営業組織が崩壊する危険なサイン:プレイングマネージャーが手一杯になっていませんか?

多くの経営者や営業責任者の方々が、一度は直面するであろう深刻な問題。それは、営業チームを率いるべきマネージャーが、自身の営業活動に追われ、本来果たすべきマネジメント業務に手が回らなくなる「プレイングマネージャーの限界」という問題です。

かつてチームのエースとして誰よりも高い成果を上げてきた優秀な人材を、満を持してマネージャーに昇進させる。これは、多くの企業でごく自然に行われている人事です。彼ら彼女らであれば、自身の経験を活かしてチームを力強く牽引し、組織全体の成果を底上げしてくれるに違いない。そんな期待を抱くのは当然のことでしょう。

しかし、その期待とは裏腹に、いつしかチームの雰囲気は停滞し、若手は育たず、目標達成はマネージャー個人の頑張りに依存するようになる。そして、その頼りのマネージャー自身も、日々の業務に疲弊しきっている…。もし、貴社の営業組織にこのような兆候が見られるとしたら、それは組織崩壊へと向かう危険なサインかもしれません。

本コラムでは、なぜプレイングマネージャーが限界を迎えやすいのか、その背景にある構造的な問題点を解き明かし、組織が崩壊へと向かう具体的な5つのサインと、その先にある未来、そして今すぐ着手すべき対策について、具体的かつ論理的に解説していきます。

なぜ優秀な営業ほど「手一杯」のプレイングマネージャーになってしまうのか?

プレイングマネージャーという役割そのものが悪いわけではありません。特に、比較的小規模な組織や、立ち上げ期のチームにおいては、マネージャー自身が現場の第一線に立ち、背中でチームを引っ張るスタイルが有効に機能する場面も多々あります。

問題なのは、マネージャーの業務における「プレイング」と「マネジメント」のバランスが著しく崩れ、前者に過度に依存してしまう状態です。では、なぜ優秀な営業担当者ほど、このような状況に陥りやすいのでしょうか。

1. 「自分がやった方が早い」という思考の罠

トップセールスとして活躍してきた人材は、当然ながら高い営業スキルと成功体験を持っています。そのため、部下の商談が滞っていたり、目標達成が危うかったりすると、「自分が介入した方が早く、確実に成果を出せる」と考えてしまいがちです。

これは一見、合理的な判断のように思えます。しかし、この「巻き取り」が常態化すると、部下は困難な局面を自力で乗り越える経験を積む機会を失います。結果として、いつまで経っても自分で考え、行動できる営業担当者が育たず、マネージャーは延々と部下の「火消し」に追われることになります。部下の成長機会を奪い、結果的に自分自身の首を絞めていることに、なかなか気づくことができないのです。

2. 評価制度の構造的な問題

多くの企業では、営業マネージャーの評価項目に「チームの目標達成率」だけでなく、「マネージャー個人の売上目標」が含まれています。この評価制度の下では、マネージャーは自身のプレイヤーとしての成果を追わざるを得ません。

部下の育成やチームの仕組みづくりは、成果が出るまでに時間がかかり、短期的な評価に結びつきにくいのが現実です。一方で、個人の売上は目に見えやすく、評価もされやすい。このため、マネージャーは時間と労力を、どうしても短期的に評価されやすいプレイング業務に割いてしまうのです。これは個人の意識の問題というより、そうせざるを得ない会社の仕組みの問題と言えるでしょう。

3. マネジメントスキルの不足

優れた営業担当者が、必ずしも優れたマネージャーになれるわけではありません。個人の成果を最大化するスキルと、チームの成果を最大化するスキルは、全くの別物です。

多くの企業では、マネジメントに関する十分な研修や教育の機会を提供しないまま、優秀なプレイヤーを管理職に任命してしまいます。その結果、新しいマネージャーは「マネジメントとは何か」を深く理解しないまま、自分が最も得意としてきた営業活動、つまりプレイングに頼るしかなくなってしまうのです。

