なぜ、あなたの部下は育たないのか? 答えは「共感力」というシンプルな原則にあった。

「最近の若手は打たれ弱い」「もっと主体的に動いてほしい」「何度言っても同じミスを繰り返す」。経営者や営業責任者の皆様とお話ししていると、このような人材育成に関する悩みを頻繁に耳にします。受注率が伸び悩み、解約率が思うように下がらない。その原因を個々の営業担当者のスキルや意欲の問題だと捉え、外部の研修に参加させたり、トップセールスの手法を学ばせたりと、様々な施策を講じていらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、それでも状況が改善しないとしたら、問題の根源は別の場所にあるのかもしれません。もしかすると、部下のパフォーマンスを最大限に引き出すための土壌、つまり、上司と部下の関係性そのものに課題が潜んでいる可能性があります。

かつてのような、一方的な指示命令や、精神論に基づいた厳しい指導が通用した時代は終わりました。情報が溢れ、顧客の購買行動も、社員の働く価値観も大きく変化した現代において、営業組織を率いるリーダーに最も求められている能力。それは、部下の感情や状況を深く理解し、寄り添う力、すなわち「共感力」です。

本稿では、なぜ今、上司の「共感力」が営業組織の成果を左右するのか、そして、共感力を高めるために明日から具体的に何をすべきなのかを、論理的かつ実践的に解説していきます。これは単なる精神論ではありません。受注率や解約率といった経営指標を改善し、人が育ち、定着する強い組織を創るための、極めて重要な経営戦略の一つなのです。

第一章:なぜ今、「共感力」が営業組織の成果を左右するのか?

「共感」と聞くと、「優しさ」や「甘さ」といった言葉を連想し、厳しいビジネスの世界にはそぐわないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、現代のビジネス環境において、上司の共感力は、組織のパフォーマンスに直接的な影響を与える要素となっています。その背景には、大きく分けて二つの環境変化が存在します。

1. 市場の変化:顧客が営業に求めるものの質的変化

一つ目は、顧客の変化です。インターネットの普及により、顧客は商品やサービスに関する情報を簡単に入手できるようになりました。もはや、営業担当者が単なる「情報提供者」としての役割を担うだけでは、価値を提供できなくなっています。製品のスペックや価格といった情報で差別化を図ることは難しく、顧客は「何を」買うか以上に、「誰から」買うかを重視するようになりました。

では、顧客はどのような営業担当者から買いたいと思うのでしょうか。それは、自社のビジネスや課題を深く理解し、表面的なニーズだけでなく、その裏にある背景や担当者の想いまで汲み取ってくれる「信頼できるパートナー」です。この信頼関係の土台となるのが、まさしく「共感」です。

顧客の言葉の奥にある真の課題に共感し、同じ目線で解決策を考えようとする姿勢。この姿勢が顧客に伝わったとき、初めて営業担当者は「売り手」から「パートナー」へと昇華します。そして、このような顧客への共感は、社内のコミュニケーションスタイルが大きく影響します。上司が部下に対して共感的な姿勢で接していない組織で、「顧客の気持ちを考えろ」と号令をかけたとしても、それは空虚に響くだけでしょう。上司が部下の状況や課題に共感し、共に考える姿勢を示すからこそ、部下もまた、顧客に対して同じように向き合うことができるのです。

2. 働く価値観の変化:部下が上司に求めるものの変化

二つ目の変化は、働く人々の価値観です。特に、これからの組織の中核を担う若い世代は、金銭的な報酬や地位といった外的動機付けだけでなく、「仕事を通じて成長したい」「社会に貢献している実感を得たい」「自分らしさを表現したい」といった内的動機付けを強く求める傾向にあります。

彼らは、上司を単なる「管理者」や「命令者」とは見ていません。自分のキャリアや成長をサポートし、時には悩みを聞き、可能性を信じてくれる「伴走者」としての役割を期待しています。自分の意見やアイデアに耳を傾けてもらえず、一方的に指示されるだけの環境では、彼らのモチベーションは著しく低下します。「この上司は、自分のことを理解してくれない」と感じた瞬間、仕事は「やらされ仕事」へと変わり、パフォーマンスが上がらないばかりか、早期離職へと繋がってしまいます。

