期待していた大型案件が決まらなかったとき、あるいは確度が高いと読んでいた商談が土壇場でひっくり返されたとき。営業現場には重苦しい空気が流れます。
特に、真面目で責任感の強いメンバーほど、そのショックは大きいものです。「自分の実力が足りないからだ」「会社に申し訳ない」と自分を責め、目に見えて自信を失ってしまうことがあります。
こうした場面で、マネージャーであるあなたはどのような言葉をかけているでしょうか。 「次は頑張ろう」と明るく励ますでしょうか。それとも、「なぜ詰め切れなかったんだ」と厳しく追及するでしょうか。
実は、この「失注直後の対応」こそが、その後のメンバーの成長曲線、ひいては営業組織全体の強さを決定づける重要な分岐点となります。単なる慰めや精神論での叱咤激励ではなく、論理的に状況を整理し、次なるアクションへと導くためのアプローチについて考えていきましょう。
慰めも叱責も、根本的な解決にはならない
部下が落ち込んでいるとき、多くのマネージャーは二つのパターンのどちらかに陥りがちです。
一つは、**「感情的な寄り添い」**です。 「ドンマイ、運が悪かっただけだよ」「君の頑張りは見ているから、気にするな」といった言葉です。もちろん、信頼関係を維持するために配慮は必要ですが、これだけでは部下の不安は払拭されません。部下自身が「実力不足」を感じている場合、根拠のない慰めはかえって空虚に響き、「上司は甘い顔をしているが、本当は失望しているのではないか」という疑念を生むことさえあります。
もう一つは、**「結果に対する追及」**です。 「あの時、なぜクロージングしなかったのか」「準備不足だったのではないか」と、終わったことに対して「なぜ」を繰り返すパターンです。これは「振り返り」の皮を被った「尋問」になりがちです。自信を失っている状態でこれをやられると、部下は委縮し、防衛本能から言い訳を考えるようになります。これでは、建設的な議論は望めません。
必要なのは、感情的なケアでも過去の断罪でもありません。「主観的な感情」と「客観的な事実」を切り分け、冷静にプロセスを見直す作業です。
「人格」と「行動」を切り離す
失注して落ち込んでいるメンバーは、思考の中で「失敗した事実」と「自分の能力・人格」をごちゃ混ぜにしています。 「商談に負けた」=「自分は営業に向いていないダメな人間だ」という極端な思考に陥っているのです。
マネージャーが最初に行うべきは、この結びつきを解くことです。 「あなたがダメなのではない。選択した『行動』や『戦略』の一部が、今回の顧客の状況と噛み合わなかっただけだ」というメッセージを伝える必要があります。
これを伝えるためには、具体的な**「プロセスの分解」**が必要です。 営業活動は、アポイント獲得から信頼関係の構築、ヒアリング、提案、クロージングといった複数の工程から成り立っています。すべてがダメだったわけではなく、どの工程の、どの判断が結果に影響したのかを特定するのです。
例えば、以下のような視点で分解していきます。
- ターゲット選定は適切だったか?(顧客の課題と自社の解決策は合致していたか)
- キーマンへのアプローチはできていたか?(決裁権を持つ人に会えていたか)
- ヒアリングで聞き漏らした「顧客の懸念点」はなかったか?
- 提案のタイミングは早すぎなかったか、あるいは遅すぎなかったか?
