部下の「自走力」を引き出すコーチング術|指示待ち人間を卒業させるには

「この件はどうすればいいでしょうか?」 「この顧客への返信、これで合っていますか?」

今日もまた、部下からチャットが飛んでくる。そしてあなたのデスクには、承認待ちの書類の山ができている——。

もし、あなたがこのような状況に心当たりがあるなら、それは組織としての成長が鈍化しているサインかもしれません。経営者や営業責任者であるあなたの時間は、本来もっと未来のための戦略や、組織全体の構造改革に使われるべきです。しかし現実は、現場の細かな判断やトラブルシューティングに追われ、一日が終わってしまう。

「もっと自分で考えて動いてほしい」 「言われたことだけでなく、プラスアルファの提案をしてほしい」

そう願っているのに、なぜ部下はいつまでも「指示待ち」の状態から抜け出せないのでしょうか。今回は、営業組織における人材育成の視点から、部下の主体性を奪っている真の原因と、自ら考え行動する「自走する組織」へと変革するための具体的なアプローチについてお話しします。

「指示待ち」を生み出しているのは誰か

まず、少し厳しい現実直視から始めなければなりません。部下が指示待ちになってしまう原因の多くは、実は上司である私たちのマネジメントスタイルに潜んでいます。

優秀なプレイヤーあがりのマネージャーほど陥りやすい罠があります。それは「答えを教えるのが早すぎる」ということです。

部下から相談を受けたとき、あなたは瞬時に最適解がわかってしまいます。経験も知識も豊富ですから当然です。そこで、忙しさも相まって、ついこう言ってしまうのです。「それはA案で進めて。先方にはこう伝えておいて」と。

これは一見、効率的に見えます。業務は滞りなく進み、失敗も防げるでしょう。しかし、このコミュニケーションが繰り返されると、部下の脳内では思考停止のスイッチが入ります。「自分で考えても、どうせ上書きされる」「自分で判断して失敗するより、上司に聞いて言われた通りにするほうが安全で楽だ」という学習性無力感が定着してしまうのです。

つまり、良かれと思って出しているその「的確な指示」こそが、部下から考える機会を奪い、指示待ち人間を製造している要因になり得ます。

組織を次のステージへ進めるためには、マネジメントの役割を「正解を教えるティーチャー」から「答えを引き出すコーチ」へと切り替える必要があります。

「ティーチング」と「コーチング」の決定的な違い

誤解のないように申し上げますが、ティーチング(教えること)が不要なわけではありません。新入社員や業務経験が浅いメンバーには、基礎となる型や知識を教え込むティーチングが必要です。しかし、ある程度の経験を積み、数字責任を負うべきフェーズに入ったメンバーに対しては、接し方をガラリと変えなくてはなりません。

ここで必要になるのが「コーチング」のアプローチです。

コーチングの本質は、相手の中に眠っている答えや可能性を、問いかけによって引き出すことにあります。上司が答えを持っている場合でも、あえてそれを口にせず、部下自身に思考させ、言語化させるプロセスを踏みます。

例えば、部下が「この商談、どう進めればいいですか?」と聞いてきたとします。 ここで、「まずは決裁者にアポイントを取れ」と言うのがティーチングです。

一方、コーチング的なアプローチではこう返します。 「君はどう進めるのがベストだと思っている?」 「もし障害があるとしたら、それは何だと思う?」

最初は部下も戸惑うかもしれません。「それを聞きたくて相談しているのに」と不満を持つこともあるでしょう。しかし、この「問いかけ」のプロセスこそが、営業パーソンの思考回路を鍛えるためのトレーニングなのです。

自分の頭で考え、自分の言葉で仮説を立て、実行する。その結果が成功であれ失敗であれ、自分で決めたことだからこそ、そこに強い当事者意識(オーナーシップ)が生まれます。これこそが、仕事を楽しむための原動力であり、成長への一番の近道です。

1on1ミーティングを「尋問」にしない

部下の自走力を高めるための具体的な場として、多くの企業が導入しているのが「1on1ミーティング」です。しかし、形だけの1on1になってしまっているケースが散見されます。

よくある失敗は、1on1を単なる「進捗管理の場」にしてしまうことです。 「今月の数字、いくらショートしてる?」 「あの案件、どうなってるの? いつ決まるの?」

これはコーチングではなく、詰め、あるいは尋問です。上司が数字を管理するための場であって、部下のための時間になっていません。これでは部下は防衛的になり、言い訳を考えることに必死になります。思考は内向きになり、顧客への貢献や自身の成長どころではありません。

