はじめに
「部下を育てなければ」 「チームの力を底上げしなければ」
企業の成長を担うリーダーであれば、誰もがそう願っているはずです。しかし、その想いとは裏腹に、日々の業務に追われ、理想と現実のギャップに頭を悩ませてはいないでしょうか。
実は、多くのリーダーが良かれと思って信じている「常識」や「考え方」そのものが、気づかぬうちにチームの成長を妨げる足かせになっているケースが少なくありません。
今回のコラムでは、そんな「危険な思い込み」を3つ取り上げ、なぜそれが危険なのか、そしてどうすればその呪縛から逃れられるのかを、具体的な解決策とともに解説していきます。もし、一つでも「自分のことかもしれない」と感じる項目があれば、それはあなたのチームが大きく飛躍するチャンスです。
思い込み①:「部下に教える時間があったら、自分でやった方が早い」
これは、特にプレイヤーとしても優秀なリーダーが陥りやすい、最も代表的な思い込みです。
確かに、目の前の一つのタスクに限って言えば、その通りかもしれません。自分がやれば1時間で終わる仕事を、部下に説明し、やり方を教え、途中で質問に答え、最終的にチェックする… 合計で2時間以上かかってしまうこともあるでしょう。短期的に見れば、非効率極まりないと感じるのも無理はありません。
【なぜ、それが危険なのか?】
この考え方の本当の怖さは、「時間の借金」を積み重ねていることにあります。
あなたが「自分でやった方が早い」と一つの仕事を引き受けるたび、部下はその仕事を学ぶ機会を失います。次に同じ仕事が発生したとき、部下は依然としてその仕事をできず、あなたは再び自分でやるしかありません。これを繰り返すことで、あなたの仕事量は雪だるま式に増え続けます。
目先の「1時間の得」のために、未来の「数十時間の損」を生み出しているのです。あなたはいつまでも現場の最前線から離れられず、本来やるべきである戦略立案や仕組みづくりといった、より付加価値の高い仕事に着手できなくなります。これは、リーダーとしての成長機会を自ら手放しているのと同じことです。
【どうすればいいのか?】
発想を転換しましょう。部下に仕事を教える時間を「コスト」ではなく、「未来の時間を買うための投資」と考えるのです。
最初は時間がかかります。しかし、一度部下が仕事を覚えてくれれば、次からはその仕事はあなたの手から離れます。あなたは、その仕事にかけていた時間を使って、別の新しい仕事、より重要な仕事に取り組めるようになります。
部下に仕事を任せることは、単なる業務の分散ではありません。それは、あなたの「時間」という最も貴重な資源を増やすための、戦略的な活動なのです。
思い込み②:「チームの目標達成が最優先。育成は二の次だ」
リーダーの評価が、チームの売上や利益といった数値目標で決まる以上、この考え方になるのは自然なことです。育成に時間を割くよりも、自分がトップセールスとして数字を追いかけた方が、手っ取り早く目標を達成できると考えてしまうかもしれません。
【なぜ、それが危険なのか?】
この考え方は、スポーツの「監督」が、チームの練習や育成をそっちのけで、自分だけが試合に出て点を取ろうとしているようなものです。その監督一人が奮闘している間、他の選手たちは何をすれば良いかわからず、ベンチでただ座っているだけ。チームとしての連携は生まれず、戦略もなく、監督が疲れたらチームは負けてしまいます。
ビジネスも同じです。リーダー一人の力には限界があります。あなたがプレイヤーとして活躍すればするほど、他のメンバーは「リーダーがやってくれる」と依存し、主体的に考えることをやめてしまいます。
その結果、生まれるのは「リーダー依存型の脆い組織」です。あなたが休めば業績は落ち、あなたがいなくなれば機能不全に陥る。そんな組織は、持続的な成長など望めるはずもありません。
【どうすればいいのか?】
リーダーの本当の役割を再認識することが大切です。リーダーの仕事は、「自分が点を取ること」ではありません。**「チーム全員が点を取れるように、仕組みと戦略を考え、選手を育てること」**です。
