるのか?」という切実な問いを、常に自問自答しています。成長できる環境が提供されないと感じれば、より良い条件や環境を求めて、あっさりと会社を去っていくことも珍しくありません。

つまり、会社側が「君たちを育てる意思があるよ」「ここには成長できる環境があるよ」と明確に示し、具体的な機会を提供しない限り、社員は会社に留まる理由を見出せなくなっているのです。放置することは、社員に対して「君たちのキャリアに興味はない」というメッセージを送っているのと同義になってしまう危険性すらあります。

2. 求められる「育つ」のレベルの変化

もう一つの大きな変化は、ビジネスで求められる「育つ」という言葉の定義そのものが変わったことです。

かつて、優秀な社員とは「言われたことを、正確に、速く、効率的にこなせる人材」を指すことが多かったかもしれません。業務がある程度定型化されており、マニュアルや過去の成功パターンに沿って仕事を進めることができれば、十分に会社に貢献できました。

しかし、現代はVUCA(ブーカ:変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と言われるように、ビジネス環境は目まぐるしく変化しています。昨日までの正解が、今日にはもう通用しなくなることも日常茶飯事です。

このような時代に求められるのは、「指示待ち」の人材ではありません。自ら課題を発見し、解決策を考え、周囲を巻き込みながら実行できる「自律型の人材」です。前例のない問題に直面したとき、マニュアルがない状況で、どうすれば最適解を導き出せるかを思考し、行動できる力が求められます。

この「自律的に考え、行動する力」は、残念ながら、ただ業務をこなしているだけでは身につきません。言われたことをやっているだけでは、思考は停止してしまいます。失敗を恐れずに挑戦する機会、自分の頭で考えるトレーニング、そして、それをサポートし、正しい方向に導く上司や先輩の存在があって、初めて育まれていくものなのです。

つまり、現代のビジネス環境で活躍できる人材を育てるためには、会社側が意図的に「思考する機会」「挑戦する機会」を設計し、提供していく必要があるのです。自然発生的に「自律型人材」が生まれるのを待っているだけでは、時代の変化に取り残されてしまうでしょう。

では、どうすれば社員は育つのか?具体的な3つのステップ

では、具体的にどうすれば、社員が自ら育っていくような環境を作れるのでしょうか。それは、決して難しいことや、特別なことではありません。日々の業務の中で、少しだけ意識を変えることから始められます。ここでは、明日からでも実践できる3つのステップをご紹介します。

ステップ1:期待を「言葉」にして明確に伝える

皆さんの会社の社員は、会社が自分に何を期待しているかを、具体的に説明できるでしょうか。「売上を上げること」「業務をこなすこと」といった漠然としたものではなく、もっと解像度の高いレベルでの期待です。

例えば、「君には、3年後にはこのチームのリーダーとして、新しい戦略を立案できるような人材になってほしい。そのために、まずは今の業務を通じて、顧客の課題を深く理解する力を身につけてほしい」というように、具体的で、少し先の未来を見据えた期待を伝えることが大切です。

なぜなら、人は「期待されている」と感じることで、初めてその期待に応えようと努力を始めるからです。自分への期待が分かれば、日々の業務に対する視点が変わります。「この作業は、将来リーダーになるための、どんな力につながるのだろうか?」と、一つひとつの業務に意味を見出せるようになります。

会社のビジョンや目標と、個人の成長を結びつけてあげること。それが、社員のモチベーションに火をつける最初のスイッチです。これは、年に一度の評価面談の場で伝えるだけでは不十分です。日々の会話の中で、折に触れて「期待しているよ」「この経験が、君の未来にこう繋がるよ」と伝え続けることが、じわじわと効果を発揮します。

ステップ2:成長の「地図」を一緒に描く

期待を伝えたら、次はそこに至るまでの「地図」を社員と一緒に描いていく作業が必要です。目的地だけ伝えて「あとは自力で行ってこい」では、途中で道に迷ってしまいます。

ここで有効なのが、目標設定です。しかし、これも会社が一方的に「今期の目標はこれだ」と押し付けるだけでは意味がありません。

「会社としては、チームにこの目標を達成してほしい。その中で、君自身の成長のために、どんな目標を立ててみたい?」「半年後、どんなことができるようになっていたい?」と、本人に問いかけ、一緒に目標を設定していくのです。

このプロセスを通じて、社員は「会社から与えられた目標(やらされ仕事)」ではなく、「自分の成長のための目標(自分ごと)」として、目標を捉えることができるようになります。

そして、この目標設定とセットで考えたいのが**「挑戦の機会」**です。少しだけ背伸びをしないと届かないような、ストレッチな課題を与えてみましょう。もちろん、最初からうまくいくとは限りません。失敗することもあるでしょう。大切なのは、その失敗を責めるのではなく、「なぜ失敗したのか」「次はどうすればうまくいくか」を一緒に振り返り、学びの機会に変えてあげることです。

安全な場所から一歩も出なければ、新しい景色は見えません。会社の中に、心理的安全性が担保された「挑戦できる場所」を用意してあげることが、社員の成長角度を大きく変えるのです。

