「部下が育たないのは、マネージャーの『教えすぎ』が原因。自走する営業チームの育て方」

はじめに:なぜ、エースを管理職にすると組織は失速するのか

営業部門の業績が伸び悩んだとき、多くの経営者が取る手段の一つが、最も成果を上げているトップセールスをマネージャーに昇進させることです。エースプレイヤーの持つ熱量と成功ノウハウをチーム全体に浸透させ、組織全体の底上げを図る。その期待は、経営者として当然のものでしょう。

しかし、その期待とは裏腹に、事態が好転しないケースは後を絶ちません。それどころか、チームの雰囲気は悪化し、メンバーのモチベーションは低下。エースだったマネージャー自身も、プレイヤー時代のような輝きを失い、疲弊していく…。そして、中堅社員や若手の離職につながってしまう。これは、決して稀な話ではありません。

なぜ、このような悲劇が起きてしまうのでしょうか。 それは、「優秀なプレイヤー」に求められる能力と、「優秀なマネージャー」に求められる能力が、全くの別物であるという、シンプルかつ重要な事実を見過ごしているからです。

多くの場合、新任マネージャーは、自らの成功体験を部下に「教え込もう」とします。「俺の言う通りにやれば売れるんだ」と、自分のやり方を一方的に押し付け、部下の行動を細かく管理(マイクロマネジメント)しようとします。これは、部下を成長させたいという善意からくる行動です。しかし、その善意が、実は部下から「自ら考える機会」を奪い、指示待ちの人間を育て、組織全体の成長を阻害する最大の要因となっていることに、多くのマネージャー、そして経営者自身が気づいていないのです。

本稿では、なぜ従来の「管理型」マネジメントが現代において機能しなくなったのかを解き明かし、これからの時代に求められる新しいマネージャー像、そして、社員一人ひとりが自律的に動き、成長し続ける「自走する組織」をいかにして構築していくか、その具体的な方法論について深く掘り下げていきます。

従来のマネジメントが通用しなくなった「3つの変化」

かつては、経験豊富な上司が部下に「正解」を教え、その実行を厳しく管理するマネジメントスタイルが有効な時代もありました。しかし、現代のビジネス環境は、そのような一方通行のコミュニケーションを許容しません。その背景には、無視することのできない「3つの大きな変化」が存在します。

1. 市場の変化:『モノ売り』から『コト売り』へ 一つ目の変化は、顧客が営業に求める価値の変化です。インターネットの普及により、製品のスペックや価格といった情報は、顧客自身が簡単に入手できるようになりました。もはや、営業担当者が製品カタログを読み上げるだけでは、何の価値も生み出しません。 顧客が求めているのは、自社のビジネスが抱える複雑な課題を深く理解し、その解決策を共に考え、実行してくれる「パートナー」です。このような高度な要求に応えるためには、営業担当者一人ひとりが、マニュアル通りの対応ではなく、顧客の状況に合わせて自ら考え、仮説を立て、最適な提案を創造する能力を持つ必要があります。上司からの指示を待っているだけでは、変化の速い顧客ニーズについていくことは到底不可能なのです。

2. 働く人の価値観の変化:『管理』から『共感』へ 二つ目の変化は、働く人々の価値観です。特に若い世代は、一方的な命令や厳しい管理を嫌い、自分の仕事に「意味」や「成長」を見出したいと考える傾向が強いです。彼らは、自分の意見が尊重され、裁量を持って仕事に取り組める環境でこそ、高いパフォーマンスを発揮します。 「いいからやれ」というトップダウンの指示や、行動を逐一監視するようなマイクロマネジメントは、彼らの主体性とモチベーションを著しく削いでしまいます。彼らが求めているのは、自分自身のキャリアや成長について親身に相談に乗り、時にはコーチとして伴走してくれる、信頼できる上司の存在です。

3. マネージャー自身の環境の変化:『専任』から『兼任』へ 三つ目の変化は、マネージャー自身が置かれている状況です。多くの企業、特に中小企業では、営業マネージャーは部下のマネジメントと自身の営業目標を両方追いかける「プレイングマネージャー」であることがほとんどです。 自分の数字にも追われているため、部下の育成にじっくりと時間を割く精神的・時間的な余裕がありません。結果として、部下とのコミュニケーションは、どうしても日々の売上や行動量の進捗を確認するだけの、短絡的なものになりがちです。本来であれば、部下の長期的な成長を見据えた対話が必要であるにもかかわらず、目先の目標達成を優先せざるを得ない構造的な問題を抱えているのです。

