企業の経営者や営業責任者の皆様と対話をしていると、共通して耳にする悩みがあります。それは「毎月の数字を作るのに精一杯で、先を見据えた手が打てていない」という焦りです。
新規顧客の開拓は、企業の成長にとって極めて重要です。しかし、そこだけにリソースを集中させ、獲得した顧客との関係維持がおろそかになっていれば、それは穴の空いたバケツに水を注ぎ続けるようなものです。
今、企業価値を本当に高めるために必要なのは、単発の売上ではなく、LTV(顧客生涯価値)を最大化する戦略的なアプローチです。そして、それを実現するのは、特定のスタープレイヤーではなく、「組織として動く営業チーム」です。
今回は、LTVを最大化し、長期的に安定した収益を生み出すための営業組織のあり方について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
なぜ今、LTV(顧客生涯価値)なのか
LTVとは、一人の顧客が取引を開始してから終了するまでの間に、どれだけの利益を企業にもたらすかを示す指標です。
市場が成熟し、競合他社との差別化が難しくなっている現代において、新規顧客を獲得するコスト(CPA)は年々上昇しています。一方で、既存顧客との関係を深め、契約を継続してもらう、あるいは追加のサービスを利用してもらうコストは、新規獲得に比べて圧倒的に低く抑えられます。
つまり、LTVを高めることは、営業利益率を直接的に改善することと同義です。さらに、顧客満足度が高い状態が続けば、口コミや紹介といった「信頼」ベースの新規流入も期待できます。これは、広告費をかけずに良質なリードを獲得できることを意味します。
企業価値の評価においても、今の売上規模以上に「将来にわたって安定したキャッシュフローを生み出せる顧客基盤があるか」が重視されます。LTVの高い顧客群を持つことは、企業の資産価値そのものを高めることにつながるのです。
「属人化」がLTVを下げる要因になる
LTVを最大化しようと考えたとき、最大の障壁となるのが営業の「属人化」です。
「あのお客様は◯◯さんしか対応できない」「あの契約の経緯は◯◯さんしか知らない」。このような状況は、多くの企業で見られます。トップセールスが個人の能力で顧客をつなぎ止めている状態は、一見すると頼もしく見えますが、組織全体で見れば非常にリスクの高い状態です。
担当者が退職したり、スランプに陥ったりした瞬間、その顧客との関係が断たれてしまう恐れがあるからです。また、個人の感覚に頼った営業活動では、顧客への提供価値にバラつきが生じます。Aさんが担当なら満足度は高いが、Bさんだと低い、という状態では、組織としてLTVを担保することはできません。
顧客がつきあっているのは「担当者」であると同時に「会社」です。誰が担当しても一定水準以上の価値を提供し、顧客の課題を解決し続ける。それができて初めて、顧客は安心して長く付き合ってくれます。
そのためには、成功事例やノウハウを個人の頭の中から取り出し、チーム全体の知恵として共有する必要があります。「なぜ売れたのか」「なぜ解約されたのか」をデータと事実に基づいて分析し、誰もが再現できる「仕組み」として落とし込むこと。これが、組織営業への転換点となります。
仕組みを動かすのは「人」である
仕組み化やマニュアル化の話をすると、「営業がロボットのようになってしまうのではないか」という懸念を持たれることがあります。しかし、実際はその逆です。
定型的な業務や成功パターンを仕組み化することで、営業担当者は「顧客との対話」や「本質的な課題解決」といった、人間にしかできない創造的な業務に時間を使えるようになります。
ここで重要になるのが、その仕組みを使いこなす「人」の育成です。どんなに優れた営業プロセスや管理ツール(SFA/CRM)を導入しても、現場のメンバーがそれを活用し、前向きに取り組まなければ形骸化してしまいます。
LTVを高める営業とは、単に商品を売るだけでなく、顧客の成功(カスタマーサクセス)に伴走できる営業です。そのためには、メンバー一人ひとりが仕事にやりがいを感じ、自ら考え、成長しようとする意欲を持っていることが大前提となります。
いやいや仕事をしている営業担当者が、顧客と長期的な信頼関係を築けるはずがありません。社員が自身のパフォーマンスを最大限に発揮できる環境を整えることは、結果として顧客満足度を高め、LTVの向上に直結します。
1on1ミーティングが果たす本当の役割
では、どうすればメンバーの意欲を引き出し、自走する組織を作れるのでしょうか。その有効な手段の一つが、上司と部下が定期的に行う「1on1ミーティング」です。
多くの企業で1on1は導入されていますが、単なる「業務進捗の確認」や「目標未達の詰め」になってしまっているケースが散見されます。これでは、メンバーは萎縮し、言われたことだけをこなす受動的な姿勢になってしまいます。
本来の1on1は、メンバーの成長を支援するための時間です。 「今、仕事で何に躓いているのか」 「将来、どのようなキャリアを描きたいのか」 「自分の強みをどう活かしたいのか」
こうした対話を通じて、メンバー自身に気づきを促し、課題解決のサポートをすることがマネージャーの役割です。個人のキャリアビジョンと会社の目標が重なり合ったとき、人は驚くほどの力を発揮します。
また、定期的な振り返りを行うことで、日々の行動の質が変わります。「売れなかった」という事実に対して、「運が悪かった」で終わらせず、「アプローチのここを変えてみよう」と次のアクション(仮説)を自分で導き出せるようになります。
このように、小さなPDCAを回しながら成長実感を得られる環境を作ることで、組織全体の営業力は底上げされます。
企業価値を高めるための第一歩
LTVを最大化する営業組織への変革は、一朝一夕でできるものではありません。現状を正確に把握(見える化)し、課題を特定し、小さな改善を積み重ねていく地道なプロセスが必要です。
しかし、ここから逃げていては、いつまでたっても「今月の数字」に追われる自転車操業から抜け出すことはできません。
まずは、自社の営業プロセスがどうなっているのか、どこにボトルネックがあるのかを客観的なデータで見ること。そして、メンバー一人ひとりの個性や強みに目を向け、彼らが生き生きと働ける環境を用意すること。
「仕組み」と「人」。この両輪が噛み合ったとき、貴社の営業組織は、景気や環境の変化に左右されない強固な基盤を手に入れることができます。それが、結果として顧客に選ばれ続け、高い企業価値を生み出すことにつながるのです。
もし、現在の営業組織に「伸びしろ」を感じながらも、どこから手をつければよいか迷われているのであれば、一度、組織の現状を「見える化」することから始めてみてはいかがでしょうか。客観的な視点を入れることで、これまで見えていなかった課題や、組織が本来持っているポテンシャルに気づくことができるはずです。
