はじめに
「人材育成って、いつから始めたらいいんだろう?」
会社の経営者や人事担当者の方であれば、一度はこう考えたことがあるのではないでしょうか。日々の業務に追われていると、人材育成の優先順位はつい後回しになりがちです。特に、会社がまだ小さいから、今は目の前の仕事で手一杯だから、もう少し会社が大きくなってから、など、様々な理由で先延ばしにしてしまうケースは少なくありません。
しかし、結論から申し上げますと、人材育成を始めるタイミングは「すぐにでも」です。会社の規模や成長段階に関わらず、人材育成は企業が成長し続けるために、とても大切な活動なのです。
このコラムでは、なぜ人材育成をすぐにでも始めるべきなのか、そして、従業員の規模によって人材育成の考え方に違いはあるのか、といった点について、わかりやすくお伝えしていきます。
なぜ「すぐにでも」人材育成を始めるべきなのでしょうか?
人材育成と聞くと、時間もコストもかかる大変なこと、というイメージがあるかもしれません。しかし、人材育成を後回しにすることのデメリットは、想像以上に大きいのです。逆に、早くから人材育成に取り組むことで、会社はたくさんの良い影響を受けることができます。
1. 社員一人ひとりの成長が、会社の成長に直結するから
会社は「人」で成り立っています。社員一人ひとりが持っている能力を高め、新しいスキルを身につけることで、会社全体の力も自然と大きくなっていきます。例えば、新しいアイデアが生まれやすくなったり、仕事の効率が上がったり、お客様への対応がより良くなったりと、様々な面で会社の成長を後押ししてくれるのです。
考えてみてください。もし社員が何も成長せず、ずっと同じことしかできないとしたら、会社は新しい課題に対応できるでしょうか?市場の変化に取り残されてしまうかもしれません。だからこそ、社員の成長を促す人材育成は、会社の未来を作るための投資と言えるのです。
2. 強い組織文化は、一朝一夕には作れないから
会社が大切にしている考え方や価値観、いわゆる「企業文化」は、日々の仕事の進め方や社員同士のコミュニケーションを通じて、少しずつ形作られていきます。人材育成のプロセスは、この企業文化を社員に伝え、浸透させる絶好の機会です。
例えば、研修や日々の指導の中で、会社として何を大切にしているのか、どんな行動を期待しているのかを具体的に伝えることで、社員は会社の目指す方向を理解し、共感しやすくなります。強い組織文化が根付いた会社は、社員のモチベーションが高く、一体感が生まれ、困難な状況にも立ち向かっていけるようになります。このような文化は、付け焼き刃では作れません。早い段階から意識して育んでいくことが大切です。
3. 人が育つ環境は、新しい仲間を引き寄せるから
「この会社なら成長できそうだ」「しっかりと教えてもらえそうだ」と感じられる会社は、求職者にとっても魅力的です。人材育成に力を入れていることは、採用活動においても大きなアピールポイントになります。特に、経験の浅い若手や、新しいキャリアを築きたいと考えている人にとっては、成長できる環境があるかどうかは、会社を選ぶ上で非常に重要な要素です。
採用が難しい時代だからこそ、人を大切にし、育てる姿勢を示すことは、優秀な人材を確保し、定着させるためにも効果的なのです。
4. 問題が大きくなる前に手を打てるから
「最近、若手がなかなか育たない」「社員のモチベーションが低い気がする」「部門間の連携がうまくいっていない」…こうした問題は、人材育成の仕組みが整っていないことや、育成への意識が低いことが原因の一つである場合があります。
問題が小さいうちであれば、比較的簡単な対策で解決できることも少なくありません。しかし、問題を放置し、深刻化してから慌てて対応しようとすると、時間もコストも余計にかかってしまいます。早期から人材育成に取り組み、社員の成長をサポートする体制を整えておくことで、こうした問題の発生を未然に防いだり、早期に発見して対処したりすることができるのです。
このように、人材育成を早くから始めることには、たくさんのメリットがあります。「まだ早い」と考えているうちに、会社が成長するチャンスを逃してしまったり、解決できたはずの問題が大きくなってしまったりするかもしれません。だからこそ、「すぐにでも」始めることが大切なのです。
従業員の規模と人材育成の考え方
「そうは言っても、うちみたいな小さな会社で、大企業と同じような人材育成はできないよ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、会社の規模によって、人材育成にかけられるリソースや、適したやり方は異なります。しかし、大切なのは「規模が小さいから何もしなくて良い」ということでは決してない、という点です。
それぞれの規模に応じた人材育成のポイントを見ていきましょう。
1. 小規模企業(数名~数十名)の場合
