研修効果が持続しない本当の理由。やりっぱなしで満足していませんか?現場で活かされる「学び」の育て方

はじめに

「新しいスキルを身につけてもらうために、時間も費用もかけて研修を実施した。研修当日のアンケートでは満足度も高かった。これで、うちのチームもパワーアップするはずだ!」

多くの経営者やマネージャーの方が、このように期待を込めて社員研修を企画・実行されていることと思います。しかし、その期待とは裏腹に、数週間も経つと現場はすっかり元の様子。研修で学んだはずの新しいフレームワークやスキルが使われる気配はなく、結局は個人のやり方に依存した状態に戻ってしまう…。

「あれだけ熱心にメモを取っていたのに、どうして活かしてくれないんだろう?」 「研修直後はあんなにやる気に満ち溢れていたのに、あの熱気はどこへ行ってしまったのか?」

このような、研修と現場の間に横たわる深い溝に、もどかしさや課題を感じている方も少なくないのではないでしょうか。研修を実施したという事実だけで満足してしまい、その効果が「瞬間的なもの」で終わってしまうのは、非常にもったいない話です。

本コラムでは、なぜ多くの研修が「やっただけ」で終わってしまうのか、その根本的な理由を解き明かしながら、研修で得た学びを「打ち上げ花火」で終わらせず、社員一人ひとりの血肉となり、組織全体の成果へと着実につなげていくための具体的な考え方とアプローチについて、詳しく解説していきます。

第1章:なぜ研修は「打ち上げ花火」で終わってしまうのか?

時間とコストを投じて行う研修が、なぜ期待したほどの効果を発揮せずに終わってしまうのでしょうか。その背景には、いくつかの共通した理由が存在します。

1. 「非日常」のイベントで終わるから

研修は、普段の職場とは違う場所で、特別な時間として行われることがほとんどです。この「非日常感」は、参加者の集中力を高め、新しい知識を吸収する上でプラスに働く側面もあります。しかし、同時に「研修ハイ」とも呼べる一時的な高揚感を生み出しやすいという側面も持っています。

「良い話が聞けた」「モチベーションが上がった」と感じ、研修の場では誰もが前向きな気持ちになります。しかし、翌日自分のデスクに戻った瞬間、目の前には山積みのタスク、鳴りやまない電話、次々と舞い込んでくるメール…。一気に「日常」に引き戻され、研修で得た高揚感は急速に薄れていきます。

非日常の空間で学んだ抽象的な理論や理想論と、目の前の具体的な業務との間には、想像以上に大きなギャップがあります。このギャップを埋める工夫がない限り、研修での学びは「特別なイベントでの良い思い出」として記憶の片隅に追いやられてしまうのです。

2. 「知っている」と「できる」は全く違うから

研修の多くは、新しい知識やスキルを「教える」ことに主眼が置かれています。しかし、人間は「知る」ことと「できる」ことが全く別の次元にある生き物です。

例えば、自転車の乗り方を解説した本を完璧に読み込んだとしても、それだけですぐに自転車に乗れるようにはなりません。実際に自転車にまたがり、何度も転びそうになりながらペダルを漕ぎ、バランスの取り方を体で覚えて初めて「乗れる」ようになります。

営業研修も同じです。優れた営業トークや顧客へのアプローチ方法を座学で学んだだけでは、実際の商談の場で流暢に話せるわけではありません。お客様の予期せぬ反応に戸惑ったり、緊張で頭が真っ白になったりするのが現実です。

「知っている」という状態から、「無意識に、当たり前にできる」というスキルとして定着させるためには、知識のインプットだけでは不十分です。実践の場で繰り返し試し、失敗し、修正するというプロセスが絶対に必要になります。多くの研修が、この「実践と定着」のプロセスを個人任せにしてしまっているため、結果的に「知っているけど、できない」社員を増やしてしまうのです。

3. 現場の業務とつながっていないから

研修で学ぶ内容は、汎用性の高い理論やフレームワークであることが多いです。それはそれで価値のあることですが、参加者一人ひとりの日々の業務や、今まさに直面している課題と直接結びついていないケースが少なくありません。

