はじめに:あなたの会社の管理職は「憧れの対象」ですか?
「最近の若手は意欲が低い」「管理職になりたがらない」。経営者や役員の皆様から、このような嘆きをお聞きすることが増えました。ある調査では、実に7割もの社員が「昇進したくない」と考えているという結果も出ています。かつては出世の象徴であり、多くの社員が目指すゴールであったはずの「管理職」というポジションが、いつの間にか「大変そう」「責任ばかり重い」「割に合わない」といったネガティブなイメージを持たれるようになり、一部では「罰ゲーム」とまで揶揄されるようになりました。
これは、単なる個人の意識の変化という問題ではありません。企業の持続的な成長を根底から揺るがしかねない、極めて深刻な経営課題です。特に、成果が数字として明確に現れる営業組織において、この問題は致命的な影響を及ぼします。次世代のリーダーが育たなければ、組織としての成長は望めません。優秀な営業担当者が、管理職への昇進を避けるために離職してしまうといった事態も起こり得ます。
本コラムでは、なぜ管理職が「罰ゲーム」と化してしまったのか、その構造的な問題を紐解き、これからの時代に求められる、社員が「なりたい」と思える管理職像と、それを育む組織の在り方について、具体的な道筋を提示します。
第1章:なぜ管理職は「罰ゲーム」になってしまったのか?
多くの企業で管理職が魅力を失っている背景には、いくつかの共通した要因が存在します。それは決して、管理職自身の能力や意欲の問題だけではありません。むしろ、組織の構造的な問題が、彼らを疲弊させ、孤立させているのです。
1-1. 終わらないプレイング業務の罠 特に営業部門で顕著なのが、「プレイングマネージャー」の常態化です。自身の個人目標と、チーム全体の目標達成という二つの重責を一身に背負い、日々忙殺されています。プレイヤーとして優秀であったが故に、難しい案件やクレーム対応は自分が引き受け、部下のサポートにまで手が回らない。結果として、マネジメント業務は後回しになり、深夜までの残業や休日出勤でなんとか帳尻を合わせる。このような状況では、管理職本来の仕事である「チームのパフォーマンスを最大化する」ことなど到底できません。部下からは「忙しそうで相談しづらい」と思われ、経営層からは「マネジメントができていない」と評価される。この八方塞がりの状況が、管理職を精神的に追い詰めていきます。
1-2. 「育て方がわからない」という悲鳴 「自分が若い頃は、上司の背中を見て仕事を覚えた」「とにかく行動量を増やせば結果はついてきた」。このような成功体験を持つ管理職は少なくありません。しかし、その経験則は、価値観が多様化した現代の部下には通用しなくなっています。一人ひとりの個性やキャリア観も異なり、画一的な指導では人は動きません。それどころか、安易な叱咤激励はハラスメントと受け取られるリスクさえあります。 多くの管理職は、具体的な部下指導の方法論を学ぶ機会がないまま、「育成」という重い責任だけを負わされています。どうすれば部下のモチベーションを高められるのか、どうすれば個々の能力を引き出せるのか。その答えが見つからないまま、手探りで対応し、疲弊していくのです。
1-3. 責任と権限、報酬のアンバランス 管理職になれば、チームの目標達成責任、部下の労務管理、問題発生時の対応責任など、負うべき責任は格段に重くなります。しかし、その重責に見合った権限や裁量、そして報酬が与えられているでしょうか。「役職手当は微々たるもので、残業代がつかなくなった分、給与はむしろ減った」という声も珍しくありません。部下の採用や評価に対する権限も限定的で、自らの意思でチームを動かせないというジレンマもあります。これでは、管理職というポジションに魅力を感じる方が難しいでしょう。
1-4. 営業組織特有の問題:「エース」を管理職にする功罪 営業組織でよく見られるのが、トップセールスをそのまま管理職に昇進させるケースです。もちろん、実績を正当に評価することは重要です。しかし、「優秀なプレイヤー」が「優秀なマネージャー」になるとは限りません。 トップセールスは、自身の経験と勘、卓越した個人スキルで成果を出してきたケースが多く、その成功体験が、他のメンバーを指導する上でかえって足枷になることがあります。「なぜ自分と同じようにできないのか理解できない」「感覚的なアドバイスしかできず、部下が育たない」。結果として、チームの業績は伸び悩み、管理職自身も自分の価値を発揮できずに苦しむことになります。これは、本人にとっても組織にとっても不幸な事態です。
第2章:「個人の頑張り」から「仕組みで勝つ」組織へ
ここまで見てきたように、管理職が直面している問題の根源は、彼ら個人の資質にあるのではありません。その多くは、個人の能力や精神論に依存した、旧来の組織運営そのものに起因しています。だとすれば、解決策は明らかです。属人的なマネジメントから脱却し、組織として「仕組み」で勝つ体制を構築することです。管理職を孤独にさせず、組織全体でサポートする体制こそが、この問題を解決する唯一の道筋です。