この規模の会社では、社長や経営層が自らプレイングマネージャーとして現場に立ち、社員一人ひとりと直接関わる機会が多いのが特徴です。そのため、人材育成も社長や先輩社員がOJT(On-the-Job Training:仕事を通じた教育訓練)を通じて、日々の業務の中で直接指導する形が中心になるでしょう。
小規模企業における人材育成のポイント:
- 社長の想いを直接伝えるチャンス: 創業時の想いや経営理念、仕事に対する価値観などを、社長が直接社員に語りかけることで、企業文化の基礎を築きやすくなります。これは、規模が大きくなると難しくなる、小規模企業ならではの強みです。
- 個々の顔が見えるからこその丁寧な育成: 社員一人ひとりの個性や得意なこと、苦手なことなどを把握しやすく、それぞれに合わせたきめ細かい指導やサポートが可能です。
- 「教える」ことを意識する: OJTが中心になるとはいえ、単に「背中を見て覚えろ」というやり方では、成長のスピードにばらつきが出たり、我流のやり方が身についてしまったりする可能性があります。何を、どのように教えるのか、育成の目標は何か、といった点を意識するだけでも、OJTの質は大きく変わります。
- 小さな成功体験を積ませる: 新しい仕事を任せたり、少し難しい課題に挑戦させたりする中で、社員が達成感を得られるような機会を作りましょう。小さな成功体験の積み重ねが、自信と成長につながります。
- 仕組み化の第一歩を意識する: たとえ数人の会社であっても、誰かが新しく入ってきたときに、何をどのように教えるのか、ある程度の流れを決めておくだけでも、教育の効率は上がります。将来の組織拡大を見据えて、少しずつでも「教える仕組み」を意識し始めると良いでしょう。
小規模企業では、体系だった研修制度をすぐに導入するのは難しいかもしれません。しかし、社長や先輩社員が「人を育てる」という意識を強く持ち、日々のコミュニケーションを通じて丁寧に関わっていくこと自体が、立派な人材育成です。むしろ、この時期にしっかりと人と向き合う経験が、将来の強い組織の土台となります。
2. 中規模企業(数十名~数百名)の場合
社員数が増え、組織が部門化されてくると、社長が全社員を直接見ることは難しくなってきます。また、仕事内容も専門化・複雑化し、OJTだけではカバーしきれない知識やスキルも増えてくるでしょう。この規模の企業は、人材育成の「仕組み化」が本格的に求められるステージと言えます。
中規模企業における人材育成のポイント:
- 育成担当者や部署の設置を検討する: 人材育成を計画的に進めるためには、専任の担当者や部署を置くことを検討する時期です。全社的な育成方針を定めたり、研修プログラムを企画・運営したりする役割を担います。
- 階層別研修の導入: 新入社員研修、若手社員研修、中堅社員研修、管理職研修など、社員の役職や経験年数に応じた研修プログラムを導入することで、それぞれの立場で求められるスキルや知識を効果的に習得させることができます。
- OJTの質の向上と標準化: OJTは依然として重要な育成手段ですが、部門や指導者によって教え方や内容にばらつきが出ないよう、指導者向けの研修を実施したり、OJTの計画書や記録を残す仕組みを作ったりするなど、質の向上と標準化を図ることが大切です。
- 評価制度との連携: 人材育成の目標と、人事評価の基準を連動させることで、社員の成長をより具体的に促すことができます。何をどれだけ達成すれば評価されるのかが明確になれば、社員も目標を持って育成プログラムに取り組むようになります。
- 外部リソースの活用も視野に: 全ての研修を自社で内製化するのは大変です。専門的な知識やスキルを学ぶためには、外部の研修会社やコンサルタントの力を借りることも有効な手段です。自社の課題や目的に合ったサービスを選びましょう。
中規模企業は、組織として大きく成長する可能性を秘めている一方で、人の問題が顕在化しやすい時期でもあります。「人が育たない」「優秀な人材が辞めてしまう」といった事態を避けるためにも、戦略的に人材育成に取り組み、社員が安心して成長できる環境を整えることが、持続的な成長のためには欠かせません。
3. 大規模企業(数百名以上)の場合
多くの場合、既に体系的な人材育成制度や専門部署が整備されているのが大規模企業です。しかし、制度が整っているからといって安心はできません。社会の変化や事業環境の変化に合わせて、人材育成のあり方も常に見直し、進化させていく必要があります。
大規模企業における人材育成のポイント:
- 育成制度の陳腐化を防ぐ: 長年同じ研修プログラムを続けていると、内容が時代遅れになったり、社員のニーズと合わなくなったりすることがあります。定期的に育成制度全体を見直し、新しい手法や考え方を取り入れ、常にアップデートしていく姿勢が重要です。
- 多様なキャリアパスへの対応: 社員の価値観や働き方が多様化する中で、画一的な育成プログラムだけでは対応しきれなくなっています。社員一人ひとりのキャリアプランに寄り添い、選択肢を提示できるような、柔軟な育成体系が求められます。
