営業は「科学」である。勘と根性に頼る組織から脱却し、安定した成果を生み出す方法

「今月は売上目標を達成できそうだ」「いや、今月は厳しいかもしれない」 経営者や営業責任者の皆様は、毎月のようにこうした不安と期待の間で揺れ動いてはいないでしょうか。

  • 特定の営業社員が辞めた途端、部門全体の売上が大きく落ち込んだ。
  • 新人がなかなか育たない。どう指導すればよいか、教える側もわかっていない。
  • 営業会議が「今月はどうするんだ」「頑張ります」といった精神論の応酬で終わってしまう。
  • なぜ売れたのか、なぜ失注したのか、誰も明確に説明できない。

こうした課題の根本には、共通する一つの原因が潜んでいることが少なくありません。 それは、企業の営業活動が、個人の「感覚」や「勘」、「経験則」といった曖昧なものに支えられているという事実です。

かつては、足しげく通い、熱意で説得し、最後は「気合と根性」で契約を勝ち取る、といったスタイルが賞賛される時代もありました。しかし、顧客の情報収集能力が格段に上がり、市場のニーズが複雑化する現代において、その「感覚頼み」の営業は限界を迎えています。

今、営業に求められているのは「科学」です。 「営業を科学する」と聞くと、何か難しい統計学やAIの話を想像されるかもしれませんが、そうではありません。一言でいえば、「営業活動を客観的な事実に基づいて分析し、改善を繰り返すこと」です。

感覚に頼った営業組織から脱却し、安定して成果を出し続ける「科学的」な営業組織を構築するために、何が必要なのか。その考え方について解説します。

「頑張り」ではなく「事実」を見ることから始める

科学的な営業の土台は、「見える化」です。 感覚的な営業組織では、プロセスがブラックボックス化しています。「今、誰が、どのような顧客に対し、どんな活動をしているのか」が、担当者本人にしかわからない状態です。

これでは、何か問題が起きても、打つ手は「もっと頑張れ」しかありません。

まず着手すべきは、営業活動の「事実」を客観的に把握することです。

  • 今月、チーム全体で何件の新規アプローチがあったのか。
  • そのうち、何件が有効な商談につながったのか。
  • 商談から見積もり提出まで、平均で何日かかっているのか。
  • どの段階で失注することが最も多いのか。

こうした数値を把握するだけでも、「アプローチの数が足りない」「商談化率は高いが、その後の失注が多い」といった組織の傾向が見えてきます。

「Aさんはいつも成果を出している」という感覚的な評価ではなく、「Aさんは、初回訪問から2回目の提案までの期間が他の人より平均2日短い。そして、その提案内容には必ず導入後の具体的な効果試算が含まれている」という「事実」を掴むことが重要です。

成果が出ている行動と、出ていない行動を、データに基づいて切り分ける。これが「科学する」ことの基本です。

「結果」だけでなく「プロセス」を分析する

事実が見えるようになったら、次の段階は「分析」です。 多くの営業会議では、「なぜ売れなかったんだ」と結果(失注)だけが議論されます。しかし、本当に重要なのは、その結果に至った「プロセス(過程)」を分析することです。

例えば、「競合他社に負けた」という事実(What)がわかったとします。 ここで終わらせず、「なぜ(Why)」を深掘りします。

  • なぜ、競合は選ばれたのか?(価格か?機能か?提案の早さか?)
  • なぜ、自社は選ばれなかったのか?(顧客の本当の課題を掴めていなかったのか?)
  • その情報を、どのタイミングで把握すべきだったのか?

この「なぜ」の分析を、個人の反省文で終わらせてはいけません。チーム全体で「事実」を共有し、議論することが重要です。

「B社への提案、失注してしまったが、初回訪問時のヒアリング内容を見直してみよう。もしかしたら、この質問が足りなかったかもしれない」 「C社から受注できた要因は、早い段階で決裁者にご挨拶できていたことだ。これは他の案件でも応用できるのではないか」

このように、成功と失敗の両方のプロセスを客観的に分析し、「次に何を試すべきか」という仮の答え(仮説)を導き出すのです。

「個人の技」を「組織の仕組み」に変える

分析によって「こうすれば上手くいく可能性が高い」という行動パターンが見えてきたら、それを「組織の仕組み」として定着させます。

感覚的な組織では、優秀な個人のノウハウは、その人の頭の中にしかありません。その人がいなくなれば、ノウハウも消えてしまいます。

科学的な組織では、見つけた成功パターンを、誰もが再現できる「標準的な進め方」に落とし込みます。

  • 初回訪問では、必ずこの3つの項目をヒアリングする。
  • 商談後は、24時間以内に必ず議事録と次のアクションをメールで送る。
  • 見積もり提出時には、必ず2パターンのプランを提示する。

これは、営業担当者を型にはめて個性を奪うためではありません。むしろ逆です。 野球選手が素振りを繰り返してフォームを固めるように、営業にも「最低限、これを押さえておけば大きく失敗しない」という共通の型(仕組み)が必要なのです。

この共通の型があるからこそ、新人は迷わず行動でき、短期間で戦力になります。 そして、この型を土台にした上で、「このお客様には、少し違ったアプローチを試してみよう」という個人の創意工夫が活きてくるのです。

仕組み化とは、個人の頑張りに依存する体制から、組織の力で安定的に勝てる体制へと移行することを意味します。

「仕組み」を動かす「人」を育てる

ただし、どれほど優れた仕組みを作っても、それを使う「人」が育たなければ、絵に描いた餅で終わってしまいます。

仕組みを動かすのは、あくまでも営業担当者一人ひとりです。 ここで重要になるのが、マネージャーによる「育成」の視点です。

仕組みという共通言語があることで、マネージャーの指導は具体的になります。 「もっと気合を入れろ」といった曖昧な指示ではなく、「今回の商談、事前のヒアリング項目は全部確認できていたか?」「議事録の送付が遅れた理由はなんだろう?」と、事実に基づいた対話ができます。

特に、定期的な1on1ミーティング(一対一の面談)は、仕組みと個人の成長を結びつける上で非常に有効です。

1on1の場は、単なる進捗確認の場ではありません。 マネージャーが一方的に指示するのではなく、メンバー本人が「仕組みに沿ってやってみたが、ここでつまずいた」「自分の強みであるこの部分を、もっと活かせないか」と話し、マネージャーがそれを引き出し、次の行動を一緒に考える場です。

データ(事実)に基づいた冷静な分析と、1on1などを通じた「その人らしさ」をどう活かすかという人間的な対話。この両輪が揃って初めて、仕組みは血の通ったものとなり、営業担当者は「やらされている」ではなく、「自分で考え、成長している」と感じながら行動できるようになります。

まとめ

「営業は科学である」とは、営業活動から「感覚」や「属人的なもの」を排除し、事実(データ)に基づいて「見える化」し、「分析」し、「仕組み化」し、その仕組みを動かす「人」を育成し続ける、という一連のサイクルを回し続けることに他なりません。

このサイクルを回し始めることは、特定の個人の頑張りに依存した不安定な売上構造から脱却し、組織全体で安定的に成果を生み出し続ける体制を築くことにつながります。

貴社の営業活動は、「感覚」に頼ったままになっていないでしょうか。 それとも、「科学」に基づいた仕組みが機能しているでしょうか。

まずは、自社の営業活動がどれだけ「見えているか」を確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。もし、その方法や、そこから先の仕組みづくり、人材の育成についてお悩みでしたら、多くの企業が同じ道筋で悩んでいらっしゃいます。

自社に合った営業の「型」を見つけるために、一度、専門家と現状を整理してみるのも一つの方法かもしれません。