「今月の重要商談は、やはり自分が行かなければならない」 「営業マネージャーに任せてはいるが、結局、細かい指示を出さなければ動いてくれない」 「新しく入ったメンバーが、なかなか成果を出せずにいる。どう育てればいいものか…」
企業の経営者として、このような悩みを抱え、日々営業の最前線に立ち続けている方、あるいは現場のマネジメントに忙殺されている方は、決して少なくないのではないでしょうか。
創業期であれば、経営者自身がトップセールスとして会社を牽引することは、事業を軌道に乗せる上で極めて重要です。その情熱と卓越した営業スキルが、会社の礎を築いてきたことは間違いありません。しかし、事業が成長し、組織が拡大していくフェーズにおいても、経営者がいつまでも「スーパープレイヤー」であり続けることには、大きな限界が訪れます。
経営者の時間は有限です。営業の現場に深く関与し続けることで、本来、経営者が最も注力すべきである「未来の事業戦略の策定」「新たな収益の柱の構築」「組織全体の文化醸成」といった、より大局的な業務にかける時間が失われていきます。結果として、会社の成長スピードが鈍化し、気づいた時には市場の変化に取り残されてしまう、という事態にもなりかねません。
「自分がいないと、会社の売上が成り立たない」。この状況は、一見すると経営者の存在価値の証明のように思えるかもしれませんが、実は会社の持続的な成長にとっては、非常に大きなリスクをはらんでいるのです。
本稿では、経営者の皆様が営業現場の心配から解放され、本来の役割に集中できる、そんな「自律的に売上を創り出す組織」をいかにして構築していくか、その具体的なステップについてお話しします。
なぜ、いつまでも「社長頼み」の営業から抜け出せないのか
「売れる仕組みを創ろう」と何度も試みてきたものの、なかなかうまくいかない。その背景には、いくつかの共通した原因が存在します。
1. トップセールスの「感覚」が言語化・共有化されていない
経営者自身や、一部の優秀な営業担当者は、なぜ売れるのかを尋ねられても、「顧客の雰囲気を見て、提案内容を柔軟に変えているだけ」「長年の経験と勘ですよ」と答えることがよくあります。彼らにとって、それは無意識に実践している「当たり前」の行動かもしれません。
しかし、その「当たり前」こそが、組織の成長を妨げる壁となります。彼らの頭の中にある暗黙知(個人の経験や勘に基づく知識)が、他のメンバーにも理解・実践できるような形式知(マニュアルやフレームワークなど、客観的に伝えられる知識)に変換されていないため、他のメンバーはいつまで経ってもそのやり方を学ぶことができません。結果として、営業組織全体のパフォーマンスは向上せず、特定の個人の力に依存し続ける構造から脱却できないのです。
2. 「とにかく行動量」という古い価値観に縛られている
「受注できないのは、訪問件数が足りないからだ」「もっと気合と根性で顧客に食らいつけ」。こうした精神論に基づくマネジメントは、もはや現代の営業活動において有効ではありません。
もちろん、一定の行動量は必要です。しかし、顧客がインターネットを通じて容易に情報を収集できるようになった今、求められているのは、顧客の課題を深く理解し、的確な解決策を提示できる「質の高い」営業活動です。やみくもに行動量を増やすだけの指示は、営業担当者の疲弊を招き、モチベーションを低下させ、離職率を高める原因にもなります。重要なのは、行動の「量」ではなく、一件一件の活動の「質」をいかに高め、成果に結びつけるかという視点です。
3. 育成が「OJT」という名の「放置」になっている
多くの企業で、新人育成は現場の先輩社員に任せるOJT(On-the-Job Training)が中心となっています。OJT自体は有効な育成手法ですが、その運用方法に問題があるケースが散見されます。
育成担当の先輩社員が自身の営業活動で手一杯であったり、そもそも「人に教える」スキルを持っていなかったりする場合、OJTは「見て学べ」「とりあえず同行してこい」といった、実質的な「放置」になりがちです。明確な育成計画やフィードバックの仕組みがなければ、新人は何が正しくて何が間違っているのかを判断できず、成長の機会を失ってしまいます。これでは、いつまでたっても独り立ちできず、組織全体の戦力アップにはつながりません。
これらの問題は、それぞれが独立しているのではなく、相互に絡み合っています。だからこそ、一つ一つの問題を個別に対処するのではなく、組織全体として、体系的なアプローチで解決していく必要があります。
