企業の経営者や営業責任者の皆様は、日々、営業組織のパフォーマンスについて頭を悩ませていらっしゃることと存じます。
「一部の優秀な営業担当者の成果に頼ってしまっている」 「営業会議が、具体的な改善策の議論ではなく、数字の報告と精神論で終わってしまう」 「若手や中堅がなかなか育たず、いつも同じメンバーが成果を出している」 「良かれと思って導入したSFA(営業支援システム)も、結局は日報入力のツールになっている」
こうした課題の根本には、営業活動が「個人の感覚」や「暗黙の了解」に依存してしまい、組織として何が問題で、何をすべきかが共有できていない、という共通点があります。
経営者が目指すべきは、特定の個人の頑張りに依存するのではなく、組織全体が自ら課題を見つけ、考え、行動し、改善を続けていける「自走する営業組織」ではないでしょうか。
本日は、そのような「自走する組織」を構築するために、まず何から手をつけるべきか、その具体的な6つのステップについて解説します。全ては「現状を正しく知る」ことから始まります。
ステップ1:営業の「見える化」 – 組織の現在地を正確に知る
「自走する組織」への第一歩は、驚くほどシンプルです。それは、営業活動に関わるあらゆる情報を「見える化」することです。多くの企業が「分かっているつもり」になっていますが、感覚や印象ではなく、客観的な事実として把握することが不可欠です。
「見える化」すべきは、単なる売上数字ではありません。重要なのは以下の4つの視点です。
1. プロセスの見える化 まず、「営業担当者が、いつ、誰に、何をしているのか」という行動そのものを見える化します。 例えば、新規の問い合わせから受注に至るまでに、平均で何回の訪問や提案が行われているでしょうか。どの段階で最も時間がかかっている(停滞している)のでしょうか。 優秀な担当者が「当たり前」にやっている顧客へのアプローチ方法が、他のメンバーには全く共有されていないかもしれません。逆に、多くのメンバーが非効率な資料作成に膨大な時間を費やしている可能性もあります。 プロセスを明確にすることで、組織としての「勝ちパターン」と「ボトルネック(障害となっている箇所)」が初めて見えてきます。
2. 成果の見える化 次に、行動の結果としての「成果」を数字で見える化します。 もちろん、最終的な売上や契約数は重要です。しかし、それだけでは「なぜ売れたのか」「なぜ失注したのか」が分かりません。 見るべきは、例えば「商談化率」「受注率」「解約率」といった、プロセスごとの転換率です。Aチームは商談化率が高いが受注率が低い、Bチームはその逆、といった具体的な事実が分かれば、打つべき手も変わってきます。 データに基づかない「今月は気合が足りない」といった議論から脱却し、事実に基づいて戦略を立てる土台がここで作られます。
3. マネージャーの見える化 組織の成果は、マネージャーの能力に大きく左右されます。しかし、そのマネージャーが何に悩み、どのようにチームを導いているかは、経営者から見えにくいことが多いのではないでしょうか。 マネージャーがプレイングマネージャーとして自分の数字に追われ、チーム員の育成や管理に手が回っていないかもしれません。あるいは、部下とのコミュニケーションが一方的な指示命令になっており、チームのやる気を引き出せていない可能性もあります。 マネージャー自身の強みや課題、さらにはチーム運営のスタイルまで見える化することで、彼ら自身が自分の役割を正しく認識し、経営者も適切なサポートができるようになります。
4. メンバーの見える化 最後に、そして最も重要なのが「メンバー一人ひとり」の見える化です。 営業組織は「人」で成り立っています。その人には、それぞれ個性があります。新規開拓で力を発揮する人、既存顧客との関係構築が得意な人、緻密なデータ分析が好きな人、人前で話すのが得意な人。 こうしたスキルや適性、さらには「今、何にやりがいを感じ、何に悩んでいるのか」というモチベーションの状態まで把握することが重要です。 「全員に同じことをやらせる」のではなく、個々の特性を理解し、それを最大限に活かす配置や育成方針を考える。これが、組織の力を最大化する基本となります。
ステップ2:振り返り – データから「なぜ?」を深掘りする
ステップ1で様々なデータが「見える化」されました。しかし、データはそこにあるだけでは意味がありません。
次のステップは、そのデータ(事実)を基に、「なぜそうなったのか?」を徹底的に深掘りする「振り返り」です。
