社員の7割が「管理職になりたくない」時代。あなたの会社の成長は止まっていませんか?

はじめに:他人事では済まされない、静かなる経営危機

経営者の皆様は、このようなデータをご存知でしょうか。近年、様々な調査で「一般社員の7割以上が管理職になりたいと思っていない」という結果が報告されています。この数字を見て、「最近の若者は意欲が低い」と感じるでしょうか。あるいは、「自分の会社は大丈夫だろう」と楽観視されているかもしれません。

しかし、これは単なる個人の意識変化の問題ではなく、企業の持続的な成長を根底から揺るがしかねない、静かなる経営危機であると私たちは捉えています。特に、企業の成長エンジンである営業組織において、この問題はより深刻な影響を及ぼします。

次世代のリーダーが育たなければ、組織としての営業力は頭打ちになります。いつまでも経営者や一部のエース社員の個人的な力量に頼る状態から抜け出せず、結果として受注率は伸び悩み、解約率は高止まりする。そんな未来が訪れる可能性は、決して低くありません。

本コラムでは、なぜ多くの社員が管理職になることを望まないのか、その背景にある構造的な問題を深掘りし、この深刻な課題を乗り越え、持続可能な成長を実現する営業組織をいかにして構築していくべきか、その道筋を具体的かつ論理的に解説していきます。これは、10年後、20年後もお客様に選ばれ続ける企業であるための、極めて重要なテーマです。

第一章:なぜ社員は管理職を目指さなくなったのか?

社員が管理職を敬遠する理由は、決して「責任から逃れたい」「楽をしたい」といった単純なものではありません。背景には、働き方や価値観の変化、そして何よりも「管理職というポジションそのものの魅力低下」という根深い問題が存在します。

1. 業務負荷の増大と「割に合わない」という現実

現在の管理職、特に営業マネージャーの多くは、自身の営業目標を追いかける「プレイヤー」としての役割と、部下を育成し、チーム全体の目標達成を管理する「マネージャー」としての役割を兼務する、いわゆるプレイングマネージャーです。

部下の商談に同行し、日報を確認し、目標数字の進捗を管理し、時には悩み相談にも乗る。その一方で、自身の担当顧客への対応や新規開拓もこなさなければなりません。責任範囲は格段に広がり、労働時間も長くなる一方で、それに見合うだけの報酬や権限が与えられているケースは稀です。

優秀な営業担当者であればあるほど、「プレイヤーとして個人の成績を追求している方が、待遇も良く、精神的にも楽だ」と感じてしまうのは、ごく自然なことと言えるでしょう。彼らの目には、疲弊している上司の姿が「自分の将来の姿」として映り、昇進への魅力を感じられなくなっているのです。

2. 価値観の多様化とキャリア意識の変化

かつてのように、企業に就職し、出世の階段を上り、管理職になることが唯一の成功モデルとされた時代は終わりました。現代のビジネスパーソンは、組織内での昇進だけでなく、専門性を高めてプロフェッショナルとして貢献すること、あるいはプライベートとの両立を重視することなど、多様なキャリア観を持っています。

特に、顧客の課題を深く理解し、その解決に貢献することに喜びを見出すタイプの営業担当者にとって、管理業務や組織の調整に時間を費やす管理職は、必ずしも理想のキャリアパスではありません。「現場の最前線で、お客様と向き合い続けたい」という想いを持つ社員を、「管理職になること」だけが評価される単線的なキャリアパスに押し込めようとすれば、彼らの働く喜びやモチベーションを奪うことになりかねません。

3. 旧態依然としたマネジメントへの不信感

「俺の若い頃はこうだった」「とにかく気合と根性だ」といった精神論や、トップセールスのやり方を一方的に押し付けるような旧来のマネジメントスタイルは、もはや通用しません。個々の社員が持つ個性や強みを無視した画一的な指導は、彼らの自己表現の機会を奪い、成長実感を得られにくくします。

部下を「管理」の対象としか見なさない上司の下では、社員は自律的に考え、行動する力を失っていきます。このような環境で育った社員が、いざ自分が管理職になった時、部下に対してどのようなマネジメントができるでしょうか。多くの場合、自身が受けてきたものと同じ、時代遅れのマネジメントを繰り返すことになってしまいます。こうした負の連鎖を目の当たりにし、「あんな風にはなりたくない」と感じる社員が増えているのです。