見逃してはならない、組織崩壊へと向かう5つの危険なサイン

プレイングマネージャーが自身の業務に忙殺されている状態を放置すると、組織は静かに、しかし確実に蝕まれていきます。以下の5つのサインが見られたら、早急な対策が必要です。

サイン1:チーム全体の目標が未達常態化している

一見、矛盾しているように聞こえるかもしれません。トッププレイヤーであるマネージャーが最前線で稼いでいるにも関わらず、なぜチームの目標が未達になるのでしょうか。

それは、マネージャーが自身の数字を追いかけることに必死で、チーム全体の戦略立案、進捗管理、個々のメンバーへの適切なアドバイスといった、本来のマネジメント業務が疎かになっているからです。野球で例えるなら、監督が自ら4番打者として打席に立つことに集中するあまり、サインを出したり、選手交代を考えたりする采配が全くできていない状態です。個人の活躍だけでは、チームを勝利に導くことはできません。結果として、マネージャーの個人目標は達成できても、チーム全体の目標は未達という状況が常態化していくのです。

サイン2:部下の成長が止まり、離職率が高まる

マネージャーがプレイングに忙殺されているチームでは、部下は「放置されている」と感じるようになります。日々の活動に対するフィードバックはもらえず、困ったことがあっても相談する時間もない。自分のキャリアや成長について、上司とじっくり話す機会もありません。

このような環境で、社員が「この会社で成長できる」と感じるのは困難です。特に、成長意欲の高い優秀な若手ほど、自身の将来に見切りをつけて早期に離職していく傾向があります。残ったメンバーも、成長実感を得られないままモチベーションが低下し、指示待ちの姿勢が蔓延していくでしょう。結果的に、チームは新陳代謝を失い、活気のない組織へと変貌してしまいます。

サイン3:成果が特定の個人に偏り、チームの再現性が失われる

マネージャーが部下を育成する時間と余裕を失うと、チームの成果は、もともと能力の高い一部のメンバーと、マネージャー自身の活躍に依存するようになります。新しいメンバーが入ってきても、体系的な育成が行われないため、なかなか戦力になりません。

これは、営業のノウハウが特定の個人の中にしか存在しない、極めて不安定な状態です。そのエース社員やマネージャーが退職・休職してしまえば、チームの売上は一気に落ち込みます。組織として、安定的に成果を出し続けるための「仕組み」や「共通の戦い方」が全く構築されていない証拠と言えるでしょう。

サイン4:マネージャー自身が心身ともに疲弊しきっている

誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社する。休む間もなく顧客先を飛び回り、帰社後は山のような事務処理と部下からの報告に対応する。プレイングマネージャーは、プレイヤーとしての業務とマネジメント業務という「二重の責任」を一身に背負い込み、恒常的な長時間労働に陥りがちです。

このような状態が続けば、心身の健康を損なうのは時間の問題です。疲弊しきったマネージャーは、冷静な判断力を失い、視野も狭くなります。部下に対して不機嫌な態度を取ってしまったり、短期的な視点で物事を判断してしまったりと、マネジメントの質は著しく低下します。チームの要であるマネージャーが倒れてしまえば、組織が機能不全に陥ることは言うまでもありません。

サイン5:チーム内に新しいアイデアや成功事例が生まれない

市場や顧客のニーズは、常に変化しています。持続的に成長する組織は、この変化に対応し、常に新しい営業手法やアプローチを試行錯誤し続けるものです。

しかし、プレイングマネージャーが自身の成功体験に固執し、部下の育成を怠っているチームでは、新しい挑戦が生まれにくくなります。マネージャーは「自分のやり方が一番正しい」と考え、部下の新しいアイデアに耳を傾ける余裕もありません。部下もまた、挑戦して失敗することを恐れ、既存のやり方を踏襲するだけになります。結果として、チームは過去の成功体験に縛られ、徐々に市場とのズレが生じ、競争力を失っていくのです。

今、経営者が取り組むべきこと:マネージャーを「指揮者」へと変える

これらの危険なサインを放置すれば、営業組織は確実に力を失い、企業の成長を阻害する大きな要因となります。この負のスパイラルを断ち切るために、経営者や営業責任者は、今すぐ以下の3つの改革に着手する必要があります。