例えば、「顧客の課題解決型営業」というテーマの研修を受けたとします。理論としては納得できても、「では、自分が担当しているA社の、あの気難しい担当者に対して、具体的に明日からどうアプローチすれば良いのか?」という具体的なアクションにまで落とし込めなければ、現場で活かすことは困難です。

研修内容が「自分ごと」として捉えられないと、どうしても他人事のように聞こえてしまい、学びの吸収率は大きく下がります。研修を企画する側が、現場で起きているリアルな課題を十分に把握し、研修内容をカスタマイズする努力を怠ると、研修は現場から浮いた「お勉強会」で終わってしまいます。

4. 「やりっぱなし」になっているから

おそらく、これが最も大きな理由でしょう。研修が終わった後、その学びを現場で実践し、定着させるためのフォローアップの仕組みが何もない、というケースです。

ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが提唱した「忘却曲線」によれば、人は何かを学んでも、1日後にはその74%を忘れてしまうと言われています。せっかく研修で集中して学んだ内容も、意識的に思い出し、使う機会がなければ、あっという間に記憶の彼方へ消えていってしまうのです。

研修後に、「あの研修で学んだことを、今週の営業活動で一つ試してみよう」といった具体的な目標設定や、「試してみてどうだった?」と振り返る機会がなければ、実践へのモチベーションは維持できません。研修を「点」として捉え、やりっぱなしにしてしまうことが、効果を著しく下げている最大の要因と言えるでしょう。

5. 効果測定が「満足度アンケート」で止まっているから

研修の最後に、「今回の研修は有益でしたか?」「講師の説明は分かりやすかったですか?」といった満足度アンケートを取る企業は多いでしょう。もちろん、参加者の満足度を測ることは大切です。しかし、これが研修の効果測定のゴールになってしまっているとしたら、問題です。

満足度が高いことと、行動が変わり成果が出ることの間には、直接的な関係はありません。「楽しかった」「ためになった」という感想は、あくまで研修というイベントに対する評価です。本当に測るべきなのは、研修後に「参加者の行動がどう変わったか」「それがチームや個人の成果にどう結びついたか」という点です。

この「行動変容」や「成果への貢献」という視点がなければ、研修が本当に投資対効果のあったものなのかを判断することができません。結果として、毎年同じような研修を、何となく恒例行事として繰り返してしまうことになりかねないのです。

第2章:研修を「投資」に変えるための具体的なステップ

では、どうすれば研修を「打ち上げ花火」で終わらせず、持続的な成果につなげることができるのでしょうか。それは、研修を単発のイベントとしてではなく、人材育成という長いプロセスの一部として捉え、計画的に仕組み化していくことです。

ステップ1:研修を「点」ではなく「線」で設計する

最も大切な考え方は、研修を「点」ではなく、「研修前」「研修中」「研修後」という一連の「線」で捉えることです。特に重要なのが、「研修前」と「研修後」の設計です。

  • 研修前(Before):目的のすり合わせと動機づけ 研修の成功は、始まる前から決まっています。参加者本人と、その上司が、「なぜこの研修に参加するのか」「研修を通じて何を獲得したいのか」という目的を、事前に具体的にすり合わせておくことが重要です。 「会社から言われたから参加する」という受け身の姿勢では、学びの吸収率は上がりません。「今、自分が抱えている〇〇という課題を解決するために、この研修で△△というスキルを身につけたい」というように、本人の課題と研修を結びつけ、「自分ごと」化させることがスタートラインです。 上司も、「研修で学んだことを、今後の君のキャリアやチームの目標達成にこう活かしてほしい」という期待を具体的に伝えることで、参加者のモチベーションは大きく変わります。
  • 研修中(During):アウトプット中心の実践の場に 研修中は、一方的に知識をインプットする講義形式の時間を最小限にし、できるだけアウトプットの機会を増やすべきです。学んだフレームワークをすぐに使って自分の担当顧客の分析をしてみる、営業のロールプレイングを何度も繰り返す、参加者同士で具体的なケーススタディについて議論するなど、「頭」だけでなく「体」を使う時間を意図的に作り出します。失敗を恐れずに試せる安全な環境で実践を繰り返すことが、「知っている」から「できる」への第一歩となります。
  • 研修後(After):最も重要な「定着」のフェーズ 研修の真価が問われるのは、研修が終わってからです。ここでの取り組みが、研修をコストで終わらせるか、投資に変えるかの分かれ道となります。具体的には、次のステップで解説する「小さな実践」と「振り返り」のサイクルを、組織として仕組み化することが求められます。

