「普通わかるだろ」は禁句?優秀なリーダーほど陥る「暗黙の了解」という落とし穴

「あのお客様の反応を見れば、次はどの資料を持っていくべきか、普通わかるだろう」 「このタイミングでクロージングをかけないなんて、営業としてありえない」

部下の商談同行や日報の確認をしているとき、あるいは会議室で数字の進捗を見ているとき、つい心の中でこう呟いてしまったことはないでしょうか。あるいは、実際に口に出して部下を叱責してしまった経験があるかもしれません。

もし、この「普通わかるだろ」という言葉が日常的に頭をよぎるようであれば、それは組織の成長が止まっている危険なサインかもしれません。なぜなら、その言葉の裏側には、マネジメントにおける重大な「構造的な欠陥」が隠されているからです。

今回は、多くの経営者や営業責任者が陥りがちな「自分の常識」という罠と、そこから脱却して組織全体のパフォーマンスを底上げするための思考法についてお伝えします。

「優秀なプレイヤー」だったリーダーの苦悩

これを読んでいる方の多くは、かつて現場で圧倒的な成果を上げ、トップセールスとして活躍されてきた方だと思います。お客様の微妙な表情の変化からニーズを汲み取り、絶妙なタイミングで提案を行い、数々の契約を勝ち取ってこられたはずです。

ご自身の中に、確固たる「勝利の方程式」がある。だからこそ、部下の行動が歯がゆく感じられます。「なぜ、あそこで引いてしまうんだ」「なぜ、もっと準備をしておかないんだ」と。

しかし、ここに落とし穴があります。 あなたにとっての「普通」や「当たり前」は、長年の経験と勘、そして数えきれないほどの試行錯誤の上に積み上げられた、高度な「感覚」です。それは、入社数年の若手社員や、異なるバックグラウンドを持つ中途社員にとっては、決して「普通」ではありません。

リーダーであるあなたの頭の中にある映像は、フルハイビジョンのように鮮明ですが、部下に見えているのは、ノイズ混じりの荒い画像かもしれません。見えている解像度が全く違う相手に対して、「普通わかるだろ」と求めるのは、実はマネジメントの放棄に近いと言わざるを得ないのです。

言葉の定義がズレていれば、行動もズレる

具体的な例で考えてみましょう。 上司が部下に「来週の商談に向けて、しっかり準備をしておいてくれ」と指示を出したとします。

上司にとっての「準備」とは、以下のようなものを指しているかもしれません。

  • 先方の直近のニュースリリースを読み込む
  • 業界の競合他社の動向を調べる
  • 想定される反論(反論処理)を3パターン用意する
  • 決裁者の過去の経歴を調べる

しかし、部下にとっての「準備」は、これだけかもしれません。

  • 会社案内と既存の提案資料を印刷する
  • 訪問先への交通ルートを調べる

当日、商談がうまくいかなかったとき、上司は思います。「あれだけ準備しろと言ったのに、何もできていないじゃないか」。一方で部下は思います。「言われた通り、資料も揃えたし遅刻もせずに訪問したのに、なぜ怒られるんだろう」。

この不幸なすれ違いの原因は、部下の能力不足ややる気の問題ではありません。「準備」という一つの言葉に対する定義のズレです。

組織の中で「徹底する」「丁寧に」「早めに」といった形容詞や、「よしなに」「いい感じで」といった曖昧な言葉だけで指示が飛び交っている場合、こうしたズレは日常茶飯事です。このズレを放置したまま精神論で「もっと頑張れ」と発破をかけても、部下はどの方向に頑張ればいいのかわからず、疲弊していくだけです。

「感覚」を「手順」に翻訳する

では、どうすればこの状況を打破できるのでしょうか。 求められるのは、リーダーの脳内にある「感覚」を、誰にでも実行可能な「手順」や「基準」に翻訳する作業です。

「お客様の反応が良い」とは、具体的にどんな発言があった時なのか。「商談の準備」とは、具体的にどの情報を集めることなのか。これらを一つひとつ言語化し、チーム全体の共通ルールとして落とし込む必要があります。

これは非常に骨の折れる作業です。「背中を見て覚えろ」と言うほうが、短期的には楽かもしれません。しかし、感覚に頼った指導は、その指導者がいなくなった瞬間に崩壊します。また、感覚が鋭い一部の社員しか育たず、組織全体としての底上げができません。

優秀な営業組織とは、スタープレイヤー個人の力に依存するのではなく、**「誰がやっても一定以上の成果が出る仕組み」**を持っている組織です。そのためには、リーダー自身が「自分の常識は、他人の非常識かもしれない」と疑う勇気を持ち、自身のノウハウを客観的な言葉に置き換えていくプロセスが求められます。

1on1の目的を変える:進捗確認から「認識合わせ」へ

この「言語化」や「認識のズレの解消」を行う上で、極めて有効な手段が1on1ミーティングです。

多くの企業で1on1が導入されていますが、単なる「数字の詰め」や「雑談」で終わっているケースが少なくありません。 「今月の目標まであといくらだ?」「はい、あと〇〇万円です」「じゃあ、どうするんだ?」「頑張ってテレアポします」 これでは、ただの進捗確認です。

組織力を高めるための1on1では、部下の思考プロセスに焦点を当てます。

「今回の商談、うまくいった要因は何だったと思う?」 「『準備不足』だと感じたそうだけど、具体的にどの情報が足りなかったと感じている?」 「もしもう一度同じ商談をするなら、どのタイミングで何を伝える?」

このように問いかけることで、部下が物事をどう捉えているか(認識の枠組み)を確認します。そこで初めて、リーダーであるあなたの視点とのギャップが見えてきます。

「なるほど、君はそこを重視していたんだね。でも、経営者の視点からすると、実はこっちのリスクの方を気にしている場合が多いんだよ」

このように、一つひとつの業務に対する「解釈」や「視点」をすり合わせていくこと。これこそが本当の意味での人材育成であり、部下が自走するための土台作りです。 リーダーが答えを教えるのではなく、部下自身の口から考えを引き出し、リーダーの視座と同期させていく。この地道な対話の積み重ねが、組織全体の「当たり前」のレベルを引き上げていきます。

「正解」を教えるのではなく「地図」を渡す

営業という仕事に、絶対的な正解はありません。しかし、確率の高い「勝ち筋」や、避けるべき「落とし穴」は存在します。 リーダーの役割は、部下を自分のコピーにすることではありません。部下が迷わずに進めるように、組織としての共通の地図(プロセスや判断基準)を持たせてあげることです。

「普通わかるだろ」という言葉を飲み込み、「なぜ、伝わらなかったのだろう?」「どう伝えれば、彼らの行動が変わるだろう?」と自問自答してみてください。 その問いの先にしか、特定の個人に依存せず、環境変化に強い、本当に強い営業組織は生まれません。

個人のスキルやセンスに頼るのではなく、組織として勝つための「仕組み」と、それを使いこなすための「育成」。この両輪が噛み合ったとき、御社の営業組織は劇的な変化を遂げるはずです。

もし、社内の「当たり前」の基準作りや、効果的なプロセスの可視化、そして部下の思考力を高める1on1の定着に課題を感じていらっしゃるのであれば、一度、第三者の視点を取り入れてみるのも一つの手です。客観的な分析によって、御社の中に眠っている「勝ちパターン」を明らかにし、それを組織全体の資産に変えるお手伝いができるかもしれません。

「普通」の基準を変えることは、組織の未来を変えることです。まずは、ご自身の「常識」を少しだけ疑うところから始めてみてはいかがでしょうか。