営業の「個性を活かす」とは?「個の力」を最大化する営業組織の作り方

はじめに

「営業は企業の成長エンジンである」 経営者の皆様であれば、この言葉に異論はないでしょう。しかし、その重要なエンジンが、期待通りに機能していない、あるいは、かつてのような力強さを失ってしまった、と感じることはありませんでしょうか。

  • 営業担当者によって、成果に大きなばらつきがある
  • 若手社員がなかなか育たず、早期に離職してしまう
  • かつての成功体験が通用しなくなり、受注率が頭打ちになっている
  • 顧客から「しつこい」「一方的だ」といった不満の声が聞こえてくる
  • せっかく受注しても、すぐに解約されてしまう

もし、一つでも当てはまる項目があれば、それは個々の営業担当者の能力だけの問題ではないかもしれません。貴社の営業組織が持つ「育成」や「仕組み」の在り方そのものが、現代の市場環境に合わなくなっているサインなのです。

多くの企業では、今もなお「トップセールスのやり方を真似させる」「全員に同じ営業研修を受けさせる」といった画一的な人材育成が行われています。しかし、このアプローチこそが、社員の可能性に蓋をし、組織の成長を妨げているとしたら、どうでしょうか。

本コラムでは、これからの時代に求められる、持続可能な営業組織を構築するための考え方として「個性を活かす営業」とは何か、そして、なぜ画一的な育成では成果が出ないのかを、具体的かつ論理的に解説していきます。この記事を読み終える頃には、貴社の営業組織が抱える課題の本質と、明日から着手すべき第一歩が見えてくるはずです。

第1章:なぜ、画一的な営業研修では成果が出なくなったのか?

かつては、営業の「型」を教え込み、それを忠実に実行できる人材を育てることが、成功への近道だと考えられていました。優れた営業担当者のトークスクリプトを全員で暗記し、ロールプレイングを繰り返す。こうした光景は、決して珍しいものではありませんでした。

しかし、時代は大きく変わりました。過去の成功法則が通用しなくなった背景には、主に3つの変化があります。

1. 顧客の変化:情報格差の終焉

最も大きな変化は、顧客が手にする情報量の爆発的な増加です。インターネットの普及により、顧客は商品やサービスについて、営業担当者から話を聞く前に、自ら詳細な情報を収集し、比較検討することが当たり前になりました。

もはや、営業担当者が持つ情報の優位性は失われ、「自社製品の良さを一方的に伝える」だけのプロダクトアウト型の営業は通用しません。顧客は、自分たちの課題を深く理解し、数ある選択肢の中から最適な解決策を、共に考えてくれるパートナーを求めています。

このような顧客に対して、マニュアル通りの画一的なアプローチをすればどうなるでしょうか。「この人は、私のことを理解しようとせず、ただ売りたいだけなんだな」と見透かされ、信頼関係を築く前にシャッターを下ろされてしまうでしょう。

2. 働く人の価値観の変化:「やらされ感」からの脱却

終身雇用が当たり前ではなくなり、働き方の多様化が進む現代において、働く人々の価値観も大きく変化しました。特に若い世代は、金銭的な報酬だけでなく、仕事を通じての「自己成長」や「社会への貢献」「自己表現」といった要素を強く求める傾向にあります。

上司から与えられた目標を、ただ言われた通りにこなすだけの仕事に、彼らはやりがいを見出せません。自分の頭で考え、工夫し、顧客に貢献できたという実感を得ることで、初めて仕事への意欲が湧いてくるのです。

画一的な研修や厳格なマニュアルは、社員から「考える機会」を奪い、「やらされ感」を助長します。結果として、社員の主体性は失われ、指示待ちの姿勢が蔓延します。これでは、変化の激しい市場環境の中で、顧客の期待を超える価値を提供し続けることは困難です。

3. ビジネス環境の変化:「唯一の正解」の不在

顧客のニーズは多様化・複雑化し、市場の不確実性は増すばかりです。このような環境下において、もはや「これさえやっておけば絶対に売れる」という唯一無二の正解は存在しません。

ある顧客には響いたアプローチが、別の顧客には全く通用しない。昨日までの成功パターンが、明日には陳腐化している。それが、現代の営業現場のリアルです。

このような状況で、組織がたった一つの「型」に固執することは、大きなリスクを伴います。変化に対応できず、組織全体が硬直化してしまうからです。むしろ、様々な状況に対応できる多様なアプローチを持つこと、つまり、営業担当者一人ひとりが、自分の頭で最適解を導き出せる状態を作ることこそが、組織全体の競争力につながるのです。

第2章:誤解されがちな「個性を活かす」の本当の意味

「個性を活かす」と聞くと、「自由にやらせる」「個人のやり方に任せる」といった、放任主義的なイメージを抱く方もいらっしゃるかもしれません。あるいは、「基本的な型もできていないのに、個性を主張するのは時期尚早だ」と感じる方もいるでしょう。