効果的な1on1とは、部下の思考を未来に向け、行動変容を促す時間です。

  • 過去の検証(WhyではなくWhat): 「なぜダメだったんだ?」と原因を追及するのではなく、「何が起きていたのか?」「想定と違った事実は何か?」と客観的な事実(データ)を確認させます。
  • 未来への仮説(How): 「次はどうする?」だけでなく、「もし制限がないとしたら、どんな手が打てると思う?」「目標達成のために、今のやり方以外にどんな選択肢がある?」と視点を広げる問いを投げかけます。

この対話を通じて、部下は「上司に報告するため」ではなく「自分の目標を達成するため」の作戦を練るようになります。上司の役割は、部下が立てた仮説に対してフィードバックを行い、必要であれば障害を取り除く支援をすることに留めるべきです。

客観的な「事実」が思考の土台になる

自走できる営業組織を作る上で、精神論と同じくらい重要なのが「事実に基づいた思考」です。

「頑張ります」「なんとかします」という言葉は頼もしく聞こえますが、具体性がありません。自走力とは、根性で走り続ける力ではなく、正しい地図を持って自分でルートを修正できる力を指します。

そのために必要なのが、営業活動の「見える化」です。

誰が、いつ、どこで、何をしているのか。 どのプロセスで歩留まりが悪化しているのか。 トップセールスと伸び悩むメンバーの行動データの差は何か。

これらが数値やデータとして可視化されていれば、上司が感覚で指導する必要がなくなります。 「君はここがダメだ」と人格を否定するような指摘をする必要もありません。 「データを見ると、初回訪問から提案までの期間が他のメンバーより長いようだね。ここにボトルネックがありそうだが、どう思う?」と、客観的な事実をテーブルの上に置いて、一緒に解決策を議論することができます。

データという共通言語を持つことで、感情的な対立を避け、建設的な「改善」の議論が可能になります。部下自身も、自分の状態を客観的に把握できるため、どこを直せば成果が出るのか納得しやすくなります。これが、自律的なPDCAサイクルを回すための土台となります。

仕組み化とは、個性を殺すことではない

「仕組み化」や「標準化」というと、営業担当者の個性を奪い、マニュアル通りのロボットにするようなイメージを持たれることがあります。しかし、それは大きな誤解です。

むしろ逆です。 基本的なプロセスや、誰がやっても同じ結果になるべき業務を仕組み化し、型を整えることで、営業担当者は「人間にしかできない業務」に集中できるようになります。

顧客の潜在的な課題に共感し、独自の提案を行い、信頼関係を築く。こうした創造的で人間味のある活動こそ、営業の醍醐味であり、個性が発揮される場面です。

「守るべき型」があるからこそ、応用が利きます。土台となる仕組みがない状態で「個性を出せ」と言うのは、型を知らない武道家に「自由に戦え」と言うのと同じで、単なる無法地帯になりかねません。それでは再現性のある成果は望めず、組織としての力も蓄積されません。

組織全体の「勝ちパターン」を共有資産としての仕組みにし、その上で一人ひとりの強みや適性を活かした育成を行う。この「仕組み」と「人」の両輪が噛み合ったとき、組織は劇的に強くなります。

リーダーが手放すべきもの

最後に、営業組織を変革するために、リーダーであるあなた自身が手放すべきものがあります。

それは、「自分が一番現場を知っている」「自分がいないと回らない」という自負心です。

確かにあなたは優秀なプレイヤーだったかもしれません。しかし、組織の長としての成果は、あなた個人の売上ではなく、チーム全体がどれだけ成果を出し続けられるかで測られます。

部下が失敗することを恐れないでください。致命的な失敗以外は、成長のための投資と割り切り、見守る勇気を持ってください。そして、すぐに答えを教えたくなる衝動をグッとこらえ、「君はどう思う?」と問いかけてください。

最初は時間がかかるでしょう。会議の時間は伸び、まどろっこしい思いをするかもしれません。しかし、その対話を積み重ねた先には、あなたが細かく指示を出さなくても、メンバー一人ひとりが自ら課題を見つけ、改善策を考え、生き生きと走り回る組織が待っています。

それこそが、市場環境が激しく変化する現代において、勝ち残り続けることができる組織の姿です。

今のあなたの組織は、あなたがいないと止まってしまう組織でしょうか。それとも、あなたが不在でも、あるいはあなたが次のビジョンを描いている間も、自律的に最高の結果を出し続ける組織でしょうか。

もし、後者のような組織を作りたいとお考えであれば、まずは「答え」ではなく「問い」を投げることから始めてみてください。そして、精神論ではない、客観的なデータに基づいた育成と仕組みづくりに着手してください。それが、最強の営業チーム構築への確かな道筋となるはずです。