はじめに:組織の成果が伸び悩む本当の理由
「商品力はある。市場のニーズもある。メンバーも採用した。それなのに、なぜか営業目標に届かない」 「特定のチームだけ離職率が高い、あるいはメンバーが育たない」
もし今、経営者であるあなたがこのような課題に直面しているのなら、視点を少し変えてみる必要があるかもしれません。多くの場合、営業改革というと、現場の営業担当者(メンバー)の行動量管理や、トークスクリプトの改善、あるいはSFA(営業支援システム)の導入といった「現場の戦術」や「ツール」に目が向きがちです。
しかし、組織全体のパフォーマンスに最も大きな影響を与えているのは、実はメンバー一人ひとりではなく、彼らを束ねる「営業マネージャー」の関わり方であるケースが非常に多いのです。
かつてトップセールスとして鳴らしたエースをマネージャーに据えたとたん、チーム全体の数字が落ち込んでしまった、という話は枚挙にいとまがありません。これは個人の能力不足というよりも、マネジメントにおける「特性の不一致」や「スタイルの未確立」が原因であることが大半です。
本コラムでは、感覚や経験則で語られがちな営業マネジメントという領域にメスを入れ、マネージャー自身の特性を客観的に「見える化」することが、いかに組織全体の成果や人材育成に直結するかについて、ロジカルに解説していきます。
なぜ、マネージャーの「見える化」が後回しにされるのか
営業組織において、メンバーの活動は厳しく管理されています。 「誰が、いつ、どこに訪問し、どのような提案をしたか」 「受注率は何パーセントで、見込み案件はいくらか」 こうしたプロセスや成果は、数字として日々モニタリングされているはずです。
一方で、マネージャーに対する評価や分析はどうでしょうか。「チームの目標予算を達成したかどうか」という最終的な結果指標(KGI)だけで判断されていないでしょうか。
もちろん結果は重要です。しかし、結果だけを見ていると、そのプロセスで何が起きているのかが見えなくなります。 例えば、たまたま大型案件が入り込んで目標達成したマネージャーと、メンバー一人ひとりの能力を底上げして安定的に目標達成したマネージャーでは、その中身は全く異なります。
多くの企業でマネージャーの「特性」や「行動」の分析がおろそかになる理由は、マネジメントという業務が非常に属人的で、ブラックボックス化しやすいからです。「あいつのやり方は独特だから」「背中で語るタイプだから」といった曖昧な言葉で片付けられ、その手法が組織の資産として蓄積されていません。
ここには大きなリスクがあります。マネージャー自身も、自分の強みがどこにあり、逆にどのような関わり方が苦手なのかを正確に把握できていないことが多いのです。自分のスタイルを客観視できていないリーダーが、部下の育成や組織運営を行うことは、地図を持たずに航海に出るような危うさがあります。
マネジメント特性を構成する4つの要素
では、マネージャーの何を「見える化」すればよいのでしょうか。単に性格診断をすればよいというわけではありません。営業組織のリーダーとして成果を出すために必要な要素を分解し、データとして把握することが求められます。
具体的には、以下の4つの視点で分析を行うことが有効です。
1. 業務遂行能力(プレイングスキルと管理スキル)
まず、自身の営業スキルと、計数管理や進捗管理といった管理スキルのバランスです。 トップセールス出身者に多いのが、自身の営業スキルは極めて高いものの、それを他者に教えたり、言語化して伝えたりすることが苦手なパターンです。自分ができたから部下もできるはずだ、という前提で接してしまうと、メンバーは疲弊します。 逆に、管理能力は高いものの、現場の肌感覚が薄く、具体的な商談のアドバイスができないケースもあります。現状の能力バランスを直視することがスタート地点です。
2. モチベーションの源泉(価値観)
何に喜びを感じ、何にストレスを感じるかという「価値観」の分析です。 「高い目標を達成し、称賛されること」に重きを置くタイプもいれば、「チーム全体が調和し、メンバーが成長すること」に喜びを感じるタイプもいます。 この価値観の違いは、組織作りや意思決定に色濃く反映されます。自身の価値観を理解していないと、自分と異なる価値観を持つ部下に対して、的外れな動機付けを行ってしまうことになります。
3. 行動特性(コミュニケーションスタイル)
論理的で冷静な判断を好むのか、情熱的で直感的な動きを好むのか。あるいは、率先垂範型か、支援型か。 これらの行動特性は、チームのフェーズによって相性があります。立ち上げ期の組織には強い牽引力を持つタイプが合うかもしれませんが、安定成長期や、若手育成が急務なフェーズでは、じっくりと話を聞ける支援型のリーダーが求められることもあります。
