「営業は足で稼げ」「とにかく熱意を見せろ」。かつては、このような精神論が営業の現場で当たり前のように語られていました。しかし、市場が成熟し、顧客がインターネットで容易に情報を得られるようになった現代において、もはや気合いや根性だけで継続的に成果を上げ続けることは困難です。
多くの経営者や営業責任者の皆様が、次のような課題に頭を悩ませているのではないでしょうか。
- 「一部のトップセールスに売上が依存しており、その人が辞めたら立ち行かなくなる」
- 「営業担当者によって成果のばらつきが大きく、組織としての力が安定しない」
- 「製品の良さを一生懸命説明しているのに、なかなか受注に繋がらない」
- 「受注できても長続きせず、解約率の高さが収益を圧迫している」
- 「若手や中堅が思うように育たず、育成方法がこれで良いのか確信が持てない」
これらの課題の根底にあるのは、営業活動が個人の感覚や経験に頼った「属人的」なものになってしまっているという共通の問題です。そして、その結果として、顧客から「ぜひ、あなたから買いたい」という、最も価値のある言葉を引き出せずにいるのです。
価格競争に巻き込まれず、顧客に選ばれ、長期的な関係を築いていく。そのためには、一部の才能ある営業担当者だけが生み出す偶発的な成功ではなく、組織として、誰もが顧客の信頼を勝ち取れる「仕組み」と、それを動かす「人材の育成」が両輪となって機能することが求められます。
本コラムでは、特定のスター選手に依存する体制から脱却し、チーム全体でお客様から選ばれ続ける「自走する営業組織」をいかにして構築していくか、その具体的な考え方とステップについて解説します。
1. なぜ「あなたから買いたい」という言葉が生まれないのか
まず、なぜ多くの営業組織が顧客から選ばれる存在になれないのか、その原因を深掘りしてみましょう。多くの企業が、知らず知らずのうちに陥っている落とし穴がいくつか存在します。
原因1:営業のゴールを「売ること」だと考えている
最も根本的な問題は、営業活動の目的を「自社の製品やサービスを売ること」だと設定してしまっている点です。もちろん、売上は企業活動の根幹であり、重要でないはずがありません。しかし、営業担当者の意識が「売ること」にだけ向いてしまうと、その行動は自社本位なものになります。
「今月の目標達成のために、何とか契約してほしい」「この素晴らしい機能を理解してほしい」。こうした想いが先行するあまり、顧客が本当に解決したい課題や、抱えている不安、実現したい未来といった、最も重要な部分への理解が疎かになります。結果として、営業担当者は一方的な商品説明に終始し、顧客は「自分のことを分かってくれていない」と感じて心を閉ざしてしまいます。
「あなたから買いたい」という言葉は、顧客が「この人は、私たちのことを深く理解し、真剣に課題解決を手伝ってくれるパートナーだ」と認めた瞬間に生まれるのです。
原因2:営業活動が「ブラックボックス」になっている
多くの組織では、営業担当者がそれぞれ独自の方法で活動しています。誰が、どのような顧客に、どんなアプローチをし、どのような会話を経て受注に至ったのか、あるいは失注したのか。そのプロセスが組織全体で共有されず、個々の担当者の中にしか情報が存在しない「ブラックボックス」状態に陥っています。
これでは、トップセールスがなぜ成果を上げられるのか、その要因を他のメンバーが学ぶことはできません。逆に、失注が続いているメンバーがどこでつまずいているのか、マネージャーも具体的な改善指導をすることができません。成功も失敗も、すべてが個人の経験としてしか蓄積されず、組織の知見として積み上がっていかないのです。これでは、再現性のある成功を生み出すことは極めて困難です。
原因3:「教える」ことと「育てる」ことを混同している
新人や若手に対する育成が、単なる商品知識の詰め込みや、先輩の商談への同行だけで終わってしまっているケースも少なくありません。もちろん、基礎知識や現場の空気を知ることは重要です。しかし、それだけでは「教えた」に過ぎず、自ら考えて行動できる人材を「育てる」ことには繋がりません。
