多くの経営者様や営業責任者様から、このような悩みをよく耳にします。 「うちの営業は、顧客に言われたことしかやらない」 「『御用聞き』になってしまっていて、自分から提案ができていない」 「もっとガツガツ提案してこい、と檄を飛ばしているが、なかなか成果につながらない」
かつての高度経済成長期や、市場にモノが不足していた時代であれば、定期的に顔を出して注文を取る「御用聞き」スタイルでも十分な成果があがりました。しかし、モノやサービスが溢れ、顧客自身がインターネットで簡単に情報を収集できる現代において、単なる御用聞きでは選ばれる理由がありません。
そこで多くの企業が掲げるのが「提案型営業への転換」です。 「お客様のニーズを先回りして提案しよう」「自社の強みをアピールしよう」と、社員の背中を押します。しかし、ここで一つの大きな落とし穴にはまってしまうケースが後を絶ちません。
それは、「提案」という言葉を履き違えてしまい、顧客が求めていない「押し売り」を加速させてしまうことです。 実は、顧客が営業担当者に本当に求めているのは、立派なプレゼンテーションでも、最新機能の説明でもありません。
顧客が求めているのは、**「自分たちの抱える課題の整理」**です。
今回は、なぜ「提案」に走ると失敗するのか、そしてこれからの営業組織に必要な「課題整理力」とその育て方について、深く掘り下げていきます。
「提案しろ」という号令が招く、不幸なすれ違い
「御用聞きではだめだ、提案してこい」と言われた営業担当者は、何をするでしょうか。 多くの場合、自社商品のカタログを読み込み、新機能やメリットを頭に叩き込み、顧客のもとへ向かいます。そして、顧客が「最近ちょっと困っていて…」と口を開いた瞬間に、待っていましたとばかりに話し始めます。
「それなら、弊社のこの新サービスが最適です!」 「他社にはない、こんな機能がついているんです!」
営業担当者としては、会社の方針通り「提案」をしています。しかし、顧客の反応はどうでしょうか。「ああ、なるほどね。検討しておくよ」と言われ、そのまま音沙汰がなくなる。そんな経験はないでしょうか。
なぜ、熱心な提案が響かないのか。 それは、顧客自身も**「本当の課題が何なのか、明確に分かっていない」**ことが多いからです。
例えば、「売上が下がっている」という悩みを持つ顧客がいたとします。 営業担当者がすぐに「では、広告を出して集客しましょう」と提案するのは、医者が患者の顔も見ずに「お腹が痛い?じゃあ手術しましょう」と言うのと同じくらい乱暴なことです。
売上が下がっている原因は、集客不足かもしれないし、接客の質かもしれないし、商品の陳列方法かもしれません。もしかすると、市場そのものが縮小している可能性もあります。 原因が特定されていない段階での「提案(処方箋)」は、顧客にとって「的外れな売り込み」でしかありません。顧客は無意識のうちに「この人は私の話をちゃんと聞いてくれない」「売りたいだけなんだな」と感じ、心を閉ざしてしまいます。
求められているのは「名医」のような問診力
成果を出し続ける営業組織や、いわゆるトップセールスと呼ばれる人たちは、この順序が全く異なります。彼らは、いきなり提案をしません。商談の時間の大部分を、徹底した「ヒアリング」と「現状の確認」に使います。
彼らが実践しているのは、**「課題の整理」**です。
先ほどの例で言えば、「売上が下がっているとおっしゃいましたが、具体的にはどの店舗で、いつ頃から傾向が出ていますか?」、「新規のお客様が減っているのでしょうか、それともリピート率が下がっているのでしょうか?」と、事実を一つひとつ確認していきます。
顧客自身も気づいていなかった事実を、データや対話を通じて浮き彫りにしていく。 「なるほど、集客ではなく、一度来たお客様が再来店していないことが一番の問題だったんですね」と、顧客と一緒に頷き合う。
ここまで来て初めて、顧客は「じゃあ、どうすればいい?」と解決策を求めてきます。ここで初めて、自社のサービスを提示するのです。 「それなら、リピート率向上に特化した、このツールが役に立ちます」
この段階での提案は、もはや「売り込み」ではありません。顧客にとっては、待ち望んでいた「解決策」となります。
つまり、現代の営業に求められているのは、商品を上手に説明するプレゼン能力ではなく、**顧客の混沌とした状況を整理し、進むべき道を照らす「問診力」**なのです。これができる営業担当者は、顧客から「パートナー」として信頼され、価格競争に巻き込まれることなく選ばれ続けます。
なぜ、多くの営業担当者は「問診」ができないのか
理屈では分かっていても、これを組織全体で実践するのは容易ではありません。 なぜなら、多くの営業担当者は「沈黙」や「正解を持っていない状態」を怖がるからです。
「お客様のところに行ったら、何か気の利いたことを言わなければならない」 「すぐに答えを出さないと、頼りないと思われる」
そんなプレッシャーから、つい手持ちの武器(商品)を早々に出してしまいます。また、そもそも「何をどう聞けば、課題が整理できるのか」という地図を持っていない場合がほとんどです。