経営者がいなくても売上があがる組織を創るための4つのステップ
では、具体的にどのようなステップを踏めば、自律的に売上を創り出す組織を構築できるのでしょうか。ここでは、そのための4つの重要なステップをご紹介します。
ステップ1:思考と行動を「見える化」する
組織改革の第一歩は、現状を正確に把握することから始まります。特に営業活動においては、「誰が、どのような顧客に対し、何を、どのように行い、その結果どうなったのか」という一連のプロセスを「見える化」することが極めて重要です。
これは、単にSFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理システム)を導入し、行動件数を入力させることだけを意味するのではありません。もちろん、そうしたツールは有効ですが、本質は「成果につながる思考と行動のパターン」を見つけ出すことにあります。
例えば、以下のような情報を記録・共有する仕組みを考えてみましょう。
- 商談議事録の標準化: 単なる会話の記録ではなく、「顧客が抱える最も大きな課題は何か」「顧客の意思決定者は誰か」「今回の商談で得られた成果(ネクストアクションの設定など)は何か」「受注/失注の決め手となった要因は何か」といった項目を設け、誰もが同じ形式で報告するようにします。
- 成功事例の共有: 受注に至った案件について、担当者が「なぜ成功したのか」を自身の言葉で分析し、チーム全体で共有する場を設けます。そこでは、どのような事前準備をし、どのような切り口で提案し、どの言葉が顧客に響いたのか、といった具体的なプロセスを明らかにします。
- 失敗事例(失注案件)の分析: 失注は決して個人の失敗ではありません。組織にとって貴重な学びの機会です。なぜ失注したのかを客観的に分析し、「価格の問題だったのか」「提案内容がずれていたのか」「タイミングが悪かったのか」などをチームで議論することで、次なる活動の精度を高めることができます。
こうした活動を通じて、トップセールスの「感覚」や「暗黙知」が少しずつ言語化され、組織全体の共有財産へと変わっていきます。何が成果に結びつき、何がそうでないのか。その因果関係が明らかになることで、初めて組織的な改善活動が可能になるのです。
ステップ2:再現性のある「勝ちパターン」を構築する
営業活動の「見える化」が進むと、そこから自社独自の「勝ちパターン」が見えてきます。これは、特定の営業担当者だけが使える特殊なスキルではなく、誰もが理解し、実践できる「型」のようなものです。
ここで重要なのは、一つの完璧なマニュアルを作ろうとしないことです。顧客の課題や状況は千差万別であり、全ての商談に通用する唯一絶対の正解は存在しません。目指すべきは、状況に応じて使い分けることができる、複数の基本的なフレームワークやトークスクリプトの整備です。
例えば、
- 顧客タイプ別の初回アプローチ方法: 「情報収集段階の顧客」と「課題が明確で、すぐにでも導入を検討したい顧客」とでは、アプローチの方法が大きく異なります。それぞれのタイプに応じたヒアリング項目や情報提供の仕方を「型」として用意します。
- 課題別の提案ストーリー: 「コスト削減」を重視する顧客と、「業務効率化」を求める顧客とでは、響く提案のストーリーが異なります。それぞれの課題に合わせた提案の骨子や、導入事例の示し方を整理しておきます。
- クロージングのシナリオ: 商談の最終段階で想定される顧客からの質問や懸念事項をリストアップし、それらに対する最適な回答例を準備しておきます。
こうした「勝ちパターン」は、一度作ったら終わりではありません。市場や顧客の変化に合わせて、常にチーム全体で議論し、アップデートし続けることが重要です。この「型」があることで、経験の浅いメンバーでも、一定水準以上の営業活動を早期に展開できるようになります。そして、それは個性を縛るものではなく、むしろ、その「型」を土台として、自分なりの工夫や応用を加えるための基礎となるのです。
ステップ3:個性を活かし、自走を促す「育成」の仕組みを整える
「勝ちパターン」という組織としての基準ができた上で、次に取り組むべきは、それを使いこなし、さらに発展させていける人材を育てる仕組み作りです。ここでの主役は、現場のマネージャーとなります。
マネージャーの役割は、メンバーを管理・監督することではありません。一人ひとりのメンバーと向き合い、彼らが持つ個性や強みを引き出し、自律的な成長を促す「伴走者」となることです。そのために、特に有効なのが「1on1ミーティング」の定期的な実施です。
