「先代のやり方は、もう通用しないのか?」2代目・3代目経営者が挑む、営業組織改革の3つの着眼点

はじめに:偉大な先代の功績と、見えない停滞感の正体

事業を承継された2代目、3代目の経営者の皆様は、創業者である先代が築き上げてきた素晴らしい会社と、その功績に対する深い敬意を抱いていらっしゃることでしょう。先代が血と汗で築いた顧客基盤、ブランド、そして何よりも会社を支えてきた社員たちの存在は、何物にも代えがたい財産です。

その一方で、言葉にしづらい停滞感や、将来への漠然とした不安を感じてはいないでしょうか。

「先代が確立した営業スタイルが、今の時代に合わなくなってきている気がする」 「一部のベテラン社員の経験と勘に頼りきりで、若手が育っていない」 「売上は維持できているが、新規の大型受注が減り、解約も少しずつ増えている」 「営業会議ではいつも同じような精神論ばかり。具体的な改善策が出てこない」

これらは、多くの事業承継者が直面する共通の課題です。先代の成功体験が大きければ大きいほど、そのやり方を変えることへの抵抗感は社内に根強く存在します。しかし、市場環境、顧客の購買行動、そして働く人々の価値観は、この数年で劇的に変化しました。

かつての「足で稼ぐ」「熱意で押し切る」といった営業スタイルが通用しなくなり、顧客はインターネットで事前に情報を収集し、複数の選択肢を比較検討した上で、自らの課題を解決してくれるパートナーを冷静に選ぶ時代です。

偉大な先代から受け継いだ大切な事業を、この先10年、20年と持続的に成長させていくためには、過去の成功体験に固執するのではなく、時代の変化に合わせて営業組織をアップデートしていくことが求められます。

本コラムでは、先代から引き継いだ営業組織を、現代の市場で勝ち抜ける「自走する組織」へと改革していくための3つの着眼点について、具体的にお伝えします。これは、過去を否定するものではなく、先代が築いた土台の上に、未来へ続く新たな成長基盤を構築するための取り組みです。

着眼点1:経験と勘の「暗黙知」を、誰もが使える「共通言語」へ変える

先代と共に会社を支えてきたベテラン営業担当者は、まさに「歩く顧客データベース」とも言える存在です。長年の経験で培われた顧客との深い関係性、市場を読む鋭い勘、そして絶妙な交渉術。これらは会社の貴重な財産であることに間違いありません。

しかし、その能力が個人の「経験」や「勘」といった、言葉で説明しづらい「暗黙知」の状態に留まっているとしたら、それは同時に大きなリスクをはらんでいます。

  • そのエース社員が退職・引退したら、売上が大きく落ち込んでしまう。
  • 若手や中堅社員が、トップセールスのやり方を見て真似しようとしても、なぜうまくいくのか本質が分からず、成果が出ない。
  • 営業担当者によって言うことが違い、顧客に混乱を与えてしまうことがある。
  • 成果が出ない原因が、個人の能力の問題なのか、やり方の問題なのかが分からず、適切な指導ができない。

こうした「属人化」の問題は、多くの企業が抱える根深い課題です。しかし、ここで重要なのは、属人化そのものを悪と決めつけるのではなく、その優れた個人の知識やスキルを、組織全体の力に変えていく視点です。

そのために、まず取り組むべきは「見える化」です。

営業プロセスの「見える化」

「見える化」と聞くと、単にSFA(営業支援システム)を導入して、案件の進捗を管理することだと考えがちです。しかし、本当に重要なのは、トップセールスが無意識に行っている思考や行動のプロセスを分解し、誰もが理解できる言葉で表現し直すことです。

  • 初回訪問から受注まで、どのようなステップを踏んでいるか?
    • 初回のアイスブレイクで何を話しているか?
    • どのような順番でヒアリングを行っているか?
    • どのタイミングで、どのような資料を使って提案しているか?
    • クロージングの際に、どのような言葉を投げかけているか?
  • 各ステップでの判断基準は何か?
    • 「この顧客は有望だ」と判断するポイントはどこか?
    • 「値引き交渉に応じるべきか」を、何をもって判断しているか?
    • 「提案内容を変更すべきだ」と感じるのは、顧客のどんな反応を見た時か?