- グローバル人材の育成: 事業のグローバル化が進む企業にとっては、海外でも活躍できる人材の育成は喫緊の課題です。語学力だけでなく、異文化理解力やグローバルな視点を持ったリーダーを育てるためのプログラムが必要となります。
- 次世代リーダーの計画的な育成: 会社の将来を担う経営幹部候補を早期に選抜し、計画的に育成していくことは、企業の持続的な成長にとって非常に重要です。特別なプログラムを用意し、戦略的な視点やリーダーシップを徹底的に鍛える必要があります。
- 学び続ける文化の醸成: 変化の激しい時代においては、社員一人ひとりが自律的に学び続ける姿勢を持つことが不可欠です。会社としては、社員が学びたいと思ったときに、いつでも学べるような環境(eラーニングの導入、資格取得支援、社内勉強会の奨励など)を提供し、学び続ける文化を組織全体に根付かせることが大切です。
大規模企業においては、人材育成は経営戦略そのものと深く結びついています。どのような人材を、どれだけ、いつまでに育成するのかという計画が、事業戦略の達成に大きな影響を与えるのです。
どの規模の会社でも「気づいた時が始める時」
ここまで、従業員の規模別に人材育成のポイントを見てきましたが、共通して言えるのは、どの規模の会社であっても「もう遅い」ということはなく、**「気づいた時が、始めるべき最適なタイミングである」**ということです。
会社の状況や課題はそれぞれ異なります。大切なのは、まず自社の現状を把握し、「何のために、誰を、どのように育てたいのか」を明確にすること。そして、できることから一歩ずつ始めてみることです。
人材育成を始めるにあたっての最初のステップ
では、具体的に人材育成を始めようと思ったとき、何から手をつければ良いのでしょうか。難しく考える必要はありません。まずは以下のステップで考えてみましょう。
- 会社の「今の困りごと」と「こうなりたい姿」を書き出してみる
- 「新人がなかなか一人前にならない」「お客様からのクレームが多い」「社員の定着率が低い」「もっと新しいことに挑戦できる会社にしたい」など、現状の課題や、将来的に会社がどうなっていたいかを具体的に書き出してみましょう。これが人材育成の目的やゴールを設定するための出発点になります。
- 「誰に」「どんな風に」成長してほしいか考える
- 課題解決や理想の姿の実現のために、社員にどんなスキルを身につけてほしいか、どんな行動ができるようになってほしいかを具体的にイメージします。例えば、「新入社員には、入社3ヶ月で基本的な商品説明ができるようになってほしい」「営業担当者には、もっとお客様のニーズを引き出せるようになってほしい」などです。
- 小さなことから始めてみる
- いきなり大規模な研修制度を作ろうとしなくても大丈夫です。まずは、週に一度、チームで仕事の進捗や困っていることを話し合う時間を作る、先輩社員が後輩社員の相談に乗る時間を設ける、といった小さなことから始めてみましょう。読書会を開いてみんなで同じ本を読んで感想を話し合うのも良いかもしれません。大切なのは「始めること」そして「続けること」です。
- 社員の声に耳を傾ける
- 実際に働く社員が何に困っていて、どんなサポートを必要としているのかを聞いてみることも重要です。アンケートを実施したり、面談の機会を設けたりして、社員の意見を育成計画に反映させることで、より効果的な人材育成につながります。
- 外部の情報を参考にしてみる
- 人材育成に関する書籍を読んだり、セミナーに参加したりして、他の会社がどんな取り組みをしているのかを知ることも参考になります。全てを真似する必要はありませんが、自社に取り入れられるヒントが見つかるかもしれません。
人材育成は、すぐに結果が出るものではないかもしれません。しかし、地道な取り組みを続けることで、社員は確実に成長し、それが会社の大きな力となっていくのです。
まとめ:人材育成は、会社の未来への大切な「仕込み」
人材育成をいつから始めるべきか、その答えは明確です。**「すぐにでも」**です。
社員一人ひとりの成長は、会社の成長そのものです。そして、人が育つ環境は、会社の競争力を高め、未来を明るく照らしてくれます。従業員の規模に関わらず、人材育成は「コスト」ではなく、会社の未来を作るための大切な「投資」であり、「仕込み」と考えることができます。
日々の業務に追われる中で、人材育成に時間や労力を割くことは簡単ではないかもしれません。しかし、今日の小さな一歩が、数年後の会社の姿を大きく変える可能性があります。
「うちの会社も、そろそろ本気で人材育成に取り組んでみようかな」
もし今、そう感じていらっしゃるなら、ぜひ今日から、できることから始めてみてください。社員の成長を信じ、その可能性に投資することが、持続可能な成長への一番の近道となるはずです。