「なぜ、Aさんは売れるのに、Bさんは売れないのか」 「トップセールスのCさんが退職したら、そのノウハウまで消えてしまった」 「顧客の状況は、担当者に聞かないと誰もわからない」
多くの経営者や営業責任者の方が、こうした悩みを抱えています。 営業という仕事は、どうしても個人の力量やセンスに依存しやすい側面があります。しかし、個人の頑張りだけに頼った組織運営は、非常に脆いものです。担当者の異動や退職によって顧客との関係が途切れてしまったり、新人が育つのに膨大な時間がかかったりするのは、組織として健全な状態とは言えません。
組織として成果を上げ続け、成長していくためには、特定の人の中に眠っている情報やノウハウを、組織全体の「資産」として共有し、活用できる状態にする必要があります。
今回は、単なる日報や顧客管理ツールの導入だけでは解決できない、「生きた情報共有」の仕組みと、それを実現するためのマネジメントについてお話しします。
なぜ、営業の情報共有はうまくいかないのか
多くの企業が、SFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理システム)を導入し、情報の見える化に取り組んでいます。しかし、「現場が入力してくれない」「入力されたデータが活用されていない」という声は後を絶ちません。
なぜ、こうした現象が起きるのでしょうか。 最大の理由は、現場の営業社員にとって、情報共有が「自分のための仕事」ではなく、「管理されるための作業」になっているからです。
「忙しいのに、なぜこんな細かい報告を書かなければならないのか」 「自分のノウハウを他人に教えたら、自分の優位性がなくなってしまうのではないか」
こうした心理的なハードルがある限り、どんなに高機能なツールを導入しても、本質的な情報は集まりません。入力されるのは、「訪問しました」「提案しました」といった表面的な事実だけで、本当に知りたい「どのような文脈で提案したのか」「なぜ顧客の心が動いたのか」といった質の高い情報は、担当者の頭の中に留まったままになります。
情報共有を機能させるためには、まず「情報を出すこと」が、営業社員自身にとってもプラスになるという認識を作ることがスタートラインです。
「報告」から「共有」へ意識を変える
組織としての情報共有の目的は、管理職が部下を監視することではありません。チーム全員で知恵を出し合い、より良い成果を出すためにあります。
例えば、ある商談で失注してしまったとします。これを単に「失敗の報告」として処理すれば、担当者は責められることを恐れて、言い訳のような報告をするか、詳細を隠そうとするでしょう。 しかし、これを「チームの学習材料」として捉えればどうなるでしょうか。「なぜ失注したのか」「競合のどのような提案が響いたのか」を共有することで、他のメンバーが同じ失敗をするのを防ぐことができます。また、チーム全体で対策を考えることで、次は勝てるようになるかもしれません。
「あなたの失敗は、チームの学びになる」 「あなたの成功事例は、みんなの武器になる」
このように、情報を共有することが組織への貢献であり、自分自身の成長にもつながるという文化を醸成することが大切です。情報共有は「上司への義務」ではなく、「仲間へのギフト」であるという意識改革が必要です。
ブラックボックスを開ける「言語化」の技術
営業の現場では、優秀な人ほど感覚的に動いていることが多く、自分のノウハウをうまく説明できないことがあります。「なんとなく行けそうな気がした」「あうんの呼吸で」といった言葉で片付けられてしまうと、他の人はそれを真似ることができません。
ここで重要になるのが、マネージャーによる「言語化」のサポートです。 トップセールスが当たり前のようにやっていることの中にこそ、組織全体で共有すべきヒントが隠されています。
例えば、 「お客様の課題を聞き出すのがうまい」と言われる人がいれば、具体的にどのような質問をしているのか、どのようなタイミングで相槌を打っているのかを観察し、言葉に落とし込みます。 「クロージングが強い」と言われる人がいれば、契約を迫るのではなく、どの段階でお客様の背中を押しているのか、そのプロセスを分解します。
感覚的な「コツ」を、誰もが理解し実行できる「手順」や「行動」に変換する。これが、マネージャーに求められる重要な役割の一つです。
1on1ミーティングを「情報の抽出」に使う
この「言語化」を進める上で非常に有効なのが、1on1ミーティングです。 多くの企業で行われている1on1は、単なる進捗確認や目標管理の場になりがちです。「数字はどうなっている?」「来月は達成できるのか?」といった会話だけでは、部下の思考や行動のプロセスは見えてきません。
