頑張ってはいるのに成果が出ない。その営業努力、間違った方向に進んでいませんか?

はじめに

「営業は足で稼ぐものだ」「とにかく熱意を伝えれば顧客は動く」。かつてはそう信じられていた時代もありました。しかし、情報が溢れ、顧客の購買行動が複雑化した現代において、その考え方は通用しなくなっています。

多くの経営者や営業責任者の方々から、「現場は毎日遅くまで頑張っている。訪問件数もこなしている。それなのに、なぜか受注に繋がらない」「有望な若手が、なかなか成果を出せずに自信を失っている」といった切実な悩みを伺います。

もし、貴社が同じような課題を抱えているとしたら、それは社員の努力や能力が不足しているからではないのかもしれません。もしかすると、その真面目な努力が、本来向かうべきではない方向に注がれてしまっているだけ、という可能性があります。本稿では、なぜ真面目な努力が成果に結びつかないのか、その原因を深掘りし、営業活動を正しい方向へ導くための考え方について解説します。

1. 「頑張り」が空回りする、よくある3つの落とし穴

現場の営業担当者は、日々プレッシャーと戦いながら、懸命に活動しています。しかし、その努力が成果という形で報われない時、組織全体が疲弊し、悪循環に陥ってしまいます。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。多くの企業で見られる共通の落とし穴が3つあります。

落とし穴1:自社の「売りたい」が、顧客の「知りたい」を上回っている

最も陥りやすいのが、「プロダクトアウト」と呼ばれる思考の罠です。自社の商品やサービスに自信があるからこそ、「この機能の素晴らしさを伝えたい」「他社製品との違いを説明したい」という想いが先行してしまいます。その結果、商談の時間は自社製品のプレゼンテーションに終始し、顧客が本当に抱えている課題やニーズを聞き出す時間がなくなってしまいます。

顧客が聞きたいのは、「その製品がいかに優れているか」ではありません。「その製品が、自分の会社の何を、どのように解決してくれるのか」という、自分たちの未来に関わる話です。顧客は、自社の課題を解決してくれるパートナーを探しているのであって、製品説明員を求めているわけではないのです。

例えば、高性能な経費精算システムを販売しているとします。営業担当者が「このシステムはAIを搭載しており、99%の精度でレシートを読み取ります。さらに、クラウド上で一元管理が可能で…」と熱心に説明しても、顧客の心には響きません。もし、その顧客の課題が「月末の経理部門の残業時間が慢性化していること」であれば、話すべきは「このシステムを導入することで、手入力の作業が80%削減され、経理担当者はより生産的な業務に集中できるようになります。結果として、月の残業時間を平均20時間削減できた事例もございます」といった、具体的な未来像なのです。

顧客を主語にせず、自社製品を主語にした営業活動は、自己満足に終わりがちです。どれだけ熱心に語っても、顧客にとっては「自分たちのことを理解してくれていない」という不信感に繋がりかねません。

落とし穴2:営業活動が「個人の経験と勘」に依存している

多くの組織では、一部の優秀なトップセールスの活躍によって売上が支えられています。しかし、これは非常に脆い状態です。そのエース社員が退職したり、スランプに陥ったりした途端、組織全体の売上が大きく傾いてしまいます。

問題の根源は、営業活動が個人のスキルに依存し、組織としての「勝ち方」が確立されていない点にあります。経営者やマネージャーが「トップセールスのやり方を皆で真似ろ」と指示しても、多くの場合うまくいきません。なぜなら、そのトップセールスの成功は、彼・彼女が持つ独自のキャラクター、経験、人脈、そして無意識に行っている思考プロセスといった、言語化しにくい要素の上に成り立っているからです。

他のメンバーが表面的な行動(例えば、トークスクリプトや提案書の構成)を真似たとしても、その背景にある「なぜ、このタイミングでこの質問をするのか」「なぜ、この顧客にはこの事例を話すのか」といった本質的な部分が理解できていなければ、応用が利かず、すぐに壁にぶつかってしまいます。

結果として、組織の中では「できる人」と「できない人」の差が広がるばかり。成果の出ないメンバーは、「自分には才能がないのかもしれない」と自信を失い、成長の機会を逃してしまいます。組織としても、成功事例から学ぶ機会が失われ、いつまで経っても安定した成果を生み出すことができません。

落とし穴3:人材育成が「一方的な知識の伝達」で終わっている

営業力の強化を目指し、多くの企業が研修やOJT(On-the-Job Training)に力を入れています。しかし、その中身が「商品知識のインプット」「営業ノウハウの座学」「先輩社員の商談同行」といった、一方的な知識伝達に偏っていないでしょうか。

もちろん、基礎的な知識を学ぶことは重要です。しかし、それだけで現場の複雑な状況に対応できるわけではありません。実際の商談では、マニュアル通りに進むことなどほとんどなく、予期せぬ質問や反応に、その場で的確に対応する力が求められます。

知識を詰め込むだけの育成では、メンバーは「教えられたこと」しかできなくなります。彼らが本当に身につけるべきは、顧客の状況を深く理解し、課題を特定し、自ら解決策を考えて提案する「思考力」です。

また、育成の場が、個々のメンバーの強みや課題を無視した画一的なものになっているケースも少なくありません。例えば、論理的な思考は得意だが、顧客との関係構築が苦手なメンバーと、その逆のメンバーとでは、アプローチすべき課題が全く異なります。全員に同じ研修を受けさせても、効果は限定的です。それぞれの個性に合わせた育成が行われなければ、メンバーは成長を実感できず、仕事への意欲も低下してしまいます。

2. 努力を成果に繋げるための「3つの転換」

では、どうすればこれらの落とし穴から抜け出し、組織の努力を確実に成果へと繋げることができるのでしょうか。重要なのは、「量」を追い求めることから、「質」を高めることへの意識転換です。そのために、3つの具体的な転換点をご紹介します。