第二章:「管理職不足」が引き起こす営業組織の崩壊

「管理職になりたい社員がいない」という問題は、単にポジションが埋まらないという話ではありません。それは、営業組織全体の成長を阻害し、最終的には企業の存続をも脅かす深刻な病巣となります。

1. 次世代リーダーの不在による成長の鈍化

企業が成長を続けるためには、組織を牽引するリーダーが次々と生まれ、育っていく必要があります。リーダーは、経営層のビジョンを現場に浸透させ、チームをまとめ、新たな戦略を実行していく重要な役割を担います。

しかし、管理職候補が育たなければ、組織の拡大や新規事業の展開にブレーキがかかります。経営者がいつまでも現場のプレイングマネージャーを続けなければならず、本来注力すべき経営戦略の策定や未来への投資といった重要な仕事に時間を割くことができません。結果として、組織はスケールせず、市場の変化に対応できなくなり、成長は鈍化の一途をたどります。

2. 優秀なプレイヤーの離職リスク増大

管理職以外のキャリアパスが用意されていない組織では、マネジメントに興味のない優秀な営業担当者は、自身の将来像を描くことができません。「この会社にいても、これ以上の成長はない」と感じた時、彼らはより良い機会を求めて組織を去っていくでしょう。

特に、高い成果を上げているエース社員ほど、市場価値は高く、他社からの魅力的なオファーも多いはずです。彼らを失うことは、単に売上が一人分減るという以上の大きな損失です。彼らが持っていた知識や顧客との関係性、そして何よりも周囲に与えていた良い影響まで、すべてを失うことになるのです。受注率の低下や解約率の上昇に直結する、極めて危険な兆候と言えます。

3. 組織全体の営業力の低下と業績悪化

リーダーが不在で、優秀な人材が流出する組織では、営業活動の質は確実に低下します。個々の営業担当者が自分のやり方で場当たり的な活動を繰り返し、成功も失敗も個人の経験の中に埋もれていきます。

これでは、組織としての学習は進みません。新しいメンバーが入ってきても、効果的な育成ができず、立ち上がりに時間がかかります。結果として、チーム全体のパフォーマンスは低迷し、目標未達が常態化する。このような組織では、社員は達成感を得ることができず、貢献実感も薄れ、さらにモチベーションが低下するという悪循環に陥ってしまうのです。

第三章:社員が「なりたい」と思う組織への変革

この深刻な事態を打開するためには、もはや小手先の研修やインセンティブの導入では不十分です。求められているのは、「管理職」という役割そのもの、そして「人の育て方」や「キャリアのあり方」に対する根本的な考え方の変革です。

1. 脱・プレイングマネージャー:管理職の役割を再定義する

まず取り組むべきは、管理職を過剰な業務負荷から解放することです。そのためには、マネージャーの役割を「チームの成果を最大化させること」に特化させ、プレイヤーとしての個人目標からは切り離す勇気が必要です。

マネージャーの主な仕事は、部下一人ひとりと向き合い、彼らの強みや課題を理解し、その能力を最大限に引き出すための「支援」を行うことです。目標達成に向けた戦略を共に考え、商談の壁打ち相手になり、時には失敗から学ぶ機会を与える。部下の成功を自分の成功として喜べる環境を作ることこそが、現代のマネージャーに求められる最も重要な役割なのです。これにより、マネジメント業務そのものが、創造的でやりがいのある仕事として再認識されるようになります。

2. 単線キャリアからの脱却:多様な成長ルートを用意する

「優秀な営業担当者 = 将来の管理職」という画一的なキャリアパスを改め、複線的なキャリアパスを設計することが不可欠です。

例えば、マネジメント職を目指す「マネジメントコース」とは別に、トッププレイヤーとしての専門性を磨き、その知識やスキルで後進の育成や組織全体の営業力強化に貢献する「エキスパートコース」のような道を設けるのです。エキスパートには、管理職と同等の待遇や評価を与えることで、誰もが自身の強みや志向性に合ったキャリアを選択し、誇りを持って働き続けられるようになります。

これにより、組織はマネジメント能力に長けた人材と、高度な営業スキルを持つ専門家人材の両方を確保することができ、より強固で多様性に富んだ営業組織を構築することが可能になります。