2-1. 営業プロセスの「見える化」が変革の第一歩 あなたの会社では、営業活動が各担当者の頭の中にしか存在しない「ブラックボックス」になっていないでしょうか。誰が、どの顧客に、どのような提案をし、結果どうなったのか。こうした情報が共有されず、個々の担当者任せになっている状態では、管理職は経験と勘に頼ったアドバイスしかできません。 まずは、商談の進捗状況、顧客から得られた情報、提案内容、成功事例や失敗事例といった営業活動に関わるあらゆる情報を、誰もがリアルタイムで確認できる仕組みを作ることが第一歩です。この「見える化」によって、管理職はデータに基づいた的確なアドバイスが可能になります。部下も、他のメンバーの活動から学びを得て、自律的に成長していくことができます。特定の個人のスキルに依存しない、組織としての営業力が底上げされるのです。
2-2. 「教える」から「引き出す」へ。育成方針の転換 これからの時代のリーダーに求められるのは、一方的に答えを「教える」ティーチング型のスキルだけではありません。むしろ、対話を通じて相手の中から答えを「引き出す」コーチング型のスキルが重要になります。 部下が直面している課題に対して、「こうしろ」と指示するのではなく、「なぜそうなったと思う?」「他にどんな方法が考えられるだろうか?」と問いかける。これにより、部下は自ら考える習慣を身につけ、問題解決能力を高めていきます。何より、自分の頭で考えて出した答えだからこそ、行動に対する納得感と責任感が生まれます。 管理職は「完璧な答えを知っている指導者」である必要はありません。部下の思考を整理し、新たな視点を与え、自走を支援する「伴走者」であることが求められるのです。
第3章:持続可能な営業組織を創るための具体的なアクション
では、具体的にどのような仕組みを導入すれば、「罰ゲーム化する管理職」から脱却し、持続的に成長する営業組織を創ることができるのでしょうか。ここでは、明日からでも着手できる3つの具体的なアクションをご紹介します。
3-1. 管理職の役割を再定義する まず、経営者自身が、管理職に何を期待するのかを明確に定義し、組織全体で共有する必要があります。「管理職の最も重要なミッションは、プレイングで売上を立てることではなく、部下の育成と仕組みの運用を通じて、チームの成果を最大化することである」。このメッセージを強く発信してください。 そして、そのミッションを遂行できるよう、管理職のプレイング業務の比率を見直し、マネジメントに専念できる時間を物理的に確保することが不可欠です。例えば、「管理職の業務時間のうち、最低3割は部下との対話や育成の時間に充てる」といった具体的なルールを設けるのも有効でしょう。役割が明確になれば、管理職自身の迷いがなくなり、本来の業務に集中できるようになります。
3-2. 「対話」を組織文化にする仕組みとしての1on1ミーティング 部下育成の有効な手法として、多くの企業で導入され始めているのが「1on1ミーティング」です。しかし、その多くが単なる業務の進捗確認の場に終始してしまい、形骸化しているケースも少なくありません。 本来、1on1は部下のための時間です。管理職が話す場ではなく、部下の話を聞く場です。業務上の課題や悩みはもちろんのこと、将来のキャリアプラン、プライベートとの両立、モチベーションの源泉など、テーマを限定せずにじっくりと対話する。この積み重ねが、上司と部下の強固な信頼関係を築きます。 部下は「自分に関心を持ってくれている」「自分の成長を支援してくれている」と感じることで、エンゲージメントが高まります。管理職もまた、部下の個性や強みを深く理解することで、一人ひとりに合わせた最適なサポートが可能になります。「週に1回30分」あるいは「隔週で1時間」でも構いません。部下一人ひとりのためだけに時間を使うこと。それが、長期的に見ればチームの生産性を最も高める効果的な投資となるのです。
3-3. マネジメントを評価する制度の導入 管理職の役割を再定義し、育成を奨励しても、評価制度が旧態依然のままでは、行動は変わりません。個人の売上目標の達成度合いだけで管理職を評価するのではなく、「部下の成長」や「チームへの貢献」「仕組みの定着」といったマネジメント業務を評価項目に明確に組み込み、報酬に反映させる仕組みが必要です。 例えば、「担当チームの受注率の改善度」「部下の目標達成率」「1on1の実施回数やその内容」などを評価指標として設定することが考えられます。管理職のインセンティブを、組織が求める本来の役割と一致させることで、初めて組織全体の行動変容が促されるのです。
おわりに:未来のリーダーを育てることは、会社の未来を創ること
「罰ゲーム化する管理職」「昇進したくない社員」。これらの言葉は、一見するとネガティブな問題提起に聞こえるかもしれません。しかし、見方を変えれば、これは旧来の属人的な組織運営から脱却し、より強く、しなやかな組織へと生まれ変わるための絶好の機会と捉えることができます。
管理職がプレイング業務から解放され、部下の育成とチーム作りに喜びとやりがいを感じられる。若手社員が、そんな上司の姿を見て「自分もいつかあんな風になりたい」と憧れを抱く。社員一人ひとりが、やらされ仕事ではなく、自らの成長を実感しながら仕事を楽しむ。そのような組織こそが、変化の激しい時代においても顧客から選ばれ続け、持続的な成長を実現していくのではないでしょうか。
本コラムが、貴社の営業組織の未来について、そして未来のリーダーをどう育てていくかについて、改めてお考えいただく一つのきっかけとなれば幸いです。もし、何から手をつければ良いか分からない、自社だけでの変革は難しいと感じていらっしゃるのであれば、それこそが、新しい組織への変革に向けた重要な第一歩です。