これらの変化を無視して、旧来のマネジメントを続けていては、組織が失速するのは必然と言えるでしょう。

これからのマネージャーに求められる「3つの新しい役割」

では、自走する組織を創るために、これからのマネージャーはどのような役割を担うべきなのでしょうか。私たちは、従来の「管理者」という役割から脱却し、新たに**「コーチ」「設計者」「文化の醸成者」**という3つの役割を担うことが重要だと考えています。

役割1:コーチ(伴走者)― 答えを与えず、考えさせる

最も重要な役割転換は、**「教える人(ティーチャー)」から「引き出す人(コーチ)」**になることです。

部下が壁にぶつかった時、優秀なプレイヤーであったマネージャーほど、すぐに「正解」を教えたくなります。「その場合は、A社にこういう提案をすればいい」「このトークスクリプトをそのまま読め」と。これは一見、効率的に見えますが、部下は「上司の言う通りにすればいいんだ」と考え、思考を停止してしまいます。これでは、同じような壁にぶつかった際に、また上司に答えを求めるだけの人材しか育ちません。

コーチとしての役割を担うマネージャーは、安易に答えを与えません。代わりに、質問を投げかけます。 「なぜ、この提案は上手くいかなかったと思う?」 「お客様が本当に気にしていることは何だろう?」 「他にどんな選択肢が考えられるかな?」 「君自身は、どうするのがベストだと思う?」

このような問いかけを通じて、部下は自らの頭で問題の原因を分析し、解決策を模索するようになります。もちろん、最初は時間がかかりますし、間違った結論に至ることもあるでしょう。しかし、この「自分で考え、決断する」という経験の積み重ねこそが、人を最も成長させるのです。

このコーチングを実践する上で、定期的な1on1ミーティングは極めて有効な場となります。ここで重要なのは、1on1を単なる「業務の進捗確認会議」にしないことです。アジェンダの主役は、あくまで部下です。

「今、仕事で一番悩んでいることは何か」 「半年後、どんなスキルを身につけていたいか」 「そのために、私(マネージャー)にどんなサポートができるか」

このような対話を通じて、マネージャーは部下のキャリア観や価値観、そして個々の強みや課題を深く理解します。そして、部下はマネージャーを「評価する人」ではなく、「自分の成長を応援してくれるパートナー」として認識するようになり、強固な信頼関係が築かれます。この信頼関係こそが、部下が安心して挑戦し、成長していくための土台となるのです。

役割2:設計者(仕組みを作る人)― 個人の頑張りに依存しない

二人目の役割は、チームの成果が特定の個人の能力に依存しないようにするための**「仕組みの設計者」**としての役割です。

多くの営業組織では、成果の出し方が属人化しており、「あの人がいるから大丈夫」という状態に陥りがちです。しかし、そのエースが退職したり、不調に陥ったりした途端、チーム全体の業績は大きく傾いてしまいます。

これからのマネージャーは、自分自身がスーパープレイヤーとして活躍するのではなく、チーム全員が一定レベル以上のパフォーマンスを発揮できる「仕組み」を設計し、運用することに注力すべきです。

具体的には、以下のような仕組みが考えられます。

  • ナレッジシェアの仕組み: 成功した商談の事例だけでなく、「なぜ失注したのか」「どこに改善の余地があったのか」といった失敗談も含めて、チーム全体でオープンに共有する場を設けます。これにより、一人の経験がチーム全体の学びとなり、組織全体の営業力の底上げにつながります。
  • 営業プロセスの標準化: 顧客との初回接触から受注に至るまでのプロセスを可視化し、「型」を作ります。もちろん、全ての顧客に同じ対応をするわけではありませんが、基本的な「型」があることで、経験の浅いメンバーでも安定したパフォーマンスを発揮できるようになります。また、どこでつまずいているのかが明確になり、的確な指導がしやすくなります。
  • ツールの活用: SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理)といったツールを適切に導入・運用し、顧客情報や営業活動の記録を俗人化させず、組織の資産として蓄積・活用できる体制を整えます。

マネージャーの仕事は、自分が魚を獲ってメンバーに分け与えることではありません。チームのメンバー全員が、自分自身で魚を獲れるようになるための「釣り方」と「高性能な釣り竿」を用意することなのです。