3. 「教える」から「引き出す」へ:対話を中心とした育成文化の醸成

持続可能な組織を作る上で、人材育成の仕組みは根幹をなす要素です。特に重要なのが、上司と部下の定期的な対話、いわゆる「1on1ミーティング」の文化を根付かせることです。

ただし、その目的は単なる業務の進捗確認やダメ出しであってはなりません。1on1は、部下が仕事を通じて何を感じ、何を学び、将来どのようなキャリアを歩んでいきたいのかを上司が理解し、その自己実現を支援するための時間です。

「今、どんなことにやりがいを感じている?」「逆に、どんなことに難しさを感じている?」「半年後、どんな自分になっていたい?」

このような問いかけを通じて、部下自身に内省を促し、自ら答えを見つけ出す手助けをする。この対話の積み重ねが、部下の成長実感や貢献実感につながり、仕事への主体性を育みます。上司からの指示を待つのではなく、自ら考え行動する人材が育てば、組織は大きく変わります。こうした地道な育成文化こそが、将来のリーダーを生み出す土壌となるのです。

第四章:持続可能な営業組織を構築するための第一歩

ここまで述べてきた組織変革は、一朝一夕に実現できるものではありません。しかし、企業の未来を創るための投資として、今すぐにでも着手すべきです。

1. 仕組みで人を動かす組織設計

まず、エース社員の個人的なスキルや経験といった、属人化されたノウハウに依存する体制から脱却しなければなりません。成果の出る営業プロセスや効果的なトークスクリプト、顧客管理の方法などを標準化し、誰でも一定水準以上のパフォーマンスを発揮できる「仕組み」を構築することが重要です。

仕組みが整備されれば、マネージャーは煩雑な管理業務から解放され、前述したような部下の育成や支援といった、より本質的な業務に集中できるようになります。また、新入社員もスムーズに業務に慣れることができ、組織全体の生産性が向上します。

2. 個人の成長と組織の成長を連動させる

社員一人ひとりが「この会社で働き続けることで、自分は成長できる」と実感できる環境を整えることが、優秀な人材を惹きつけ、定着させるための鍵となります。

そのためには、会社のビジョンや目標と、個人のキャリアプランを接続させる試みが必要です。定期的な1on1などを通じて、会社が目指す方向性と本人が望む成長のベクトルをすり合わせ、本人の強みが最も活かせる役割や挑戦の機会を提供していく。社員が日々の仕事の中に「成長実感」や「達成実感」を見出し、仕事を楽しむことができれば、そのエネルギーは必ずや組織全体の成長へとつながっていきます。

3. 経営者が今すぐ取り組むべきこと

では、経営者であるあなたは、明日から何に取り組むべきでしょうか。

その第一歩は、「現場の社員の声に真摯に耳を傾けること」です。彼らが日々の業務で何に悩み、将来にどんな不安を感じ、会社に何を期待しているのか。まずは、その現実をありのままに知ることからすべてが始まります。匿名アンケートの実施や、部署を横断した座談会の開催なども有効な手段でしょう。

現場の実態を把握した上で、自社の「管理職」のあり方、「人材育成」の仕組み、「キャリアパス」の設計について、本当にこのままで良いのか、見直しの議論をスタートさせていただきたいのです。

まとめ:未来への扉を開くのは「人」と「組織」への投資

「7割の社員が管理職になりたくない」という現実は、変化への対応を迫る時代の要請です。この事実から目を背け、旧来の組織運営を続けていては、いずれ営業組織は機能不全に陥り、企業の成長は止まってしまいます。

逆に言えば、この課題に真摯に向き合い、社員一人ひとりが自らの個性を活かし、成長を実感しながら働ける組織を構築できた企業は、圧倒的な競争優位性を手にすることができます。意欲の高い人材が集まり、次世代のリーダーが自然と育ち、組織全体として高いパフォーマンスを発揮し続ける。受注率や解約率といった指標は、その結果として、自ずと改善されていくはずです。

組織の課題は、様々な要因が複雑に絡み合っています。自社だけで解決の糸口を見つけるのが難しいと感じられることもあるかもしれません。時には、外部の専門家の視点を取り入れ、客観的な分析や具体的な施策の立案を依頼することも、改革を加速させるための有効な選択肢の一つです。

未来への最も確実な投資は、自社の「人」と「組織」に対して行う投資です。本コラムが、皆様の会社が持続可能な成長への一歩を踏み出す、そのきっかけとなれば幸いです。