「今月も、特定の営業担当者の成果に頼ってしまった…」 「若手がなかなか育たず、チーム全体の底上げができていない」 「営業のやり方が人それぞれで、組織としての戦略が浸透しない」
企業の成長を牽引する経営者の皆様であれば、一度はこうした営業組織に関する悩みに直面したことがあるのではないでしょうか。多くの企業が、売上の安定化と継続的な成長を目指す中で、「属人化」という壁に突き当たります。一人のエース社員の活躍は心強い反面、その人がいなくなれば売上が急落するような組織は、常に不安定な状態にあると言わざるを得ません。
では、一部のスタープレイヤーに依存せず、チーム全体で安定的に高い成果を出し続ける「強い営業組織」は、一体何が違うのでしょうか。
その答えのヒントは、意外にも「オーケストラ」にあります。優れたオーケストラが、聴衆の心を揺さぶる感動的な音楽を奏でることができるのはなぜか。それは、多様な楽器の個性が調和し、一つの目的に向かって統合されているからです。そして、その中心には必ず優れた「指揮者」が存在します。
本稿では、強い営業チームを「オーケストラ」にたとえ、個々のメンバーの強みを最大限に活かし、組織としての成果を最大化するために、マネージャーが果たすべき役割について解説します。
あなたのチームは「楽団」ですか?それとも「個人の集まり」ですか?
オーケストラには、ヴァイオリンやチェロといった弦楽器、トランペットやフルートといった管楽器、そしてティンパニなどの打楽器まで、多種多様な楽器が存在します。それぞれが持つ音色、音域、役割は全く異なります。ヴァイオリンの華やかな高音も、コントラバスの重厚な低音も、どちらが優れているというわけではなく、それぞれが音楽を構成する上で大切な役割を担っています。
これは、営業チームにもそのまま当てはまります。
- 新規顧客の開拓で、臆することなく次々とアポイントを獲得できる行動派のメンバー
- 既存顧客との関係構築に長け、アップセルやクロスセルを自然に生み出す聞き上手なメンバー
- データ分析を得意とし、市場の動向や顧客データを基に論理的な提案を組み立てる戦略家のメンバー
- プレゼンテーションに秀でており、顧客の心を掴む魅力的な語り口を持つメンバー
これらは全て、チームにとって価値ある才能です。しかし、多くの組織では、「全員が新規開拓のエキスパートであるべきだ」というような画一的な理想像を追い求めがちです。これは、オーケストラに「全員がヴァイオリンを弾きなさい」と言っているのと同じことです。ティンパニ奏者に無理やりヴァイオリンを弾かせても、良い音は出ません。むしろ、本人のモチベーションを下げ、本来持っている才能まで潰してしまうことになりかねません。
強い営業チームを作る最初のステップは、メンバー一人ひとりの個性や得意なことを、楽器の特性のように正しく理解し、尊重することから始まります。
「楽譜」がなければ、最高の演奏は生まれない
多様な才能が集まっただけでは、オーケストラは機能しません。それぞれの演奏者が、自分の好きなタイミングで好きな音を出していては、それは美しい音楽ではなく、ただの騒音になってしまいます。そこで重要になるのが、演奏の指針となる「楽譜」です。
楽譜には、どの楽器が、どのタイミングで、どのような音を出すべきかが記されています。これがあるからこそ、数十人、時には百人を超える演奏者が一体となり、調和の取れた音楽を創り上げることができるのです。
営業組織における「楽譜」とは、標準化された営業プロセスや、チームで共有されるべき情報、そして目指すべき共通の目標です。
- どのような手順で顧客にアプローチするのか(営業プロセス)
- どのような情報を顧客管理システムに入力するのか(情報共有のルール)
- チーム全体の目標は何か、そのために個人は何をすべきか(目標設定と役割分担)
こうした「楽譜」が整備されていない組織では、営業活動が個人の感覚や経験だけに依存してしまいます。これがいわゆる「属人化」の状態です。ベテラン社員が持つ貴重なノウハウが若手に共有されず、個々の活動がバラバラになるため、組織全体としての学習や成長が停滞してしまいます。
「楽譜」を整備することは、メンバーを縛り付けるためではありません。むしろ、共通のルールや目指す方向性が明確になることで、メンバーは安心して自分の役割に集中し、与えられた持ち場で最高のパフォーマンスを発揮できるようになるのです。
最高の音を引き出す「指揮者(マネージャー)」の3つの役割
そして、個性豊かな演奏者(メンバー)と、優れた楽譜(仕組み)があったとしても、それだけでは最高の演奏は生まれません。オーケストラのパフォーマンスを最終的に決定づけるのは、「指揮者」、すなわち営業マネージャーの存在です。
指揮者は、ただ楽譜通りにタクトを振っているだけではありません。メンバーの能力を最大限に引き出し、チームとしての一体感を醸成するために、極めて重要な役割を担っています。
