6割の管理職が「業務過多」を実感。その“当たり前”が、受注率と社員の未来を奪っている

はじめに:貴社のマネージャーは、輝きを失っていませんか?

企業の成長を牽引するエンジンである営業部門。その中心で舵を取るべき管理職、すなわち営業マネージャーが、今、静かな悲鳴を上げているかもしれません。

ある調査によれば、管理職の約6割が「1年前に比べて業務量が増えた」と感じ、64%もの管理職が「業務が多い」と明確に実感しているというデータがあります。多くの経営者様にとって、この数字は「そうだろうな」という肌感覚と一致するのではないでしょうか。優秀なプレイヤーであった社員をマネージャーに抜擢したものの、いつの間にか彼らがプレイヤー時代の何倍もの業務に追われ、疲弊していく。これは、もはや特定の企業の問題ではなく、多くの日本企業が抱える構造的な課題と言えます。

「管理職なのだから、それくらいは当たり前だ」「優秀だからこそ、多くの仕事を任せている」。そう考えることもできるかもしれません。しかし、この「管理職の業務過多」という“当たり前”を放置することは、実は企業の成長を根底から蝕む、非常に危険な兆候なのです。

管理職の時間が奪われることで、本来注力すべき「未来への投資」である部下育成や戦略的な組織構築が後回しになり、結果としてチーム全体のパフォーマンスが頭打ちになります。その先に待っているのは、受注率の低下、解約率の上昇、そして優秀な人材の離職という、経営の根幹を揺るがす事態です。

本コラムでは、なぜ管理職の業務過多が起こるのか、その構造を解き明かし、この深刻な問題を解決へと導くための具体的な視点について、経営者の皆様と共に考えていきたいと思います。これは単なる業務効率化の話ではありません。貴社の持続可能な成長を実現するための、組織変革の物語です。

第1章:なぜ管理職は「業務過多」という罠に陥るのか

管理職の業務過多は、本人の能力や意欲の問題だけで片付けられるものではありません。そこには、多くの企業が陥りがちな、いくつかの構造的な要因が潜んでいます。

1. 「スーパープレイヤー」の呪縛

営業マネージャーの多くは、プレイヤーとして高い実績を上げてきた、いわば「トップセールス」出身者です。彼らは誰よりも商品知識が豊富で、誰よりも顧客との交渉に長けています。その成功体験が、マネージャーになった途端、足かせに変わることがあります。

部下が手こずっている案件を見れば、「自分がやった方が早い」と感じてしまう。部下に任せるよりも、自ら最前線に立って数字を作りにいってしまう。これが「プレイングマネージャー」の実態です。もちろん、重要な局面でマネージャーが率先して動くことは必要ですが、常にプレイヤーとしての動きが中心になってしまうと、いつまで経ってもチームは育ちません。マネージャーは自身の案件と部下の案件の両方を抱え込み、文字通り時間がいくらあっても足りない状況に陥るのです。

2. 育成に時間を割けない、というジレンマ

多くのマネージャーは、部下育成の重要性を頭では理解しています。しかし、日々の業務に追われる中で、「育成」はどうしても緊急度が低い業務と見なされ、後回しにされがちです。「部下の商談に同行してフィードバックする時間がない」「じっくりとキャリアの相談に乗る余裕がない」「1on1ミーティングを設定はしているが、実質的には進捗確認の場になっている」。このような声は、多くの現場で聞かれます。

育成とは、時間をかけて対話し、個々の強みや課題を理解し、次の成長機会を与えるという、非常に手間のかかる仕事です。この時間を確保できない結果、部下はいつまでも指示待ちの状態から抜け出せず、マネージャーはマイクロマネジメントに追われ、さらに時間を失うという悪循環が生まれます。

3. 「仕組み」の不在がもたらす混乱

営業活動が、個々の担当者の経験や勘、個人の能力に大きく依存している組織も少なくありません。顧客情報の管理方法、効果的な提案の型、失注理由の分析と共有など、営業プロセスにおける「仕組み」が整備されていないのです。

このような状態では、何か問題が起きるたびにマネージャーが火消しに走らざるを得ません。Aさんのやり方とBさんのやり方が全く違うため、チーム全体としてのナレッジが蓄積されず、新人が入社しても育成に多大なコストがかかります。情報が属人化しているため、担当者が休んだり退職したりすると、顧客対応が滞り、大きな機会損失やクレームに繋がることもあります。マネージャーは、この混乱を収拾するための調整役やトラブルシューターとして、膨大な時間を費やすことになるのです。