共感力のある上司は、部下の話に真摯に耳を傾け、その意見や感情を尊重します。たとえ自分とは異なる考え方であっても、まずは「なぜそう思うのか」という背景を理解しようと努めます。このようなコミュニケーションを通じて、部下は「自分は一人の人間として尊重されている」と感じ、心理的な安全性が確保されます。安心して挑戦し、失敗から学ぶことができる環境。これこそが、部下の主体性を育み、「成長実感」や「貢献実感」を醸成する上で欠かせない土壌なのです。

第二章:「共感力」が低いマネジメントが引き起こす3つの悲劇

では、逆に上司の共感力が欠如した組織では、具体的にどのような問題が発生するのでしょうか。ここでは、多くの企業で見受けられる3つの典型的な悲劇について解説します。自社の状況と照らし合わせながらお読みください。

悲劇1:指示待ち集団と化す営業チーム

「結果はまだか?」「なぜ数字が上がらないんだ?」 共感力のない上司は、部下の行動プロセスや直面している困難、感情的な側面に目を向けず、結果としての数字だけを追求しがちです。部下が何か新しいアプローチを試みて失敗した際に、その挑戦を労うことなく、結果だけを責めてしまう。このようなコミュニケーションが繰り返されると、部下はどうなるでしょうか。

答えは明白です。彼らは「余計なことをして叱られるくらいなら、言われたことだけをやっていよう」と考えるようになります。新しい顧客へのアプローチ方法を考えたり、既存顧客への深耕提案を工夫したりといった、主体的な行動は影を潜めます。上司の指示を待ち、その指示通りに動くことが最も安全な選択肢となるのです。こうして、活気を失った「指示待ち集団」が形成され、組織全体の成長は停滞します。

悲劇2:高まる離職率と採用・育成コストの増大

人は、自分の存在が認められない場所には長くいられません。自分の努力や成長を見てくれない、悩みを相談しても「そんなことは自分で考えろ」と一蹴される。このような環境では、社員のエンゲージメントは下がる一方です。特に優秀な人材ほど、自身の成長機会を求めて、より良い環境へと移っていきます。

一人前の営業担当者を育成するには、多大な時間とコストがかかります。せっかく採用し、研修を受けさせた人材が数年で辞めてしまうという事態が続けば、その損失は計り知れません。常に人材が流出し、採用と育成に追われる組織は、ノウハウが蓄積されず、安定した成長軌道を描くことは困難です。離職率の高さは、単なる人事上の問題ではなく、事業の継続性を揺るがす経営上の重大なリスクなのです。

悲劇3:顧客視点の欠如による機会損失

前述の通り、社内における共感の欠如は、そのまま顧客への姿勢に反映されます。上司から常にプレッシャーをかけられ、自分の評価ばかりを気にしている営業担当者は、顧客の課題に深く寄り添う余裕を持ちえません。

彼らの関心は、「いかにして目の前の商品を売るか」「どうすれば今月の目標を達成できるか」という内向きなものに終始します。その結果、顧客との対話は、自社製品のメリットを一方的に語るだけの「売り込み」になってしまいます。顧客が本当に困っていること、潜在的に抱えている課題を引き出すことなく、目先の契約を追い求める。このような営業スタイルでは、たとえ一時的に受注できたとしても、顧客の期待値との間にズレが生じ、結果として「こんなはずではなかった」という不満から、早期の解約に繋がるケースも少なくありません。受注率が低く、解約率が高い組織に共通する根深い問題が、ここにあります。

第三章:明日から実践できる、共感力を高めるマネジメント術

共感力は、持って生まれた才能ではありません。意識とトレーニングによって後天的に高めることができるスキルです。ここでは、経営者や営業責任者の皆様が、明日から現場で実践できる具体的な3つのステップをご紹介します。

ステップ1:「聴く」から始めるコミュニケーション改革

共感の第一歩は、相手を深く理解することです。そして、理解の出発点は「聴く」ことにあります。ここで言う「聴く」とは、単に相手の話を耳に入れる(Hearing)ことではありません。相手の言葉だけでなく、その表情や声のトーンにも注意を払い、背景にある感情や意図まで汲み取ろうと能動的に耳を傾ける(Listening)ことです。

多くの管理職は、部下から相談を受けると、すぐに「自分の経験」に基づいたアドバイスや解決策を提示しようとします。しかし、それでは部下が本当に言いたかったことを引き出せないまま、対話が終わってしまう可能性があります。