人は、一方的に与えられた知識を実践するだけでは、仕事の本当の面白さを見出すことは難しいでしょう。自分で仮説を立て、行動し、その結果から学びを得る。そして、そのプロセスを通じて「自分は成長している」「お客様の役に立っている」という実感を得ることで、仕事への意欲は高まっていきます。
育成とは、ティーチング(教える)だけでなく、本人の気づきを促し、強みを引き出すコーチング(導く)の視点が合わさって初めて機能します。この「育てる」という視点が欠けていると、メンバーは指示待ちの状態から抜け出せず、パフォーマンスも頭打ちになってしまいます。
2. 「選ばれる営業組織」へ変革するための4つのステップ
では、これらの課題を克服し、組織全体で「あなたから買いたい」と言われる状態を作り出すには、具体的に何をすべきなのでしょうか。それは、場当たり的な改善ではなく、体系的なアプローチを踏むことが重要です。ここでは、そのための4つのステップをご紹介します。
ステップ1:全ての活動を「見える化」し、客観的な事実を掴む
変革の第一歩は、感覚や経験則に頼るのをやめ、自社の営業活動を客観的な事実として捉えることから始まります。つまり、これまでブラックボックスだった営業活動を「見える化」するのです。
① プロセスの見える化 まず、顧客との最初の接点から受注、そしてその後のフォローに至るまで、営業活動全体の流れを分解し、各段階で「誰が」「何を」「どのように」行っているのかを明確にします。これにより、非効率な業務、担当者によってやり方がバラバラな作業、そして成果を妨げているボトルネックがどこにあるのかが浮かび上がってきます。同時に、成果を上げている担当者の行動パターン、つまり「勝ちパターン」を発見し、組織全体で共有できる形にするための土台となります。
② 成果の見える化 次に、各プロセスにおける具体的な数値を把握します。例えば、商談化率、受注率、平均単価、解約率といった重要指標です。これらの数値を時系列で追いかけることで、感覚的な「調子が良い・悪い」といった議論から脱却し、「どの段階に課題があるのか」をデータに基づいて特定できます。目標と現実のギャップを正確に把握することが、的確な次の一手を打つための出発点となります。
③ メンバーの見える化 最後に、組織の最も重要な資産である「人」に目を向けます。営業メンバー一人ひとりが持つスキル、知識、そして個性や価値観、モチベーションの状態などを客観的に把握します。誰がどのような強みを持ち、逆にどのような点でつまずきやすいのか。これを理解することで、画一的な育成ではなく、一人ひとりの特性に合わせた最適なサポートや役割分担(例えば、新規開拓が得意な人、既存顧客との関係構築が得意な人など)を考えることが可能になります。
ステップ2:事実に基づいた「振り返り」で、成功と失敗から学ぶ
営業活動の見える化によって得られた客観的なデータは、いわば組織の健康診断結果のようなものです。次に行うべきは、その結果を基に「なぜそうなっているのか?」を深く分析する「振り返り」です。
重要なのは、この振り返りを、単なる「反省会」や「吊し上げ」の場にしないことです。特にマネージャーは、成果が出なかったメンバーに対して「なぜできなかったんだ」と問い詰めるのではなく、「この結果から何を学べるだろうか」「次にもっと良くするためには、どうすればいいと思う?」といった、前向きな対話を促す役割を担います。
成果が上がったトップセールスに対しても同様です。「すごいな」で終わらせず、「今回の成功の要因は何だったのか」「他のメンバーが応用できることはないか」を一緒に言語化し、組織の資産に変えていくのです。
この「振り返り」の質を高める上で、定期的な1on1ミーティングは非常に有効な手段となります。チーム全体の会議では話しにくい個別の案件の悩みや、個人のキャリアに関する想いなどをマネージャーがじっくりと聞く。そうした対話を通じて、メンバーは安心して自分の状況を開示でき、マネージャーは一人ひとりの状態をより深く理解した上で、的確なサポートができるようになります。
