「優秀な人材を採用したはずなのに、なかなか成果が出ない」 「研修はしっかり行っているのに、現場で活かされていない」 「マネージャーが必死に指導しているが、部下が育たず疲弊している」
経営者や営業責任者の皆様にとって、「営業人材の育成」は常に頭を悩ませる大きな課題ではないでしょうか。多くの企業が、あの手この手で育成施策を講じますが、期待したほどの成果に繋がらず、「結局は本人のやる気次第だ」と結論づけてしまうケースも少なくありません。
しかし、営業が育たないのは、本当に「個人」の問題だけでしょうか。
もし、複数の社員が同じように成長に伸び悩んでいるとしたら、それは個人の資質ではなく、人材を育てられない「組織の構造」そのものに根本的な原因が潜んでいる可能性が高いと言えます。
本日は、多くの企業が陥りがちな「営業が育たない」組織の共通点と、その根本原因を解決し、社員が自ら成長していく組織をどう作るかについて、深掘りしていきます。
陥りがちな罠:「頑張れ」と「感覚」に依存する指導
多くの現場で、営業育成がうまくいかない最大の理由は、指導が「精神論」と「感覚論」に終始している点にあります。
「今月は目標必達だ。もっと頑張れ」 「とにかく気合で訪問件数を増やせ」 「お客様の懐に飛び込むんだ。あとはセンスだ」
こうした指導は、具体的に「何を」「どのように」改善すれば成果に繋がるのかを示していません。これでは、言われた側は何をすべきか分からず、成果が出なければ「頑張りが足りない」「センスがない」と自己否定に陥ってしまいます。
また、優秀なマネージャーほど、自分自身の成功体験(=感覚)に基づいて指導しがちです。しかし、そのマネージャーの個性や得意なやり方が、必ずしも部下の個性に合うとは限りません。むしろ、型にはめようとすることで、部下が本来持っている強みを潰してしまう危険性すらあります。
営業組織が「個人の頑張り」や「マネージャーの感覚」に依存している限り、成果は安定せず、人材が育つ環境も生まれません。
営業が育たない組織の「根本原因」
では、なぜ感覚的な指導から脱却できないのでしょうか。その根本には、組織の「仕組み」の不備があります。具体的には、以下の3つの要素が欠けていることがほとんどです。
1. 課題が「見えていない」 第一に、組織として「どこに問題があるのか」を客観的に把握できていません。
- 「今、誰が、どの案件で、何に困っているのか?」
- 「成約に至るプロセスと、失注するプロセスの違いは何か?」
- 「そもそも、訪問から受注までの平均的な流れはどうなっているのか?」
これらが曖昧なままでは、マネージャーは「とにかく頑張れ」としか言いようがありません。問題がどこにあるか分からないのに、正しい打ち手(育成)が打てるはずがないのです。
2. 振り返る「習慣」がない 第二に、活動を客観的に振り返り、次善策を考える「習慣」が組織にありません。
多くの営業会議は、「結果の報告」や「目標未達の詰め」で終わってしまいます。「なぜ、この活動はうまくいったのか」「なぜ、あのお客様には響かなかったのか」という本質的な「なぜ」を深掘りする時間が設けられていません。
この「振り返り」こそが、個人と組織の成長の源泉です。この時間がない、あるいは機能していない組織では、同じ失敗が繰り返され、成功はたまたまのもの(再現性のないもの)になってしまいます。
3. 成功の「型」が共有されていない 第三に、「こうすれば一定の成果が出る」という営業活動の「型(標準プロセス)」が組織にありません。
ここで言う「型」とは、トップセールスの超絶技巧のことではありません。むしろ逆で、「新人でも、これさえ守れば平均点は取れる」という、基本的な活動の流れや、使うべき資料、報告のルールなど、業務の土台となる部分です。
この「型」がないと、社員は全員がゼロから我流で営業方法を模索することになります。これでは効率が悪すぎますし、個人の能力差がそのまま成果の差として表れてしまいます。
「人が育つ組織」へ転換する3つのステップ
営業が育たない根本原因が「仕組み」にあるのならば、解決策もまた「仕組み」の構築にあります。個人を責めるのではなく、組織のあり方を変えるのです。
ステップ1:まず、現状を「見える」ようにする
最初に取り組むべきは、営業活動の「見える化」です。これは監視のためではありません。問題を特定し、的確なサポートをするためです。
- 営業プロセス(例:アポ、初回訪問、提案、クロージング)を細かく分解します。
- 各プロセスで「何をすべきか(ToDo)」「何が成果か(Goal)」を明確にします。
- SFAやCRMといったツール、あるいはシンプルな日報でも構いません。「今、誰が、どのプロセスの段階にいるか」をチーム全体で把握できるようにします。
何がボトルネックになっているのか(例:初回訪問から提案に進む率が極端に低い)、誰がどこでつまずいているのかが「見える」こと。これが、具体的な育成の第一歩です。
ステップ2:「結果」ではなく「プロセス」を振り返る
現状が見えるようになったら、次に「振り返りの習慣」を作ります。ここで重要なのが、**マネージャーとメンバーによる「1on1(1対1の面談)」**です。
これは、進捗を管理する会議ではありません。メンバーの成長を支援するための「対話」の時間です。
- 「今週の活動で、一番うまくいったのはどこ? なぜだと思う?」
- 「〇〇様への提案、どこに難しさを感じた?」
- 「次の提案を成功させるために、マネージャーとして何をサポートできる?」
「見える化」された客観的な事実(プロセス)を基に、「なぜ」を一緒に考えます。マネージャーは答えを与えるのではなく、質問を通じてメンバー自身に「気づき」を促します。
この対話こそが、メンバーの「貢献実感(上司が見てくれている)」「成長実感(課題が明確になった)」に直結し、仕事への意欲を高めます。
ステップ3:「標準」を作り、「個性」を乗せる
最後に、組織としての「標準(型)」を作ります。
振り返りを通じて見えてきた「うまくいったやり方」や「最低限これはやるべき」という行動を、組織のルールやマニュアルとして整備します。
この「標準」という土台があるからこそ、マネージャーは「標準から外れている部分」を的確に指摘できます。そして、メンバーは「標準」をこなした上で、どうすれば自分の個性を発揮して「標準以上」の成果を出せるかを考える余裕が生まれます。
「型」がないから我流になるのです。「型」があれば、それを土台に「応用(=個性)」が生まれます。
組織は「仕組み」でしか成長できない
「営業が育たない」という悩みは、多くの場合、個人の能力の問題ではなく、組織の「仕組み」の問題です。
- 現状を見える化し、課題を特定する仕組み。
- 1on1などを通じて、客観的に振り返り、次の一手を考える習慣。
- 成功パターンを「標準」として共有し、組織全体のレベルを底上げする仕組み。
これら3つの仕組みが回り始めると、組織の風景は一変します。
マネージャーは、感覚的な「頑張れ」から解放され、データに基づいた具体的なアドバイス(コーチング)ができるようになります。 メンバーは、何をすべきかが明確になり、「やらされ仕事」ではなく、「どうすればもっと良くなるか」を自ら考えるようになります。
社員一人ひとりが、日々の業務の中で「昨日よりできることが増えた(成長実感)」「自分の工夫が成果に繋がった(達成実感)」と感じられること。これこそが、仕事を楽しむことの本質であり、社員が自ら育っていく組織の姿です。
今、もし貴社が「営業の育成」に悩んでおられるなら、個人の能力を嘆く前に、一度、「人材が育つ仕組み」が社内に存在しているかどうか、見直してみてはいかがでしょうか。