ステップ3:定期的な「対話」で伴走する

期待を伝え、一緒に地図を描いたら、それで終わりではありません。目的地に向かう旅の途中で、道に迷っていないか、困難にぶつかっていないか、定期的に確認し、サポートする「伴走者」の存在が重要になります。

そのための最もシンプルで効果的な方法が、定期的な1on1ミーティングです。

ここで大切なのは、1on1を「進捗管理の場」や「上司が部下を評価する場」にしないことです。1on1は、社員のための時間です。主役はあくまで社員本人。上司は、聞き役に徹し、社員が今抱えている悩みや課題、挑戦してみたいことなどを、安心して話せる雰囲気を作ることが求められます。

「最近、仕事で何か困っていることはない?」 「あのプロジェクト、やってみてどうだった?何が一番大変だった?」 「今後、どんなスキルを身につけていきたいと考えてる?」

このような問いかけを通じて、社員の内面にある考えや感情を引き出していきます。上司は、すぐに答えを教える必要はありません。むしろ、安易に答えを与えることは、社員の思考力を奪うことにもなりかねません。

「なるほど、そういう課題があるんだね。君自身は、どうすれば解決できると思う?」 「他に、何か良い方法はないかな?」

このように、問いを投げ返し、本人に考えさせることで、自ら答えを見つけ出す力を育てていくのです。これをコーチングと言います。上司はティーチャー(教える人)であると同時に、コーチ(伴走しながら、相手の力を引き出す人)であるという意識を持つことが大切です。

週に2、3回15分でも、週に1回15分でも構いません。形式ばった会議室ではなく、少しリラックスした雰囲気で対話の時間を持つ。この小さな積み重ねが、上司と部下の信頼関係を築き、社員が安心して挑戦し、成長できる土台となっていきます。

なぜ「いつか」ではなく「今すぐ」なのか?

ここまで、社員を育てるための具体的なステップをお話ししてきました。「なるほど、重要性は分かった。でも、日々の業務に追われて、なかなかそこまで手が回らないんだよな」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、人材育成は「余裕ができたらやろう」という類のタスクではありません。会社の未来を左右する、最も重要な「投資」であり、今すぐ着手すべき経営戦略そのものです。なぜなら、先延ばしにすることで失うものが、あまりにも大きいからです。

1. 静かに進む「機会損失」と「離職リスク」

社員の成長が止まる、あるいは鈍化するということは、会社全体の成長が止まることを意味します。市場の変化に対応できず、新しい価値を生み出すことができなければ、競合との差は開く一方です。これは、目には見えにくいですが、確実に会社の体力を奪っていく「静かな機会損失」です。

さらに深刻なのが**「離職リスク」**です。先ほども述べたように、優秀で意欲のある社員ほど、自身の成長に貪欲です。今の会社で成長できないと感じれば、彼らはためらうことなく、新たな活躍の場を求めて去っていきます。

一人前の社員を一人採用し、戦力になるまで育てるのに、どれだけのコストと時間がかかるでしょうか。数百万円の採用コストをかけて採用した人材が、育成を怠ったために数年で辞めてしまう。これは、企業にとって計り知れない損失です。

今いる社員の成長に投資し、長く活躍してもらうこと。それこそが、結果的に最もコストパフォーマンスの高い、持続可能な組織運営の方法なのです。

2. 「育てる文化」は一朝一夕にはできない

社員を育てるという取り組みは、魔法のようにすぐに結果が出るものではありません。上司の意識改革、1on1の定着、挑戦を推奨し失敗を許容する雰囲気づくり。これらが組織全体に浸透し、「文化」として根付くまでには、時間がかかります。

だからこそ、「今すぐ」始める必要があるのです。今日始めた小さな一歩が、数ヶ月後、一年後、組織に大きな変化をもたらします。一人の管理職が部下との対話を変え、その部下が成長し、成功体験を積む。その成功事例が、隣の部署、またその隣の部署へと波及していく。そうやって、少しずつ、しかし確実に「人を育てる文化」は醸成されていくのです。

変化の激しい現代において、唯一確実な競争優位の源泉は「人」です。変化に対応できる、自律した人材が何人いるか。それが、これからの会社の未来を決めると言っても過言ではありません。人材育成を「コスト」と捉えるか、「未来への投資」と捉えるか。その視点の違いが、5年後、10年後の会社の姿を大きく変えることになるでしょう。

おわりに

「社員は育てようとしないと育たない」 そして、その取り組みは「いつかではなく、今すぐ」始めなければならない。

この記事を通じて、その理由と具体的なアクションのヒントをお伝えしてきました。特別な才能や莫大な予算は必要ありません。必要なのは、経営者や管理職の皆様が「本気で社員を育てよう」と決意し、日々の行動を少しだけ変えてみることです。

まずは、あなたの隣のデスクにいる社員や、部下の顔を思い浮かべてみてください。そして、次の1on1や、少し時間ができた時に、こう問いかけてみるのはいかがでしょうか。

「君がこの会社で成し遂げたいことは何?そのために、私に何か手伝えることはある?」

その一言が、社員の心に火をつけ、会社の未来を照らす、大きな一歩になるかもしれません。社員の成長という、最もエキサイティングで、最も価値のあるプロジェクトに、今日から取り組んでみませんか。