このような事実に基づいた対話を通じて、「なぜ上手くいったのか」「なぜ目標に届かなかったのか」という本質的な要因をチーム全体で共有し、次に繋がる具体的な改善の仮説を立てていきます。
ステップ3:小さな「改善」を繰り返し、成功体験を積み重ねる
振り返りで見えてきた課題と仮説に基づき、次に行うのは具体的な行動計画の策定と実行です。ここで大切なのは、いきなり壮大な計画を立てて現場に大きな負担をかけるのではなく、明日からでも実行できるような「小さな一歩(ベイビーステップ)」から始めることです。
例えば、「商談化率が低い」という課題に対して、「顧客への初回アプローチ時に、課題をヒアリングする時間を必ず5分間設ける」といった、具体的で誰にでも実行可能な行動目標を設定します。そして、チームでその行動を一定期間試し、結果をまた振り返る。
この**「計画(Plan)→実行(Do)→検証(Check)→改善(Action)」というPDCAサイクル**を、小さな単位で高速に回していくのです。
小さな改善活動を繰り返すことには、二つの大きなメリットがあります。一つは、大きな失敗のリスクを避けながら、着実に成果に繋がる方法を見つけ出せること。もう一つは、メンバー自身が「自分たちの工夫で状況が良くなった」という小さな成功体験を積み重ねられることです。この成功体験こそが、メンバーの「達成実感」や「成長実感」に繋がり、やらされ感ではなく、主体的に仕事に取り組む姿勢を育んでいきます。
ステップ4:「組織の仕組み」を構築し、個人の頑張りに依存しない体制を作る
改善のプロセスで効果が実証された行動やノウハウは、そのままにしておいてはいけません。特定の個人の頑張りや意識の高さに依存させてしまうと、またすぐに属人化へと逆戻りしてしまいます。
効果のあったアプローチは、誰もが実践できる「組織の仕組み」へと昇華させることが最後の仕上げです。例えば、効果的だったヒアリング項目をトークスクリプトに反映させたり、成功事例を共有するための定例会議を設けたり、顧客情報を管理・共有するためのツール(SFA/CRM)の活用ルールを徹底したり、といったことです。
これは、メンバーの個性を奪う画一的なマニュアル化とは異なります。むしろ、成果を出すための基本的な「型」を組織として提供することで、メンバーは余計なことに悩む必要がなくなり、その土台の上で、自身の個性を活かした応用や、より顧客との深い関係構築に集中できるようになるのです。
誰が担当しても一定の品質を担保できる安定した基盤があってこそ、組織は持続的に成長し続けることができます。
結論:選ばれる営業組織とは、「人が育ち続ける組織」である
「ぜひ、あなたから買いたい」。この言葉は、単なる営業テクニックの先にある、顧客との深い信頼関係の証です。そして、そのような関係を築ける営業担当者は、才能だけで生まれるのではありません。
- 自社の営業活動を客観的に「見える化」し、
- 事実に基づいて「振り返り」、学びを得て、
- 具体的な行動で「改善」を繰り返し、成功体験を積み、
- その成果を「組織の仕組み」として定着させる。
この地道なサイクルの先にこそ、特定の誰かに依存しない、組織全体で顧客から選ばれ続ける力が宿ります。そして、このサイクルを回し続ける原動力となるのは、まぎれもなく「人」です。
メンバー一人ひとりが、自らの成長を実感し、チームへの貢献を実感できる環境。マネージャーがメンバーの伴走者として、その可能性を引き出すための対話を大切にする文化。そうした、人が育ち続ける組織こそが、変化の激しい時代においても、顧客から真のパートナーとして選ばれ続けるのではないでしょうか。
もし、貴社が今、営業組織の変革に向けた第一歩をどこから踏み出せば良いか悩まれているのであれば、まずは自社の営業活動という「鏡」を曇りなく見つめ直すことから始めてみてはいかがでしょうか。そこには、必ずや未来を切り拓くヒントが隠されているはずです。