あなたの評価は、最終的には「あなたが、いなくても回るチームを作れたか」で決まります。そのためには、短期的な目標達成と、長期的な人材育成を両立させる視点が欠かせません。
そして、そのための最もシンプルで強力な武器が、**「毎日の対話」**です。 毎日たった15分でいいのです。メンバーと「昨日はどうだった?」「今日は何に挑戦する?」「何か困っていることはない?」といった短い対話を持つ時間を作りましょう。
この毎日の短い対話こそが、選手のコンディションを確認し、細かな戦術を伝え、モチベーションを高める、監督にとっての「日々の練習」そのものなのです。この積み重ねが、個々のメンバーを成長させ、結果としてチームを勝利(目標達成)に導きます。
思い込み③:「部下の育成は、上司である自分の責任だ」
責任感が強いリーダーほど、「部下を育てるのは自分の務めだ。外部の助けを借りるのは、自分の力不足を認めるようで情けない」と考えてしまう傾向があります。自社のことは自社で、という内製化へのこだわりが強いとも言えるでしょう。
【なぜ、それが危険なのか?】
一見、美徳のように聞こえるこの考え方ですが、大きな機会損失につながる可能性があります。 考えてみてください。あなたは経理の専門家ではないから、税理士に相談します。法律の専門家ではないから、弁護士に依頼します。では、なぜ「人材育成」という極めて専門性の高い分野だけは、自分一人でやらなければならないのでしょうか。
我流の育成は、時間もかかれば、効果が出るかどうかもわかりません。間違った指導をしてしまえば、部下の成長を妨げるだけでなく、モチベーションを下げてしまうリスクすらあります。あなた自身も、本来の業務に加えて「どうやって教えればいいんだ…」という悩みまで抱え込み、疲弊してしまいます。
【どうすればいいのか?】
賢明なリーダーは、自分の力だけで全てを解決しようとはしません。使えるものは、全て使います。「育成の仕組みづくり」そのものを、外部の専門家の力を借りて行う、という発想を持つのです。
これは「丸投げ」とは全く違います。 例えば、
- メンバーの成長を加速させる「対話の技術」を、専門家から学ぶ。
- チームの営業力を標準化し、誰でも成果を出せる「型」を、専門家と一緒に作る。
- 自分では気づけないチームの課題を、客観的な視点を持つ専門家に見つけてもらう。
料理人が新しい調理器具を導入するように、アスリートが専門のトレーナーをつけるように、育成の専門家の知見やノウハウを「ツール」として活用するのです。
これにより、あなたは試行錯誤の時間を大幅に短縮し、最短距離で「人が育つ文化と仕組み」を社内に根付かせることができます。一度仕組みができてしまえば、あとはその仕組みに沿って運用するだけ。結果的に、育成にかかるあなたの負担は劇的に軽くなります。外部の力を借りることは、責任の放棄ではなく、むしろ責任を果たすための最も効果的な戦略なのです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。 もしあなたが、
- 「自分でやった方が早い」
- 「育成より目標達成が優先」
- 「育成は自社でやるべき」 といった思い込みに囚われているとしたら、今こそ、その考え方を見直すときです。
これらの思い込みは、短期的に見れば正しく思えるかもしれませんが、長期的にはあなたの時間を奪い、チームの成長を止め、組織を弱くする「静かな毒」になりかねません。
部下に任せることは、未来の時間を買うこと。 毎日の対話は、チームを強くする最高の練習。 外部の専門知識は、成長を加速させる最強のツール。 新しい考え方を取り入れ、行動を変えることで、あなたのチームは必ず変わります。「忙しい」を言い訳にする毎日から、チームの成長を日々実感できる、やりがいに満ちた毎日へ。その第一歩を、今日から踏み出してみませんか。