まずは、部下の話を遮らず、最後まで聴くことを徹底してください。そして、「なるほど、そういう状況なんだね」「その時、君はどう感じたの?」といった相槌や質問を投げかけ、部下が話しやすい雰囲気を作ることが重要です。

特に有効なのが、定期的な1on1ミーティングの導入です。これは、進捗確認や業務指示の場ではありません。週に一度、たとえ15分でも構いませんので、部下のためだけに時間を確保し、彼らの話に集中して耳を傾けるのです。テーマは仕事のことに限りません。最近関心のあること、プライベートでの出来事など、部下が話したいことを自由に話してもらうことで、信頼関係は着実に深まっていきます。この積み重ねが、部下が本当に困ったときに、安心して上司に相談できる関係性を築くのです。

ステップ2:結果だけでなく「プロセス」と「変化」を承認する

営業活動は、常に成功するとは限りません。受注という結果が出なかったとしても、その過程には評価すべき点が数多く存在するはずです。

  • これまでアプローチできていなかったキーパーソンとの面会に成功した。
  • 顧客から、これまでにない深い課題を引き出す質問ができた。
  • 失注はしたが、顧客から「次の機会にはぜひ声をかけたい」と言われた。

共感力のある上司は、こうした結果に至るまでの「プロセス」や、部下の中に生まれた「変化・成長」を見逃さず、具体的に承認の言葉を伝えます。「受注には至らなかったが、あの難しい担当者との関係をここまで築けたのは大きな前進だ。君の粘り強いアプローチがあったからこそだね。」このようなフィードバックは、部下の「貢献実感」や「成長実感」を刺激し、次の行動へのモチベーションを高めます。結果だけで評価するのではなく、そのプロセスにおける努力や工夫を承認すること。これが、挑戦を恐れない主体的な人材を育てる上で極めて有効です。

ステップ3:「I(アイ)メッセージ」で想いを伝える

部下に改善を促したり、注意をしたりしなければならない場面は、当然ながら存在します。その際に、伝え方一つで相手の受け取り方は大きく変わります。

共感力のない上司が使いがちなのが、「You(あなた)」を主語にした「Youメッセージ」です。「なぜ君は報告が遅いんだ」「どうして同じミスを繰り返すんだ」といった表現は、相手を一方的に非難するニュアンスが強く、部下は反発したり、萎縮したりしてしまいます。

そこで活用したいのが、「I(私)」を主語にした「Iメッセージ」です。例えば、「報告が遅いと、私(I)は状況が分からなくて心配になるんだ」「同じミスが続くと、私(I)は君の評価に影響しないか気懸かりだ」というように伝えます。

主語を「私」に変えることで、非難がましい響きが和らぎ、自分の感情や考えとして率直に伝えることができます。これにより、部下は「自分の行動が上司にこういう影響を与えているのか」と客観的に受け止めやすくなり、建設的な対話へと繋がりやすくなるのです。

結論:共感力は、持続的に成長する組織の土台である

本稿では、現代の営業組織において、なぜ上司の「共感力」が重要なのか、そしてそれを高めるための具体的な方法について論じてきました。

市場が成熟し、働く人の価値観が多様化する中で、旧来の管理型のマネジメントはもはや機能しません。部下を数字で管理し、トップダウンで指示を出すだけでは、彼らの持つ潜在能力を最大限に引き出すことはできないのです。

上司が部下一人ひとりの個性や状況に寄り添い、共感を示すこと。それが、部下のエンゲージメントを高め、主体的な行動を促します。そして、社内で育まれた共感の文化は、自然と顧客へと向けられ、深い信頼関係の構築に繋がります。その結果として、受注率は向上し、解約率は低下していくのです。

共感力は、単なるコミュニケーションスキルではありません。社員の「仕事を楽しむ気持ち」を醸成し、「貢献実感」「成長実感」「達成実感」「自己表現」の機会を創出することで、一人ひとりのパフォーマンスを最大化し、自律的に成長する強い営業組織を創り上げるための、根幹となる考え方です。

貴社の営業組織には、社員一人ひとりの声に真摯に耳を傾け、共に成長しようとする文化が根付いているでしょうか。もし、その構築に少しでも課題を感じていらっしゃるなら、一度立ち止まって組織のコミュニケーションの在り方を見直すことが、未来の持続的な成長に向けた、確かな一歩となるはずです。