経営者の皆様は、会社の成長を牽引する管理職のパフォーマンスや定着に、高い関心をお持ちのことと存じます。特に、営業部門の管理職は、売上という直接的な成果を背負う重要な存在です。
「成果を出している管理職には、相応の報酬で応えたい」 「高い報酬を提示すれば、優秀な人材を惹きつけ、引き留められるはずだ」
このように考え、給与水準の向上に努めておられる経営者様も少なくないでしょう。もちろん、報酬は働く上で重要な要素であり、生活を支え、努力を評価する分かりやすい指標です。しかし、もし「報酬さえ上げれば管理職は満足し、組織は活性化する」とお考えであれば、そこには大きな落とし穴が潜んでいるかもしれません。
近年、多くの調査で、管理職が組織に求めるものは「報酬のアップ」だけではないことが明らかになっています。むしろ、報酬以外の要素が満たされないことへの不満が、モチベーションの低下や離職の引き金となるケースが増えています。
なぜ、彼らは報酬だけでは満たされないのでしょうか。そして、彼らが本当に求めているものとは何なのでしょうか。本稿では、多くの経営者が見落としがちな、管理職が本当に組織に望む「2つのこと」に焦点を当て、持続的に成長する営業組織を構築するためのヒントを、具体的かつ論理的に解説していきます。
管理職が置かれている厳しい現実
まず、現代の管理職、特に営業管理職が置かれている状況を理解する必要があります。彼らの多くは「プレイングマネージャー」として、自身の営業目標とチームの管理目標の両方を追うという、二重のプレッシャーに晒されています。
- 自身の成果へのプレッシャー: プレイヤーとして高い成果を求められ、自身の数字が未達であれば、その責任を直接的に問われます。
- チームの成果へのプレッシャー: チーム全体の目標達成に責任を持ち、部下の進捗管理、案件のサポート、トラブル対応に奔走します。
- 部下育成の責任: 部下一人ひとりの成長にも責任を負います。スキルやモチベーションが異なるメンバーと向き合い、指導し、成長を促すことは、多大な時間と精神的なエネルギーを要します。
- 経営層と現場の板挟み: 経営層からは高い目標達成を求められ、現場の部下からは現実的な課題や不満を突きつけられます。両者の間に立ち、調整役を担うストレスは計り知れません。
このような状況下で、彼らは日々、自身の業務時間の大半を、緊急性の高いプレイヤーとしての業務や、目先のトラブル対応に費やさざるを得ません。その結果、本来管理職として最も注力すべき「チームの未来を創る活動」、すなわち、戦略の立案、業務プロセスの改善、そして何より部下の育成といった、中長期的な視点での重要な業務が後回しになってしまうのです。
この「やるべきこと」と「やれていること」のギャップこそが、彼らのエンゲージメントを蝕む最大の要因です。このような状態で、たとえ報酬が上がったとしても、それは一時的な満足にしか繋がりません。「これだけ大変な思いをしているのだから、給料が高いのは当然だ」という感覚に陥り、根本的な問題解決には至らないのです。
では、彼らが心から「この会社で働き続けたい」「このチームをさらに良くしたい」と感じるためには、何が必要なのでしょうか。それが、これからお話しする「業務の適正化」と「人材への投資」です。
管理職が本当に望むこと①:本来の役割に集中できる「業務の適正化」
管理職が望む「業務の適正化」とは、単に業務量を減らすことではありません。彼らが求めているのは、管理職としての本来の役割に集中できる環境を整えてもらうことです。言い換えれば、「マネジメント」という専門性の高い仕事に、誇りを持って取り組める状態を作ってほしい、という切実な願いです。
具体的には、以下の3つのポイントが挙げられます。
1. 意思決定における裁量権の付与
多くの管理職は、マイクロマネジメントに苦しんでいます。些細なことでも上層部にお伺いを立てなければならなかったり、一度下した判断が簡単に覆されたりする環境では、管理職の存在意義が揺らぎます。
現場の状況を最も理解しているのは、現場の管理職です。顧客からの要望への迅速な対応、部下への適切な業務の割り振りなど、一定の範囲内でスピーディーに意思決定できる裁量を与えることが、彼らの主体性を引き出し、責任感を醸成します。もちろん、最終的な責任は経営者が負うべきですが、プロセスにおける権限を移譲することは、管理職の「やらされている感」を払拭し、仕事への当事者意識を高める上で極めて効果的です。
2. 情報共有と報告プロセスの効率化
「報告のための報告資料」「参加目的の曖昧な長時間の会議」…。これらは、管理職から創造的な時間を奪う代表格です。社内の情報共有が非効率なために、部署間の連携がうまくいかず、その調整に管理職が奔走しているケースも少なくありません。
経営者は、管理職が本来の業務に集中できるよう、社内の情報フローを整備する責任があります。
- 会議の目的を明確にする: その会議は「情報共有」「意思決定」「アイデア出し」のどれが目的なのかを明確にし、参加者と時間を最適化する。
- 報告のフォーマットを標準化する: 誰が見てもすぐに状況を把握できるシンプルな報告フォーマットを導入し、資料作成の時間を削減する。
- 適切なツールを導入する: ビジネスチャットツールやSFA/CRM(営業支援システム)などを活用し、リアルタイムでの情報共有を促進する。
これらの取り組みは、管理職だけでなく、組織全体の生産性向上にも直結します。管理職が「無駄な業務に時間を取られている」というストレスから解放されれば、その分のエネルギーをより付加価値の高い業務へと振り向けることができるのです。
3. 公平で納得感のある評価制度