週に一度、あるいは隔週に一度、30分でも構いません。マネージャーとメンバーが1対1で対話する時間を設けます。ただし、その場を単なる「売上数字の進捗確認会議」にしてはいけません。
1on1で話すべきテーマは、以下のようなものです。
- 現状の課題とボトルネック: 「今、一番うまくいっていないことは何?」「どこでつまずいていると感じる?」といった問いかけを通じて、メンバー自身に課題を言語化させます。
- 成功体験の深掘り: 「最近うまくいった案件について、成功の要因は何だったと思う?」と問いかけ、メンバー自身に成功体験を振り返らせることで、自信を持たせ、再現性を高める手助けをします。
- 今後のアクションプランの共創: マネージャーが一方的に指示を出すのではなく、「この課題を乗り越えるために、明日から具体的にどんな行動ができそう?」と問いかけ、メンバー自身に次のアクションを考えさせ、コミットメントを引き出します。
こうした対話を通じて、メンバーは「やらされ感」ではなく、自らの意思で仕事に取り組むようになります。マネージャーは、ティーチング(教える)だけでなく、コーチング(引き出す)のスキルを身につけ、メンバー一人ひとりが「貢献実感」や「成長実感」を得られるような環境を整えることが求められます。人が育つ組織では、メンバーが仕事に楽しみを見出し、自発的にパフォーマンスを高めていくという好循環が生まれます。
ステップ4:学び合い、改善し続ける「文化」を醸成する
最後のステップは、これまでの取り組みを組織の「文化」として根付かせることです。仕組みや制度を整えるだけでは、時間と共に形骸化してしまう恐れがあります。重要なのは、組織全体で学び合い、常に改善を続けていくという風土を創り上げることです。
そのために、経営者やマネージャーが意識すべきポイントがいくつかあります。
- 失敗を許容し、挑戦を奨励する: 新しいアプローチを試した結果、たとえ失敗したとしても、その挑戦自体を称賛する文化が重要です。失敗を恐れる組織では、誰もリスクを取らなくなり、イノベーションは生まれません。失注分析と同様に、失敗から何を学んだかを共有し、次の成功につなげるプロセスを評価するべきです。
- 情報共有を徹底する: 成功事例や失敗事例、顧客から得た有益な情報などを、特定の個人が抱え込むのではなく、チーム全体、ひいては会社全体の資産としてリアルタイムで共有する仕組みと意識を徹底します。
- 顧客視点を徹底する: 議論の中心を、常に「どうすればもっと売れるか」ではなく、「どうすれば顧客の成功に、より貢献できるか」に置くことが重要です。受注率の向上や解約率の低下は、顧客満足度を高めた結果としてついてくるものです。「自分たちのことだけを考える昔ながらの営業」から脱却し、真に顧客のパートナーとなることを目指す文化が、長期的な信頼と安定した収益をもたらします。
これらの文化は、経営者自身が率先して体現し、メッセージを発信し続けることで、少しずつ組織全体に浸透していきます。
経営者の役割は「最高のプレイヤー」から「最高の監督」へ
本稿でご紹介した4つのステップは、一朝一夕に実現できるものではありません。地道な努力と、時には痛みを伴う改革が必要になるかもしれません。しかし、この道を一歩ずつ着実に進むことで、組織は必ず変わります。
経営者がいつまでも営業の最前線で戦い続ける組織は、経営者の能力と時間が成長の限界点を規定してしまいます。一方で、経営者がいなくても現場が自律的に回り、売上を創り出し、改善を続けていく組織は、持続的な成長の可能性を秘めています。
経営者の皆様の真の役割は、自らがゴールを決める「最高のプレイヤー」であり続けることではありません。それぞれの選手(社員)が持つ能力を最大限に引き出し、チーム(組織)として勝利を掴むための戦略を描き、最適な環境を整える「最高の監督」になることです。
「営業」という、企業の根幹を成す活動だからこそ、個人の頑張りや才能だけに依存する不安定な状態から脱却し、誰もが活躍できる再現性の高い「仕組み」を構築する。その先にこそ、経営者の皆様が営業の心配から解放され、より創造的で、未来に向けた仕事に集中できる日々が待っているのです。
もし、自社だけでは何から手をつけていいか分からない、あるいは、より客観的で専門的な知見を取り入れながら改革を進めたいとお考えでしたら、一度、外部の専門家の視点を取り入れてみることも、有効な選択肢の一つとなるでしょう。