ある企業の社長が語る。私が営業組織の構築で、一番遠回りして学んだこと

はじめに:これは、あなたの会社の話かもしれません

会社の経営に終わりはありません。特に「営業」に関する悩みは、多くの経営者にとって尽きないテーマではないでしょうか。「今月の売上目標、達成できるだろうか」「新人がなかなか育たない」「エース社員が辞めてしまったら、うちの会社は立ち行かなくなる」「受注はできるのに、なぜか顧客が定着しない」。

かく言う私も、数年前まで同じ悩みを抱える一人の経営者でした。毎日数字に追われ、優秀な営業担当者の個人技に依存し、組織としての成長が見えない日々に、言いようのない焦りを感じていました。

会社を成長させたい、もっと安定した収益基盤を築きたい。その一心で、私は営業組織の改革に着手しました。しかし、今振り返ると、それはあまりにも遠回りで、多くの失敗を伴う道のりでした。

このコラムでは、私が営業組織を構築する過程で経験した「遠回り」と、その末にたどり着いた学びについて、少しばかりお話ししたいと思います。もし、あなたがかつての私と同じような悩みを抱えているのであれば、この話が何かのヒントになるかもしれません。これは決して特別な成功譚ではなく、多くの企業が陥りがちな、ありふれた失敗の物語です。

第一の過ち:最強の「型」を作れば、全員が売れるという幻想

私の会社にも、かつて圧倒的な成果を出すトップセールスがいました。A君です。彼は誰よりも顧客の懐に入り込むのがうまく、難しい案件でも次々と契約に結びつけてきました。当時の私は、「彼のやり方を標準化し、全員が実践できれば、組織全体の売上は飛躍的に伸びるはずだ」と本気で考えていました。

早速、私はA君の商談に同席し、彼のトーク、資料、立ち居振る舞いの全てを記録させ、完璧な「営業マニュアル」を作成しました。そして、営業会議で高らかに宣言したのです。「今日から、全員がこのマニュアル通りに営業するように。これが我社の勝利の法則だ」と。

しかし、結果は惨憺たるものでした。

他の営業社員たちは、マニュアルを読んでもA君のように振る舞うことはできませんでした。彼の独特の間や、顧客との関係性の中から生まれる絶妙な切り返しは、文字に起こせるものではなかったのです。マニュアルに縛られた社員たちの営業はぎこちなくなり、かえって個々の持ち味を失っていきました。

「Aさんのようにはできません」 「このトーク、私には合いません」

社員からは不満が噴出し、モチベーションは目に見えて下がっていきました。A君自身も、自分のやり方が絶対的なものとして崇められ、他のメンバーと比較されることに窮屈さを感じているようでした。結局、売上は伸びるどころか停滞し、一部の社員は会社を去っていくという最悪の結果を招いてしまいました。

【この失敗からの学び】 この経験から私が学んだのは、**「優れた個人のやり方は、必ずしも組織の最適解ではない」**という、至極当たり前のことでした。野球で例えるなら、天才的なホームランバッターの打ち方を、チーム全員に強制するようなものです。器用なバント職人もいれば、俊足でヒットを稼ぐ選手もいます。それぞれが自分の特性を活かして初めて、チームとして多様な攻撃ができ、勝利に繋がるのです。

営業も同じです。ロジカルな説明が得意な者、聞き上手で顧客との信頼関係を築くのが得意な者、データ分析から的確な提案を導き出すのが得意な者。一人ひとりの個性や強みは全く異なります。それを無視して画一的な「型」に押し込めることは、組織の可能性を自ら摘み取ってしまう行為に他なりませんでした。重要なのは、誰かの真似をさせることではなく、それぞれの社員が持つ個性を理解し、それを最大限に発揮できる環境を整えることだったのです。

第二の過ち:「仕組み化」という言葉の魔力に囚われる

トップセールスの模倣に失敗した私は、次に「仕組み」で組織を管理しようと考えました。個人の能力に依存するから不安定になるのだ、それならば、誰がやっても一定の成果が出るような強固な仕組みを構築すれば良い、と。

私は意気揚々と、最新のSFA(営業支援システム)を導入し、営業活動の全てをデータで可視化しようと試みました。日々の行動管理、商談の進捗、顧客情報の一元化。細かな報告ルールを定め、入力が徹底されるよう、毎日厳しくチェックしました。

「これで営業活動がブラックボックス化することはない」 「データに基づいた科学的な営業ができるはずだ」

当初、私はそう信じて疑いませんでした。しかし、またしても現場からは不満の声が上がり始めます。

「報告のためだけに会社に戻らなければならない」 「システムの入力作業が多すぎて、本来の営業活動に集中できない」

営業担当者にとって、SFAは「自分たちの活動を楽にするツール」ではなく、「経営陣に管理されるためのツール」でしかありませんでした。入力されるデータは次第に形式的なものになり、そこから何か有益な示唆を得ることはできませんでした。結局、高額な費用を払って導入したシステムは、いつしか誰も使わない「宝の持ち腐れ」と化してしまったのです。

【この失敗からの学び】 私が陥った落とし穴は、「仕組み化=ルールとツールで縛ること」だと勘違いしていた点にあります。本来、営業組織における仕組みとは、社員を管理し、行動を制限するためのものではありません。むしろ、**社員一人ひとりがより創造的に、かつ効率的に動けるようにするための「土台」や「共通言語」**であるべきなのです。