このように要素を細かく分解していくと、「全体的にダメだった」という漠然とした絶望感から、「ヒアリングの段階で、予算感を握りきれていなかったことが敗因だ」という具体的な課題へと焦点が移ります。課題が具体的になれば、対策も具体的になります。人間は、対処すべきことが明確になると、不安が軽減され、再び前を向くエネルギーが湧いてくるものです。
1on1で「事実」に向き合う場をつくる
こうした振り返りを、チーム定例会議などの大勢の前で行うのは避けるべきです。他のメンバーの前で失敗をさらけ出すことは、プライドを傷つけ、心理的な防御壁を高くしてしまいます。
ここで有効なのが、1on1ミーティングです。 1対1の対話の場を用意し、マネージャーが「評価者」ではなく「伴走者」として横に並ぶ姿勢を見せることが大切です。
1on1では、マネージャーが一方的に分析結果を伝えるのではなく、問いかけを通じて本人に気づきを促します。
- 「今回の商談、手ごたえが変わった瞬間はどこだったと思う?」
- 「もし時間を巻き戻せるとしたら、どの場面で、どんな一言をかけたかった?」
- 「お客様が最終的に競合を選んだ決め手は、推測ではなく事実として何が分かっている?」
このように問いかけることで、メンバーは感情の沼から抜け出し、事実を客観視するモードに入ることができます。 また、マネージャー自身も、日頃のメンバーの動きが見えていなかったり、指導不足だった点に気づくかもしれません。お互いに「次はどうすればいいか」をフラットに話し合う時間こそが、信頼関係を深め、メンバーの自律的な思考を育みます。
小さな成功体験(スモール・ウィン)を設計する
課題が特定できたら、次は行動計画です。しかし、自信を失っているメンバーにいきなり高い目標を課すのは逆効果です。まずは確実に達成できる**「小さな目標」**を設定し、成功体験を積ませることが回復への近道です。
例えば、「今月中に大型契約を取ってくる」といった結果目標ではなく、プロセスに焦点を当てた行動目標を設定します。
- 「次の商談では、必ず冒頭で『今回の検討の背景』を深掘りする質問を2つ投げかける」
- 「提案書を出す前に、キーマンの懸念点を3つ書き出して上司とすり合わせる」
これなら、成約に至らなくても「できた」という実感を得ることができます。 マネージャーは、この小さな達成を見逃さず、「前回話した課題に対して、しっかりアクションできていたね」と承認してください。 「課題を認識し、修正行動がとれた」という事実の積み重ねが、失われた自信を少しずつ、しかし確実に修復していきます。
失敗を「組織の教科書」にする
一人のメンバーの失注体験を、個人の問題で終わらせてしまうのは、組織にとって大きな損失です。なぜなら、その失敗には「なぜ売れなかったのか」という貴重なデータが含まれているからです。
1on1で深掘りし、原因と対策が明確になったら、それを抽象化してチーム全体に共有する仕組みを作りましょう。 「○○業界の顧客は、今こういう懸念を持っており、そこに対する切り返しが不十分だと失注する傾向がある」 「競合他社は最近、この価格帯で攻勢をかけてきている」
このように、個人の痛い経験をチーム全体の「学び」へと昇華させるのです。 失敗したメンバーにとっても、自分の経験がチームの役に立ったと感じられることは、救いであり、貢献実感につながります。 「失敗は隠すべきもの」ではなく、「共有して組織を強くするための材料」であるという文化が根付けば、メンバーは失敗を恐れずに挑戦できるようになります。
マネージャーの役割は「正解を教えること」ではない
営業の世界において、常に勝ち続けることは不可能です。トップセールスであっても、失注は経験します。重要なのは、負けた時にどう立ち上がるかです。
マネージャーの仕事は、部下が転ばないように先回りして障害物を取り除くことではありません。転んでしまった部下に手を差し伸べ、「なぜ転んだのか」「次はどうすれば転ばないか」を一緒に考え、再び走り出すための背中を押してあげることです。
そのためには、精神論や気合いだけでは不十分です。 プロセスを分解し、数値や事実に基づいてボトルネックを特定する。そして、1on1という対話の場で本人の納得感を引き出し、次の一歩を踏み出させる。 こうしたロジカルかつ人間味のあるアプローチこそが、メンバーの個性を伸ばし、長く活躍できる人材へと育て上げるのです。
部下が「また失注してしまった」と肩を落として帰ってきたとき。 それは、その部下が大きく成長するチャンスであり、マネージャーであるあなたの手腕が問われる瞬間でもあります。
まずは、「お疲れ様。まずは状況を整理しようか」と声をかけ、会議室ではなく、落ち着いて話せる場所でじっくりと話を聞くことから始めてみてはいかがでしょうか。その対話の積み重ねが、どんな環境変化にも揺らがない、強い営業組織を作る土台となるはずです。
まずは、直近で失注してしまった案件について、担当メンバーと1on1の時間を作ってみてください。その際、「なぜ売れなかった?」と詰めるのではなく、「プロセスのどこにボタンの掛け違いがあったか、一緒に事実を確認しよう」と持ちかけ、ホワイトボードなどを使いながら商談の流れを可視化してみることをお勧めします。