しかし、私たちが提唱する「個性を活かす」とは、決して「わがまま」や「自己流」を許容することではありません。それは、組織としての共通の目的・基盤の上に、社員一人ひとりが持つ固有の強みを最大限に発揮させる、という極めて戦略的なアプローチです。

では、営業における「個性」とは、具体的に何を指すのでしょうか。主に3つの側面から考えることができます。

1. 強み・得意なこと(スキル・特性)

  • 初対面の人とでもすぐに打ち解け、信頼関係を築くのが得意な人
  • 複雑な情報を整理し、データに基づいて論理的に説明するのが得意な人
  • 聞き上手で、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを引き出すのが得意な人
  • 情熱的にビジョンを語り、相手を巻き込むのが得意な人

これらは、営業活動における優劣ではなく、スタイルの違いです。関係構築が得意な人が、無理に論理武装する必要はありません。逆に、データ分析が得意な人が、情熱的な語り口を無理に真似る必要もないのです。自分の得意なスタイルで勝負できる時、人は最も高いパフォーマンスを発揮します。

2. 価値観・動機(Will)

人は、何に喜びを感じ、何を大切にしているかによって、仕事への向き合い方が変わります。

  • 顧客のビジネスが成功することに、何よりもやりがいを感じる人
  • 難しい目標を達成し、自分自身が成長することに喜びを感じる人
  • チームメンバーと協力し、一体感を持って目標を達成することに充実感を覚える人

これらの内発的な動機は、行動の源泉となるエネルギーです。この動機と日々の業務が結びついた時、社員は自発的に、そして粘り強く仕事に取り組むようになります。例えば、顧客の成功を願う担当者には、アップセルやクロスセルだけでなく、長期的な視点でのサポートを評価する仕組みが有効かもしれません。

3. 思考のクセ・コミュニケーションスタイル

物事をどのように捉え、どのように他者と関わるかというスタイルも、重要な個性です。

  • 全体像を捉えてから詳細を考えるタイプか、詳細を積み上げて全体像を把握するタイプか
  • 共感を大切にし、相手の感情に寄り添うコミュニケーションを好むか、事実に基づいて端的に話を進めることを好むか

これらのスタイルに優劣はありません。重要なのは、マネージャーがメンバーの特性を理解し、そのスタイルに合ったコミュニケーションやフィードバックを行うことです。これにより、メンバーは安心して自分の能力を発揮し、成長していくことができます。

個性を活かすとは、これらの多様な要素を深く理解し、一人ひとりが最も輝ける役割やアプローチを見つけ、それを組織として後押ししていくことに他なりません。

第3章:社員の個性を活かすための具体的な3ステップ

では、具体的にどのようにすれば、社員の個性を活かす営業組織を構築できるのでしょうか。ここでは、明日からでも始められる3つのステップをご紹介します。

ステップ1:徹底的に「知る」- すべては対話から始まる

個性を活かすための第一歩は、言うまでもなく、社員一人ひとりの個性を深く理解することです。そのために最も有効な手段が、上司と部下による定期的な1on1ミーティングです。

ここで重要なのは、1on1を単なる「業務の進捗確認」の場にしないことです。

  • 本人が仕事を通じて、何を実現したいのか(キャリア観、価値観)
  • どのような時に、仕事が「楽しい」「やりがいがある」と感じるのか
  • 自分の強みや、逆に苦手だと感じていることは何か
  • 最近、うまくいったこととその理由、うまくいかなかったこととその理由

こうしたテーマについて、上司は「教える(ティーチング)」のではなく、「引き出す(コーチング)」姿勢で対話を重ねます。部下が安心して本音を話せる心理的な安全性も、この場を機能させるためには欠かせません。

定期的な対話を通じて、上司はメンバーの個性や強み、モチベーションの源泉を理解し、一人ひとりに合った目標設定やサポートができるようになります。また、メンバー自身も、対話を通じて自分の特性を客観的に認識し、自己成長へと繋げることができるのです。

ステップ2:「型」と「個性」の最適なバランスを見つける

個性を尊重するとは、組織としての基準やルールをなくすことではありません。むしろ、個性を発揮させるためには、しっかりとした土台となる「型」が必要です。

ここで言う「型」とは、トップセールスのトークスクリプトのような画一的なものではなく、組織として大切にする顧客への基本姿勢や、営業活動の基本的なプロセスといった、いわば「幹」の部分です。

  • 顧客の課題解決を最優先するという価値観
  • 商談前の準備から、受注後のフォローまでの基本的な流れ
  • 守るべきコンプライアンスや情報管理のルール

この揺るぎない「幹」があるからこそ、社員は安心して、それぞれの「枝葉」である個性的なアプローチを試みることができます。

そして、成功事例の共有方法も変える必要があります。トップセールスのやり方をそのまま真似させるのではなく、「なぜ、そのアプローチで顧客の心が動いたのか」「その判断の背景には、どのような思考があったのか」といった**成功の「背景」や「考え方」**を共有するのです。

これにより、他のメンバーは、その本質を理解した上で、「自分なら、自分の強みを活かしてどう応用できるか」と主体的に考えるようになります。これが、個人の経験を組織の力に変える、正しいナレッジの共有のあり方です。

