経営者や営業責任者の方とお話ししていると、ある種の「ジレンマ」を抱えているケースによく遭遇します。 それは、組織を拡大したい、あるいは新しい事業に自分の時間を割きたいと考えているにもかかわらず、「現場から離れられない」という悩みです。
「私が直接商談に出れば決まるが、部下に行かせると失注する」 「細かく指示を出さないと、とんちんかんな動きをしてしまう」 「結局、最後は自分が巻き取ってクロージングしている」
こうした状況は、創業期や組織の立ち上げ期においては、ある意味で必要なフェーズでした。リーダーの圧倒的な突破力で道を切り開くことが求められていたからです。しかし、ある一定の規模を超えてもなお、リーダー個人の「感覚」や「馬力」に依存した状態が続いているならば、それは組織の成長を止める大きな要因となりかねません。
リーダーが現場に張り付いている限り、組織の天井はリーダーの体力の限界値と同じになります。 本稿では、トップダウンで引っ張る組織から、メンバー一人ひとりが自律的に動き、勝手に成果を上げてくる「自走する組織」へどう移行すべきか。その具体的なプロセスと、リーダーが変えるべき関わり方についてお伝えします。
「背中を見て覚えろ」が通用しない理由
多くの優秀な経営者やトップセールス出身のマネージャーは、無意識のうちに高度な情報処理を行っています。 顧客のちょっとした表情の変化、声のトーン、社内の雰囲気、業界の動向。これらを瞬時に統合し、「今は押すべきか、引くべきか」を判断しています。これが、いわゆる「センス」や「勘」と呼ばれるものです。
問題なのは、この高度な判断プロセスがリーダーの頭の中にしか存在しないことです。 部下に対して「もっと相手の空気を読め」「そこは臨機応変に対応しろ」と指導したことはないでしょうか。言われた部下からすると、具体的に何をどう見ればいいのか分からず、結局「社長のようにはできません」と自信を失うか、思考停止して「次はどうすればいいですか?」と指示待ちになるかのどちらかです。
「背中を見て覚えろ」という指導は、受け手に高い感度と学習能力がある場合にのみ成立する、非常に歩留まりの悪い育成方法です。組織として安定した成果を出し続けるためには、リーダーの頭の中にある「勝ちパターン」を、誰もが理解できる「共通言語」に翻訳する必要があります。
ステップ1:判断のモノサシを「見える」ようにする
自走する組織を作るために最初に取り組むべきは、営業プロセスの「見える化」です。ただし、単に行動量を管理したり、日報を書かせたりすることではありません。 重要なのは、「判断のモノサシ」を揃えることです。
例えば、「見込みのある顧客」という言葉一つとっても、その定義は人によってバラバラです。 Aさんは「名刺交換をして、資料送付の許可をもらった先」を見込み客だと思い、Bさんは「予算と導入時期が明確になった先」を見込み客だと思っています。この状態で「見込み客へのアプローチを強化しよう」と号令をかけても、現場の動きは噛み合いません。
- どの状態になれば「確度が高い」と言えるのか
- どのような断り文句が出たら「撤退」すべきなのか
- 商談のどのフェーズで、どんな情報を握っていなければならないのか
これらを、誰が見ても同じ解釈ができるように定義することです。「雰囲気」や「感触」といった曖昧な言葉を排除し、事実ベースで会話ができる土台を作ります。 リーダーが持つ「判断基準」を言葉や数字に置き換えることで、部下は初めて「自分の判断とリーダーの判断のズレ」を認識できるようになります。このズレの修正こそが、育成の第一歩です。
ステップ2:「なぜ?」の深掘りが思考力を育てる
基準ができたら、次はそれを運用しながら「振り返り」を行うプロセスです。 多くの営業会議では、「目標に対していくら足りないのか」「今月いくらやるのか」という「結果」の確認に終始しがちです。しかし、自走する組織を作るために必要なのは、「結果」に至るまでの「プロセス(思考過程)」への介入です。
商談が上手くいった時も、いかなかった時も、「なぜそうなったのか?」を問いかけます。 「なぜ、あのお客様は契約してくれたのか?」 「なぜ、あのタイミングで提案書を出したのか?」