これらの要因が複雑に絡み合い、管理職を「本来やるべき仕事」から遠ざけ、目の前のタスク処理に忙殺されるだけの存在へと変えてしまいます。

第2章:管理職の疲弊が引き起こす、経営への深刻なダメージ

管理職の業務過多は、単に一個人が疲弊するという問題に留まりません。それはウイルスのように組織全体に広がり、経営の根幹を揺るがす深刻なダメージをもたらします。

1. 受注率の低下と営業機会の損失

マネージャーがプレイング業務に追われ、チーム全体の戦略を練る時間や、個々の案件の精度を高めるためのレビューの時間がなくなると、営業活動は場当たり的になります。各営業担当者は目先の数字を追うことに必死になり、中長期的な顧客との関係構築や、より付加価値の高い提案を考える余裕を失います。

結果として、商談の質は低下し、受注率は伸び悩みます。本来であれば受注できたはずの案件も、詰めが甘かったり、顧客の真のニーズを捉えきれていなかったりするために失注してしまうのです。これは、目に見えない大きな機会損失と言えるでしょう。

2. 解約率の上昇と顧客満足度の低下

新規顧客の獲得に追われる一方で、既存顧客へのフォローが手薄になるのも、管理職が機能不全に陥っている組織の典型的な症状です。本来であれば、マネージャーが全体を俯瞰し、顧客満足度を維持・向上させるための施策を打つべきですが、その余裕がありません。

営業担当者も新規開拓で手一杯なため、既存顧客からの小さなサインや不満を見過ごしがちになります。そして、気づいた時には「時すでに遅し」。顧客は静かに去っていき、解約率が上昇します。新規顧客の獲得コストが既存顧客の維持コストの何倍もかかることを考えれば、これがどれほど経営に打撃を与えるかは明らかです。

3. 社員の成長鈍化とモチベーションの低下

放置された部下は、どうなるでしょうか。適切なフィードバックや指導を受けられず、成功体験を積む機会も少ないため、成長は著しく鈍化します。自分の仕事が正当に評価されているのか、今後どのようにキャリアを築いていけば良いのか、という不安や不満が募ります。

人間は、貢献している実感や、成長している実感がなければ、仕事への情熱を維持できません。マネージャーからの関与が薄れることで、社員は「自分は会社から期待されていないのではないか」と感じ、徐々にモチベーションを失っていきます。この状態は、チーム全体の生産性を著しく低下させます。

4. 優秀な人材の離職

最終的に、この息苦しい環境に最も早く見切りをつけるのは、成長意欲の高い優秀な人材です。「この会社にいても、これ以上成長できない」「上司のようにはなりたくない」。そう感じた彼らは、より良い環境を求めて組織を去っていきます。

一人の中堅社員が辞めることによる損失は、単に労働力が一人減るだけではありません。採用コスト、育成コスト、そして彼らが組織内に蓄積してきた知識や経験といった無形の資産も同時に失われるのです。残されたメンバーの負担はさらに増し、負のスパイラルは加速していきます。

このように、管理職の業務過多という一見個人的な問題は、巡り巡って「受注率30%以上、解約率10%以下」といった経営目標の達成を阻む、極めて重大な経営課題なのです。

第3章:組織を再生させる3つの処方箋

では、この負のスパイラルを断ち切り、管理職を本来の役割に立ち返らせ、組織全体を活性化させるためには、何から手をつけるべきなのでしょうか。必要なのは、対症療法ではなく、組織の構造にメスを入れる根本的なアプローチです。

1. 第一の処方箋:「業務の可視化」と「役割の再定義」

まず最初に行うべきは、現状を正確に把握することです。マネージャーが「何に」「どれくらいの時間を使っているのか」を客観的に可視化します。これは、1週間程度の簡単な業務ログを取るだけでも大きな効果があります。

記録された業務を、以下の3つに分類してみましょう。

  • A:マネージャーでなければ絶対にできない仕事(例:チームの目標設定、最終的な人事評価、部門間の重要な調整)
  • B:部下に任せられる、あるいは任せるべき仕事(例:定型的な報告書作成、個別の案件の初期対応、アポイント調整)
  • C:そもそもやめるべき、あるいは効率化すべき仕事(例:形骸化した会議、重複している報告業務)