これは、個人の資質の問題というよりも、組織の仕組みやマネジメントの問題と言えます。 「今月の数字はどうなっているんだ」という結果ばかりを追求するマネジメントでは、メンバーは「早く売る」ことに意識が向き、じっくりと顧客の課題に向き合う余裕を失います。
また、トップセールスの「感覚」や「センス」に頼ったままでは、そのノウハウは他のメンバーに伝わりません。「あいつは勘がいいから売れる」で片付けてしまっては、いつまでたっても組織力は上がりません。
組織として「聞く力」を育てるための仕組み
では、どうすれば「課題を整理できる営業」を育てることができるのでしょうか。 精神論ではなく、具体的な行動と仕組みに落とし込む必要があります。
まず一つ目は、**営業プロセスの「見える化」**です。 商談のプロセスを分解し、「どの段階で、何を聞くべきか」を明確にします。 例えば、初回訪問のゴールを「自社商品の説明」にするのではなく、「顧客の現状と理想のギャップ(課題)を3つ以上持ち帰ること」に設定します。 評価の基準を変えることで、メンバーの行動は変わります。「どれだけうまく話せたか」ではなく、「どれだけ深く聞けたか」を称賛する文化を作ることです。
そして二つ目は、社内のマネジメントにおける「1on1」の活用です。 これが非常に重要なポイントです。
営業担当者が顧客に対して「一方的な提案」をしてしまうのは、社内で上司から「一方的な指示」を受けていることの鏡写しである場合が少なくありません。 上司が部下に対して、「なんで売れないんだ」「もっとこうしろ」と答えを押し付けていると、部下はそのコミュニケーションスタイルを無意識に学習し、顧客に対しても同じように振る舞います。
逆に、上司が1on1の場を通じて、部下の話をじっくりと聞き、部下の抱える課題を一緒に整理する姿勢を見せていたらどうでしょうか。 「最近、商談で詰まっているところはある?」「それは何が原因だと思う?」と問いかけ、部下自身の口から答えを引き出す。 このような**「思考の整理を手伝ってもらう体験」**をした部下は、それがどれほど安心感を与え、前向きな気持ちにさせるかを知っています。だからこそ、顧客に対しても同じように「まずは話を聞こう」「一緒に考えよう」という姿勢で接することができるようになります。
部下の育成とは、単にスキルを教えることではありません。上司自身が、部下に対して「理想の営業スタイル」を体現して見せることが、最も強力な教育になります。
「仕組み」と「対話」が、強い営業組織を作る
営業力の強化というと、どうしても外部研修でトークスキルを磨いたり、精神論でモチベーションを上げたりすることに目が向きがちです。しかし、それだけでは一時的な効果しか得られません。
本当に強い営業組織とは、特定のスーパースターに依存するのではなく、「誰が担当しても、顧客の課題を的確に捉え、解決に導ける」組織です。
そのためには、以下の3つのステップを回し続けることが重要です。
- プロセスの定義: 営業活動における「成功の型(勝ちパターン)」を分析し、何をヒアリングすべきかを明確にする。
- 実践と振り返り: 実際に顧客と対話し、持ち帰った情報が十分だったか、チームで振り返る。売上の数字だけでなく、「プロセスの質」を評価する。
- 対話による育成: マネージャーが1on1を通じて、メンバーの思考を整理し、自ら考える力を養う。
特に「振り返り」は重要です。失注した案件について、「運が悪かった」「値段が高かった」で終わらせず、「顧客の真の課題は何だったのか?」「それを聞き出すために、どんな質問が不足していたのか?」という事実に基づいた検証を行うこと。これが、組織全体の知見として蓄積されていきます。
最後に
顧客は、商品を売りつけられることを嫌いますが、自分の悩みを解決してくれるパートナーを心から求めています。 「御用聞き」でもなく、「押し売り」でもない。 顧客と同じ方向を向き、複雑に絡み合った課題を解きほぐしてくれる存在。
貴社の営業チームが、そのような存在に変わったとき、価格や商品力だけの競争から抜け出し、顧客から「あなたに相談したい」と指名されるようになります。それは、景気の変動にも左右されない、太く強い経営の土台となるはずです。
まずは、社内のミーティングや1on1で、「指示」をする前に、部下の言葉に耳を傾け、「課題を整理する」ことから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな変化が、やがて顧客との関係性を劇的に変える大きな一歩につながります。
もし、自社の営業プロセスにおいて「どこがボトルネックになっているか見えない」、「メンバーが育つ仕組みがない」とお感じであれば、一度、客観的な視点で組織の状態を分析してみることをお勧めします。 「売れない理由」を個人の責任にするのではなく、組織の構造的な課題として捉え直すことで、必ず解決の糸口は見つかります。
次回の部下との面談や1on1では、アドバイスをぐっと堪えて、最初の10分間は「部下が感じている現状」と「困っていること」を質問することだけに集中してみてください。部下の表情の変化に、新しい発見があるかもしれません。