ステップ2:「小さな実践」を促し、習慣化させる

研修で学んだこと全てを、翌日から完璧に実践しようとするのは現実的ではありません。あまりに高い目標は、かえって行動を妨げます。

大切なのは、「ベビー・ステップ」の考え方です。研修で学んだ多くのことの中から、「これなら明日からすぐに試せそうだ」という具体的なアクションを、たった一つだけ選んでもらいます。

例えば、「商談の冒頭で、アイスブレイクに加えて、必ず相手への貢献意欲を伝える一言を添える」「日報を書く際に、今日学んだフレームワークを使って活動を振り返ってみる」など、本当に小さなことで構いません。

この「小さな実践」を一つでも実行できれば、それは「研修の学びを現場で活かせた」という貴重な成功体験になります。この小さな成功体験が、「次もやってみよう」というモチベーションを生み、やがては習慣化へとつながっていきます。重要なのは、完璧を目指すのではなく、まず一歩を踏み出すことを組織として後押しすることです。

ステップ3:現場の上司を「最高のトレーナー」にする

どんなに有名な研修講師よりも、部下の成長に最も大きな影響を与える存在は、日々一緒に仕事をする「現場の上司」です。研修の効果を最大化できるかどうかは、上司の関わり方にかかっていると言っても過言ではありません。

上司の役割は、研修をやりっぱなしにさせないことです。そのためには、まず上司自身が、部下がどのような研修を受け、何を学んできたのかを把握しておく必要があります。その上で、日々の業務の中で、部下が学びを実践する機会を意識的に作り、その挑戦を温かく見守り、サポートするのです。

「先日の研修で学んだこと、何か試してみた?」「あの考え方、今度のA社への提案で使えそうじゃないか?」

このようなシンプルな声かけ一つで、部下は「上司は自分の学びに関心を持ってくれている」と感じ、研修内容を忘れずに実践しようという意識が高まります。上司は「監視者」ではなく、部下の成長を応援する「トレーナー」や「伴走者」としての役割を担うことが大切です。

ステップ4:「1on1ミーティング」で成長サイクルを回す

部下の「小さな実践」を促し、上司がトレーナーとして関わる上で、非常に有効なツールが「1on1ミーティング」です。

週に1回、あるいは隔週に1回、30分程度でも構いません。上司と部下が1対1で対話する時間を定例で設けます。この時間は、単なる業務の進捗確認の場ではありません。部下の成長を支援し、悩みに寄り添い、次の行動を後押しするための大切な時間です。

この1on1の場で、研修の学びをテーマにしてみましょう。

  • 「研修で学んだ〇〇、実際に試してみてどうだった?」
  • 「やってみて、何が上手くいって、何に難しさを感じた?」
  • 「その難しさは、どうすれば乗り越えられそうかな?」
  • 「じゃあ、来週は△△という形で、もう一度チャレンジしてみようか」

このような対話を通じて、部下は自分自身の行動を客観的に振り返り(内省)、次に何をすべきかを自分の言葉で整理することができます。上司からの指示ではなく、対話の中から自ら次のアクションを見出すことで、主体性が育まれます。

この「実践→1on1での振り返り→次の実践」というサイクルこそが、研修で得た知識を本当の意味でスキルへと昇華させ、個人の成長を加速させるエンジンとなります。1on1は、研修効果を持続させ、成果に結びつけるための、具体的でパワフルなアクションなのです。

ステップ5:学びを共有し、組織の力に変える

個人の学びは、個人の中だけに留めていてはもったいないです。チームの定例ミーティングなどで、「今週、研修の学びを活かして上手くいったこと」や、逆に「試してみたけど、上手くいかなかったこと」などを共有する場を設けましょう。

一人の成功事例は、他のメンバーにとって「自分もやってみよう」という刺激になります。また、失敗談の共有は、「同じような場面で、自分ならこうするかもしれない」といった新たな視点や学びをチーム全体にもたらします。