例えば、成功した商談の事例を、単なる結果報告で終わらせるのではなく、「なぜその提案がお客様に響いたのか」「どのような準備が成功に繋がったのか」といった背景情報と共に、チーム全体で共有する。あるいは、お客様からいただいた感謝の言葉や、時には厳しいご意見を、誰もが見える形で蓄積し、次のアクションに活かしていく。

そうした「生きた情報」が組織内をスムーズに循環し、個人の経験がチーム全体の知恵へと昇華されていく状態。それこそが、本来目指すべき「仕組み化」の姿でした。ツールやルールは、その目的を達成するための手段の一つに過ぎません。目的と手段を取り違え、現場の納得感がないままトップダウンで押し付けた結果、私の二度目の挑戦も失敗に終わったのです。

私がたどり着いた、たった一つのシンプルな答え

二つの大きな失敗を経て、私はすっかり途方に暮れていました。個人の能力に頼ってもダメ、管理を強化してもダメ。一体どうすれば、持続的に成長できる営業組織を作れるのだろうか。

そんな時、あるベテラン社員から言われた一言が、私の目を覚まさせてくれました。 「社長、最近、私たち一人ひとりの顔をちゃんと見て、話をしていますか?」

ハッとしました。売上や仕組みのことばかりに気を取られ、営業組織の根幹を成す「人」そのものから、私の意識が離れていたことに気づかされたのです。

そこから私の取り組みは180度変わりました。私が始めたのは、高価なツールを導入することでも、新しいマニュアルを作ることでもありません。ただひたすらに、社員一人ひとりと向き合う時間を作ることでした。

具体的には、週に一度、15分から30分程度の「1on1ミーティング」を全部員と実施することにしたのです。そこでは、営業の進捗や数字の話は原則としてしません。代わりに、彼らが今、仕事で何に喜びを感じ、何に悩み、将来どうなりたいと考えているのか、ただ耳を傾けることに徹しました。

「〇〇さんとの商談で、お客様の課題を深く理解できた時にやりがいを感じます」 「もっと商品知識を深めて、専門的な提案ができるようになりたいです」 「将来的には、チームをまとめるような役割にも挑戦してみたいです」

対話を重ねるうちに、私は驚くべき事実に気づき始めました。彼らは決して、私が指示したやり方をこなすだけの「駒」ではなかったのです。一人ひとりが明確な価値観を持ち、成長したいという意欲を持っている。そして、会社に貢献したい、お客様に喜んでもらいたいという純粋な想いを抱いていることに、今更ながら気づかされました。

この対話を通じて、私はマネジメントの役割を大きく考え直しました。私の仕事は、彼らを「管理」することではありません。彼らが持つ個性や強みを正確に理解し、彼らが「貢献実感」や「成長実感」を得ながら、自律的にパフォーマンスを発揮できる環境を整えること。それこそが、経営者である私の最も重要な役割だったのです。

例えば、顧客との長期的な関係構築が得意な社員には、新規開拓だけでなく、既存顧客のフォローアップでその能力を最大限に発揮できるような役割を任せる。一方で、データ分析とロジカルな提案が得意な社員には、難しい案件の攻略担当として活躍してもらう。

一人ひとりの特性に合わせて役割や目標を調整し、その達成に向けて伴走する。この地道な取り組みを続けるうちに、組織の雰囲気は劇的に変わりました。社員たちは、やらされ感から解放され、自らの意思で考え、行動するようになったのです。

そして、かつて失敗した「仕組み」も、この土台の上で初めて機能し始めました。自分たちの成功体験を共有することが、他のメンバーの助けになる。チーム全体の成功に繋がる。そう理解した彼らは、自発的に情報を共有し、互いに学び合う文化を育んでいきました。SFAへの入力も、「管理されるため」ではなく、「チームで勝つため」の武器として活用されるようになっていったのです。

遠回りしたからこそ見えた景色

私が営業組織の構築で一番遠回りして学んだこと。それは、**「組織の成長は、個人の成長の総和以上のものである」**ということです。そして、個人の成長は、一人ひとりの個性を尊重し、その能力が最大限に発揮される土壌があって初めて実現する、ということです。

小手先のテクニックや、高価なツールに飛びつく前に、まずやるべきことがあります。それは、目の前にいる社員一人ひとりと真摯に向き合い、彼らの声に耳を傾けることです。彼らが何に情熱を燃やし、どのような働き方を望んでいるのかを理解することです。

もちろん、これは時間のかかる、地道な道のりです。短期的な売上だけを見れば、強力なトップダウンで組織を動かす方が効率的に見えるかもしれません。しかし、それでは人は育ちません。社員が成長を実感できなければ、組織に活気は生まれず、持続的な成長など望むべくもありません。

かつてあれほど不安定だった我が社の業績は、この取り組みを始めてから、嘘のように安定し始めました。特定の誰かに依存するのではなく、チーム全体で目標を達成する文化が根付いたからです。驚くべきことに、あれほど課題だった受注率は安定して30%を超え、解約率は10%を大きく下回る水準で推移するようになりました。これは、社員一人ひとりが顧客と真摯に向き合った結果に他なりません。

もし今、あなたが営業組織のことで頭を悩ませ、かつての私のように近道を探しているとしたら、一度立ち止まってみてください。あなたの会社の最大の資産は、最新のシステムでも、完璧なマニュアルでもありません。目の前にいる、無限の可能性を秘めた「社員」一人ひとりです。

その可能性を信じ、引き出すことこそが、遠回りに見えて、実は持続的な成長を実現するための、唯一の道なのかもしれません。あなたの会社が、人と組織の成長という両輪を力強く回転させ、未来へ向かって進んでいくことを心から願っています。