「最近の若手は指示待ちで、自ら動こうとしない」 「目標を与えても、どこか他人事で『やらされ感』が漂っている」 「もっと当事者意識を持って、積極的に仕事に取り組んでほしい」
多くの経営者や営業責任者の皆様が、このような悩みを抱えていらっしゃるのではないでしょうか。業績向上のためには、営業メンバー一人ひとりが自らの意思で考え、行動する組織が理想です。しかし、現実はトップダウンの指示に受動的に従うだけ、あるいは最低限の業務しかこなさないというケースが少なくありません。
この「やらされ感」は、単に個人の意欲の問題なのでしょうか。実は、その根源は組織のマネジメントスタイルに深く関わっていることがほとんどです。本コラムでは、なぜ組織に「やらされ感」が生まれてしまうのか、そのメカニズムを解き明かし、部下が内側から燃えるような意欲、すなわち「内発的動機付け」を引き出すためのマネジメントについて、具体的にお伝えします。
1. 「やらされ感」はこうして生まれる
人が「やらされ感」を抱く最大の要因は、自身の行動を「外部からコントロールされている」と感じることにあります。心理学の世界では、人間には「自らの行動を自分で決めたい」という根源的な欲求(自律性の欲求)があるとされています。この欲求が満たされないとき、人は強いストレスを感じ、モチベーションを失ってしまうのです。
営業の現場で考えてみましょう。
- 過度なマイクロマネジメント: 「この顧客には、この順番で、この資料を使って、こう話しなさい」と、行動の細部に至るまで指示を出す。これでは、部下は上司の指示通りに動くロボットになってしまい、自分で考える余地がありません。結果として「指示されたからやっている」という意識が強くなります。
- 目的が共有されない目標設定: 「今月は売上目標120%を必達せよ」という号令だけが飛び交う。なぜその目標なのか、達成することで会社や顧客にどのような価値があるのかが語られないままでは、目標は単なる「上から降ってきたノルマ」でしかありません。自分の仕事の意味や価値を見出せず、ただ数字に追われるだけの状態に陥ります。
- 評価基準の不透明さ: 結果の数字だけで評価され、プロセスや工夫が全く考慮されない。これでは、新しいアプローチに挑戦する意欲は湧きません。「どうせ頑張っても評価されない」と感じ、言われたことだけを無難にこなすようになります。
これらの状況に共通するのは、部下の「自律性」を奪い、行動を外部から統制しようとするマネジメントのあり方です。良かれと思ってかけた指示や檄が、結果的に部下の主体性を奪い、「やらされ感」を醸成してしまっているのです。そして、この「やらされ感」は、パフォーマンスの低下、創造性の欠如、優秀な人材の離職といった、企業にとって深刻なダメージをもたらします。
2. 人を動かす力の源泉、「内発的動機付け」とは何か
「やらされ感」の対極にあるのが、「内発的動機付け」です。これは、外部からの報酬や罰則(アメとムチ)によって動かされる「外発的動機付け」とは異なり、活動そのものから得られる満足感や興味、楽しさによって、自発的に行動したいという意欲が湧き上がってくる状態を指します。
この内発的動機付けは、特に営業のように、答えのない状況で自ら考え、顧客と関係を築き、価値を創造していく仕事において、極めて重要です。では、人はどのような時に内発的に動機付けられるのでしょうか。それは、主に以下の4つの実感が満たされた時です。
- 貢献実感: 自分の仕事が、誰かの役に立っている、チームや会社の目標達成につながっていると感じられること。
- 成長実感: 昨日までできなかったことができるようになった、新しい知識やスキルが身についたと感じられること。
- 達成実感: 困難な課題を、自分の力や工夫で乗り越え、目標をクリアできたと感じられること。
- 自己表現: 自分の個性や強み、得意なやり方を活かして仕事に取り組めていると感じられること。
例えば、ある営業担当者が、難航していた顧客に対して、上司の指示通りの提案ではなく、自ら顧客の課題を深くヒアリングし、独自の切り口で解決策を提案したとします。その結果、見事に受注に成功し、顧客から「あなたのおかげで本当に助かった」と感謝の言葉をかけられた。
この時、彼はインセンティブという外的報酬以上に、「自分の力で困難を乗り越えた(達成実感)」「自分の提案スタイルが通用した(自己表現)」「この経験を通じて提案力が向上した(成長実感)」「顧客と会社の両方に貢献できた(貢献実感)」という、内側から湧き上がる強い満足感を得るはずです。この経験こそが、次の挑戦へのエネルギーとなり、彼を自律的な営業へと成長させるのです。
マネージャーの役割は、このような経験をメンバーができるだけ多く積めるような環境をデザインすることに他なりません。
3. 部下の内発的動機付けに火をつけるマネジメント
では、具体的にどのようなマネジメントが、部下の内発的動機付けを引き出すのでしょうか。明日からでも実践できる、4つのアプローチをご紹介します。
アプローチ1:仕事の「意味」と「目的」を共有する
人は、自分の仕事が何につながっているのかを理解したとき、初めて当事者意識を持ちます。単に「これをやれ」と作業を指示するのではなく、「なぜ」を丁寧に伝えることが全ての始まりです。
「この新規顧客リストへのアプローチは、我々が中期経営計画で掲げている新市場開拓の、まさに最前線の仕事だ。君の活動が、会社の未来を作る第一歩になる」 「今月のこの目標数字は、開発部が新しい機能を実装するために必要な投資額から逆算されている。君の頑張りが、我々の製品を進化させ、もっと多くのお客様を救うことにつながるんだ」