4. マネジメントスタイル(部下への関わり方)
部下に対して、細かく指示を出すマイクロマネジメント傾向があるのか、あるいは大枠を伝えて任せる放任傾向があるのか。 これも「どちらが良い」という単純な話ではありません。新入社員には細やかな指示が必要ですが、ある程度経験を積んだ中堅社員に同じことをすれば、やる気を削いでしまいます。自分の無意識の「癖」を知ることが重要です。
「見える化」がもたらす、人材育成と1on1への効果
マネージャーの特性が見える化されると、組織内にポジティブな変化が生まれます。特に効果が顕著に表れるのが「人材育成」と「1on1ミーティング」の場面です。
1on1の質が劇的に変わる
近年、多くの企業で1on1が導入されていますが、「単なる業務進捗確認の場になっている」「雑談で終わってしまう」という悩みをよく耳にします。 マネージャー自身の特性が分かっていれば、意識的な軌道修正が可能になります。
例えば、「論理的で成果重視」の特性を持つマネージャーがいるとします。このタイプは、部下の感情に寄り添うことが苦手な傾向があります。それを自覚せずに1on1を行うと、部下が悩みを相談しても「で、結論はどうするの?」「数字はどうなっているの?」と詰め寄ってしまい、部下の心理的安全性を損なう可能性があります。
しかし、診断によって「自分は共感よりも解決を優先しやすい傾向がある」と分かっていれば、1on1の前に「今日はまず、相手の話を最後まで聞くことに集中しよう」「解決策を提示するのではなく、質問をして相手に考えてもらおう」と、意図的にモードを切り替えることができます。 このように、自分の「癖」を理解し、相手に合わせてコミュニケーションを調整することこそが、質の高い1on1を実現し、部下の主体性を引き出すための重要な要素なのです。
「自分らしさ」を活かしたマネジメントへ
また、マネージャー自身が無理をして「理想のリーダー像」を演じる必要がなくなるというメリットもあります。 全てのマネージャーが、情熱的で、ロジカルで、部下想いのスーパーマンである必要はありません。 「自分は背中で引っ張るのは苦手だが、データ分析に基づいた戦略立案は得意だ」と分かれば、戦略部分は自分が担い、現場の士気を高める役割はリーダー格のメンバーに任せる、といった役割分担が可能になります。 自分の得意なスタイルで勝負できるようになることで、マネージャー自身も仕事が楽しくなり、そのポジティブな姿勢がチーム全体に伝播していきます。
最適配置による組織力の最大化
マネージャーの特性データは、人事配置においても強力な判断材料となります。
新規開拓をガンガン進めるべき「狩猟型」のチームに、リスク管理を重視する慎重なマネージャーを配置してしまうと、アクセルとブレーキを同時に踏むような状態になり、成果は上がりません。 逆に、既存顧客との関係を深耕し、解約を防ぐべきチームに、短期的な数字ばかりを追うマネージャーを配置すれば、顧客満足度は低下し、長期的にはマイナスになります。
「どのチームに、どのタイプのマネージャーを配置すれば、最も成果が出るか」。 これを感覚ではなく、特性データに基づいてパズルのように組み合わせることで、組織全体のパフォーマンスを最大化することができます。 また、将来の幹部候補を選抜する際にも、現在のスキルだけでなく、ポテンシャルや適性を踏まえた計画的な育成が可能になります。
まとめ:マネージャーを知ることは、組織の未来を知ること
営業組織を強くするためには、現場の頑張りや精神論だけに頼るわけにはいきません。 組織の要であるマネージャーが、自分自身の特性を深く理解し、その強みを活かしたマネジメントを行うこと。そして会社側が、その特性に合わせた配置とサポートを行うこと。これが、変化の激しい時代においても成果を出し続ける、強い営業組織を作るための確実な方法です。
「うちのマネージャーたちは、どんな特性を持っているのだろうか?」 「今のチーム編成は、本当に最適解なのだろうか?」
もし、そのような疑問をお持ちであれば、一度客観的な視点でマネージャーたちの特性を「見える化」してみてはいかがでしょうか。 そこには、今まで見過ごされていた組織の課題解決の糸口と、飛躍的な成長へのヒントが必ず隠されています。
闇雲に走るのではなく、まずは現状を正しく知る。 その冷静な分析こそが、貴社の営業組織を次のステージへと押し上げるための、最も近道となるはずです。