この作業を通じて、マネージャーがいかにBやCの業務に時間を奪われているかが明らかになるはずです。そして、経営者がすべきことは、マネージャーの役割を「スーパープレイヤー」から「チームの成果を最大化させる指揮者」へと、明確に再定義することです。そして、「Aの仕事に集中することが、あなたのミッションである」と強くメッセージを発信し、Bの業務を部下に安心して任せられる環境を整えることが重要です。

2. 第二の処方箋:「権限移譲」を促す「育成文化」の醸成

業務の仕分けができたら、次に取り組むべきは、部下への「権限移譲」です。しかし、多くのマネージャーは「任せるのが怖い」「失敗されたら困る」と感じます。この不安を解消し、権限移譲を円滑に進めるためには、土台となる「育成文化」の醸成が欠かせません。

そのための具体的なアクションの一つが、質の高い「1on1ミーティング」の定着です。これは、単なる進捗確認の場ではありません。部下一人ひとりの個性や価値観、キャリアプランに耳を傾け、彼らが自律的に考え、行動するための支援を行う「対話」の場です。

「この案件、どうすればもっと良くなると思う?」 「今の仕事で、どんな時にやりがいを感じる?」 「半年後、どんなスキルを身につけていたい?」

このような問いかけを通じて、マネージャーは部下の内面にある可能性を引き出します。失敗を責めるのではなく、失敗から何を学んだかを共に考える。小さな成功を承認し、次の挑戦を後押しする。こうした地道な対話の積み重ねが、部下の当事者意識を育み、「任せても大丈夫だ」というマネージャーの信頼を醸成します。

部下が成長すれば、マネージャーは安心して業務を任せることができ、本来のマネジメント業務に集中できる時間を確保できます。そして、その時間を使ってさらに質の高い育成を行うという、組織全体の好循環が生まれるのです。

3. 第三の処方箋:「仕組み」による組織力の底上げ

個人の能力だけに依存する組織には限界があります。持続的に成果を出し続けるためには、「誰がやっても一定の成果を出せる仕組み」を構築することが不可欠です。

例えば、以下のような仕組みが考えられます。

  • 営業プロセスの標準化: 成果の出ている営業担当者の行動を分析し、初回アプローチからクロージングまでの流れを「型」として共有します。これは、全員を同じ型にはめるためのものではなく、チームの成功パターンを共有財産とし、新人でも早期に立ち上がれるようにするためのガイドラインです。
  • 情報共有のルール化: 顧客情報や商談の進捗、成功事例や失敗事例を、特定のツールを用いてリアルタイムで共有するルールを徹底します。これにより、マネージャーは常にチーム全体の状況を正確に把握でき、的確なタイミングで介入やサポートが可能になります。情報がオープンになることで、チーム内に一体感が生まれ、互いに学び合う文化も育ちます。
  • 評価制度の見直し: 個人の売上目標だけでなく、チームへの貢献度や後輩の育成への関与といった項目を評価に組み込むことで、組織全体の目標達成に向かう意識を高めます。

これらの仕組みは、マネージャーを「個別の問題解決」という煩雑な業務から解放します。そして、より大局的な視点からチームのパフォーマンスを分析し、戦略を練るという、本来の役割に集中させるための強力な武器となるのです。

おわりに:未来を創るための、経営者の「決断」

管理職の業務過多は、放置すれば組織を静かに、しかし確実に蝕んでいく病です。しかし、これまで見てきたように、その原因は根深く、解決には組織全体の構造的な変革が求められます。

「言うは易く行うは難し」と感じられるかもしれません。「何から手をつければ良いのか分からない」「日々の業務に追われ、そんな改革に取り組む余裕はない」。それもまた、多くの経営者様が抱える偽らざる本音でしょう。

しかし、この問題から目を背けていては、持続可能な成長は望めません。管理職が活き活きと働き、部下一人ひとりが自らの成長と貢献を実感し、仕事を楽しむことができる。そのような組織こそが、厳しい市場環境を勝ち抜き、顧客から選ばれ続ける強い組織なのではないでしょうか。

もし、貴社が今、まさにこの課題に直面し、「自社だけでは限界がある」「客観的な視点から、何が問題なのかを整理したい」と感じていらっしゃるのであれば、一度立ち止まって、組織の現状を客観的に見つめ直す機会を持つことをお勧めします。

その第一歩として、まずは貴社の管理職が何に悩み、チームがどこで停滞しているのか、その声を丁寧に拾い集めてみてはいかがでしょうか。そこから、貴社の未来を切り拓くための、次の一手が見えてくるはずです。