ここで部下自身の言葉で語らせることが重要です。最初は「なんとなく」や「運が良かった」という答えが返ってくるかもしれません。しかし、粘り強く問い続けることで、部下は自分の行動と結果の因果関係を考え始めます。
「前回は決裁者の課題にフォーカスしたから上手くいった。でも今回は現場担当者の要望ばかり聞いてしまったから失注したのかもしれない」 このような仮説思考が生まれて初めて、再現性が生まれます。
リーダーの役割は、正解を教えることではありません。部下が自ら気づき、仮説を立てられるように、壁打ち相手となることです。自分で考え、自分で決めて、結果が出た時、人は初めて仕事に対する「手応え」や「面白さ」を感じます。この「仕事を楽しむ」感覚こそが、メンバーの主体性を引き出す最大のエネルギー源です。
ステップ3:1on1で「個」の可能性を最大化する
組織の仕組みを整える一方で、忘れてはならないのが「個」へのアプローチです。 どれだけ優れた営業マニュアルやツールがあっても、それを使うのは「人」です。メンバー一人ひとりには、得意なこと、苦手なこと、将来どうなりたいかというキャリアの希望があります。これらを無視して、画一的な型に押し込めようとすると、組織は硬直化します。
ここで有効なのが、定期的な「1on1ミーティング」です。 ただし、ここでも注意が必要です。1on1を単なる「進捗確認の場」にしてはいけません。それは日々の業務報告で十分です。 1on1は、メンバーの成長とキャリア、そして現在抱えているモヤモヤに焦点を当てる時間です。
- 最近、仕事でやりがいを感じた瞬間はいつか?
- 今、どのスキルを伸ばしたいと思っているか?
- 組織に対して、もっとこうなればいいと思っていることはあるか?
こうした対話を通じて、リーダーはメンバーの「強み」や「情熱の源泉」を把握します。 あるメンバーは新規開拓の突破力に長けているかもしれませんし、別のメンバーは既存顧客との関係構築に才能を発揮するかもしれません。それぞれの個性が活きる配置や役割を与えることで、パフォーマンスは劇的に向上します。
また、1on1は信頼関係を構築する場でもあります。「自分の成長を考えてくれている」「一人の人間として見てくれている」という安心感(心理的安全性)があって初めて、部下は失敗を恐れずに挑戦できるようになります。 「失敗しても、リーダーは見ていてくれる。フィードバックをくれる」という確信が、自走へのアクセルを踏ませるのです。
「仕組み」と「人」の両輪を回す
自走する組織を作るためには、「仕組みの構築」と「人の育成」の両方が必要です。どちらか一方だけでは機能しません。
- 仕組み(プロセスの見える化、共通言語化): 誰がやっても一定の成果が出る土台。天才的な才能がなくても、戦える武器。
- 人(振り返り、1on1による育成): 仕組みを使いこなし、さらに改善していく主体。市場の変化に対応し、新たな価値を生み出す源泉。
これらが噛み合った時、組織はリーダーの手を離れ、独自の進化を始めます。 リーダーであるあなたは、日々のトラブルシューティングから解放され、より未来の戦略、例えば新規事業の構想や、アライアンスの構築、全社的なビジョンの浸透といった「経営者本来の仕事」に時間を使えるようになります。
最後に:小さな一歩から始める
ここまでお読みいただき、「言うは易く行うは難し」と感じられたかもしれません。 確かに、長年染みついた「リーダーが全部やる」という文化を変えるには、時間とエネルギーが必要です。しかし、全てを一度に変える必要はありません。
まずは、たった一つの営業プロセス、例えば「初回訪問のヒアリング項目」をチームで統一することから始めてみてください。 あるいは、週に一度、30分だけでいいので、数字を詰めない「振り返り」の時間を設けてみてください。
小さな成功体験(Baby Step)の積み重ねが、やがて大きな組織変革へと繋がります。 もし、自社の営業プロセスをどう見える化すればいいのか分からない、1on1をやっても表面的な会話で終わってしまう、といったお悩みがあれば、一度専門家の視点を入れてみるのも一つの手です。客観的なデータと事実に基づいた分析を行うことで、社内だけでは見えなかったボトルネックが明らかになることは多々あります。
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