ステップ3:個性が発揮され、評価される「仕組み」を整える

社員の個性を理解し、それを発揮できる土台を作ったとしても、評価制度が旧態依然のままでは、本当の意味で個性を活かすことはできません。

例えば、評価指標が「売上金額」や「契約件数」だけであれば、誰もが短期的な成果を追い求めるようになります。じっくりと顧客との関係を築くのが得意な社員や、チームのサポートで力を発揮する社員は、正当に評価されず、モチベーションを失ってしまうでしょう。

個性を活かすためには、評価の軸を多様化することが求められます。

  • 結果指標: 売上、受注率、利益率など
  • プロセス指標: 顧客との面談回数、提案の質、顧客満足度アンケートの結果など
  • 貢献度指標: チームへのナレッジ共有、後輩の育成への貢献など

こうした多角的な視点から評価を行うことで、社員は自分の強みを活かした多様な方法で組織に貢献できると認識し、安心して自分の役割を全うすることができます。

また、それぞれの強みに応じて役割分担を最適化することも有効です。例えば、新規のアポイント獲得が得意な人と、獲得したアポイントから商談をまとめ上げるのが得意な人が連携する、インサイドセールスとフィールドセールスの分業体制も、個性を活かす仕組みの一つと言えるでしょう。

第4章:経営者にしかできないこと – 個性を育む文化の醸成

ここまで、個性を活かすための具体的なアプローチについて述べてきましたが、これらを真に機能させるためには、土壌となる「組織文化」が不可欠です。そして、その文化を創り出す上で、経営者の皆様の役割は絶大です。

1. 失敗を許容し、挑戦を称賛する

個性を発揮するということは、常に新しい挑戦を伴います。そこには、当然失敗もつきものです。失敗を厳しく罰するような文化では、社員は萎縮し、誰もリスクを取って挑戦しようとはしません。

経営者自らが、「失敗は、成功に至るための貴重な学習機会である」というメッセージを明確に発信し、挑戦したこと自体を称賛する姿勢を示すことが重要です。社員が「失敗しても大丈夫だ」と感じられる心理的安全性の高い環境こそが、個性豊かな挑戦を生み出すのです。

2. 「多様性」を尊重する姿勢を明確に示す

組織の文化は、トップの姿勢を色濃く反映します。経営者が、自分とは異なる意見や価値観を尊重し、積極的に耳を傾ける姿を見せることで、「この組織では、多様な考え方が受け入れられるんだ」という空気が醸成されます。

「営業とは、こうあるべきだ」という固定観念を経営者自身が手放し、社員一人ひとりの多様な働き方やキャリアプランを応援する。その明確な姿勢が、社員のエンゲージメントを高め、組織全体の活力を生み出します。

3. マネージャーの「育成者」としての役割を支援する

個性を活かす育成の最前線に立つのは、現場のマネージャーです。しかし、プレイングマネージャーとして自身の目標も追いながら、部下の育成に時間を割くのは容易ではありません。

経営者は、マネージャーが部下一人ひとりと向き合う時間を確保できるよう、業務量の調整や権限移譲を進める必要があります。また、部下の強みを引き出すためのコーチング研修の機会を提供するなど、マネージャーが「育成者」としてのスキルを高められるよう、積極的に投資していくことが求められます。マネージャーへの投資は、その先にいるチームメンバー全員の成長につながる、極めて費用対効果の高い投資なのです。

おわりに

これからの時代の営業組織に求められるのは、金太郎飴のような均質な人材の集団ではありません。一人ひとりが異なる強みを持ち、互いに連携し、オーケストラのように美しいハーモニーを奏でるプロフェッショナル集団です。

社員の個性を活かすことは、単なる人材育成の手法ではなく、変化の激しい時代を生き抜き、持続的な成長を遂げるための、企業の根幹をなす経営戦略そのものです。

社員一人ひとりが、仕事に「やらされ感」ではなく、心からの「やりがい」を感じる。自分の強みを活かして顧客に貢献し、その実感を通じて成長していく。そのような組織は、自ずと顧客から選ばれ、高い受注率と低い解約率を実現していくことでしょう。

まずは、貴社のエース社員と、なかなか成果の出ない若手社員の営業スタイルを比べてみてください。その違いは、単なる能力の差でしょうか。それとも、活かしきれていない「個性」の差でしょうか。

そして、一度、現場の社員とじっくり対話する時間を設けてみてください。彼らが何に悩み、何に喜びを感じているのか。その声に耳を傾けることが、貴社の営業組織を、より強く、しなやかなものへと変革させるための、確かな第一歩となるはずです。

もし、自社だけでこれらの改革を進めることに難しさを感じたり、より客観的な視点からのアドバイスが必要だと感じられたりした際には、私たちのような外部の専門家の知見を活用することも、有効な選択肢の一つです。貴社の持続的な成長に向けた道のりを、共に歩むパートナーとして、いつでもご相談をお待ちしております。