なぜ契約後のクレームが増えるのか?売上至上主義から脱却し、顧客と成長する組織への転換

はじめに

多くの企業にとって、「売上」や「契約数」は事業の成長を測る重要な指標です。営業チームは日々、高い目標に向かって奮闘し、一件でも多くの契約を獲得するために努力を重ねています。その努力が実を結び、売上目標を達成したときの喜びは、何ものにも代えがたいものでしょう。

しかし、その輝かしい成果の裏側で、このような声が聞こえてきてはいないでしょうか。

「契約前と話が違うじゃないか」 「全然サポートしてくれない」 「思っていたような効果が出ない」

もし、あなたの会社で契約後の顧客からのクレームが増えているとしたら、それは組織にとって危険なサインかもしれません。契約を取ること自体が目的となってしまい、その後の顧客の成功という最も大切な視点が抜け落ちている可能性があります。

本記事では、なぜ契約後にクレームが発生してしまうのか、その根本的な原因を探りながら、どうすれば顧客に心から満足してもらい、長期的な信頼関係を築ける組織になれるのか、その具体的な方法について考えていきます。これは、単なるクレーム対策の話ではありません。企業の持続的な成長を実現するための、組織のあり方そのものを見つめ直すお話です。

「契約がゴール」になってしまう組織の落とし穴

営業活動において、契約は一つの大きな区切りです。しかし、それが「ゴール」だと認識された瞬間から、様々な問題が静かに進行し始めます。なぜ、契約を取った後にクレームが多発するのでしょうか。その背景には、いくつかの共通した原因が隠されています。

原因1:期待値をコントロールできていない営業トーク

「何でもできます」「すべて解決します」「必ず成功します」

営業担当者は、契約を獲得したいという強い思いから、時に自社の商品やサービスの実力以上のことを約束してしまうことがあります。顧客の期待を最大限に高めることで、契約への後押しをしようとするのです。

しかし、この過剰な期待は、後々のクレームの火種となります。実際にサービスを利用し始めた顧客は、営業担当者の言葉と現実とのギャップに直面し、「騙された」という不満を抱くことになります。

大切なのは、できないことを正直に伝える勇気です。自社のサービスの強みと同時に、限界や適用できない範囲を明確に伝えることで、顧客との間に適切な期待値を設定することができます。誠実なコミュニケーションこそが、長期的な信頼関係の第一歩となるのです。

原因2:営業と他部署との「見えない壁」

営業担当者が顧客と交わした約束が、開発、製造、カスタマーサポートといった後工程の部署に正確に伝わっていないケースも少なくありません。多くの企業では、部署ごとに役割が分断されており、情報共有がスムーズに行われていないのが実情です。

  • 営業担当者が独自の判断で、特別な仕様を約束してしまった。
  • 顧客が抱える複雑な背景や、サービス導入にあたっての懸念点が、サポートチームに共有されていなかった。
  • 「契約を取ってきたのだから、後はよろしく」と、営業担当者が顧客情報を十分に引き継がないまま、次の案件に進んでしまう。

このような連携不足は、顧客にとっては「会社として一貫性のない対応」と映ります。約束が守られない、同じ説明を何度も求められる、といった経験は、顧客の満足度を著しく低下させ、最終的にクレームへとつながります。組織全体で顧客情報を一元管理し、誰もが同じ情報を参照できる仕組みづくりが求められます。

原因3:「売ること」に集中しすぎた結果の、顧客理解の不足

営業活動の中心が、「いかに自社の商品を売るか」という点に置かれすぎると、顧客が「本当に解決したいことは何か」という本質的な課題を見失いがちになります。

例えば、顧客は「業務効率を上げたい」という漠然とした課題を抱えていたとします。しかし、営業担当者が自社のシステムを売りたい一心で、「このシステムを導入すれば、すべて解決します」と機能説明ばかりに終始してしまったらどうでしょうか。

もしかしたら、顧客の課題の根本原因は、システムの機能ではなく、社内の業務フローそのものにあるのかもしれません。あるいは、従業員のITリテラシーが低いことが問題なのかもしれません。

顧客の表面的な言葉だけを鵜呑みにするのではなく、その背景にある組織の文化や、担当者が抱える個人的な悩み、事業全体の方向性などを深くヒアリングし、本当の課題を共に発見していく姿勢が重要です。顧客の課題を自分ごととして捉え、真のパートナーとして向き合うことができて初めて、提供するサービスは本当の価値を発揮するのです。

クレームを「組織の資産」に変えるための第一歩

では、これらの問題を解決し、顧客満足度を高めるためには、何から手をつければ良いのでしょうか。重要なのは、問題から目をそらさず、まずは現状を正しく把握することです。

ステップ1:顧客の声を「見える化」し、分析する

クレームは、耳の痛いものかもしれません。しかし、それは顧客が自社のサービスに対して、まだ期待を寄せてくれている証拠でもあります。本当に見限られてしまったら、顧客は何も言わずに静かに去っていくだけです。

まずは、社内に散在している顧客の声を一箇所に集め、「見える化」することから始めましょう。

  • どのような内容のクレームが多いのか? (機能、サポート体制、料金など)
  • どの部署や担当者が関係しているのか?
  • どのタイミングでクレームが発生しやすいのか? (契約直後、導入1ヶ月後など)
  • どのような顧客からクレームが多いのか? (業種、企業規模など)