1. マネージャーの役割を再定義し、評価制度を見直す

まず最も重要なことは、「営業マネージャーの最も重要な仕事は、自身が売ることではなく、チームを勝たせることである」という明確なメッセージを、会社全体で共有することです。マネージャーの役割は、個人のスーパースターであり続けることではなく、チーム全体のパフォーマンスを最大化する「指揮者」や「監督」であると再定義しなくてはなりません。

そして、その新しい役割定義に合わせて、評価制度を大胆に見直す必要があります。個人の売上目標の比重を下げ、あるいは撤廃し、「チームの目標達成率」「部下の育成(成長度合い)」「チームの仕組み構築への貢献」といった、マネジメント業務の成果を正しく評価する仕組みを導入することが不可欠です。

2. マネージャーが「部下と向き合う時間」を物理的に確保する

役割を再定義するだけでは不十分です。マネージャーが部下育成や仕組みづくりといった本来の業務に集中できるよう、物理的な時間を確保する施策が必要です。

そのための有効な手段が、定期的な「1on1ミーティング」の導入です。これは単なる業務の進捗確認の場ではありません。週に1回30分でも構いません。マネージャーとメンバーが1対1で向き合い、日々の業務の悩みや課題、今後のキャリア、個人の成長について対話する時間です。

1on1を通じて、マネージャーは部下一人ひとりの個性や価値観、強み・弱みを深く理解することができます。これにより、画一的な指導ではなく、個々のメンバーに合わせた適切なサポートや動機付けが可能になります。部下は「上司が自分のことを見てくれている」という安心感を得て、エンゲージメントが高まり、自律的な成長を促すことができます。

経営者は、1on1を「コスト」ではなく、未来の組織を作るための「投資」と捉え、マネージャーがその時間を確保できるよう、業務量の調整や権限移譲を積極的に後押しすべきです。

3. 個人の能力に依存しない「仕組み」を構築する

属人的な営業から脱却し、組織として安定的に成果を上げるためには、チームで戦うための「仕組み」が必要です。

例えば、成功した商談の録画や議事録をチーム全体で共有し、分析する「ナレッジシェアの仕組み」。顧客情報をリアルタイムで共有し、チームとして最適なアプローチを可能にする「情報共有のルール」。そして、トップセールスの商談プロセスを分解・分析し、誰もがある程度の水準で実践できる「標準的な商談の型」を構築することなどが挙げられます。

マネージャーの役割は、こうした仕組みを率先して作り、チームに定着させ、継続的に改善していくことです。仕組みが機能し始めれば、マネージャーが細かくマイクロマネジメントしなくても、チームは自律的に動けるようになります。これにより、マネージャーはさらに付加価値の高い、戦略的な業務に時間を使うことができるようになるのです。

終わりに

プレイングマネージャーの多忙さと疲弊は、決して彼ら個人の能力や意識の問題ではありません。それは、企業の成長過程で多くの組織が直面する、構造的な課題の表れです。

「うちはまだ大丈夫」「あのマネージャーは優秀だから何とかしてくれるはずだ」。 そうした楽観的な見方が、気づかぬうちに組織の崩壊を招くことがあります。本コラムで挙げた5つの危険なサインに一つでも心当たりがあるのなら、それは貴社の営業組織が、そして会社全体が、次のステージに進むための重要な転換点に立っている証拠です。

営業組織の持続的な成長は、一人のエースプレイヤーの力によってではなく、チーム全員の力が最大限に発揮される仕組みと、それを支える優れたマネジメントによってもたらされます。

貴社の営業組織が持つ本来の可能性を最大限に引き出すために、まずは、チームの要である営業マネージャーの役割と環境から見直してみてはいかがでしょうか。もし、自社だけでの改革が難しい、何から手をつければ良いか分からないと感じる場合は、外部の専門家の視点を取り入れることも、有効な選択肢の一つです。未来への第一歩を踏み出すのは、まさに今です。