なぜ、あなたの会社の営業は育たないのか? スキルを教える前に整えるべき「成長の土壌」とは

「高額な営業研修に参加させたのに、現場の行動が何も変わらない」 「手厚いインセンティブ制度を設けているのに、若手のモチベーションが上がらない」 「次世代のエース候補が、なかなか殻を破れずに伸び悩んでいる」

企業の成長を牽引すべき営業部門において、このような「人材が育たない」という悩みは、多くの経営者が直面する深刻な課題です。私たちは、この問題に直面したとき、つい「スキルが足りないからだ」「もっと効果的なノウハウを教えなければ」と、具体的な“やり方(How to)”のインプットに解決策を求めがちです。

しかし、もし様々な施策を講じても状況が改善しないのだとしたら、目を向けるべきは別の場所にあるのかもしれません。それは、スキルやテクニックといった“植物”そのものではなく、その植物が根を張り、成長するための“土壌”です。

どんなに優れた品種の種を蒔いても、固く、栄養のない土地では芽吹くことすらできません。同様に、営業担当者が持つ潜在能力も、組織の“土壌”が痩せ細っていれば、開花することなく枯れてしまいます。

本コラムでは、前回とは視点を変え、スキル育成や仕組み構築以前に整えるべき、組織の「心理的な土壌」に焦点を当てます。なぜ、あなたの会社の営業は育たないのか。その答えは、彼らの心の内側と、それを取り巻く組織の空気にあるのかもしれません。

第1章:挑戦心を奪う「見えない壁」〜失敗を許容しない組織の末路〜

突然ですが、あなたの会社の営業会議は、どのような雰囲気でしょうか。活発な意見交換がなされていますか?それとも、マネージャーからの報告要求と、それに対するメンバーの短い返答が繰り返されるだけの場になっていませんか?

もし後者だとしたら、組織は危険な兆候を抱えています。それは「心理的安全性」の欠如です。心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態、つまり「こんなことを言ったら馬鹿にされるかもしれない」「失敗したら厳しく叱責されるだろう」といった不安を感じることなく、自然体でいられる環境を指します。

この心理的安全性が、なぜ営業担当者の成長に不可欠なのでしょうか。

1. 挑戦なきところに、成長はない 営業という仕事は、常に不確実性と隣り合わせです。特に、これからの時代に求められるのは、単なる物売りではなく、顧客自身も気づいていない課題を発見し、解決策を提示するパートナーとしての役割です。そのためには、これまで通りのやり方だけでは通用せず、新しい業界の顧客にアプローチしたり、前例のない大胆な提案をしたりといった「挑戦」が求められます。

しかし、心理的安全性が低い組織では、この挑戦が生まれません。なぜなら、「失敗=評価が下がる、恥をかく」という恐怖が、行動にブレーキをかけてしまうからです。結果として、営業担当者は確実に成果が見込める既存のやり方に固執し、難易度の高い仕事や新しい試みを避けるようになります。これでは、個人のスキルが向上する機会は失われ、組織全体の営業力も徐々に陳腐化していくしかありません。

2.「悪い情報」が出てこなくなり、組織は学習機会を失う 心理的安全性が低い組織で最も深刻な問題の一つが、現場からのネガティブな情報が上がってこなくなることです。失注した本当の理由、顧客から受けた厳しい指摘、クレームに至る前の小さな不満。これらは本来、組織がサービスや営業プロセスを改善するための貴重な「学習データ」です。

しかし、「報告したら自分の責任を追及される」という空気が蔓延していると、営業担当者はこうした不都合な真実を隠したり、当たり障りのない内容に加工して報告したりするようになります。経営層やマネージャーは、加工された情報をもとに意思決定をすることになり、市場の実態とズレた戦略を立ててしまう危険性が高まります。失敗から学べない組織は、同じ過ちを何度も繰り返し、ゆっくりと競争力を失っていくのです。

スキルやノウハウを教え込む前に、まず問うべきは「私たちの組織は、社員が安心して失敗できる場所になっているか?」という点です。どんなに高度な航海術を学んでも、船乗りが嵐を恐れて港から出ようとしなければ、新大陸には永遠にたどり着けないのです。

第2章:人は「やらされ仕事」では輝けない ~“内なるエンジン”の重要性~

「高い目標を設定し、達成者には手厚いインセンティブを与える」。これは、営業組織のパフォーマンスを高めるための王道的な手法とされてきました。しかし、この「アメとムチ」による外発的な動機づけは、本当に持続的な成長の原動力となるのでしょうか。

もちろん、正当な評価や報酬は重要です。しかし、それ“だけ”で人の心を動かし続けることには限界があります。むしろ、過度な成果主義は、「インセンティブがもらえる範囲でしか動かない」「目標達成のためなら、顧客のためにならないことでもやってしまう」といった弊害を生むことさえあります。

人が本当にその能力を最大限に発揮するのは、「やらされている」と感じているときではなく、自らの内側から湧き上がる「やりたい」という思い、すなわち「内発的動機づけ」によって突き動かされているときです。そして、この内なるエンジンこそが、営業担当者が自ら学び、成長し続けるための最も重要なエネルギー源となります。

この内発的動機づけは、主に以下の4つの感覚によって構成されると考えられています。

1. 成長実感:「昨日より成長している」という喜び 人は、自分が前に進んでいる、能力が高まっていると感じられたときに、強い喜びを感じます。売上数字のような結果だけでなく、例えば「以前は苦手だった顧客との初回面談で、うまく関係を築けた」「新しい提案資料を作成し、顧客から高く評価された」といった、日々の業務における小さな成功体験の積み重ねが、成長実感につながります。

