「なぜ売れるのか」を言語化できますか?属人化からの脱却と科学的アプローチ

営業における「なぜか売れる」の正体を探る

どの企業の営業組織にも、必ずと言っていいほど「エース」と呼ばれる存在がいます。 彼らは特別な指示を受けなくとも、毎月のように目標をクリアし、困難な商談をまとめ上げ、会社の利益を牽引しています。経営者や営業責任者にとって、彼らは非常に頼もしい存在であることは間違いありません。

しかし、ここで一つ、冷静に考えなければならない問いがあります。 「なぜ、彼らは売れるのでしょうか?」

この問いに対して、明確なロジックで答えられる組織は驚くほど少ないのが現状です。「センスがいいから」「場数を踏んでいるから」「人当たりがいいから」。そのような抽象的な言葉で片付けられてはいないでしょうか。 もちろん、個人の資質やキャラクターは営業活動において重要な要素です。しかし、組織全体の視点で見たとき、特定の個人の「感覚」や「才能」に依存しすぎることは、非常に大きなリスクを孕んでいます。

そのエースが突然退職したらどうなるでしょうか。あるいは、彼らがスランプに陥ったとき、誰がその穴を埋めるのでしょうか。 「売れている理由」がブラックボックス化している状態では、次のエースを育てることも、組織全体の底上げを図ることもできません。

多くの経営者が「営業の人材が育たない」「組織としての仕組みが弱い」と悩む根本的な原因は、この「トップセールスの脳内」が解読されないまま放置されている点にあります。 本稿では、いわゆる「勘」や「経験」といった曖昧な要素をどのようにデータとして捉え、組織全体の資産に変えていくか、その具体的なアプローチについて掘り下げていきます。

「背中を見て盗め」が通用しない理由

かつての日本企業では、先輩社員の同行を通じて「背中を見て技を盗む」というスタイルが主流でした。しかし、現代のビジネス環境において、この方法はあまりに効率が悪く、不確実です。

理由は大きく二つあります。 一つは、顧客の購買行動の変化です。インターネットで容易に情報収集ができる現在、顧客は営業担当者に会う前から、ある程度の知識を持っています。単に足繁く通い、人間関係を構築するだけのスタイルでは通用しなくなっています。より高度な課題解決能力や、タイミングを逃さない提案力が求められる中で、見て覚えるだけの表面的な模倣では、本質的なスキルは身につきません。

もう一つは、トップセールス自身が、自分のノウハウを論理的に説明できないケースが多いことです。 「このタイミングで押すべきだ」という判断を、彼らは無意識下で行っています。「なんとなく、今だと思った」という言葉の裏には、相手の表情、声のトーン、過去の類似案件の記憶など、膨大な情報処理が瞬時に行われているはずです。しかし、本人がそれを意識していない以上、後輩に言葉で教えることは不可能です。

結果として、教わる側は「やっぱりあの人は天才だ、自分には無理だ」と諦めてしまい、教える側も「なんでこんな簡単なことが分からないんだ」とフラストレーションを溜めることになります。これが、多くの組織で起きている育成のミスマッチです。

「勘」を「動作」と「事実」に分解する

では、どうすればこの見えない壁を突破できるのでしょうか。 必要なのは、トップセールスの行動を徹底的に「分解」し、客観的な「データ」として捉え直す作業です。

ここで言うデータとは、単なる「訪問件数」や「成約率」といった結果指標(KPI)のことではありません。もっと細粒度の高い、プロセスや行動のデータです。

例えば、初回商談において、トップセールスは具体的に「何を」「どの順番で」聞いているのでしょうか。 成績が伸び悩むメンバーとトップセールスの商談録音を比較分析すると、明確な違いが見えてくることがあります。

  • ヒアリングの比率: トップセールスは商談時間の7割を「聞くこと」に使っているが、他のメンバーは5割以上「話すこと」に使っている。
  • 質問の種類: トップセールスは、顧客の現状を聞いた直後に「その課題が解決しなかった場合のリスク」を質問しているが、他のメンバーはすぐに自社商品の説明に入っている。
  • 反応速度: 顧客からのメール返信に対するレスポンスタイムに、明確な相関関係がある。

このように、「勘」や「センス」と思われていたものを、具体的な「行動(動作)」と「事実」にまで分解していくのです。 「空気を読むのが上手い」という評価も、分解すれば「相手が否定的な言葉を発した際、即座に肯定的な枕詞で切り返している回数が多い」といった事実として観測できるかもしれません。

ここまで分解されて初めて、そのノウハウは「誰にでも真似できる技術」へと変換可能になります。「空気を読め」と指導しても誰も実行できませんが、「顧客が『しかし』と言ったら、まずは『おっしゃる通りですね』と一度受け止めてから話し始めよう」という指導であれば、新入社員であっても明日から実行可能です。

データの活用は「監視」ではなく「育成」のために

こうした詳細な行動データを取得しようとすると、現場からは「監視されているようでやりづらい」という反発が生まれることがあります。 ここで経営者やマネージャーが強く意識すべきは、データの目的は「管理・監視」ではなく、あくまで「個人の成長とパフォーマンス最大化」にあるというメッセージの発信です。