1. メンバー一人ひとりを深く理解し、対話する
優れた指揮者は、各楽器の特性はもちろん、その日の演奏者のコンディションまで敏感に感じ取ります。同様に、優れたマネージャーは、メンバーのスキルや経験といった表面的な情報だけでなく、その人の強みや弱み、価値観、何に喜びを感じ、何に悩んでいるのかといった内面まで深く理解しようと努めます。
そのために有効な手段が、定期的な1on1ミーティングです。これは、単なる進捗確認の場ではありません。メンバーが安心して自己開示できる環境を作り、キャリアについての考えや、日々の業務で感じていることを丁寧に聞く対話の場です。
「君の強みは、相手の懐に飛び込むこの行動力だね。次の商談では、その強みをどう活かせると思う?」 「最近、少し元気がないように見えるけれど、何か困っていることはないか?」
こうした対話を通じて、マネージャーはメンバーへの理解を深め、一人ひとりの状況に合わせた適切なサポートや動機づけを行うことができます。メンバーもまた、上司が自分を理解し、気にかけてくれていると感じることで、エンゲージメントが高まり、自らの成長に意欲的になります。
2. 個性に合わせた役割を与え、最高の音を引き出す
指揮者は、ある部分ではヴァイオリンの情熱的な旋律を際立たせ、またある部分ではホルンの雄大な響きを求めます。全ての楽器に同じ表現を求めることはありません。
マネージャーも同様です。メンバーの特性を見極め、その人が最も輝ける「役割」や「活躍の場」を提供することが求められます。例えば、関係構築が得意なメンバーには既存の大口顧客を任せ、データ分析が得意なメンバーには新たなターゲット市場の分析を依頼するといった采配です。
画一的な指導ではなく、**「君のこの強みを、チームのためにこう活かしてほしい」**というメッセージと共に役割を与えることで、メンバーは貢献実感や自己表現の機会を得て、仕事に楽しみを見出すようになります。これが、個々のパフォーマンスを最大化させることにつながるのです。
3. 全体の調和を創り出し、一つの音楽を奏でる
指揮者の最も重要な仕事は、個々の楽器の音をまとめ上げ、一つの壮大な音楽として完成させることです。
マネージャーは、チームが目指すゴールを明確に示し、その目標がメンバー一人ひとりの活動とどう結びついているのかを伝え続ける必要があります。そして、メンバー間の円滑なコミュニケーションを促し、成功事例や失敗から得た学びがチーム全体で共有される文化を醸成します。
「Aさんの成功事例は、我々が目指すゴール達成のための素晴らしいヒントだ。チーム全員で共有しよう」 「この目標を達成するために、それぞれの役割をどう連携させれば、もっと大きな成果が出せるだろうか?」
こうした働きかけによって、メンバーは単独で仕事をしているのではなく、「チームというオーケストラの一員として、共通の目標に向かっている」という意識を持つようになります。この一体感が、1+1を2以上にする相乗効果を生み出し、組織としての力を飛躍的に高めるのです。
「自走するオーケストラ」を目指して
最終的に目指すべきは、マネージャーという指揮者が細かく指示を出さなくても、メンバーそれぞれが楽譜(仕組み)を理解し、お互いの音を聞きながら、自律的に最高の演奏を創り出せる**「自走する組織」**です。
そのためには、演奏(営業活動)が終わるたびに、全員でその内容を振り返る文化が欠かせません。
- 活動の見える化: 自分たちの演奏が客観的にどうだったのかをデータで把握する。
- 振り返り: なぜ上手くいったのか、なぜ課題が残ったのかを全員で対話する。
- 改善: 次はどうすれば、もっと良い演奏ができるかを考え、試してみる。
このサイクルを回し続けることで、チームは自ら課題を発見し、解決策を見出す能力を身につけていきます。マネージャーの役割は、指示を出すことではなく、この学習サイクルが円滑に回るようにファシリテートすることへと変化していきます。
おわりに
本稿では、強い営業組織をオーケストラにたとえ、個の強みを活かし、組織として成果を最大化するための考え方についてお伝えしました。
もし、貴社の営業チームが「個人の集まり」になってしまっていると感じるなら、それは個々のメンバーの能力が低いからではないかもしれません。それぞれの楽器の特性が理解されず、楽譜が整備されず、そして、全体の調和を創り出す指揮者が本来の役割を果たせていないだけかもしれないのです。
まずは、貴社の営業チームというオーケストラを、一度客観的に見つめ直すことから始めてみてはいかがでしょうか。
メンバー一人ひとりは、どのような音色を持つ楽器なのか。 チームを導く楽譜は、明確に描かれているか。 そして、指揮者は、最高の音楽を奏でるためのタクトを振れているか。
現状を正しく把握することが、組織が持続的に成長していくための、確かな道筋を描き出すことにつながるはずです。
