プレイングマネージャーの限界突破:「個人の背中」を見せるよりも「チームが勝つ仕組み」を作る勇気

多くの企業で、最も優秀な成績を収めた営業パーソンが、そのままマネージャーへと昇進します。これは自然な流れであり、報酬やキャリアパスの観点からも一般的な人事と言えるでしょう。しかし、ここに経営上の大きな落とし穴が存在します。

「名選手、名監督にあらず」という言葉がある通り、トップセールスとしての能力と、組織を勝たせるマネジメント能力は、全く異なるスキルセットです。それにもかかわらず、多くのマネージャーは「プレイングマネージャー」として、自らも数字を追いかけながら、部下の育成も担うという二重の負荷を負っています。

もし今、貴社の営業組織で「マネージャーが一番忙しく走り回っている」「マネージャーの売上がチーム目標の多くを占めている」という状況があるならば、それは組織の成長が止まるサインかもしれません。本稿では、なぜプレイングマネージャー体制が限界を迎えるのか、そしてチーム全員で勝つために何が必要なのかを、論理的に紐解いていきます。

プレイングマネージャーという「構造的なボトルネック」

なぜ、プレイングマネージャーに頼る組織は成長しにくいのでしょうか。理由は精神論ではなく、物理的なリソースの問題にあります。

一日は誰にとっても24時間しかありません。プレイヤーとして顧客と向き合い、提案書を作成し、商談を行う時間は、そのまま「部下と向き合う時間」や「組織の課題を分析する時間」を奪うことになります。マネージャー自身の個人の数字は達成されるかもしれませんが、その裏で部下へのフィードバックは後回しになり、チーム全体の底上げはおろそかになります。

さらに深刻なのは、マネージャーが「自分が売ればなんとかなる」と考えてしまうことです。チームの目標数値が厳しくなると、マネージャーはつい「手離れが悪い部下に任せるより、自分でやった方が早い」と判断し、案件を巻き取ってしまいます。これにより、一時的な数字は作れるかもしれませんが、部下からは「失敗から学ぶ機会」と「達成する経験」が奪われます。

結果として、いつまで経っても部下は育たず、マネージャーは永遠に現場から離れられないという悪循環、すなわち「属人化の罠」に陥ります。組織として売上の天井を突き破るためには、個人の馬力に頼るフェーズを終え、組織的な戦い方へとシフトする必要があります。

「背中を見せて育てる」から「勝てる環境を整える」へ

マネジメントに専念するとは、単にデスクに座って数字を管理することではありません。それは、プレイヤーとしての視点を捨て、組織全体のパフォーマンスを最大化するための「環境」と「ルール」を設計するエンジニアのような役割へと変化することを意味します。

トップセールスだったマネージャーほど、「俺の背中を見て盗め」や「気合とセンスだ」といった感覚的な指導になりがちです。しかし、それでは再現性がありません。必要なのは、優秀な営業パーソンが無意識に行っている行動や思考プロセスを言語化し、誰でも実行可能なレベルにまで落とし込むことです。

1. プロセスの分解と標準化

まず取り組むべきは、営業プロセスの徹底的な分解です。アポイント獲得から商談、クロージング、そして契約後のフォローに至るまで、どのフェーズで何を行うべきかを明確にします。

たとえば、「ヒアリング能力」という曖昧な言葉で片付けるのではなく、「初回訪問時に必ず聞くべき5つの質問項目」や「顧客の課題を深掘りするためのトークスクリプト」といった具体的な行動レベルにまで落とし込みます。これにより、能力の低いメンバーでも一定水準の商談が可能になり、全体の成約率が底上げされます。

2. 事実データに基づく判断

プレイングマネージャーは自身の感覚を頼りにしがちですが、専任のマネージャーはデータという客観的事実を武器にします。 「なんとなく行けそうです」という部下の報告を鵜呑みにせず、過去のデータや進捗率、行動量といった指標と照らし合わせ、「なぜその数字になるのか」「どこで詰まっているのか」を分析します。これにより、精神論ではない、論理的かつ具体的な改善指示が可能になります。

仕組みを動かすのは「人」である:1on1の重要性

ここまで「仕組み」や「標準化」の重要性を説きましたが、ガチガチに管理されたマニュアルだけで人が動くわけではありません。むしろ、仕組みが整えば整うほど、それを運用する「人」のモチベーションや納得感が重要になります。

ここで、マネジメント専任者が時間を割くべき最も重要なタスクとして「1on1ミーティング」が挙げられます。

従来の営業会議でよくある「目標に対していくら足りないんだ?」「どうやって埋めるんだ?」という詰め寄るだけのコミュニケーションは、部下を疲弊させるだけで、思考停止を招きます。これでは、せっかく作った仕組みも「やらされ仕事」として処理されるだけです。

本当に効果的な1on1とは、部下の「内発的な動機」と「組織の目標」を接続する場です。

  • キャリアのすり合わせ: 部下が将来どうなりたいのか、どんなスキルを身につけたいのかを聞き出し、現在の日々の営業活動がその未来にどう繋がっているかを紐付けます。「会社のために売れ」ではなく、「君の成長のために、この壁を乗り越えよう」という文脈を作るのです。
  • 思考の補助線: 答えを教えるのではなく、問いかけによって部下自身に気づきを促します。「あの商談、もしやり直せるとしたらどこを変える?」といった問いを通じて、部下の自己解決能力(自走力)を養います。

マネージャーがプレイヤー業務を手放し、こうした対話の時間を持つことで、部下は「自分は見てもらえている」「大切にされている」と感じ、仕事に対する主体性が生まれます。これこそが、組織力を高めるための土台となります。

経営者が決断すべき「勇気ある撤退」

優秀なプレイヤーを現場から引き剥がし、マネジメントに専念させることは、経営者にとって勇気のいる決断です。短期的には、エースの売上が抜けることで全体の数字が落ち込むリスクがあるように見えるからです。

しかし、一人のスタープレイヤーに依存し続けるリスクの方が、長期的には遥かに甚大です。そのエースが退職したり、体調を崩したりした瞬間、組織は崩壊します。

経営者が目指すべきは、誰が欠けても揺るがない強固な組織構造です。そのためには、以下のステップで体制を移行していく必要があります。

  1. 役割の再定義: マネージャーの評価指標を「個人の売上」から「チームの総売上」および「人材育成の進捗」へと完全に切り替える。
  2. 業務の可視化: 属人化しているノウハウを洗い出し、組織の資産として共有可能な形にする。
  3. コミュニケーションの質的転換: 数字の管理だけでなく、メンバー一人ひとりの個性や意欲に向き合う1on1を定着させる。

「仕組み」だけでも、「情熱」だけでも組織は動きません。論理的なプロセス設計(ハード)と、個人の意欲を引き出す対話(ソフト)。この両輪を回す役割こそが、これからのマネージャーに求められる姿です。

プレイングマネージャーという「個人の戦い」に終止符を打ち、チーム全体で勝つための「組織戦」へと舵を切る。その決断こそが、貴社の営業組織を次のステージへと押し上げる原動力となるはずです。今こそ、一時的な痛みを恐れず、未来のための強固な基盤を作り上げる時ではないでしょうか。

自社のマネージャーがプレイヤー業務に忙殺されている、あるいは組織の仕組み化がどこから手をつければ良いかわからないとお考えであれば、まずは現状の組織診断から始めてみませんか。 貴社の営業プロセスやマネジメント状況における「見えない課題」を明確にするお手伝いをいたします。