管理職は、自身の評価はもちろんのこと、部下の育成やチームビルディングへの貢献が、どのように評価されるのかを非常に気にしています。短期的な売上目標の達成度だけで評価されるのであれば、彼らはどうしても目先の数字を追うことに終始してしまいます。
部下の育成に時間をかけた結果、チーム全体の底力が上がり、長期的に安定した成果を出せるようになった。あるいは、新しい営業手法をチームに導入し、受注率を大幅に改善した。このような**「チームを成長させた貢献」**が、きちんと評価され、自身の処遇に反映される仕組みがあるでしょうか。
評価制度に納得感がなければ、管理職は「部下を育てるだけ損だ」と感じてしまいかねません。定量的な成果(売上など)と、定性的な貢献(部下育成、チームワーク醸成など)の両方をバランス良く評価する透明性の高い制度を構築し、それを経営者が明確に示すことが、管理職の健全な動機付けに繋がります。
管理職が本当に望むこと②:チームの未来を創るための「人材への投資」
多くの優秀な管理職は、「自分の力でチームを成長させたい」「部下が育っていく姿を見るのが嬉しい」という強い想いを持っています。彼らにとって、部下の成長は、自身の**「貢献実感」や「達成実感」**に直結する、何よりの報酬なのです。
しかし、前述の通り、日々の業務に追われる彼らには、部下一人ひとりとじっくり向き合う時間も、効果的な育成手法を学ぶ余裕もありません。だからこそ、彼らは経営者に対して、「人材育成」を管理職任せにするのではなく、会社として本気で取り組んでほしいと願っています。
管理職が期待する「人材への投資」とは、高額な外部研修に一度参加させることではありません。彼らが日々の業務の中で、自信を持って部下を育成できるための、継続的なサポート体制を求めているのです。
1. 部下と向き合う「時間」の確保を公に認める
経営者が「人材育成は重要だ」といくら唱えても、管理職が部下との対話のために時間を確保することを評価しなければ、それは絵に描いた餅です。
例えば、定期的な1on1ミーティングの時間を、正式な業務としてスケジュールに組み込むことを推奨し、その時間を確保している管理職を評価する、といった明確なメッセージが必要です。
1on1は、単なる進捗確認の場ではありません。部下のキャリアプランについて話を聞いたり、仕事上の悩み相談に乗ったり、個々の強みをどうすればもっと活かせるかを一緒に考えたりする、個人の成長を支援するための対話の場です。このような対話を通じて、部下は会社への帰属意識を高め、自身の**「成長実感」**を得ることができます。そして、その成長を間近で支える管理職自身もまた、大きなやりがいを感じるのです。
経営者は、「1on1の時間は、短期的な売上には直結しないかもしれないが、長期的な組織の成長のために絶対に必要な投資である」という姿勢を、全社に対して明確に示す必要があります。
2. 管理職に「育成の武器」を提供する
熱意や経験だけで、効果的な人材育成はできません。特に、価値観が多様化する現代において、旧来の画一的な指導方法は通用しなくなっています。
会社は、管理職に対して、部下の個性を引き出し、自律的な成長を促すための具体的な「武器」、すなわち育成スキルやツールを提供すべきです。
- コーチングスキルの研修: 部下に答えを与えるのではなく、質問を通じて自ら考え、行動させるための対話スキルを学ぶ機会を提供する。
- 育成ノウハウの共有会: 成果を上げている管理職が、どのような育成アプローチを実践しているのかを共有し、組織全体の育成レベルを底上げする場を設ける。
- 育成計画のフレームワーク: 部下一人ひとりの目標設定や成長計画を立てるための、標準的なフォーマットやツールを提供し、管理職の負担を軽減する。
重要なのは、トップセールスのやり方を全員に真似させるような画一的な手法ではなく、それぞれの管理職が、自分のチームのメンバーの個性に合わせて最適な育成方法を考え、実践できるよう支援することです。これにより、部下一人ひとりが自身の強みを活かして働く**「自己表現」**の機会を得て、仕事を楽しむことに繋がります。
経営者が今日から踏み出すべき第一歩
本稿では、管理職が組織に望むことは「報酬アップ」だけではなく、「業務の適正化」と「人材への投資」であると解説してきました。
彼らは、単なるプレイヤーとして使い潰されるのではなく、チームの未来を創るマネージャーとして尊重され、そのための環境と支援を与えられることを切に願っています。管理職が活き活きと働き、部下育成に喜びを見出すことができれば、チームの雰囲気は格段に良くなります。そして、部下一人ひとりのパフォーマンスが向上し、結果として、受注率の向上や解約率の低下といった、目に見える成果へと繋がっていくのです。
では、経営者の皆様は、今日から何を始めるべきでしょうか。
その第一歩は、非常にシンプルです。まずは、あなたの会社の営業管理職と、1対1でじっくりと話す時間を設けてみてください。そして、こう問いかけてみてください。
「本来の仕事に集中できていますか?」 「部下と向き合う時間は、十分に取れていますか?」 「チームを成長させる上で、会社にサポートしてほしいことは何ですか?」
そこで語られる彼らの本音の中にこそ、貴社の営業組織がさらに強く、持続可能なものへと進化するための、貴重な答えが隠されています。
社員一人ひとりが仕事に楽しみと誇りを見出し、成長を実感できる組織。それこそが、変化の激しい時代を勝ち抜く、企業の最も重要な資産となるのではないでしょうか。
営業組織のパフォーマンスや人材育成に関して、より具体的な課題をお持ちであったり、第三者の客観的な視点からのアドバイスをご希望でしたりする場合は、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の持続的な成長に向けた、最適な一歩を共に考えさせていただきます。