「受注率が下がった(What)」のは事実。では、「なぜ(Why)?」 「提案資料の質が落ちたからか?」 「競合が新しい戦略を打ち出してきたからか?」 「そもそも、見込みの薄い顧客にまで提案していたからか?」
この「振り返り」は、決して誰かを責めるためのものではありません。感覚的な反省会ではなく、事実に基づいた対話を通じて、成功の要因と失敗の本質的な原因をチーム全員で共有するために行います。
ステップ3:改善 – 小さなアクションを積み重ねる
「振り返り」で課題の本質が見えたら、次はいよいよ「改善」です。 ここで重要なのは、壮大な計画を立てて息切れしてしまうことではありません。
「明日からでも実行できる、小さな改善アクション」を決めて、すぐに実行することです。 例えば、「見込みの薄い顧客への提案をやめ、その時間を優良顧客へのフォローアップに使う」「商談の前に、必ずマネージャーと5分だけロープレをする」といった、具体的で小さな一歩です。
この小さな「計画(Plan)→実行(Do)→検証(Check)→改善(Action)」、いわゆるPDCAサイクルを、いかに速く、数多く回せるかが、組織の成長スピードを決定づけます。
ステップ4:仕組構築 – “個人の頑張り”から“組織の力”へ
ステップ3で効果が出た「小さな改善」を、そのままにしてはいけません。それを「組織の仕組み」として定着させることがステップ4です。
例えば、ある担当者が見つけた効果的なヒアリングシートや、受注に繋がりやすかった提案書の型を、組織全体の標準フォーマットとして共有し、誰もが使えるようにします。 特定の個人の「ファインプレー」や「頑張り」に依存する状態(いわゆる属人化)から脱却し、誰が担当しても一定水準の成果を出せる「仕組み」を作り上げる段階です。 SFAやCRMといったツールも、この仕組みを効率的に動かすために活用されてこそ、真価を発揮します。
ステップ5:人材育成 – 仕組みを動かす「人」を育てる
優れた仕組みを作っても、それを動かす「人」が育たなければ、組織は自走しません。 ステップ5は「人材育成」です。
ただし、ここでの育成とは、単に新しいツールの使い方を教えることではありません。 新しい仕組み(プロセス)の上で、メンバー一人ひとりが「自ら考え、行動できる」ように支援することです。
ここで、ステップ1の「メンバーの見える化」が生きてきます。 個々の特性や課題が分かっているからこそ、画一的な研修ではなく、その人に合った指導ができます。例えば、マネージャーがメンバーと定期的に1on1ミーティングの時間を設け、一方的に指示する(Teaching)のではなく、メンバー自身に考えさせ、答えを引き出す(Coaching)アプローチが有効です。
「どうすれば目標を達成できると思う?」と問いかけ、メンバーが自らステップ3(改善)のアクションを考えられるよう導く。これが、自律的な人材を育てることにつながります。
ステップ6:組織構築 – 変化に対応し、成長し続ける文化を作る
最後のステップは、これまでの1〜5を組織全体で継続的に回し続ける「文化」としての「組織構築」です。
市場や顧客の状況は、常に変化しています。一度作った「仕組み」も、いずれ古くなります。 大切なのは、経営者やマネージャーが指示しなくても、現場のチームが自ら「ステップ1:見える化」に戻り、データを見て「ステップ2:振り返り」を行い、「ステップ3:改善」を回し続けられる状態です。
データに基づき戦略を語る文化、失敗を恐れず小さな改善に挑戦できる文化、そして個々の成長がチームの成果に結びつき、正当に評価される環境。 これらが揃ったとき、組織は初めて「自走する営業組織」と呼べるようになります。
まとめ
「自走する営業組織」の構築は、一朝一夕には実現しません。しかし、その道筋は明確です。
それは、「見える化」という客観的な事実に基づき、小さな「振り返り」と「改善」を積み重ね、それを「仕組み」に落とし込み、仕組みを動かす「人」を育て、最終的にそれを「組織文化」として定着させる、という地道なステップの繰り返しです。
経営者の皆様がまず取り組むべきは、自社の営業活動が今、どのような状態にあるのか、感覚ではなく「客観的な事実」として把握すること、すなわち「見える化」です。 皆様の組織では、営業のプロセス、成果、そして何よりマネージャーやメンバー一人ひとりの顔が、明確に見えていらっしゃいますでしょうか。