このように、一つひとつの業務が、会社のビジョンやチームの目標、そして顧客への価値提供とどう結びついているのかを具体的に語りましょう。自分の仕事の「意味」を理解した部下は、タスクを「自分ごと」として捉え、主体的に工夫を始めるようになります。
アプローチ2:「問いかけ」で考えさせ、行動の選択肢を与える
マイクロマネジメントをやめ、部下に裁量を与えることは、自己表現と達成実感を得る上で欠かせません。しかし、ただ「任せた」と丸投げするだけでは、部下は不安になり、思考停止に陥ってしまいます。
重要なのは、答えを与えるのではなく、「問いかける」ことです。
「この状況を打開するために、どんな方法が考えられると思う?」 「A案とB案、それぞれのメリットとデメリットは何だろうか?」 「もし君が責任者だったら、まず何から手をつける?」
このような問いかけは、部下に「自分で考えること」を促します。すぐに答えが出なくても、一緒に壁打ちをしながら思考を整理してあげることで、部下は徐々に自分なりの答えを見つけ出します。そして、最終的に「私は、こうしたいです」という意思を引き出し、「わかった。そのやり方でやってみよう。責任は私が持つ」と背中を押してあげるのです。
もちろん、失敗することもあるでしょう。しかし、自分で考えて決めた上での失敗は、他人の指示で失敗した時とは比較にならないほど、大きな学びと成長につながります。失敗を責めるのではなく、「この経験から何を学んだか」「次にどう活かすか」を共に考える文化を醸成することが、挑戦を恐れない自律的な人材を育てます。
アプローチ3:一人ひとりの「個性」を理解し、成長を支援する
チームの成果を最大化するためには、メンバーを画一的に見るのではなく、一人ひとりの個性や強み、価値観を深く理解することが求められます。
- ロジカルな思考が得意なメンバーには、データ分析に基づいた戦略立案を。
- 人との関係構築が得意なメンバーには、既存顧客との関係深化を。
- 新しいことに挑戦するのが好きなメンバーには、新規開拓の先兵を。
このように、個々の特性に合った役割や仕事の進め方を一緒に考えることで、メンバーは自分の強みを活かして働くことができ(自己表現)、高いパフォーマンスを発揮しやすくなります。
そのために有効なのが、定期的な1on1ミーティングです。これは、単なる進捗確認の場ではありません。本人のキャリアプランや、今後伸ばしていきたいスキル、現在の悩みなどをじっくりと聞く対話の時間です。マネージャーは、ティーチング(教える)だけでなく、コーチング(引き出す)の姿勢で臨み、本人が自らの課題や目標に気づく手助けをします。
「なんとなく」の感覚で部下を評価するのではなく、こうした対話を通じて一人ひとりを深く理解し、その成長を本気で支援する姿勢を示すことが、マネージャーへの信頼と、部下の成長実感につながるのです。
アプローチ4:客観的な事実に基づき「振り返り」を行う
内発的動機付けを継続させるためには、行動の結果を適切にフィードバックし、次への糧とする「振り返り」のプロセスが不可欠です。
ありがちなのは、「今回は残念だったな。次は気合を入れて頑張ろう」といった、精神論や感覚的な反省会で終わってしまうことです。これでは、具体的な改善にはつながりません。
重要なのは、営業活動のプロセスや成果に関するデータを基に、客観的な事実に基づいて対話することです。
「今月、商談化率は目標を達成したが、受注率が低かった。どのプロセスに課題がありそうか、データを見ながら一緒に考えてみよう」 「Aさんは、初回訪問から次のアポイントにつながる確率がチームで一番高い。どんな工夫をしているのか、ぜひ皆に共有してくれないか」
このように、事実(What)を起点に、「なぜそうなったのか(Why)」を深掘りし、「では次に何をすべきか(How)」を一緒に考える。このサイクルを回すことで、成功は再現され、失敗は貴重な学びへと変わります。結果だけでなく、そこに至るまでのプロセスや工夫を正しく評価し、賞賛することが、メンバーの達成感や成長実感をさらに高めるでしょう。
まとめ:組織の未来は、マネジメントの変革から始まる
部下の「やらされ感」は、個人の資質の問題ではなく、自律性を尊重しないマネジメントが生み出す組織の病です。この状況を放置すれば、組織の活力は徐々に失われ、変化の激しい市場で生き残ることは難しくなるでしょう。
本コラムでお伝えした、
- 仕事の「意味」と「目的」を共有する
- 「問いかけ」で考えさせ、行動の選択肢を与える
- 一人ひとりの「個性」を理解し、成長を支援する
- 客観的な事実に基づき「振り返り」を行う
といったアプローチは、部下の内発的動機付けに火をつけ、彼らを自ら考え行動する自律的な人材へと変えていくための具体的な手法です。
もちろん、これらの変革は一朝一夕に成し遂げられるものではありません。しかし、マネージャーが意識を変え、粘り強く実践を続けることで、チームの空気は確実に変わっていきます。一人ひとりが仕事に楽しみとやりがいを見出し、活き活きとパフォーマンスを発揮する。そんな「自ら動く組織」を創り上げることが、企業の持続的な成長を実現する唯一の道ではないでしょうか。
もし、貴社の営業組織が抱える課題について、より深く掘り下げ、具体的な解決策を見出したいとお考えでしたら、ぜひ一度、外部の専門家の視点を取り入れてみることをお勧めします。客観的な分析を通じて、これまで気づかなかった課題の本質が見えてくるかもしれません。