これらの問いを、トップセールスやベテラン社員に投げかけ、丁寧にヒアリングを重ねてみてください。最初は「そんなの感覚だよ」と返ってくるかもしれません。しかし、具体的な商談を例に挙げながら深掘りしていくことで、必ずそこには共通のパターンや判断基準が存在します。

このプロセスを通じて抽出された「勝ちパターン」を、組織の共通言語、つまり営業の「型」として整備していくのです。これは、個性を奪う画一的なマニュアルを作ることとは全く異なります。むしろ、成功の原理原則という土台があるからこそ、若手社員も安心してその上で自分の個性を発揮し、応用を効かせることができるようになります。

まずは、皆様の会社のトップセールスが、どのようにして顧客の信頼を勝ち取り、成果を上げているのか。その「暗黙知」を解き明かすことから始めてみてはいかがでしょうか。

着眼点2:画一的な研修から、個々の成長を促す「対話」中心の育成へ

営業組織を改革しようとするとき、多くの経営者が外部の集合研修やセミナーへの参加を検討します。もちろん、それらで得られる知識や刺激も重要ですが、残念ながら研修に参加しただけでは、現場での行動はなかなか変わりません。なぜなら、人にはそれぞれ個性があり、得意なことも、つまずくポイントも違うからです。

先代が築いた組織では、「営業は背中を見て学べ」「とにかく量をこなせば結果はついてくる」といった文化が根付いているかもしれません。しかし、現代の若手社員は、一方的に教え込まれることよりも、自分自身の頭で考え、納得感を持って仕事に取り組むことを望む傾向にあります。

そこで重要になるのが、管理者とメンバー間の定期的な「対話」、特に1on1ミーティングです。

ただし、ここでの1on1は、単なる「進捗確認」や「詰めの場」であってはなりません。目指すべきは、メンバー一人ひとりが自身の仕事の状況を客観的に振り返り、次への改善点を見出すための「伴走」です。

成長を促す1on1のポイント

  • ティーチングよりコーチングを意識する
    • 「なぜできないんだ?」と問い詰めるのではなく、「どうすればうまくいくと思う?」と、本人に考えさせる問いを投げかける。
    • 「こうしろ」と指示するのではなく、「例えば、こんなやり方はどうだろう?」と選択肢を提示し、本人に選ばせる。
  • 事実(Fact)に基づいて話す
    • 「君はやる気がないように見える」といった主観的な評価ではなく、「先月の訪問件数は目標に対して〇件だったね。この数字について、どう思う?」など、具体的なデータや事実を元に対話する。
    • SFAなどのツールに記録された客観的なデータを活用することで、感情的な対立を避け、建設的な話し合いがしやすくなります。
  • 短期的な成果だけでなく、中長期的な成長に目を向ける
    • 今月の目標達成も重要ですが、それ以上に「半年後、どんなスキルを身につけていたいか」「この仕事を通じて、どんな自分になりたいか」といった、本人のキャリア観や成長意欲に寄り添うことが、エンゲージメントを高めます。
    • 本人が「会社は自分の成長を応援してくれている」と感じることができれば、仕事への向き合い方は大きく変わります。

このような対話を通じて、メンバーは「自分はただの駒ではなく、一人の人間として尊重されている」と感じることができます。そして、上司との対話の中で自ら課題を発見し、解決策を考えるというプロセスを繰り返すことで、徐々に自律的に行動できる人材へと成長していくのです。

もちろん、管理職の皆様も多忙であり、部下の育成に十分な時間を割くのは難しいかもしれません。しかし、この対話の時間を確保することは、目先の売上を追いかけること以上に、将来の組織の成長にとって重要な投資となります。

まずは週に1回、15分でも構いません。メンバーと向き合い、彼らの話に真剣に耳を傾ける時間を作ってみてください。その小さな積み重ねが、組織の文化を少しずつ変えていくはずです。