集めたデータを、ただの成績表として突きつけてはいけません。 「A君は電話件数が足りない」と叱責する材料にするのではなく、「トップセールスのBさんは、この業界の顧客に対しては、午前中よりも夕方にアプローチした方が接続率が高いようだ。君もその時間帯に変えてみたらどうだろうか?」という、具体的な改善提案の材料として使うのです。

ここで重要になるのが、上司と部下による定期的な「1on1ミーティング」の質です。 多くの企業で行われている1on1は、単なる「数字の進捗確認」になりがちです。「今月の目標はいけそうか?」「頑張ります」という会話からは、具体的な行動変容は生まれません。

分解された行動データがあれば、1on1は全く別のものになります。 「前回の商談データを見ると、商品プレゼンの時間は完璧だったけれど、その前の課題特定にかける時間が平均より5分短かったね。次回は、この質問項目を必ず一つ挟んでみよう」 このように、次に取るべきアクションが明確になり、部下も「何をすればいいか分からない」という迷いから解放されます。

小さな行動の変化が、小さな成功体験を生みます。「言われた通りに質問を変えたら、いつもより顧客が長く話してくれた」。この実感こそが、営業という仕事を楽しむための原動力になります。 仕事が楽しいと感じられれば、社員は自ら考え、工夫を凝らすようになります。データによる可視化と、それに基づいた的確なフィードバックは、社員のモチベーションを高め、自走する組織を作るための強力な武器となるのです。

「点」の成功を「線」の仕組みへ

トップセールスの行動特性が見え、それをメンバーへの指導に落とし込めるようになれば、組織全体の営業力は確実に底上げされます。 しかし、これだけではまだ不十分です。さらに一段階上の「強い組織」を目指すのであれば、これらの成功パターンを、個人のスキルアップだけに留めず、組織全体の「仕組み」として定着させる必要があります。

具体的には、以下のような施策が考えられます。

  1. ツールの整備と入力の標準化: SFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理システム)を導入している企業は多いですが、入力項目が担当者任せになっていないでしょうか。 「受注確度」の定義が人によってバラバラでは、正しい予測はできません。分解した成功パターンに基づき、商談のフェーズごとの「完了条件」を明確に定義し、誰が見ても同じ判断ができる基準を設けます。
  2. 共有資産の蓄積: 効果的だった提案資料、刺さったトークスクリプト、反論への切り返し集などを、個人のパソコンの中ではなく、チーム全体がアクセスできる場所に蓄積します。 ここで重要なのは、単にファイルを置くだけでなく、「どのような文脈で使われた時に効果を発揮したか」という背景情報(コンテキスト)と共に共有することです。
  3. オンボーディング(新人教育)への反映: 解析されたトップセールスの行動モデルを、新人研修のカリキュラムに組み込みます。精神論ではなく、「売れる行動」を初期段階からインプットすることで、戦力化までの期間を劇的に短縮することができます。

これらの仕組みが整うことで、組織は「人の入れ替わり」に強くなります。誰が担当しても一定以上の品質で営業活動が行える状態、いわゆる「営業の標準化」が実現するのです。

組織全体で「改善のサイクル」を回す

最後に強調しておきたいのは、一度成功パターンを見つけて仕組み化しても、それは永遠の正解ではないということです。 市場環境は常に変化し、顧客のニーズも移ろいます。昨日までの勝ちパターンが、明日も通じるとは限りません。

だからこそ、データに基づいた「振り返り」と「改善」を、組織の習慣にする必要があります。 「なぜ今月は目標に届かなかったのか」「なぜこの案件は失注したのか」。これを、個人の反省文で終わらせてはいけません。組織全体のデータとして分析し、「プロセスに問題があったのか」「ターゲット選定が間違っていたのか」「トークスクリプトが古くなっているのか」を冷静に検証するのです。

このPDCA(計画・実行・評価・改善)のサイクルが、経営層やマネージャーの主導だけでなく、現場のメンバーレベルで自然に行われるようになったとき、その組織は真に「強い営業組織」へと進化します。

「営業は足で稼ぐもの」「センスが全て」という古い固定観念を捨て、客観的な事実とデータに向き合ってみてください。 そこには、あなたの会社の営業力を飛躍的に向上させるヒントが、必ず眠っています。 トップセールスの脳内を解剖し、それを組織全体の力に変えること。それは決して不可能な魔法ではなく、正しい手順を踏めば誰にでも実践できる、極めて論理的な経営戦略なのです。

もし、自社の営業組織において「誰がどう動いているのか見えない」「なぜ売れないのか、理由が特定できない」といったモヤモヤをお抱えであれば、まずは現状を「正しく見る」ことから始めてみてはいかがでしょうか。 感覚に頼らない、データドリブンな営業組織への変革は、着実な分析と小さな改善の積み重ねから始まります。

貴社のトップセールスが「無意識に行っている成功行動」は何なのか、そして組織全体にどのような「伸びしろ」が隠されているのか。まずは現状の営業プロセスを診断し、可視化してみませんか? 具体的な分析手法や、他社での改善事例について詳しくお話しさせていただきます。ぜひ一度、お気軽にご相談ください。