転換1:「何を売るか」から「誰の、何を解決するか」へ

全ての営業活動の出発点を、「顧客」に置くことから始めましょう。まず、自社が本当に価値を提供できるのは、どのような顧客なのかを改めて明確に定義します。そして、その顧客が日々の事業活動の中で、どのようなことに悩み、何を解決したいと願っているのかを徹底的に考え、言語化するのです。

そのためには、営業担当者が顧客のもとへ足を運び、「生の声」を聞くことが欠かせません。商談の場を、自社製品を売り込む場ではなく、顧客の課題を深くヒアリングする場として再定義するのです。

「現在、最も時間やコストがかかっている業務は何ですか?」 「今後、事業を成長させる上で、障壁になっていることは何でしょうか?」 「もし、〇〇という課題が解決されたら、会社にとってどのようなメリットがありますか?」

こうした質問を通じて、顧客自身も気づいていなかった潜在的な課題を掘り起こし、共有することができれば、営業担当者は単なる「売り手」から、事業の成功を共に目指す「パートナー」へと変わることができます。

この「顧客理解」こそが、全ての営業活動の土台となります。顧客の課題が明確になれば、提案する内容も自然と定まります。それは、自社製品の機能紹介ではなく、「貴社の〇〇という課題は、弊社のこの仕組みを使うことで、このように解決できます」という、顧客にとって価値のあるストーリーになるはずです。

転換2:「個人の戦い」から「組織の戦い」へ

属人的な営業から脱却し、組織として安定的に成果を出すためには、営業活動の「標準化」が必要です。これは、メンバーの個性をなくし、全員を同じ型にはめることではありません。むしろ、誰もが迷わずに行動でき、成果を出しやすくするための「共通の地図」を作るイメージです。

具体的には、顧客との最初の接点から受注に至るまでの一連の流れ(営業プロセス)を定義し、各段階で「何をすべきか(ToDo)」「どのような状態を目指すか(Goal)」を明確にします。

  • アプローチ段階: どのような情報を収集し、仮説を立てるか。
  • ヒアリング段階: 顧客の課題を明らかにするために、どのような質問をすべきか。
  • 提案段階: どのような構成で、何を伝えれば顧客に価値が伝わるか。
  • クロージング段階: 顧客の懸念点をどのように解消し、意思決定を後押しするか。

こうした共通のプロセスを設けることで、メンバーは自分の活動を客観的に振り返ることができるようになります。「今、自分はプロセスのどの段階にいて、次に何をすべきか」が明確になるため、行動に迷いがなくなります。

マネージャーにとっても、メンバーの指導が容易になります。「なぜこの商談がうまくいかなかったのか」を個人の能力のせいにするのではなく、「ヒアリングの段階で、課題の深掘りが足りなかったのかもしれない」といったように、プロセスに沿って具体的な改善点を見つけ出すことができるのです。

さらに、成功事例や失敗事例をこの共通のプロセスに紐づけて組織全体で共有することで、「なぜ成功したのか」「なぜ失敗したのか」という本質的な学びが蓄積されていきます。これこそが、特定の個人に依存しない、組織全体の営業力を底上げする仕組みです。

転換3:「教える育成」から「引き出す育成」へ

組織としての方針やプロセスが定まったら、次に取り組むべきは、メンバー一人ひとりが自律的に考え、行動できるようにするための育成です。ここで重要になるのが、マネージャーとメンバーの定期的な対話、特に「1on1ミーティング」です。

1on1の目的は、業務の進捗確認や指示伝達ではありません。メンバーが日々の活動の中で感じている課題や悩みを引き出し、彼ら自身が解決策を見つける手助けをすることです。

「あの商談、うまくいかなかったみたいだけど、自分では何が原因だったと思う?」 「次にもし同じような状況になったら、どうすればもっと良くなるかな?」 「君の強みである〇〇を、もっと活かせる場面はどこだろう?」

マネージャーが答えを与えるのではなく、質問を投げかけることで、メンバーは自分の頭で考える習慣を身につけていきます。このプロセスを通じて、彼らは失敗から学び、成功体験を積み重ねることで、「自分は成長している」という実感を得ることができます。

この「成長実感」は、仕事へのモチベーションを高める上で非常に重要です。人は、やらされ仕事ではなく、自ら考え工夫し、その結果として成果が出た時にこそ、「達成実感」や「貢献実感」を得ることができ、仕事を楽しむことができます。

個々のメンバーが、自分の強みを活かしながら、自律的に考え行動する。そして、その活動を組織としての仕組みがしっかりと支える。この両輪がうまく回ることで、営業組織は持続的に成果を生み出す強い集団へと変わっていくのです。

おわりに

もし、貴社の営業組織が「頑張っているのに成果が出ない」という状況にあるならば、それは決して悲観すべきことではありません。むしろ、それは大きな成長の機会が目の前にあるという証拠です。必要なのは、闇雲に努力の量を増やすことではなく、一度立ち止まり、努力の「方向性」を見直す勇気です。

「私たちの営業は、本当にお客様の方を向いているだろうか?」 「一部の優秀な人材に頼りきりになっていないだろうか?」 「社員の成長を心から支援する環境が整っているだろうか?」

本稿でご紹介した3つの転換点は、その見直しを行うためのヒントです。顧客を主語にし、組織で戦う仕組みを作り、一人ひとりの成長を引き出す。このサイクルを回し始めることが、受注率を高め、解約率を下げ、ひいては企業の持続的な成長を実現する上で、確かな一歩となるはずです。

貴社の真面目な努力が、正しく成果に結びつくことを心から願っております。