役割3:文化の醸成者(伝道師)― 挑戦を称賛し、心理的安全性を作る

三つ目の役割は、メンバーが安心して挑戦できる**チーム文化を創り出す「伝道師」**としての役割です。

どれだけ精巧な仕組みを設計しても、チームの雰囲気、すなわち「文化」が伴っていなければ、その仕組みは機能しません。特に重要なのが、**「心理的安全性」**です。心理的安全性とは、「このチームの中では、自分の意見を言ったり、ミスを報告したりしても、罰せられたり、恥ずかしい思いをさせられたりすることはない」と、メンバー全員が感じられる状態のことを指します。

心理的安全性の低いチームでは、メンバーは失敗を恐れるあまり、新しい提案や困難な案件への挑戦を避けるようになります。問題が発生しても、上司からの叱責を恐れて報告が遅れ、事態が悪化することも少なくありません。

マネージャーは、自らの言動を通じて、心理的安全性の高い文化を意図的に創り出していく必要があります。

  • 失敗を許容し、称賛する: 新しい挑戦の結果、たとえ失敗に終わったとしても、その行動自体を「ナイスチャレンジだった」と称賛します。そして、「この失敗から何を学べるか」をチーム全体で建設的に議論します。
  • 積極的に自己開示する: マネージャー自身が、自分の過去の失敗談や弱みをオープンに語ることで、メンバーも安心して自分の弱みや悩みを打ち明けられるようになります。
  • 意見を歓迎する: 会議の場などで、役職や経験に関係なく、全員に発言を促し、どんな意見であってもまずは「ありがとう」と受け止める姿勢を示します。

このようなマネージャーの振る舞いが、チーム内に「挑戦は歓迎される」「失敗は学びの機会である」という文化を根付かせ、メンバーの主体性と創造性を最大限に引き出すことにつながるのです。

経営者が今すぐ取り組むべきこと

ここまで、これからのマネージャーに求められる新しい役割について述べてきました。しかし、これをマネージャー個人の努力だけに任せるのは酷な話です。マネージャーがこれらの役割を十分に果たせるよう、会社として、経営者として、環境を整備することが何よりも重要です。

具体的には、以下の3点に取り組むことが求められます。

  1. マネージャーの役割を再定義し、プレイング業務を軽減する: まず、マネージャーの最も重要な仕事は「部下を育成し、チームで成果を出すこと」であると、会社として明確に定義します。その上で、過度な個人目標を課すことを見直し、マネジメント業務に集中できる時間的・精神的な余裕を確保することが必要です。
  2. マネージャー自身を育成する: 良いプレイヤーが良いマネージャーになるとは限りません。コーチングのスキルや1on1の進め方、仕組み作りのノウハウなど、マネジメントに必要なスキルを体系的に学ぶ機会(研修など)を提供することが不可欠です。
  3. マネージャーの評価制度を見直す: マネージャーの評価を、個人の営業成績だけでなく、「チーム全体の目標達成度」「部下の成長度合い」「離職率の低下」といった、チームのアウトプットを正当に評価する指標へと変更します。これにより、マネージャーの意識は自然とチーム全体へと向かうようになります。

おわりに:最強の営業組織とは、「スターを育て続けられる組織」である

営業組織のパフォーマンスが上がらない根本原因は、社員の能力や意欲ではなく、時代遅れのマネジメントにあるのかもしれません。部下を管理し、自分のやり方を押し付けるマネージャーの下では、社員は疲弊し、組織は成長の機会を失います。

これからの時代に求められるのは、社員一人ひとりと真摯に向き合い、彼らの成長を心から願い、そのための環境を整えることができるマネージャーです。彼らは、答えを与えるのではなく問いを投げかけ、個人の力に頼るのではなく仕組みを作り、そして、失敗を恐れず挑戦できる文化を育みます。

そのようなマネージャーが率いるチームでは、社員は自らの仕事にやりがいを感じ、主体的に動き、日々成長を実感することができます。そして、そのような「自走する個人」の集合体こそが、変化の激しい時代を勝ち抜く、最強の営業組織となるのです。

貴社の未来を担うのは、一人のスーパーエースではありません。そのエースを育て、さらに次のエース、そのまた次のエースを育て続けられる組織の「仕組み」と「文化」です。

まずは、貴社のマネージャーたちが、本来の役割を果たすための環境が整っているか、そして、彼ら自身が新しい時代のマネージャーへと変わるためのサポートができているか、一度じっくりと見直してみてはいかがでしょうか。その点検こそが、貴社の営業組織を根本から変革し、持続的な成長へと導くための、確かな一歩となるはずです。