このように、個人の経験がチームの共有財産となることで、組織全体の学習スピードは飛躍的に向上します。一人の学びが他の誰かの学びに、その学びがまた別の誰かの学びへとつながっていく。この相乗効果こそが、個人の集合体としての「チーム」を、学び合う「組織」へと進化させていくのです。

第3章:社員が自ら育つ組織文化のつくり方

これまで述べてきたステップは、研修効果を高めるための具体的なテクニックですが、これらがより効果的に機能するためには、その土台となる「組織文化」が重要になります。研修をきっかけとして、社員が自律的に学び、成長し続けるような文化をどのように育んでいけば良いのでしょうか。

「教えられる」から「自ら学ぶ」へ

まず大切なのは、社員の意識を「会社に教えられる」という受け身の姿勢から、「自分の成長のために自ら学ぶ」という主体的な姿勢へと転換させていくことです。そのためには、会社側が「成長の機会」を一方的に与えるだけでなく、社員が「学びたい」と思ったときに、それをサポートする環境を整えることが有効です。

例えば、書籍購入費用の補助制度や、外部セミナーへの参加支援、資格取得の奨励など、社員の自発的な学習意欲に応える仕組みを用意することです。会社が社員の成長意欲を本気で応援しているというメッセージが伝われば、社員はより積極的に学びに向かうようになります。

失敗を恐れずに挑戦できる「心理的安全性」

研修で新しいことを学んでも、それを実践する現場で「失敗したらどうしよう」「下手にやって怒られたくない」という不安が大きければ、誰も挑戦しようとはしません。

学びを実践に移すためには、失敗が許容され、むしろ挑戦したこと自体が称賛されるような「心理的安全性」の高い職場環境が不可欠です。上司は、部下が新しいやり方に挑戦してたとえ失敗したとしても、決して責めるのではなく、「ナイスチャレンジ!」「今回の失敗から何を学べた?」と前向きなフィードバックをすることが求められます。

失敗は、成長のために必要なデータ収集です。失敗を恐れずに誰もが安心してバッターボックスに立てる。そんな文化こそが、学びの実践を後押しし、組織の成長を加速させます。

上司の役割は「管理」から「支援」へ

これからの時代、上司に求められる役割は、部下の行動を細かく管理・監督する「マネージャー」から、部下の能力を引き出し、その成長を支援する「コーチ」や「サポーター」へと変化していきます。

部下より経験が豊富な上司は、つい「答え」を教えたくなります。しかし、それでは部下は自分で考える力を失ってしまいます。大切なのは、すぐに答えを与えるのではなく、質問を通じて部下に考えさせ、自ら答えを見つけ出す手助けをすることです。

前述した1on1ミーティングは、まさにこの「支援者」としての上司の役割を果たすための最適な場です。部下の話に耳を傾け、その可能性を信じ、挑戦を後押しする。そのような上司の存在が、社員の自律的な成長を何よりも力強く支えるのです。

まとめ:研修を「コスト」から未来への「投資」へ

本コラムでは、多くの企業が抱える「研修効果が持続しない」という課題について、その原因と具体的な解決策を探ってきました。

研修は、実施すること自体がゴールではありません。それは、あくまで組織と個人の成長に向けた「きっかけ」の一つに過ぎないのです。高価な打ち上げ花火のように、一瞬で消え去る学びにしてしまうのか。それとも、未来の大きな成果につながる、価値ある「投資」にできるのか。その分かれ道は、研修が終わった後の取り組み方にあります。

鍵となるのは、研修を「点」ではなく「線」で捉え、特に研修後のフォローアップを仕組み化することです。

  1. 研修で学んだことを、現場で「小さな実践」として試す機会を作る。
  2. 上司がトレーナーとなり、1on1などの「対話」を通じて、その実践を振り返り、次の行動を支援する。
  3. この「実践と振り返り」のサイクルを回し続けることで、知識をスキルへと定着させる。

このサイクルを組織の当たり前にしていくこと。そして、挑戦を称賛し、失敗から学ぶことを奨励する文化を育んでいくこと。

これこそが、一過性の研修効果で終わらない、社員一人ひとりが自ら育ち、成果を出し続ける強い組織をつくるための、確かな道のりです。 まずは、次回の研修から、計画に「研修後のフォローアップ」という項目を加えてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、貴社の未来をより豊かにする大きな変化の始まりになるかもしれません。