これらの情報を、感情論ではなく、客観的なデータとして分析することが重要です。分析することで、自社が抱える問題の傾向や、優先的に改善すべき点が明確になります。クレームは、組織の弱点を教えてくれる貴重なフィードバックであり、改善のヒントが詰まった「宝の山」なのです。

ステップ2:「顧客の成功」を組織の共通目標に据える

クレームの根本原因をたどると、その多くは「会社の目標が、顧客の方向を向いていない」という点に行き着きます。売上や契約数といった自社本位の目標だけを追いかけていると、どうしても部署間の連携は希薄になり、顧客への意識も薄れてしまいます。

この状況を打開するために、組織全体の共通目標として「顧客の成功(カスタマーサクセス)」を据えることを提案します。

「顧客の成功」とは、自社のサービスを利用することで、顧客が本来達成したかったビジネス上の目標を達成し、成功を実感してもらうことです。

  • 営業チームの目標は、「契約を取ること」から「顧客が成功できる見込みのある契約を結ぶこと」に変わります。
  • サポートチームの役割は、「問い合わせに対応すること」から「顧客がサービスを使いこなし、成果を出せるように能動的に支援すること」に変わります。
  • 開発チームは、「新機能を開発すること」だけでなく、「顧客の成功に貢献する機能は何か」という視点を持つようになります。

全部署が「顧客の成功」という一つのゴールに向かって進むことで、自然と連携が生まれ、一貫性のある質の高いサービスを提供できるようになります。売上や利益は、「顧客の成功」の先についてくる結果である、という価値観を組織全体で共有することが、文化を変える上で非常に重要なポイントです。

仕組みだけでは不十分。「人」を育てることが、本当の解決策になる

ここまで、クレームの原因分析や、目標設定の見直しといった「仕組み」づくりについてお話してきました。もちろん、これらの仕組みは非常に重要です。しかし、どれだけ優れた仕組みを導入しても、それを運用するのは「人」です。

顧客の複雑な課題を深く理解し、期待値を適切にコントロールし、他部署と円滑に連携する。これらはすべて、担当者一人ひとりのスキルや意識に支えられています。だからこそ、社員の育成が、組織の課題を根本から解決するために欠かせない要素となるのです。

特に営業担当者は、会社の顔として最初に顧客と接する重要な存在です。彼らが目先の契約に追われるのではなく、顧客の長期的なパートナーとして成長していくためには、会社としてどのようなサポートができるでしょうか。

ここで推奨したいのが、定期的な「1on1ミーティング」の導入です。

多くの会社で行われている営業会議は、数字の進捗確認や、上司からの指示伝達の場になりがちです。しかし、1on1は全く性質が異なります。これは、部下のための時間であり、上司は「教える」のではなく「引き出す」役割に徹します。

  • 「あのお客様、最近どういう状況?」
  • 「何か困っていることや、やりにくいことはない?」
  • 「あの商談、お客様の反応はどうだった?もし次に同じようなケースがあったら、どうすればもっと良くなると思う?」

このような対話を通じて、上司は部下が抱える個別の案件の悩みや、顧客との関係構築における課題を深く理解することができます。そして、一方的に解決策を与えるのではなく、部下自身が考え、答えを見つけ出せるようにサポートするのです。

こうした地道な対話の積み重ねが、社員一人ひとりの主体性を育みます。自分の仕事が、ただ数字をこなす作業ではなく、顧客の成功に直接つながっているという実感を持つことができます。その結果、社員は自律的に考え、行動するようになり、小手先のテクニックではない、本質的な顧客対応力が身についていくのです。

マネージャーは、部下の行動を管理する「マネージャー」から、部下の成長と成功を支援する「コーチ」へと役割を変えていく必要があります。社員一人ひとりの成長こそが、顧客満足度の向上に直結し、ひいては会社全体の成長を支える力強いエンジンとなります。

まとめ:契約はゴールではなく、信頼関係のスタートライン

「契約を取るための施策」に力を入れることは、短期的な売上アップにはつながるかもしれません。しかし、その結果としてクレームが多発し、顧客が次々と離れていくようであれば、それは企業の体力を消耗させるだけの、不毛な活動と言わざるを得ません。自転車操業のように、常に新規顧客を探し続けなければならず、安定した事業成長は見込めません。

本当に価値があるのは、契約後に顧客の課題をいかに解決し、成功へと導けるか、という点にあります。顧客がサービスに満足し、「この会社に頼んで本当に良かった」と感じてくれれば、その顧客はサービスを継続してくれるだけでなく、新たな顧客を紹介してくれる強力なサポーターになってくれる可能性さえあります。

そのためには、まず自社で起きているクレームから目をそらさず、その原因を徹底的に分析すること。そして、「売上」という内向きの目標から、「顧客の成功」という外向きの目標へと、組織全体の意識を転換すること。さらに、その実現のために、仕組みを整えるだけでなく、対話を通じて社員一人ひとりの成長を丁寧にサポートしていくこと。

これらは、決して簡単な道のりではありません。しかし、顧客と誠実に向き合い、その成功を心から願う組織文化を育むことこそが、変化の激しい時代を生き抜き、持続的に成長していくための、最も確実な道筋なのではないでしょうか。 あなたの会社では、契約は「ゴール」になっていますか?それとも、顧客との信頼関係の「スタートライン」になっているでしょうか。一度、社員の皆さんと共に、顧客への向き合い方を振り返ってみてはいかがでしょうか。