2. 貢献実感:「自分の仕事が、誰かの役に立っている」という誇り 営業の仕事の本質は、自社の製品やサービスを通じて、顧客の課題を解決し、その成功に貢献することです。自分の仕事が、顧客から「ありがとう」「あなたのおかげで助かった」と感謝された経験は、何物にも代えがたいやりがいとなります。この貢献実感が、困難な状況を乗り越えるための強い支えとなるのです。

3. 達成実感:「困難な目標を乗り越えた」という満足感 会社から与えられた目標を「やらされ仕事」としてこなすのではなく、自ら「達成したい」と心から思える目標に向かって努力し、それを乗り越えたときの達成感は格別です。少し背伸びをした、挑戦しがいのある目標を、本人の意思を尊重しながら設定することが重要です。

4. 自己表現:「自分らしさを活かせている」という感覚 トップセールスのやり方をただ模倣するのではなく、自分の個性や強みを活かした営業スタイルで顧客と向き合い、成果を出せたとき、人は仕事に深い満足感を覚えます。画一的なやり方を押し付けるのではなく、個々の「自分らしさ」を発揮できる場を提供することが、内なるエンジンを点火させます。

これらの「実感」が日常業務の中で得られない限り、どんなにインセンティブを積んでも、社員の心は動きません。彼らは自ら育つのではなく、常に誰かから指示や報酬を与えられなければ動けない「指示待ち人間」になってしまうのです。

第3章:「育つ土壌」を耕すための、経営者の第一歩

では、挑戦を促す「心理的安全性」と、自律的な成長を促す「内発的動機づけ」に満ちた組織、すなわち「育つ土壌」を、経営者はどのようにつくっていけばよいのでしょうか。それは、経営者自身の覚悟と、具体的な行動から始まります。

第一歩:経営者自らが「失敗の価値」を語り、実践する 組織の空気は、トップの言動によって決まります。経営者自身が、過去の自らの失敗談を包み隠さず語り、「挑戦した上での失敗は、何もしないことよりも尊い」というメッセージを繰り返し発信し続けることが、何よりも重要です。

そして、社員が挑戦し、失敗した際には、決してその結果だけを責めてはいけません。「なぜ失敗したのか」ではなく、「その挑戦から何を学んだか」「次はどうすれば成功に近づけるか」を、本人と一緒に考える姿勢を見せるのです。失敗を「学習の機会」として定義し直すことで、組織の挑戦に対する恐怖心は、少しずつ和らいでいきます。

第二歩:マネージャーを「管理する人」から「対話する人」へ変える 営業マネージャーの役割を、「部下の数字を管理し、評価する人」から、「部下の成長を支援し、能力を引き出す人」へと再定義する必要があります。そのための最も有効な手段が、質の高い1on1ミーティングです。

この場では、上司が一方的に話すのではなく、部下の話に真摯に耳を傾ける「傾聴」の姿勢が求められます。「最近、仕事でやりがいを感じた瞬間は?」「今、一番困っていることは?」「半年後、どんな自分になっていたい?」。このような問いを通じて、部下の内面にある思いや課題を引き出し、本人が自ら答えを見つけ出す手助けをする。こうした対話の積み重ねが、信頼関係を育み、部下の内発的動機づけに火をつけます。

第三歩:「貢献」を称賛し、価値観を浸透させる文化を創る 売上成績という定量的な結果だけでなく、組織が大切にしたい価値観に基づいた行動、すなわち「貢献」を積極的に見つけ出し、称賛する文化を意図的につくることが有効です。

例えば、「ある顧客の非常に困難な要望に対し、粘り強く向き合い、最終的に感謝の言葉をもらった社員」や、「自分のノウハウを惜しみなくチームに共有し、部署全体の受注率向上に貢献した社員」など、数字には直接表れにくい貢献を、朝礼や全社会議の場で具体的に紹介し、称賛するのです。何が称賛されるかによって、社員の行動基準は形作られます。売上だけでなく、顧客への貢献やチームへの協力が評価されると分かれば、組織全体の行動は確実に変わっていくでしょう。

まとめ:育成とは、教え込むことではなく、引き出すこと

もし今、貴社の営業担当者の成長が止まっているように見えるとしたら、それは彼らに能力や意欲がないからではないのかもしれません。彼らが持つ本来の力を発揮できない、固く冷たい「土壌」が、その成長を妨げているだけなのです。

スキルやテクニックを教え込むことだけが育成ではありません。真の育成とは、一人ひとりが持つ個性や可能性を信じ、彼らが安心して挑戦でき、自らの内なる力で成長していける環境を整えることです。それは、経営者やマネージャーが、彼らを「管理」の対象として見るのではなく、一人の人間として向き合い、その成長を心から願うことから始まります。

時間はかかるかもしれません。しかし、一度豊かで温かい「土壌」が耕されれば、そこに蒔かれた種は、私たちが驚くほどの力で芽吹き、たくましく成長し、やがて大きな果実を実らせるはずです。

もし、貴社の「土壌」をどのように耕し、社員一人ひとりの“内なるエンジン”に火をつければよいか、その具体的な方法について客観的な視点が必要だと感じられたなら、ぜひ一度、専門家にご相談ください。持続的に成長する組織への変革は、その第一歩から始まります。