着眼点3:「個人の成果」を最大化する「組織の仕組み」を構築する

優れたプレイヤーが一人いれば勝てる時代は終わりました。これからの営業組織に求められるのは、一人ひとりの力を最大限に引き出しつつ、チーム全体として安定的に高い成果を出し続けるための「仕組み」です。

着眼点1で触れた営業プロセスの「見える化」は、この仕組み作りの第一歩です。ここでは、さらに踏み込んだ組織的な仕組みについて考えていきます。

情報格差をなくし、集合知を力に変える

個人の成果に依存している組織では、貴重な情報が担当者個人の中に留まりがちです。

  • ある顧客から得られた業界の最新動向
  • 競合他社の新しい動き
  • 商談で効果的だったトークスクリプト
  • 残念ながら失注してしまったが、その原因となった顧客からのフィードバック

これらの一次情報は、本来であれば組織全体で共有し、次の営業活動に活かすべき貴重な財産です。

顧客管理システムや日報の仕組みを工夫し、こうした「生きた情報」が自然と集まり、誰もが簡単にアクセスできる状態を作り出すことが重要です。成功事例だけでなく、失敗事例こそが学びの宝庫です。失敗を個人の責任として追及するのではなく、組織の貴重なデータとして共有し、「なぜうまくいかなかったのか」「次はどうすれば防げるのか」をチーム全員で考える文化を醸成することが、組織全体の営業力を底上げします。

受注後の顧客体験を設計し、解約率を下げる

「受注率が低い」ことと同じくらい、あるいはそれ以上に深刻なのが「解約率が高い」ことです。新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストの数倍かかると言われています。高い解約率は、営業担当者が苦労して獲得した利益を、まるで穴の空いたバケツのように流出させているのと同じ状態です。

解約の多くは、製品やサービスそのものの問題よりも、「導入後のフォローが手薄だった」「期待していたサポートが受けられなかった」といった、受注後のコミュニケーション不全に起因します。

営業担当者が受注した後のプロセスを、改めて見直してみてはいかがでしょうか。

  • 誰が、いつ、どのようなフォローを行うのかが決まっているか?
  • 顧客がサービスをスムーズに使いこなせるよう、手助けする体制は整っているか?
  • 定期的に顧客の利用状況を確認し、満足度をヒアリングする機会はあるか?

営業部門だけでなく、カスタマーサポートや開発部門とも連携し、会社全体で顧客の成功を支援する仕組みを構築すること。それが結果的に解約率の低下に繋がり、安定した収益基盤を築くことになります。そして、「あの会社は売った後もしっかり見てくれる」という評判が、次の新規顧客獲得にも繋がっていくのです。

おわりに:変革の第一歩は、現状を正しく知ることから

先代から受け継いだ営業組織を改革する旅は、決して平坦な道のりではありません。長年慣れ親しんだやり方を変えることには、痛みが伴うこともあります。時には、古参社員からの抵抗に遭うこともあるでしょう。

しかし、ここまでお読みいただいた経営者の皆様は、すでに「このままではいけない」という強い問題意識をお持ちのはずです。その直感は、ほぼ間違いなく正しいものです。

今回ご紹介した3つの着眼点、

  1. 経験と勘の「暗黙知」を、誰もが使える「共通言語」へ変える
  2. 画一的な研修から、個々の成長を促す「対話」中心の育成へ
  3. 「個人の成果」を最大化する「組織の仕組み」を構築する

これらは、どれも一朝一夕に実現できるものではありません。しかし、一つひとつ丁寧に取り組むことで、組織は着実に変わり始めます。社員一人ひとりが自らの成長を実感し、仕事に楽しみを見出し、チームとして顧客に貢献することに喜びを感じる。そのような組織文化が醸成されたとき、貴社の営業力は、先代の時代をも超える、持続可能で強固なものへと進化しているはずです。

何から手をつければ良いか分からない。そう感じられたら、まずは自社の営業活動の現状を、客観的な視点で「見える化」することから始めてみてはいかがでしょうか。どこに課題があり、どこに伸びしろがあるのか。それを正しく把握することが、すべての変革の始まりとなります。

この記事が、偉大な先代の功績を未来へと繋ぎ、貴社を更なる高みへと導くための一助となれば幸いです。