組織の資産となる情報を引き出すためには、1on1を「振り返りと気付きの場」として活用することをお勧めします。
例えば、うまくいった商談について、次のように深掘りしてみましょう。 「なぜ、あのお客様は契約してくれたと思う?」 「商談の準備段階で、一番意識したことは何?」 「もしもう一度やり直せるとしたら、どこを変える?」
部下自身も気づいていない成功の要因を、対話を通じて一緒に見つけ出していくのです。 また、うまくいかなかった場合も同様です。 「どの時点で、お客様の反応が鈍くなったと感じた?」 「その時、どんな言葉をかければよかったと思う?」
このように問いかけることで、部下は自分の行動を客観的に振り返ることができ、そこから得られた気付きは、本人にとっても、組織にとっても貴重な財産になります。 マネージャーは、そこで得られた「勝ちパターン」や「失敗の回避策」をキャッチし、チーム全体の知恵として展開していく役割を担います。
マニュアル化ではなく「型」を作る
情報共有というと、分厚いマニュアルを作ることだとイメージされるかもしれません。しかし、変化の激しい現代のビジネス環境において、細かすぎるマニュアルはすぐに陳腐化してしまいます。また、マニュアル通りに動くことだけを求めると、営業社員の個性や創意工夫が失われ、仕事の面白みも半減してしまいます。
目指すべきは、ガチガチのマニュアルではなく、成果を出すための基本となる「型」を作ることです。 武道やスポーツに基本のフォームがあるように、営業にも「これを外してはいけない」という基本動作があります。
- 初回訪問で必ず聞くべき3つの質問
- 自社の強みを伝えるための鉄板トーク
- よくある反論への切り返し集
こうした「型」を共有した上で、そこから先は一人一人の個性を活かしたアレンジを推奨する。そうすることで、組織としての最低限の品質を担保しながら、各メンバーが自分らしく仕事を楽しめる環境を作ることができます。 「型」があるからこそ、守破離のように、基本を守り、破り、離れていくという成長のステップを踏むことができるのです。
個性を殺さず、組織力を高める
「組織の仕組み化」や「標準化」というと、全員を同じ金太郎飴のようにしてしまうのではないかと危惧されることがあります。 しかし、本来の仕組み化とは、逆のものです。 誰もができる業務や、知っていれば防げるミスを仕組みでカバーすることで、社員が本来注力すべき「顧客との対話」や「創造的な提案」に時間を使えるようにすることです。
情報が整理され、基本的な勝ちパターンが共有されていれば、新人は早く一人前になり、ベテランはより難易度の高い案件に集中できます。 また、成功事例や失敗事例が共有されることで、自分一人では経験できない数多くのケーススタディを学ぶことができ、成長のスピードも格段に上がります。
一人一人が自分の強みを活かし、仕事にやりがいを感じながら、組織全体としても成果を上げ続ける。 そんな好循環を生み出すためには、特定の人に依存しない、開かれた情報共有の土台を作ることが非常に大切です。
最後に:組織を変えるのは「小さな成功」の積み重ね
ここまで、情報共有と仕組み化の重要性についてお伝えしてきましたが、これを一朝一夕で実現するのは簡単ではありません。長年染みついた「個人の勘と経験」に頼る文化を変えるには、粘り強い取り組みが必要です。
まずは、壮大なシステムを構築するのではなく、チーム内での小さな対話から始めてみてはいかがでしょうか。 「今週のベスト商談」を共有する時間を設ける。 1on1で数字以外の「プロセスの振り返り」に時間を割いてみる。 日報に「気づき」の欄を一つ増やしてみる。
そんな小さな一歩の積み重ねが、やがて組織全体を支える大きな力となります。 そして、情報がスムーズに流れ、互いに学び合う文化が定着したとき、御社の営業組織は、誰か一人のカリスマに頼ることなく、どんな環境変化にも適応し、勝ち続けられる強いチームへと進化しているはずです。
もし、自社だけでこの仕組みを構築するのが難しい、どこから手をつければいいかわからないとお感じであれば、ぜひ一度、外部の専門家の視点を取り入れることも検討してみてください。 組織の中に埋もれている「宝」を見つけ出し、それを全員で共有できる形にするお手伝いをすることは、経営者様にとっても、現場で働く社員の皆様にとっても、大きな価値を生むはずです。
私たちは、働く人が仕事に誇りと楽しみを持ち、その結果として企業の業績が伸びていく、そんな未来を一緒につくっていきたいと考えています。
もし、貴社の営業組織で「情報の属人化」や「育成のばらつき」にお悩みでしたら、まずは現状の営業プロセスがどの程度「見える化」されているか、簡易的な診断から始めてみませんか?お気軽にご相談ください。
